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2001年組編 8
翌日、神へと祈りをささげながら、組長は起きていた。
これからのことを考えては、その思いは頭の中で電気信号として伝わって、周囲へと感情を漏らしていく。
さすがに西暦3000年ということもあり、機器類は大きな進歩を遂げているようだ。
しかし、人は変わっていない。それは、組長も大いにわかっている。
神が定められた計画は、今も有効であり、それを早めることは、人が存続するために必要不可欠な事柄だ。
神はおられる、今も目の前にいる、ただそれを見るための眼が曇っているに過ぎない。
組長に判断であるが、瞑想の時には常に心に留めていることだ。
2001年組は、それを見るための観想を大切にする。
想いを観るのは、これまでの過ちを繰り返さないためであり、これから起こりうる艱難を乗り越えるためである。
ゆえに、組長は聞いた。
「神は何処に御坐す」
誰かが応えた。
「神は上に御坐す」
それに組長はハッとした。




