ペインメーカー
遊森謡子様の企画、春のファンタジー短編祭「武器っちょ企画」に参加させていただきました。お題は、
●短編であること
●ジャンルは『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアック な使い方』
とのこと。
これで、書きたくならないわけがない!
私の職業は薬師です。
───って、紹介出来たら格好良いとは思うんだけど、如何せん、薬師の弟子ではあっても、薬師までの道のりは程遠い。
「カサン、お前、また毒草摘んできやがって!」
薬臭いログハウスの様な家が、今、現在の私の家。罵声を浴びせて精製室から顔を出してきたのは、残念なほど眼鏡の似合わないお師匠様。グルゲン様。御年29才。
19才になったばかりの私とは、10才も年が違うけど、ムキムキマッチョの、どう見ても、「え? あなた戦士? 戦士だよね?」という容貌では、10以上も余裕で離れて見える。
グルゲン様、お願いだから、眼鏡、やめてくれませんかね?
マッチョが眼鏡って、何か、凄い無駄な気がする。何で筋肉鍛える前に視力鍛えなかったのかなあ、と思わずにはいられない。
「お前、また俺に失礼なこと考えてるだろう?」
「あ、あ、あいたたたたた!
グルゲン様、アイアンクローはやめて!
頭、痛い!
痛いです!」
ぐわしっ、と顔から前頭葉までを捕まれたまま、宙ぶらりんの私。片手で私の頭、スッポリ。足、ブランブラン。
これで薬師って、絶対、おかしいって!
「うー、痛いですよ、グルゲン様!」
漸く離して貰えたが、頭がまだ痛い。痛すぎる。
「いい加減、お前は反省することを覚えろ!」
「はい、はい」
「返事は1回!」
「ふぎゃあ!」
二度目のアイアンクローを受けながら、私は手をばたつかせて、踏まれた猫のように叫んだ。
と、そんな普段通りの平常運行を遮るように、玄関ドアでノックの音がする。
そして、弱々しい声。
「す、すいませぇん」
グルゲン様は私の頭を握っていた手を離すと、溜め息を吐いて玄関に向かう。
「サナサナか」
確認して扉を開けた先には、お得意さんのサナサナさんがいた。グルゲン様に薬の調合を依頼しにきたのだ。
サナサナさんは、この辺の町や村の薬依頼を一手に引き受けてこの森のログハウスにやってくる。ついでに最近は、もう一つの依頼も必ずあるので、グルゲン様のご機嫌はいつも悪くなる。
「ぐ、グルゲン様、いつもすいませぇん」
私よりも少しだけ低い身長のサナサナさんは、ペコペコと頭を下げていた。
「本当、いつもだな。お前は」
確かにここ最近、サナサナさんは連日この森の小屋を訪れる。それの意味することに、私は眉間に皺を寄せた。
「リンゴクの進軍が止まらないんですよ」
サナサナさんはそう言って更に頭を下げた。
リンゴクは、このログハウスもある森を含めた豊穣の国、ユッタカナの隣の国だ。10年前に玉座についたリンゴク国の王様は、何でも欲しがりで、困ったことにそれに見合った力もある。
だから、実り豊かなユッタカナの土地が欲しいらしく、いつもこちらにちょっかいをかけてくるのだ。
この10年で、国土を取られずとも、隣接した国境近くの村の幾つかは、リンゴクに滅ぼされ、今はユッタカナの兵士が守る砦しかない。
私のいた村も、リンゴクに進軍されて滅ぼされた。すぐさまユッタカナの兵士が駆けつけてはくれたけど、時既に遅し。村は到底なりゆかない程に荒れはて、私は家族を殺され、グルゲン様に拾われて今に到る。
「今日も痛み止めを頼みます。国境の第二砦の痛み止めが足りませぇん」
サナサナさんは、申し訳なさそうにグルゲン様にそう言った。それから私に向かって、
「それと、痛み分けも一つ、お願いします」
と言った。
グルゲン様が私以上に眉間に皺を寄せたのが分かった。
痛み分け───それは、呪い師と呼ばれる人々が作る秘薬中の秘薬。
薬と言えば聞こえは良いが、それを飲めば、飲んだ相手は【痛み】に苦しむという粉だ。
薬だと言う人もいれば、毒だという人もいるし、それ自体を【武器】だという人もいる。
最近では、専ら戦場で空中散布されるというのだから、強ちそれは【武器】と言われてもおかしくないだろう。
私も、人に痛みしか与えないそれは、【武器】だと思う。
真っ白な白い粉。
だけど、その粉が体内に入れば、人々に望み通りの痛みを与えることが出来る。
私の村は代々ペインメーカーを輩出する村で、私もその跡取りのひとりだった。
たから、痛み分けの作り方も分かる。
作り方は簡単だ。
ペインメーカーである人物の髪でも爪でも、体の一部を精製水で5日間、煮詰めれば良い。そうすると、白い粉が出来る。
それだけで、ペインメーカーが肉体に感じた痛みと同じだけの痛みが、粉に宿る。
但し、ペインメーカーが感じた痛み以上の痛みは与えられない。
家族を亡くしこそしたが、私の肉体は五体満足の為、大した痛みの経験はない。精々、毎月訪れる月の物が重いくらいで、その程度の痛み分けしか作れない。
それでもサナサナさんは、痛み分けを欲する。
痛みは人を鈍くする。
リンゴクの進軍を少しでも遅らせるそれを、この国、ユッタカナはそれだけ欲しているのだろう。
サナサナさんは、痛み止めの薬と、痛み分けの粉を持って、金額10枚を置いて帰って行った。
「グルゲン様」
「何だ?」
サナサナさんを見送った後、私はグルゲン様に声をかけた。
親代わりで、兄代わりで、保護者がわりで、そして師匠でもあるグルゲン様。
年々、リンゴクの侵略が進み始めていることを、きっとグルゲン様も憂いている。
「私、腕、切り落としましょうか?」
「は?」
私の言葉にグルゲン様が眉間の皺を深くした。
怒らないでください、グルゲン様。怖いです。
それでも私は勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。
「このままこの国が負けても困りますし。
私がもっと痛みを知れば、痛み分けも強くなりますから」
生理痛の痛みぐらいじゃ、1時間ほどの足止めで精一杯だろう。それだけじゃ、リンゴクの侵略は止まらない。止められない。
リンゴクは、ペインメーカーを恐れて、真っ先にペインメーカーのいた村を滅ぼした。ペインメーカーはユッタカナ特有の呪い師だから、今ではペインメーカーを名乗るものはいないとされている。
私が白い粉を作れることも、グルゲン様とサナサナさんしか知らない。
知られてはならない。
サナサナさんの白い粉は門外不出の秘薬として国内の砦にこっそりと引き取られるからだ。
きっとペインメーカーとして見つかれば、私は死なない程度のあらゆる責め苦を受け、その苦しみから痛み分けを作られるだろう。
ペインメーカーだったわたしの父や兄も、足や手の指が欠けていた。
私が五体満足なことは、本来、ペインメーカーであったならば、あり得ないことなのだ。
「グルゲン様、私なら大丈夫ですよ?」
グルゲン様とのこの暮らしの為なら、痛みなど惜しくない。
身体の痛みは辛いけど、心の痛みも辛いのだ。
もし、万が一、この眼鏡マッチョに何かあったら、私は生きていける自信がない。
不安げにグルゲン様を見上げると、グルゲン様はジッと私を見つめてから、
「そうか、なら仕方がない」
と私に近づいてきた。
私はドキリとする。
自分で言っておきながら、片腕を失う痛みに、今更ながらにゾッとしたからだ。
「グルゲン様……」
怖いけど、覚悟を決めてグルゲン様を見上げれば、グルゲン様は珍しく微笑んだ。
「お前に、喜びの痛みを教えてやる」
「は?」
喜びの痛み?
何ですか、それ?
「腕を切り落とすなんて無粋なことをせずとも、お前だから得られる痛みがある。
それは決して戦場の兵士は得られぬ痛みだ」
謎々ですか?
私、あんまり得意じゃないんですけどね。
見上げる私の額に、グルゲン様はキスを軽く落とす。
「ひっ!」
驚きの声がそんなんですいません。
だけど、いつもアイアンクローのお師匠様から、額にチューなんて、怖すぎでしょう、それ!
「色気がないな」
珍しく艶やかに笑うグルゲン様。眼鏡、似合ってない。
というか、眼鏡、今、色気必要ないだろう。
少し前のシリアスな雰囲気を消し飛ばすグルゲン様の色気に、わきたつ私の危機意識。
逃げろ。
ヤバい。
だけど、時はすでに遅し。
逃げる前に膝裏に腕を差し込まれ、そのまま、お姫様抱っこされた。
「ひいぃぃぃ!」
ヤバい。
何がヤバいか分からないけれど、グルゲン様がヤバい。
グルゲン様は似合わない眼鏡をキラリとさせながら、私に言う。
「俺の子を孕め」
「…………」
一瞬、頭、真っ白になりました。
意味が分かりません。
真っ白な私に、グルゲン様は続けて言います。
「女の出産の痛みは、男には耐えられぬ痛みときく。ならば、腕を切り落とさずとも、お前は痛み分けを作れるだろう」
はい、キマシター!
お約束? お約束展開?!
そんなわけあるか!
今まで、親のように、兄のように慕ってきた人に、そんなこと言われて、はいそーですか!って言えるか!
唖然とする私を寝室に連れて行きながら、グルゲン様は思い出したように私に言う。
「俺はお前の父でも兄でもない」
ここで言いますか、それ。
私の気持ち、聞きませんか?
なんて思っても、悲しいかな、私の顔は、私の心より正直らしく。
「お前のそんな顔、初めて見た」
と嬉しそうに囁きながら、グルゲン様は私に初めてのキスをしました。
……
…………
結論。
私もグルゲン様のことを、憎からず好きだったようでした! べ、別に情に絆された訳じゃないやい!
ただの眼鏡マッチョが、あんなに狂気になるとは思いませんでした。狂気改め、凶器。
対私で、かなり有効すぎる武器でしたよ、アレ……。
一年半後、無事、男子を、4日間の陣痛の後、産み落とした私は、人間、パネェ!と思いました。
人間賛歌、何が悪い!
頭の血管、よく切れなかったな、と思いつつも、グルゲン様似のご子息(頭でっかち)を生んだ妻である私を、グルゲン様は大層大事にしてくれます。
そして、出来上がった痛み分けは、かなりリンゴクに有効だったようで、グルゲン様似の我が子が3つになる時に、リンゴクとユッタカナの和平が成立しました。
「カサン、お前が今回の立役者だな」
とグルゲン様はご機嫌で私に言いましたが、私は曖昧に笑ってごまかします。
きっと、私の痛み分けで苦しんだ人の中には、そのまま、死んだ人もいたでしょう。
痛みで死んだ人もいれば、痛みで苦しむ隙を狙われて、命を落とした人もいるはずです。
命を育むからこそ耐えられる痛みを、戦争の為に使われたことを、しんどいと思うのは、きっと私の感傷で。
私を傷つけたくなかったグルゲン様の気持ちも痛いほど分かるし、私の生んだ愛し子が平和な国で住めることを、誰よりも私は感謝するけれども。
それでも、願わずにはいられない。
この痛みを戦争でなんか使って欲しくない。
命を産むからこそ耐えられる痛みを、こんなことに使ってほしくないなんて、既に作ってしまった私が言うわけにもいかないけれども……
「カサン、ハサゲンが泣いている」
グルゲン様が困った顔をしながら、庭から家に入ってくる。
最近の売れ筋は専ら風邪薬だ。
大した稼ぎにはならないが、それでも以前より眉間の皺のないグルゲン様の顔を見ることは嬉しくて、私はグルゲン様に微笑む。
「どうしたんですか?」
「ブランコから落ちた」
そう言いながら、抱きかかえられたハサゲンを、私は自分に迎え入れる。
泣き叫ぶ幼子の額がうっすらと赤いが、大した怪我ではない。
「ハサゲン、泣かないで」
宥めながら、優しく幼子の額を撫でた。
幼子はひゃっくりを繰り返しながら、私を見上げて涙目で微笑む。
私はそれを見ながら、泣きたくなるのをこらえ微笑んだ。
私は薬師。
そして、ペインメーカー。
己の肉体の痛みを粉にして、武器を作る。
だけど、願わくば、そんな武器、使われない世の中であってほしい。
そんなこと、誰にも言わないけれど。
読んでくださった方、企画された遊森様に感謝申し上げます。ありがとうございました。