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主人公、笑われる。

5分ばかりの休憩を挟んだ後、聴取を続け、大体の話も聞いたしカツ丼も食べ終えたから、僕は立ち上がり、『彼』に小さく手を振り、部屋を出た。指先に書類を挟み、ひらひらと宙に揺らしながら歩く僕は確かに陽気に見えたろう。


赤茶けた執務室の扉を4度ノックすると、疲れたような声で「入れ」と、返事が返る。押し入ってみると目を指で押さえつつ小さく首を振っている隊長が、「なにかあったのか」と呟く。僕は書類を、妙に片付けられている机の上に置いた。


「セトゥシャン街のじいさん、いるでしょ。またあそこで騒動があってね。とりあえず放置するのもアレだから、同行してもらった」

「……ドネィじいさんか。はぁ、なんだって俺達がこんな警察の真似事なんかしなくちゃいけないんだよ……どうせ放免だ。適当に片付けておいてくれ」

「へぇ、堅物の隊長らしくない発言だね、けどまぁ、来てもらうけどね」

「疲れてるんだよ……なんだ、何か問題でもあるのか」

「問題というかね、その子、異世界から来たって言ってるんだよ」

「……精神病者は養護院に引き渡してくれ」


大儀そうに背もたれへ体重をかけ、あぁだのうぅだの唸りながら天井を見上げる隊長は面白い。けど現時点においては、隊長よりも彼に興味があるから、疲労がどうとか知ったことじゃないのだ。


「一目見たら分かるよ。少なくとも狂っちゃいないってのはね。けど、面白いね、楽しくて質問していたら異世界から来た以外にも『太陽は東から登る』とか、『月は一つ』とか。他にもおかしなこと言ってるんだけど、やけに真剣な表情で言うもんだから、狂ってるとも思えないし、虚言癖というには少し違う。とにかく面白いんだよ」

「……それが、どうしたというんだ」

「どうせ疲れてるんでしょ。休憩がてら見に来なよ」


溜め息を吐かれたけど、立ち上がったというのは肯定したということだろう。伸びをして関節から嫌な音を立てている隊長を横に見ながら、僕は灯りを消した。だるそうに部屋を出た隊長を先に行かせて、僕は執務室の扉を閉めた。


「セトグチケンヤ? マスコー人か?」

「だからぁ、異世界人だって」

「……そういうことじゃないだろうに」

「黒髪に黄色い肌、身長も低め。まあ、外見上はマスコーっぽいけど、訛りはないよ。妙にフィン語が流暢でね、声は変だけど、サラシュの発音なんて下手なフィン人よりも上手いね」

「……ふぅん」


僕が渡した紙を見ながら、つまらなそうに吐き捨てていく隊長を見ながら、おそらくこんな態度もすぐに消え去るだろうと、僕は楽観的に考えていた。聴取室の扉を開けると、窓辺に立って外を見ていただろう彼は、道端で突然人間と出会って跳び跳ねる猫みたいに驚いて、慌てた様子で椅子に着いた。僕は脇に重ねてあった椅子を一つ用意して、さっきまでの僕の席だった所に座った隊長の横に位置した。


「セトグチケンヤくんかな」

「ええ、はい、セトナイカイのセトに口、賢い也でセトグチケンヤと申します」


軽快な口調に全く似つかわしくない、妙に荘厳な響き。何処かしらエコーがかかっている声なのに発言は間抜け。僕は耐えていたけど、不意をつかれた隊長は、たまらず吹き出してしまった。隊長は咳払いをして、顔を赤くする。


「失礼……あぁー、その、なんだ、君は何故ここにいるか、理解しているかな」

「はい、無銭飲食ですよね。しかし、弁明させて頂きますがあのお爺さんにも責任はありますよ、親しげに微笑みながら林檎をポンと手に置かれましたらね、我々の業界じゃ『おう兄ちゃん、うちの林檎を試食して行きなよ、蜜があって美味いぜ!』という意味に捉えます。えぇえ捉えますよ。金が無いから試食ならいいかと思いかじったらまあ美味い実に美味い。空腹は最高の調味料ですナ。しかし、ここいらでは店主が買わせるために商品を持たせるのですか、あまりにもあまりな慣習ではないかしらん?」


むせ込んだ隊長の背中をさすりながら、僕は彼――セトグチ、いや、ケンヤを眺める。ケンヤは不思議そうに隊長を見ている。自分の声を理解していないのだろうか、本当に面白い。

隊長が隊長なので、僕は代わりに話をしてやることにした。僕は多分に優しい男なのだ。


「まあ、それに関しては店側にも問題があるから、この件に関しては、今度から気を付けてねで終わり、怒られなくってよかったね」

「いやはやはてさて、冷や汗ものでしたよ。あなたが盗人盗人言うからいつ縛り首になるかと恐怖でうち震えておりました、ぶるぶるとね」

「がふぅッ!」

「……あの、その人大丈夫ですか? まず咳なのかも疑問?」


隊長は、耳まで真っ赤にして、体を丸めて笑いを堪えている。震えた声で「いかん……ツボに……ツボに入った」などと言うから、僕は呆れてしまう。


「ごめんねぇ、この人、風邪気味なんだよ、咳しても仕事するなんて、馬鹿だよねぇ」

「いやいや、私なんぞは怠け者ですからね。ちょっとした体調不良で寝に入りますから、その熱心さには脱帽ですよ。けど、養生なさって下さいな。喉の風邪には紅茶に蜂蜜を入れるとキチですよ」


隊長は震えつつ、ありがとうと伝えてくれと言い、僕はそれを伝言する。ケンヤは朗らかに笑いながら、「やはり警察というのは、どこの世界でも職務熱心な方々なんですナ」なんて、例の荘厳な口振りで語るのであった。

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