七 宮川筋
「・・・俺は唐丸や。あんた強いんやな」
「俺はりん・・・竜胆丸だ」
唐丸が持った火縄のあかりでよく見ると、唐丸も整った可愛らしい顔をしている。三人は一様に髪が長く、髻に金や銀の紙縒を使っている。
四人は鴨川から離れ、二階建ての楼閣が建ち並ぶ一角に入っていった。
宮川筋である。
その中でひときわ大きな商売屋の間口に入った。
土間の式台の横に窓に沿って、数人の人間が座っている。女物の着物や稚児風の衣装を纏った若衆達だった。月代を剃った頭を布巾で隠した者や厚い白粉を塗りたくった者・・・一目見て、男だということが分かる者もいる。
彼らはりんを見て羨望と憎しみを露わにした。
「なんや、この子は?新参かい?」
「こんな子連れて来たら、うちら商売あがったりや!寺に売っちまいな!」
りんは不思議そうに若衆達を見ていた。
「親方!川筋にいた見慣れぬ者を連れて来ました!」
ゆっくりと奥間から現れた親方と呼ばれた男を見てりんは仰天した!
六尺豊かな大男だった。が、大仰な女様に結った髪と厚い化粧、派手な単衣を三枚重ねて着ている。そのごつごつした大きな手には、珍しい南蛮渡来の長い煙管が握られていた。
太い首に喉笛も突き出ていて、お世辞にも女とは言うことは出来ない。だがその仕草とわざと掠れさせた口調は女のものだった。
「その子かい。無断で商売していたのは?」
「・・・俺は商売なんかしていません。四条から川筋をおりて(南下すること)きただけです・・・」
親方は鋭い目つきでりんを睨んだ。もう四十は超えているのだろう。えらの張った顔の皺が白粉の下でもよく分かる。だが、りんはこの男が武芸に秀でていることを感じ取った。
踊りのように足を運ぶが、腰の動きにすきがない。親方もそんなりんに何か感じたのか、煙管を右後ろにゆっくり流した。撃ち掛かる気を顕した。りんの目が遠目になり、無意識に右足を引き半身になって身構える。
親方はそんなりんを見て、また煙管を銜えふふんと笑った。
「・・・この子の言ってることは、ほんとらしい・・・でもとんでもない子を拾ってきたね。唐丸。この子は武芸の心得があるよ」
窓辺の若衆が喚いた。
「親方!騙されちゃ駄目!その子の格好をよく見て!商売しようとしてたに違いあらへん!」
親方が見台の前に片足を伸ばして胡座をかいた。股の裾から太い足が覗くが、臑毛がびっしり生えている。家紋の半纏を纏った数人の男達が、棒を持って戸口を固めた。りんは首を回して彼らを一瞥した。いづれも棒術の心得があるのか、いつでも棒を繰り出せる構えを取っていた。足軽か僧兵くずれか。
親方が口から煙を吐きながら問うた。
「何でこの宮川筋の近くでうろうろしてたんや?」
りんは目を落とした。小吉の態度が記憶に戻った。肩が震えた。
りんは構えを解いた。体が隙だらけになった。
「・・・俺・・・ここで働けるでしょうか?もう戻りたくない・・・」
若衆達からええーっという声が上がる。
「冗談じゃない!そんな子、上げたらうちら湯漬けも喰えんようになる!お頭!そんな子上げたらあかん!」
りんは彼らに向かって膝を落とした。
「お願いします!俺・・・もう戻りたくないんです!何でもします!俺があなた方の邪魔になるのならどんな言いつけでも聞きます。・・・だからここに置いて下さい!」
首から肩を露わに着崩れした小袖を纏った若衆が、興奮して床を踏みならしながら式台の上からりんを見た。手には刃物を持っている。
「・・・じゃ、その可愛い顔を傷つけて貰おうか!その鼻を削げ!出来んのじゃったら出て行け!」
りんの前に錆びた鎧通しが投げられた。武士がいくさで敵と組み合った時、鎧の隙間から、その命を奪うために作られた小刀である。錆び付いていると言うことは、持ち主はさむらいを辞めたということか。
その若衆をじっと見上げていたりんは、息をすうと吐くとそれを手に取った。