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一駅向こうの隣町ではヤツが居るからと、更に三駅離れた地域まで足を運ぶ私は、しかし公共の乗り物を利用する程のお小遣いも無かった。
あの頃の私は、よくもまああんなに歩いたものである。我ながら感心する程だ。
四駅分の距離を当たり前にテクテクと歩き、それを何処からか聞き付けたヤツが待ち伏せていた。
「何で最近来ないんだ、ブス。」
その恐怖とか怒りとか苛立ちとか、とにかく心の中に沢山沢山マイナスの感情が湧いて出た気分の悪さは筆舌に尽くし難い。
――何でっ!
やっと平穏な日々を手に入れたのに。何でこんな目に合うんだろう。そう思った。
私は最低な事に、ヤツと関わりたく無いから、ヤツ毎隣町の友達付き合いを切り捨てていた。
しかも罪悪感の欠片も無かった。
そりゃあ、そんな人間よりはヤツに味方するだろう彼等も。と、長じれば理解する。
――今さら何だってのよ!
私は無視して通り過ぎたかった。実際そうしようとした。
しかし私は非力なガキだったから手首を牽かれただけで、逃れる事も出来なくなった。
「みんな待ってる。」
ヤツが居る空間、その集団となんか、関わりたくも無かった。
「離してっ!」
離せば逃げるだろうと云われた。当然だ。しかし、私は足もやたら遅かったので、多分直ぐに捕まるだろう。
暫く無駄な抵抗をしたが、途中で諦めた。私は堪え性も根性も無かった。
「………。」
結論を云うなら、皆は私を待ってなどいなかった。多少は心配したり怒ったりしていた様だが、ほぼ正確に私の意図を理解していた彼らは、寧ろ私の再来に戸惑っていた。
「ええと……元気だった?」
「うん。ごめんね。」
「………まあ、こっちも…ごめん。」
互いに謝罪した。
やはり私の怒りは一応の正当性が有ったのかと、謝罪されて思った。しかし嫌みは云われた。
「そりゃあ多佳ちゃんは腹も立つだろうけど、何も云わずに付き合い切るってどうよ?こいつも悪いけど、何も気付かない振りをしてる多佳ちゃんだってヒドイよ。」
云われても仕方の無い言葉だったが、私は腹を立てただけだった。自分勝手な子供だったのだ。本当に。
「………どれだけ辛くても、我慢して来ないとイケないの?私はコイツの顔も見たく無いのよ。別にあんた達にコイツと付き合うななんて云わないわよ。でも、コイツとあんた達が一緒に遊んでるなら、あんた達にも会いたかないのよ。」
どんなに勝手な云い分だとしても、それが本音だったから仕方ないのだ。
「私が我慢し続けて自殺でもしたら、あんた達だって寝覚めが悪いでしょ?」
「何よそれ!?」
本音を口にしたなら、いざこざが起きる。面倒だし、私は基本的に弱虫で泣き虫だから争う前に逃げ出したのだ。
しかし、結局こうなった。
多分、私は簡単に云えば「切れて」いたのだろう。
まあ弱虫だけど、短気で喧嘩っ早い性質は確かにあの頃から私の中に有った。
「大体あんたは何で私に喧嘩売ってんのよ!?」
女の子の一人と多少嫌味の応酬をして、不意にぶちギレた私に周囲は困惑した。
理由はハッキリしている。つまり、私は何故この子と喧嘩してるの?元はと云えばヤツの所為じゃないか!?と云う理屈である。
「あんたが、私に毎回毎回突っ掛かるから私はあんたに会いたく無いのよ!会いたく無いから此処にも来たか無くなったんじゃないの!それを今さら皆が待ってるだ何だって、皆だって私の身勝手な理屈気付いてんだから待ってやしないわよっ!!!」
「一応待ってたけど」
と、空気を読まない誰かの台詞は当然無視された。
逃げ回り、泣くばかりだった私が怒鳴り散らせば、割と情けない台詞ながらも多少は怯ませる効果は有ったのか、ヤツが後退った。
周囲も呆然としていた。
「あんたの所為なんかで、何で私が死にたいだの何だの思わないとイケないのよ!?寧ろあんたが死ね!!!」
まあ、癇癪起こしてる人間の言葉に理屈なんか期待しないで欲しい。しかし、初めて見た剣幕にヤツは驚いた顔をして、何も云えない様子だった。
あれだ。どんなに突いても何の反撃もしないネズミが、いきなり飛びかかって噛み付いたらちょっと驚くかもね?そんな感じだったと思う。
私は暫くガンガン怒鳴り散らして、云いたい事をぶちまけた。暫くして落ち着いたら、先程うっかり喧嘩しそうになってた女の子に、ポンポンと肩を叩かれた。
「何よ?」
「マジごめん。追い詰められてたんだね。」
理解された。
「今さら。」
「うん。それでも。ごめん。」
「ごめんね。多佳ちゃん。」
何故かヤツ以外の皆に囲まれて謝罪された。
「悪かったよ。多佳ちゃんが許してくれるなら、今度こそアイツはちゃんと止めて見せるよ!」
男の子たちはイマイチ現実的では無かった。
「……いや違うし。それ。」
「それって結局、こいつハブにする事だし。
「それ、多佳ちゃんが来なくなった意味理解して無いって言葉?」
女の子たちは容赦がない。しかし理解は早い。
「まあ、あれだよ。またどっかで会ったりしたらヨロシク?」
「ん……。」
「今度、女の子だけで遊べば良いじゃない。」
「うん。」
「そうだねえ。誰かの家に集まる?」
何でだか解らないけど、私は隣町の友達を取り戻していた。
割と引き摺って来られたのも、悪い話では無かったと思った。
正直、私はヤツと関わりたくないだけで、ヤツに対する興味なんか欠片も無かった。だから、ヤツが何を考えて私を連れて来たのか、何故ずっと私に嫌がらせをしていたのかなんて、考えもしなかったのだ。
ヤツに対しては「消えて無くなれ」と思う以外の感情は一切向ける気は無かった。
…………いや。滅びろとか死ねとか不倖になれとか事故にあえとか、そういう事なら沢山思ったけど。
何にせよ、私としてもヤツと一緒に十把一絡げで皆を切り捨てていた事に決着がつき、多少抱いていた罪悪感も必要が無くなって一安心した。
だから、ナリの家に再度足を向けた私を、ヤツが追って来た時には、まだ何か有るのかと不快と不審を覚えた。
よく考えたら私を引っ張って来た癖に、ヤツはまだ何も云って無かったのだ。と、気付いたが……別に聞きたくも無いとも思った。
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