表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

主人公、カツ丼を振る舞われる。

「ああ、やっと着いたね。君がのろいから嫌に時間がかかっちゃった、謝ってよ」

「……すんませんでした」

「うん、許してあげなぁい。はいはい、まだゴールじゃないよ、早く歩け歩けー」


理不尽、不条理。なに、ゴドーでも待ってるの、俺。ちなみに言いますがゴドーは死んだ、そう、俺達が殺したのだ!

俺はもはや数歩ごとに蹴られるのに慣れてしまい、むしろ蹴られなきゃ歩けないぜんまい人形ではないかしらんなどと考えつつ、厳めしい、赤煉瓦で構築されたおどろおどろしい建物の中へと入っていった。多分、この厳めし館は警視庁、というかまあおそらくポリ公のなにかだろうと愚考する次第だ。


ふと背中が蹴られないようになり、不思議に思い振り向けば、楽しげに生きている青年が俺を追い越していった。左前にあった扉を開けて、青年は俺に対してだろう、入りなよと顎で示した。ぐぬぬ、まるで犬にでもなったかのような気持ちだ。


「椅子に座って待ってなよ。僕はお昼ご飯をとってくるから、大人しく待ってるんだよ、盗人くん」


……なに、お昼ご飯を取ってくるなのか摂ってくるなのか。前者ならまだいいが、後者だと俺放置プレイの疑いがあるぞ。仕方ない、不条理は今に始まったことではない。俺は諦めて、固い木製の椅子に腰かけて、目の前に置いてあった長机にへばりついた。朝御飯を食べてなかったから腹が空いて仕方ない、背中とお腹が螺旋構造を形成しそう。それにへばりついている机に赤黒い染みが付いていて、それが嫌な予感をさせるのだ、怖いよママン。

部屋には広めの窓が取り付けられていて、陽光を採り入れ部屋全体として明るい印象を受けさせる。勿論取り調べ室だからそこまで広い訳でもないが、かといって非人道的な臭いはない。殺されることはないだろう、町を見た限り文明化はしているだろうし。しかし、暇だ。見るものがないので退屈しのぎも出来やしない。甚だぐぬぬである。

幻想上の雲、金比羅、雪、魚群。とりとめもない空想は退屈と空腹とが産み出した悪徳の子だ。フュノン・ガルウ、磔、犬、空を飛ぶ。パリの街路、ご飯にしよっか、カツ丼。

いつの間にか部屋に入ってきていた先の青年が、俺の対面に座り、カツ丼と漆塗りの箸を目の前に置いた。俺にくれるの? 少なくともやっこさんも同じくカツ丼を持っている。華やかな視線で食べなよと語る彼に、好感度MAXラブレヴォルーションである、やべぇ惚れた。


「それじゃ、なにから始めようかな、」青年は脇にあった小さな棚から、なにかしら茶葉めいた物を取りだし、お茶を淹れ出した。あんなのがあったのか、死角にあって見えなかった。この芳醇な香りときたら、緑茶……じゃない。発酵してますよシニョール!? 淹れ終えた青年は、カップを2つ、机に持ってきた。透き通った薄紅は紅茶の証だ。多分この人頭が飛んでる。カツ丼にはあつぅい緑茶持ってこいよ。「君、名前は何て言うの」


「瀬戸口 賢也と申します。瀬戸内海の瀬戸に口、賢いなりで瀬戸口 賢也」

「セトグチ・盗人・ケンヤっと」

「盗人ちゃう、兄ちゃん、盗人ちゃうねん」

「ああ、盗人・セトグチ・ケンヤか」

「称号でもない!」


けらりと笑いながら青年は、万年筆を動かしながら何かしらの書類に書き込んでいる。字を盗み見ていたが、明らかに俺の知らない言語体系らしくて読めそうになく、盗人の二文字が書かれているのかどうかやきもきしてしまう。


「出身は? 外見からして、マスコーあたりだと思うけど。フィン語上手いよね」

「出身は、愛媛です。本籍は山口の岩国ですがね……あのぅ、ちょいと良いですか、お兄さん」

「ん? なに?10文字以内ならいいよ」

「……異世界から来ました」

「……ぴったり10だね。というかなに、君、精神的に病んでるの? ちょっとカツ丼でも食べて落ち着きなよ」


うわお、ジト目。結構傷ついたからカツ丼食べよう。作りたてらしく、微細な水蒸気の粒子が浮かび、窓から入る陽光に煌めいている。箸を差し込み、幾らかのご飯と共にカツを一切れ持ち上げれば、芳香と共に粒子は溢れ出す。手皿はマナー違反だというが、まあ、許してもらおう。咀嚼すれば、タレの旨さに驚愕する。甘口に仕上げられたタレは甚だ俺の内臓を喜ばせ、嚥下した咀嚼物はくゅうと食道を撫で上げて胃袋へと滑り込んでいった。

俺は、玉ねぎが苦手だ。多分前世では親の仇だったんだろう。そんな俺にとって美味い飯というのは、いかにして『玉ねぎを美しく仕立てあげるか』という要素に帰結する。カツ丼から玉ねぎを持ち上げ、口に含む。この玉ねぎには辛味がなく、むしろこの玉ねぎだけ食べても生きていけるのではないかと錯覚させるような旨さが隠されていた。料理人の、端々にまで行き渡る気遣いには、脱帽するばかりである。但し紅茶はやはり合わない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ