四 お船様
「小吉、夜店を見よう!」
りんは楽しそうに、提灯で明るい八坂神社の参道の夜店を覗き小吉に指さす。
そのとき、武家の女中らしい若い女が小吉に声をかけた。その女はりんと同じくらいの年か。くりくりとした目で小吉を見る。
小吉はその女中と後ろにいる武家の夫人を見て仰天した!
「こ・・・これはお船様!それに催殿」
その夫人は三十路を越えているだろう、しかしその品のよい艶やかさは群を抜いていた。
小吉はりんに惚れる前は彼女を夢見たものだ。その時の記憶から小吉の胸は騒いだ。そしてりんとその若い女中は、それを小吉の慌てぶりから感じ取っていた。
小吉は周りを見回したが侍がいない。
「お、お共は何処へ?」
「お殿方は連歌に夢中です。まあお酒にもでしょうが。ですから息抜きに二人だけで夜店に来てみました」
お船の方はりんをちらと見た。
「・・・この方は小吉殿のお小姓様ですか?」
小吉はさらに慌てた。
「い・・・いや・・・その・・・これは儂と共に前田様に仕える者で・・・そのような・・・」
連れの若い女中がほほと笑った。
「お船様。槍を持たれたら天下無双の小吉様は『お稚児好き』とは違いますよ」
この女中のりんへの敵対的な言葉よりも、苦し紛れの小吉の最後の台詞がりんにかちんときた!それにも増して、小吉は小声でりんに言った。
「りん・・・悪いが先に帰ってくれ!儂はお船様を屋敷に送らねばならん!」
小吉はこの女中にりんを付き合わせると、事態がますます悪化することを予感していた。彼女は、同じ年頃で男の子なのに自分よりも美しいりんに明らかに敵意を持っている!
だがりんの心にも火が点いていた。
「分かりました!ではお船様、失礼を致します!」
りんは慇懃にお辞儀をすると、ぷいと後ろを向いて川筋を伏見の方に歩き出した。
「ほほ・・・気の強い阿修羅様!」
女中が勝ち誇ったように小吉を見た。