主人公、語る。
奇妙なシチュエーションである。けらけらと楽しそうに微笑んでいる、先程まで話していたイケメンの横に、眼鏡を掛けた男(この人も中々に男前だったので殴ってよいものかな?)が座っているのだが、激しく咳き込みながら、身体を丸め、ふるふると震えている。話に聞くと風邪らしく、何処の世界にでも風邪菌というのは存在するのだなと驚いたのである。
さて、体調は気遣わしいが、とりあえず逮捕は免れたので万々歳といったところ。しかし、どうにも困ったのが、俺が見知らぬ世界にいるという事実は変わらないんだよネ……こいつは困った、熊った。などとふざけたことを考えていたからか、イケメンは、ドレットノート級のインパクトがある発言をかましてきたではないか。
「ケンヤくん、君は異世界から来たって言ってたよね? 正直聞くけど、頭大丈夫?」
「いやもうそりゃもう、大丈夫ですよ。さっきも言ったでしょ。2+2は4、空には一つの月と太陽、東から昇るお日様は西に沈んで夜になる。美人な女と操正しき女は同時には成り立たず、金は有るところにはあるけれど無いところには無い、それゆえ俺はすかんぴん。その、言葉は悪いですがね、ふざけた口調ゆえに狂人扱いされるのは分かりますがね、まだまだ頭はしっかりしております」
「へぇ、やっぱりふざけてたんだ」
「すみませんね、真面目になれないタチでしてナ。ああ、真面目になれないのが狂人というのなら、あながち間違いじゃありませんね」
へらりと笑い、イケメンは俺を見ている。さっきまで蹴られていた恨みはとうに消え失せた。多分愉快犯のそれだろうし、カツ丼が美味かったので許した。イケメンは語る。
「1ついいかな?」
「なんでしょう」
「太陽は西から昇って東に沈むよ」
「……はぁ?」
ついておいで、そう言ってイケメンは立ち上がり、窓辺に歩き出し、窓を開けた。そうして、ふぃんと飛び上がると窓を越して、外に下り立った。
「面倒だから窓を越して来なよ、いいもの見せてあげる」
ははぁ、コイツ、俺が体育の成績で10中の3だったのを知らないな? 追加でレポートを出し、更に土下座をしてなんとか赤点から脱したのを知らないんだな!
窓枠に手を掛けて、震える上でもがきよじ登るも、上に載った段階でうんともすんとも動けなくなる。運動不足のダメなとこ、体力はもう尽き果てました。ふるふるとバイブレーションしていると、イケメンは小首を傾げてこちらを見ている。
「お、俺はいい! お前は先に行けっ!」
「……降りれないんだぁ、あはっ、可愛いねぇ。ほら、おいで」
脇をひょいと抱えられ、地面に下ろされた俺、咳払い、咳払い。さぁて気を取り直していこうじゃないかねとイケメンを見上げたら、ついと指を指している。
「まず、真っ直ぐあっちが北、だから左が西で、右が東になる。大丈夫」
「おーけぃ、それから?」
「さっきまで昼だったよね。つまり、太陽は真上、というかまあ真ん中にあった。そろそろ夕方も近いし、傾いているよ」
イケメンにまたもや身体を掴まれ、くいっと右――東に向けられた俺は、猫の類いかよなどと涙目になりながらも空を見上げる。南東の空には、白々しく輝く太陽が浮かんでいる。
「このまま太陽を見ててもいいけどね、分かったかな?東に沈む、ね?」
「ははぁ、じゃあもうお分かりでしょう。私の世界じゃあ西に沈むのですし、こりゃもうどう考えたって私が異世界から来たという証拠でしょうナ」
「……へぇ、そう来たか」
「行かざるを得ませんからねぇ。とりあえず、こちらの都合は見知らぬ世界に迷子ちゃんでして、ふいっと帰れるまではこちらにお邪魔させて貰わなくちゃ」
「まあ、そうだね。もしも君が行く宛もない子なら、世界のはしっこでくたばるのがオチだろうし」
「そういうことです、まあ、信じてくれとは言いませんが、狂人にしろ、徘徊者にしろ、警察ならかくまってくれてもいいじゃないですかネ?」
俺はイケメンを見上げる。風にそよぐ髪は、なんとなくあくびをする猫に似た印象を全体に覆わせた。彼は俺を見下ろしながら、小さく微笑み、それじゃ戻ろうかと呟いた。はてなと思っているとよいしょと俺の胴回りに腕を通し、小脇に抱えるではないか。軽々と運ばれる俺は、多分世界で一番ドナドナが似合う男だろうと思う。
窓を越して、また下ろされる。部屋に残っていた男前は、咳が落ち着いたのか平然としている。イケメンは男前の所に行き、なにか耳打ちする。それは何かしら女性の喜びそうな絵ではあったが俺は男なので内心毒づくくらいだ。さてまあ、とりあえず悪い奴ではないのを祈りたい。俺は席に座り、事の行く末を見守ることにしたのである。
「セトグチケンヤくん」
男前の発言に、俺は黙って背筋を伸ばした。男前は微笑みながら「そこまで固くならなくとも構わない」と言ってくれる優しい男前である。まあ、俺はこの男前を頭の中で2、3発殴ってるんだが。
「事情は……まあ定かではないが、ひとまずはうちの寄宿舎に泊まってくれ。落ち着くか事象が解決するまでは、ここにいてくれて構わない」
「……っ、ありがとうございます!」
「いやいや。構わない。それじゃあ、君も疲れたろう。レオナールに案内してもらい、部屋に向かってくれ」
「ははぁ、レオナールとはどなたでしょう」
「僕だよ」
微笑み、俺に手を振るイケメン。さあこの時の俺の心情として適切な物を答えよ。
1.コイツ、レイノールっていうのか。
2.微笑むなよ、惚れてまうやろ。
3.事態がトントン拍子で進みすぎて疑心暗鬼になっちゃうじゃない!
4.あのカツ丼、また食べたい。
答えは全部否であります。俺は立ち上がり、よろしくお願いしますと、日本人特有の直角会釈で礼を言ったのである。