一 小吉といつまで
りんと小吉の目を借りて戦国末期の日常を描こうと思います。
時は天正十九年(西暦1591年)。
すっかり傷の癒えたりんは、前田慶次郎の家人として小吉とともに仕えていた。兄とも慕い愛した留蔵はりんを慶次郎に託して死んだ。りんはそれを聞かされ復讐を忘れた。
あとは小吉との約束を、死ぬまで守るのだ。命を救ってくれた小吉と生きる!
だが、時が過ぎても小吉はりんの肉体を求めようとはしなかった。
りんは鈴鹿山中に棲む間諜、暗殺を生業とする山の一族に育てられた。教育係の者はりんが赤子の頃、天正三、四年頃に拾われて来たと言っていた。とすると自分は十五、六である。まだ身体は大人にはなっていない。小吉がりんを性の対象として興味を持つのもあと二、三年であろう。
小吉は惚れたりんに終生の契りを誓い、りんはそれを受けて、心変わりを小吉がすれば殺すと言い渡した。
りんは、心の中で小吉への契りを誓っていたが、それを小吉に言えなかった。
(虫けらにも等しい刺客を生業にしていた俺が、どうして歴としたさむらいである小吉にそれを告げられる・・・)
自分はそれに値しないと考えていた。
大体、まともな男の小吉が、同じ男のりんを終生愛し続けるなど出来っこない。数年経てば、りんだって大人のごつごつした身体になるだろう。
生涯の契りと言っても気持ちは変わる。小吉は言ったことは曲げる男ではないから、小吉の自由を縛ることになる。
自分の過去のわだかまりと小吉の愛への不安を持つりんであった。
だが、許された時間はもっと短いかも知れない。
刺客の掟を裏切った俺を、かつての仲間が許すわけがない。彼らがいつ襲ってくるか分からないのだ。しかも俺の手は幾人もの無垢の人の血で汚れている。
俺は明日死ななくてはならなくとも、小吉の慈悲のなかで、一日一日を暮らす、それが幸せなのだろう・・・
りんは思った。殺されるか、小吉が俺に飽きてしまうまで、そばにいる。