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当たり前と云えば当たり前だが、何故そんなに怒っていたのか聞かれた。
ナリはファーストキスと云う単語に顔を引き攣らせて、何か云いかけて黙ったが、私は何となく彼の不機嫌を感じとっていた。
――いや、まあ解るっちゃ解るが不可抗力だしな。ノーカンだから許せ。
内心秘かに謝罪したが、口にはしない。と云うか、私たちは暗黙の了解で「両想い」ではあったが、ハッキリ言葉で確認しあった事さえ無かった。
何故あんなにも疑いもなく信じられたのか、大人になってからは不思議なくらいだったが、私は、そして多分ナリも、互いの心を疑った事は無かった。
私たちは本来やたら疑い深い。言葉にさえされない気持ちなど、無いも同然の筈だった。なのにナリが私を誰よりも好きな事を私は知っていたし、ナリも私がナリを誰より好きな事を知っていた。
そんな関係はナリとの間にしか築く事は出来なかったから、私たちは本当に似た者同士で、とんでもなく波長が合っていたのだろう。
私は普通ならば、しょっちゅう疑ってもオカシク無かった筈だ。
もしかして私は何か勘違いをしているのかも。自惚れているだけで、実はナリは私の事なんか全然好きじゃ無いかも。好きは好きでも「そういう」意味とは違うかも。
そんな風に疑って、しかも言葉にもされないまま温ま湯の中にいるなど耐えられなくて、単なる友達と決め付けて、始まる前に恋の可能性も潰してしまっていたかも知れない。
私はそういう女だった。いや、そういう女なのだ。
特に子供の頃は、その傾向が強かった。臆病で自尊心だけは一人前で、傷付けられる前に、自傷して終わらせる。傷付く前に傷付けて破壊する。
なのに、今にして思えば不思議で堪らないのだが、ナリとの間には駆け引きの欠片も無かった。
疑問の浮かぶ隙間さえ無く、お互いの気持ちを理解していた。
他人の心を「理解してる」なんてのは「錯覚」や「誤解」でしか無い筈なのに。
けれど、錯覚とか誤解とか、そんな言葉にするのは難しい程の明瞭さで、ナリは私を見つめた。
この時も。
ナリは自分の従兄であるヒーちゃんの発した単語を気にしつつも、私が「そんな事」よりも拘り立腹する事情を気付いていた。そして気にしていた。だから何も云わずに、私が語るのを待ったのだ。
――いや。待たれても
とは少し思ったけど。
愚痴とか八つ当たりとか、そういうのは結局ナリにしか云えないし、聞かれたくないけど聞いて欲しいジレンマだった。
「……………あのね?」
結局。
私は私が人生で一番「嫌悪」した相手の話をした。
不思議だな。日本語って。いや感情って?
一番憎悪したのは、別の人だ。
ヤツに対して、私は憎しみ等は欠片も無い。今となっては恨みもない。
ただ。
遠くでずっと、少し不倖だったら良いな……と思うだけだ。
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