ノベリストの日常的な風景
人間って何しているかわからないですよね。
小説家のインスピレーションはどこからくるのか、小川三男三のひとり語りをお楽しみください。
『大丈夫だ、ぬかりない』
これを巻末の文章にして一つの長編小説を書き終えた。パソコンさえあれば小説はどこでも書ける。夜中になってしまったが今夜は特に調子が良かったのでやっと書き終えることができた。あとでこの旅館の名物温泉にゆっくり入ろうと思っている。
私の名前は小川三男三という。小説家をしている。
大学卒業後、就職はせずにアルバイト生活中にアメリカの小説家に影響を受けて、親のすねをかじりながら小説家の真似事をしていた。
物は試しにと5作目の長編時代劇小説を応募してみると、何故か受賞できた。そのおかげで今は夢のような生活ができている。
時代というのは恐ろしく、受賞作品がドラマ化、映画化したおかげでそれなりの収入もある。その時ばかりは人生すべての運を使い切り、ドラマの初回放送を見ることもなく突発的な死が訪れるのではないかと恐怖したこともある。
今ではその恐怖にも慣れ、いつ死んでもいいように悔いのない生活をしようと誓いを立て、日本各地を旅行している。そのうち日本全国を制覇できればいいなと夢見ている。
夢を叶えるための旅行だが、もちろん執筆活動の取材や制作意欲を湧かせるためという理由もある。私の場合は現地での出会いが、作品の出来を左右する。
今回の旅行ではいい出会いができたからいい作品に仕上がった。彼女との出会いがあったからこそ、私の脳は活性化されて筆が進んだ。
出会ったばかりの彼女の後ろ髪を撫でながら、今は作品を作り上げた余韻に浸りながら出会いを回想しよう。
今回の旅行は小型自動二輪で左右がだだっ広い田んぼや畑だらけの道を抜けて山を一つ二つと越えて秘湯を目指して山奥まで来た。
新緑の季節だと体に当たる風が心地いいものだ。新幹線や飛行機で遠出をするのもいいが、自分の足で移動するのも楽しい。
目的の旅館にはもう一つの山を越えなければならないが、ガソリンは足りなくなってもいいようにリアボックスに入れてある。
それに地図も持ってきたし、突然の雨のためのカッパもある。転倒しても最小限の事故に抑えるためのバイクウェアも着ている。旅行をするのに用意は万全である。
日が暮れてきた。片側一車線の峠を下る最中、後ろからワゴン車が付いてきた。追い抜くこともなくピッタリと着いてきている。あまりにもウザったいので止まってみると車は追い抜いて行った。
車に乗っている人間はバイカーをバカにしすぎている。それは都内を走っているといつも思うことだ。まさかこんな田舎でも味わわされるとは思わず、頭にきた。
追い抜いて行ったワゴン車は明らかにスピードが遅い。私が追い抜こうとすれば道を塞いでくる。都内のナンバーだ。ヘッドライトで車内が見えるが男が2人、女が1人と形でわかる。旅先でテンションが上がっているのか、それとも女にいいところを見せようとイキがっているのか、どのみち私をからかっていることに変わりはない。
私はクラクションを鳴らした。
するとワゴン車は少し前の方で止まった。追い抜いてもいいのだが私も止まってみた。男2人が降りてきた。
数少ない街灯に照らされたのはなんでこんな田舎に来ているのか不思議なくらいの、まるで外国人ラッパーに憧れているような山道にはまったく不釣り合いな格好をした若者だった。
いろいろと疑問に思いながら観察してみると妙にテンションが高く、どうやら酒か薬をやっているらしい。それともハーブかキノコかもしれないが正常運転ができる状態でないのは間違いなかった。
私はこいつらに制裁を加える義務があると決断し、フルフェイスのヘルメットを外してバイクを降りた。
自分で言うのもなんだが有名小説家である私はこういう時のために絶対に顔出しをしないと決めている。そのためにゴーストライターの噂も出たが、顔が知られていることによるトラブルを避けられるのなら、そんなことは気にしない。
私は世間からは目立たずに暮らしたいのだ。目立つのは名前だけでいい。
脅すように大声を出してヘラヘラしているクソガキどもに、かかってこいと言った。クソガキどもは驚いた様子だった。
2対1で私が動じるとでも思っていたのだろうか、お遊びで挑発したつもりだろうがこっちはお遊びで済ませるつもりはない。何より私は頭にきているのだ。
クソガキどもはマジになってバカじゃねぇのと車に戻ろうとした。仕方がないので大きな声で挑発してやった。とにかくバカにしながら歩いて近づいて行った。
その声に車に残っていた女も窓から顔を出してこちらを見ている。
ある程度の距離を詰めた私は冷静に挑発を繰り返した。やっと本気になったのか、1人が大声を出しながら走ってきた。
顔を狙ってきた右パンチを後退して避けると、しっかり踏ん張って腹部に右膝を入れてやる。武器は拳だけじゃない、これは当たり前のことだ。
私は正直がっかりした。もう少し手ごたえがあるかと思ったが、ガキは腹を抱えてうずくまってしまった。
その背中を踏みつけ、地べたに這いつくばらせると顔面を蹴りとばした。バイカー専用の安全靴の味は格別だったのだろう、気絶するほど美味かったようだ。
しかし、しばらくすればまた起き上ってくる。そうすれば再びトラブルが起こるし、こいつを生かしておけばまたどこかで私のように善良な誰かの迷惑になるだろう。
すぐさま、うずくまるガキを足で押し倒して、首を狙って一気に踏みつける。すると首は簡単に折れる。ボキッ、またはゴキッという音は静かな山道でクリアに聞こえた。
即死というわけにはいかないがそのうち死ぬ。人間の体はそんなにやわではないというが、こうやって何人かの首を折ったことがある。もちろん最初から上手くいったわけではない。何事も経験だ。
もう一人のガキにも骨が折れた音が聞こえたのだろう、仲間がやられた事に逆上してかかってきた。仲間思いでいいヤツかもしれないが、ここはさっさと逃げるべきだった。そうすれば別の人生を過ごせたかもしれないのに。
もうとっくに暗いこんな山道では目撃者もいない。現にこのいざこざの最中も通り過ぎた車も人もいない。
私は2つの死体を道路に置いたまま、バイクのリアボックスから包丁を取り出してワゴン車に向かった。この包丁は銃刀法違反と言われないように持っている護身用だ。調理に使うとでも言えばとりあえずは大丈夫だ。警察もそれ以上突っ込んで聞いてこないだろう。
ワゴン車のドアを開けると20歳以下だと思われる女はガタガタと震えて恐怖で顔をひきつらせていた。決して美しいとは言えない顔立ちだが怯えているだけで抵抗もせずに騒がないのはよかった。
包丁を見せびらかして車を降りるように言うと震えながら降りてきた。泣いてはいるが、よほど怖いのか本当に騒がない。
スマホがないか聞くとバックの中だという。誰かに連絡することもなく通報することもできなかったようだ。
街灯に照らされた彼女の髪は染めてなく、その美しい黒髪のロングヘアーに惚れた。こういう出会いがあるから旅行は止められない。
「美しい髪をしているね。君を殺す気はない。どうだろう、一緒に旅行をしないかい?」
うなずくだけで彼女の声を聞くことはできなかったが、声などどうでもいい。
「じゃあ、バックを取ってきなさい」
彼女が車に向かおうと私に背を向けた瞬間に、彼女の首に右腕を巻いて左手で頭を押さえると、首を引っこ抜くのと同時に彼女の頭部を右に90度以上曲げた。ゴキンという音と同時に力の抜けた彼女の体重がズシリと右腕に乗ってきた。
私は男の死体を運転席と助手席に乗せた。ハザードランプを押そうとしたら、ドリンクホルダーにビールが置いてあった。飲酒運転でテンションが上がっていたのだろう。調子に乗って私に構わなければこのようなことにならなかったのに。
女は後部座席に寝かせた。バイクを車に近づけて、シート下から薄いカッパとビニール手袋、そして頭につける小さなヘッドライトを被って後部座席に戻る。
ワゴン車だったから広くて作業がしやすくていい。ライトをつけて女の頭を撫でる。この出会いに感謝をした。
右のこめかみの生え際から包丁を刺して、先端が頭蓋骨に当たる程度でおでこを左に向かって一文字に切っていく。このおでこ部分はまっすぐに切ると仕上がりが綺麗で美しい。女性の魅力的なもみあげをなぞるように通り、耳の後ろからうなじまで切る。
ロングヘアーを血で塗らさないように気をつけなければならないが、何度も経験を積んだ私には余裕だ。右手で髪を束ねて持ち上げ、お辞儀をするように彼女を倒すとうなじもなぞるように左耳のほうに切っていく。
一周切り終えた時に両利きだったらよかったのにと毎回思う。左利きなの左側を切るのは少々手こずる。
切れ目から血が滴り、顔面や首を赤く染める。慎重に大胆にゆっくりと掴んだ髪の毛を前後に動かしながら引っ張り上げて頭皮を剥ぐ。
私の経験談だが、バカな女ほどバリバリと剥がれていく。どうやらこの女はバカらしい。あんなクソガキと一緒に付いて回っているんだから当たり前だろう。優秀な女なわけがない。
髪は綺麗なのにとても残念だった。外見と内面、内面と外見は一致しないというのはやはり人間なのだろうか。
血だらけの死体を座席に残したまま、頭皮を持って外に出る。綺麗に取れた頭皮の血抜きしなければならない。血を抜いておけば腐りづらくなるし、何より臭いが気にならない。
髪の毛を右手に持ったまま、頭皮を下にすると初めは肩を中心にゆっくり大きく頭上で振り回し、遠心力で髪の毛がねじれないように気をつけながら頭皮を振り回すことで血抜きができる。
そこらじゅうに血が飛び散っているのだろうが、自分の大切なバイクに汚い血がつかないようにもちろんワゴン車を盾にしている。
肩からゆっくりと回して次第に腕・手首と細かく高速に振り回す。ロングヘアーは振りやすくて助かる。なによりそのロングヘアーに惚れた。
しっかりと血抜きができたらあとはバイクにしまうだけだ。多少は血が出てしまうため、昨日の旅館でもらった新聞紙で頭皮部分は包む。これを忘れてはいけない。血は生臭くなるのだ。
血だらけになったカッパは大事なバイクウェアに血が付着しないように裏返しになるように脱ぎ、後部座席にビニール手袋も一緒にワゴン車に捨てていく。
そこにライター用のオイルを撒いて火を付ければ証拠隠滅だ。しかし、この山道を利用しない手もない。少しだけパワーウィンドを下げて空気が入るようにして、後部座席に火をつけるとハンドルを谷底に向かうように切ってサイドブレーキを解除して運転席から離れる。
坂道をゆっくりと下っていく車内が赤く輝くワゴン車はガードレールをメキメキと突き破って山中へと転がり落ちていった。それを見届けて私は今夜の旅館に向かったのだ。
カッパは失ってしまったが、それ以上のいい出会いがあったおかげでいい作品を作り上げられた。新聞紙を丸めて作った顔に頭皮を乗せて髪を撫でるのは実に楽しい。
この出会いもいつかは事件として判明するだろう。初めは飲酒運転による事故とされると思うが、頭皮が剥ぎ獲られた女性の死体と路上に散らばる血飛沫で説明つかない異常事態でもある。
どちらにせよ、私が犯人だと分かるはずがない。
そろそろ温泉に向かう準備をしよう。頭皮を新聞紙にくるんでバックに入れると、
「大丈夫だ、ぬかりない」
私は頭皮の回収から小説の完成という完璧な自分の行動を思い出して、書き上げたばかりの作品の台詞を口走っていた。どうやら、まだテンションが収まっていないようだ。この旅館を出るまでに新しい作品を書き出すかもしれない。
初投稿です。
まだまだ情景や緊迫感が足りない気がしますが、自己満足です。
くれぐれも小川三男三を見習わないようにお願いします。