異世界に聖女として召喚されたら契約婚を迫られて拒否したら溺愛されることになった件
隕石が落ち、世界から明かりはすべて消えてしまった
世界は闇と魔物に包まれ、人々は嘆き哀しんだ
だけどそんな中、明かりを灯すことの出来る人達が現れた
光を灯すことが出来るのは、宇宙から飛来した力をその身に宿した者達
彼らは魔物を倒しながら、世界中にある灯台に光を灯す
そして彼らは、それぞれの管轄を持つことになった
一つは、火の国。彼らは大きな灯台の下にある城と街を作り、栄えた。まが、下町にまで光は届かない。国の人々は野心が強く、力を絶対とする
もう一つは、雪の国。彼らは雪国に壁を作り、灯台を囲んだ。壁を作る為に、多くの者が労働する。国の人々は、真面目だが、権力を絶対とした
最後は歌の国。灯台のある海の上に船の家をいくつも作ったが、波に流され定住しないので、国とは呼べない。人々は自由を好み、飄々としている
そして3つの国の中心には、大きな学園がある
そこには国に関係なく、学ぶことが出来る場所
これはそんな世界に迷い込んだ一人の少女の物語
カラン、と杖の先につけてあるランタンが揺れた
「あーあ、めんどくさいなぁ。明かりを灯すには、俺たち守り人じゃなきゃいけないなんて」
「またどやされっぞ。お前が女と遊んで怠けてっから見張りとして俺まで行くことになったじゃねぇか」
軽薄そうな青年と、武骨な雰囲気の青年が話している
彼らは管轄にある灯台に明かりを灯しに向かう途中、声が聞こえて立ち止まった
「なんか、聞こえねぇか」
「え、なんだろ。魔物は結界があるから学園には入ってこれないはずだけど…」
茂みの奥から声が聞こえてくる
「だ…か…た…けて…」
二人は顔を見合わせてから声がするほうへ近づいた
「女が倒れてる。この学園の制服じゃないな」
灯台に続く道の途中にある森には、聖なる台座がある。その上に少女はいた
「ねぇ、待って。この子もしかして…」
「あ?まさか…」
二人は顔を強張らせた
「伝承通りなら…争いになるな」
「別に俺はかまわねーけどよ…面倒なことにはなるわな。3つの国の守り人の中から、婿を選んでもらわなきゃならないとかよ」
青年は面倒くさそうに後頭部を雑な仕草で掻いた
「とりあえずどうするこの子?」
少女は眠っているようだった。どこにでもいる普通の少女に見える
「持っていくしかないだろ」
「だよね。ちょっと失礼」
青年の一人が少女をお姫様抱っこする
「俺が運ぶよ。君は灯台の明かりを灯すのをよろしくね」
青年はにっこり笑う。笑顔を向けられた青年はウンザリしたようにため息をついたが、根は真面目な気質なのか、灯台の方へ向かって行った
「う、う〜ん」
私は薄く目を開ける。すると光が飛び込んできて、眩しさに目を細めた
視界が慣れてくると、知らない天井が映る
「あ、目が覚めた?」
「ひゃ!?」
ひょっこりと男の子が顔を覗きこんでくる
「あ、貴方は…!?」
私は起き上がり、周囲を見渡す。ここはどこだろう。ベッドとしきりのカーテンが複数あって保健室の様に見える
「あ、良かった。動けるんだね」
目の前の彼は一人納得したのか、ニコニコと笑みを浮かべている
「あ、あの…!ここってどこなんですか?」
「ん?ここはガーデン学園だよ。花々の庭園で囲まれた学園なんだ」
にっこり笑った男の子が説明してくれるが、知らない学園だ。少なくとも、私の通っている学校ではないことだけは分かった
「わ、私…友達と放課後、帰っている途中で、光に包まれて…とにかく帰らないと」
「君ん家の住所は?」
私が東京、と言っても、日本と言っても通じなかった。バックの中にあったスマホの電波は圏外だった
「うーん。地図にも載ってないね」
「そんな…」
彼はわざわざ地図を出し、探してくれたがどこにも載っていない上に、私の知っている世界地図と違うとなれば認めるしかなかった
「私、異世界に来ちゃったの…!?」
ラノベとかでよくあるやつだ。まさか自分が…。私の身体は知らず震えていた。これからどうすればいいんだろう?
「落ち着いて。儀式を成功させれば、君は帰れる」
「ほ、本当ですか…!?」
私が尋ねると、彼は頷いた
「ああ、もちろん」
海のような青い目の青年はにっこり笑った
「儀式ってなんですか?」
「実は異世界人が、来るのは、君が初めてじゃないんだ」
なるほど。前例があるから彼は帰れると断言したようだ
「まず、この世界の生い立ちから話す必要があるね」
彼はそう言ってこの世界のことを話し始めた。彼の言う通り、空は夜明け頃の、あの薄暗い時間で止まっている
「灯台に守り人が明かりを灯さないと、朝を迎えることができないんだ。世界の空はずっと薄暗い夜明けの空のままになる」
窓から見える空は、星々と薄い三日月が見える。紫がグラデーションを描いているのに、太陽の光は見えない
「1年に一度、聖女と呼ばれる者が来て、守り人の中の誰かと心を通わせ、儀式を成功させれば、朝が来るんだ」
「え、待って!心を通わせる!?それって私が誰かと…!」
私は驚き大きな声を出した。だってそれくらい衝撃だったのだ。それってつまり…
「そ、君は誰かと恋仲になる必要がある。それも、儀式は愛を誓うものだから、この場合は夫婦になるのかな」
「ふ、夫婦…!?」
私はあんぐりと口を開けた。情報量が多い。というか私、まだ学生なのに
「大丈夫だよ。夫婦と言っても儀式の形式上のもので、婚約みたいなものだから」
彼は安心させる様にそう言うが、それでも婚約って…私は眉を下げた
「儀式までは後…6ヶ月あるね。この半年の間に、パートナーを決めないと」
彼がカレンダーを見ながらそう口にする
「そんな急に言われても…」
そもそも私、帰りたいのに。口籠る私に彼は笑って自分を指差した
「ねぇ、俺にしないかい?」
「へっ?」
彼は守り人なのか。それにしても発言が急じゃないだろか。私達、まだ会ったばかりなのに。混乱する私の様子を見て、彼は目を細めて笑った
「俺は君に協力出来ると思うよ?どう?俺にしないかい?」
彼は私の手を取る。体温が伝わってくる。低い心地よい囁き声が私の判断を奪う
「わ、私達…お互いのこと何も知らないのにどうして…」
腰を引くが、手を握られているせいで逃げれない
「俺、君のこと一目見た時から可愛いと思ってたんだよね。お互いのことはこれから知っていけばいいよ。ね?」
「そこまでにしとけ。この女好き」
ゴチン、と重い拳が彼の頭に入る。彼は私の手を離し、殴ってきた相手を睨みつけた
「いったいなぁ〜!何するんだよっ!」
「あ?人に面倒押し付けて女口説いてるとはいいご身分じゃねぇか」
赤い目の男の子が見下ろし、低い声を出す。向けられたのは私じゃないのに怖く感じる。不良なんだろうか
「俺はこの子が悪用されたり、乱暴されないように口説いてたんだよ!」
「やっぱ口説いてるんじゃねぇか!」
ギャンギャンと目の前の二人が言い争う。私はポカンとして彼らを眺めていた
「その女が、聖女とやらか?」
私は降って来た声に頭を上げる
「あれ、もう耳に入ってたんだ」
「お前がサボってたからだろ」
言い争っていた彼らも入って来た人物に目を向ける
「ほう、面白い…」
雪の様な白髪に、オッドアイの男の子が私を見下ろし、笑う
「貴様があの幸運を呼ぶ聖女とやらか」
「幸運?なんのことですか?」
情報量が多すぎて困っている
「聖女に選ばれた守り人は幸運を与えられるのだ。だから求められ、時には争いが起きるのだ。聖女を巡ってな」
「そんな…」
私は息を呑んだ。知らずシーツを握りしめていた
「どのみち、貴様に残された選択肢は一つ。誰か一人を儀式の相手に選ばなければならないのだ」
私は一人一人の顔を見渡す。この中から?本当に?
「まずは自己紹介しようか。俺は歌の国出身の燈!よろしく」
最初に会った女好きらしい男の子が明るい声で自己紹介をした
「俺は護だ。…出身は火の国」
不良少年の様な見た目の彼が短く言った。髪も雰囲気もツンツンしている
「私は雪の国出身の白雨だ。もちろん、私を選ぶだろう?」
獲物を狙う肉食獣の様に目を光らせて彼が笑った
(こ、この中から選ぶって…嘘でしょ…)
私はこれから起こるであろう、日々の予感に顔を引き攣らせた
花々が咲き乱れる美しい花園。一年中、季節の花が咲き、花の香りに包まれた学園。私は学園の廊下を歩いていた
「あれが噂の?」
「いいよな、聖女ってだけで学園に入らせてもらえてさ」
ひそひそと囁かれる噂話に私はため息をついた。もらった制服姿もなんだが浮いている様な気がする。大体白って…汚れが落ちないじゃん
「ちょっと、そこの貴方」
凛とした声に顔をあげれば美少女がいた。白いメッシュが入っている。私はまた何か言われるのかと身構える
「貴方は何も後ろめたいことなどしていらっしゃらないのだから、堂々となさっては?世界を救う聖女様なのでしょう?」
女の子が指を組み、私を叱咤した
「でも、私…聖女なんて柄じゃないし…」
「私は雪の国出身ですが…いつも教会にあるステンドグラスの聖女様に祈りを捧げていました。どうか私をガッカリさせないで。貴方が聖女らしく振る舞うのです」
彼女は聖女を信仰する教会に熱心に通っているらしい。そして聖女として現れた私に文句を言いに来た様だ
「雪の国出身…あの白雨って人も知っているの?」
「はい。彼は王族ですから、あまり話したことはありませんでしたが…社交会のパーティーで何度かお会いしたことがあります」
王族と聞いて納得した。彼の支配的な雰囲気や振る舞いは上に立つ者としてのものだ
「パーティー…私には縁遠い話」
一度くらいならと憧れてしまうけど
「冬に学園でパーティーがあります。貴方も参加されるでしょう?」
美少女が首を傾げる姿も芸術作品のように美しい。もしこの場に彫刻家や絵師が居たら感動して泣きながら作品を作っていただろう
「えっ、本当にセレブだなこの学園…」
「聖女様はそこで伴侶をお選びになるのでしょう?」
ナチュラルに聖女様呼びされている。この子は味方と言うことでいいんだろうか
「いや、私…あの人達のこと何も知らないし…守り人のことも」
私がそう言うと美少女はため息をつきながらも教えてくれた
「まず、燈様のことですが…彼は無類の女好きです。気をつけた方がいいかと」
貴方の方が気をつけた方がいいと思うんだけど。だってパッチリお目目だし。唇は真っ赤で肌は白いし
「…私も一度勘違いされて口説かれたことがありますが…私は男です。趣味でこのような格好をしておりますの」
「えっ!?」
彼女…いや、彼は男の娘だったらしい
「私は星と申します。お見知りおきを」
彼はスカートをもちあげ、綺麗な所作で挨拶をした
「よ、よろしく」
「そして護様のことですが…彼は争いを好むと聞きます。気をつけた方がいいかと」
危険人物しかいないじゃん…分かってたけど…
「聖女様は彼らと任務を行うのですよね?」
私は頷いた。何でも、世界中の灯台に明かりを灯す為、彼らは世界のあちこちに魔物が出ている場所に行って明かりを灯すらしい。魔物の討伐という任務が優先され、学業はついていく私もある程度免除される。ついて行きたくはないが、私がいると彼らに幸運の恩恵があるとのこと
「彼らと昼食を摂る約束があるのでしょう?私はこれで」
「え、待っ…」
「私、人付き合いは好みませんの」
彼はそう言って優雅に去って行った。私は大人しく一人で食堂に向かう。食堂の上の方にある席に彼らはいた
「あ、おーい!こっち!こっち!」
私を見つけた燈さんは嬉しそうに私を呼んだ。手招きまでされていては無視は出来ない。私は階段を登り、空いている席に座った。護さんの隣だ
「すみません、失礼します」
断られる前に私は座った。ステーキにかぶりついていた護さんは文句は無いのか、何も言って来なかった。肉に夢中なだけかもしれないが
「まりちゃん、任務のことなんだけどどのくらい知ってる?」
「もちろん、聖女に関することなのだから知っているだろう?」
優しく尋ねる燈さんと試す様に笑う白雨さんの二人に見られながら私は答える
「世界中にある灯台ですが…その明かりが消えるとモンスター…魔物が現れるんですよね?」
「その通りだ」
私の答えを聞き、白雨さんは満足そうに笑う
「だから俺達は被害報告が出た場所に向かい、灯台に明かりを灯すんだ」
「魔物討伐も行う」
黙って肉を食べていた護さんが燈さんの説明に補足を入れた
「そうしたらまたしばらくは明かりが続く。一番は、朝が来ることなんだけどね」
「前の聖女様達はどうしてたんですか?」
私の質問に白雨さんが足を組み、答えた
「聖女はいるだけで幸運を与えられるだとか、伝承にはあるが…それを試すのも今回の任務の主旨だ」
役に立つか、そうでないか。見定めるような視線に私は居心地が悪くなる
「ま、暴れられるんならなんでもいい」
「君はまたそんなことを言って…」
ご飯をかき込む護さんに燈さんは呆れた様な視線を送る
「あいつは突破口になる。お前の視察があるからこそだ」
「俺も彼も白雨からしたら飛び道具ってことか」
白雨さんの言葉に燈さんがため息まじりに返す
「ごっそうさん」
護さんは気にもとめず、さっさと行ってしまった。この場にこれ以上いたくは無い。私は慌ててご飯を食べ、手を合わせた。行儀は悪いが許してほしい。私は席を立ち、これからの任務に思いを馳せた
(大丈夫かな…このパーティーメンバー…)
私は憂鬱な気分のまま、教室へと戻った
任務初日。私は朝早く起き、集合場所に向かった
「ん?早いな」
白雨さんが居た。私は愛想笑いをする
「逃げなかったのか。まぁ、これから目にするものを見ればどうなるか分からないが…」
彼は冷たい笑みを浮かべた。信用されていないのだろう。だが、ここで逃げるわけにはいかない
「…元の世界に、帰りたいんで」
声が震えないよう、私は足に力を入れて答えた。白雨さんは目を細め、何も言わなかった
「燈さんと護さんは?」
沈黙が耐えられないので早く来てほしい
「もうすぐ来るだろう」
興味なさげに彼は答えた。多分、白雨さんは燈さんと護さんを認めている。だけど、どこで何をしているかなんて私にも彼らにも個人的な興味はないのだ
「お前ら来てたんか。まだ集合時間前だぞ」
護さんがやって来たが、若干汗ばんでいる
「朝のトレーニングしてから来た」
彼は端的に答えた。日課らしい
「あ、ごめ〜ん。おまたせ〜。まりちゃんも来てたんだ。早いね」
へらりと笑って燈さんが手を振った
「テメェが遅いんだろ」
「集合時間ピッタリだろ!でもまりちゃんが来てたなら次からはもっと早く来るよ」
燈さんは拗ねた様に唇を尖らせてから、私を見て笑顔になった
「遅れてはないのだから構わない」
白雨さんは時計を見て確認してから、私達に言った
「今回の任務は途中までは列車を使う。灯台は火の国の下町の奥にあるそうだ」
護さんの故郷だ。彼の横顔からは何も読み取れなかった
「ふーん。なら、さっさと行くか。暑いから雪国出身は気をつけろよ」
「ああ。二人は?」
白雨さんが私と燈さんに目を向ける
「俺は平気!」
「わ、私も大丈夫です…!」
燈さんはピースして答え、私は頷いた。乗り込むと列車は誰も乗っていなかった
「もしかして貸し切り?すごい、結構いい列車じゃん」
窓際にはテーブルと椅子。ソファもあり、クッションが置かれている
「す、すごい…毎回これで行くんですか?」
「リムジンの時もあったよ。今回は遠いし、列車みたいだけど」
燈さんが説明してくれる。セレブの世界すごい。私は白雨さんを見る。電車を貸し切りとか…しかもこんないい列車を…住む世界が違いすぎる。私は恐々と椅子に座った
「どうぞ、紅茶です」
「あ、ありがとうございます…!」
執事さんから紅茶をいただき、私はお礼を言う。慌てる私に執事さんはにっこり笑った
「どうぞ、お気になさらず」
白雨さんは特に気にせず、紅茶を飲んでいる。燈さんや護さんは慣れているのか、くつろぎモードだ。すごい、私はまだ慣れない。緊張している私に燈さんがくすりと笑った
「大丈夫。任務をこなしていれば、自然と慣れるよ」
「そ、そうですかね…」
一般庶民の私には無理だ。私は窓の外の景色を眺めて過ごし、ようやく火の国に着いた。列車を降り、見えた景色に目を見開く
「わぁ、すごい…!」
煙突街、レンガで出来た建物。人々は忙しく働いている。一歩踏み出すと、熱気が伝わってくる
「ここはいつ来ても賑やかだね」
「燈さんも来たことがあるんですか?」
工事の音が騒がしいので私達は少し声を張り上げて話す
「うん、子供の頃ね」
私は先を行く白雨さんと護さんに燈さんと並んで着いて行く
「下町に行くならこっちだ」
城下町にある灯台から離れ、歩き出す。しばらくして私達は下町にたどり着いた
「ここは…」
工場区には、様々な機械仕掛けの建物や、煙突が沢山ある。民家はレンガ作りの家ではなく、木製で出来た家が並んでいる
「…ここで火事があればあっという間に火が回りそうだな」
周囲を見渡し、白雨さんが呟く。気を悪くした風でもなく、護さんが答えた
「ここは実際、火事が起きやすい。だから消防隊がたくさんいるんだよ。ガキは皆、消防隊に憧れる」
護さんは街を迷いなく歩く。来たことがあるんだろか。随分と詳しい気がするし、下町生まれなのかな…?
「あの森の向こうに、灯台がある」
石畳の道の向こう、さらに歩いて私達は森の中へと入る。湿った土の匂いがした
「バリケードと柵の先は、魔物が出る。気をつけろ」
護さんの言葉に前を見る。いよいよだ。私は緊張しつつ、後ろを着いて行った
「ねー、そろそろ休憩しなーい?」
森を歩き続けていると燈さんがぼやいた
「まだ歩くぞ。暗くなる前に行かなければ野宿になる」
「それは嫌だな…」
白雨さんの言葉に燈さんが渋々納得した。しかし確かに灯台は遠い
「そろそろだ。この向こう…待て、魔物の巣がある」
「…っ!?」
護さんの言葉に私は慌てて口を塞ぎ、バレないよう、遠くから魔物を見る
(あれって…ゴブリン?)
ゲームとかでよく見る奴だ。小さいが、迫力がある。私は自然と身体が震えていた
「…前の聖女は」
ぽつりと声が聞こえて、私はそちらを見る。白雨さんと目が合った
「前の聖女は人々に救世主だと持ち上げられ、傲慢になっていた。この世界をゲームのようだとも言っていた」
その氷の様に冷ややかな声にドキリと心臓が跳ねる。私もこの世界をゲームのように…物語のように思っていた。だけど、違うのだ。今日、火の国で生きている人達やそこで育った護さんを見て、彼らはゲームの中の登場人物じゃない。生きているのだと実感した
「前の聖女は敵を前にして…恐れをなして逃げていた。貴様も中途半端な覚悟なら、ここで戻れ」
私は冷たい目を見つめ返した。大きく息を吸って、私は答えた
「…ここで私が逃げたとして…生存率は上がりませんし、むしろ低くなります。逃げた先にもし魔物がいたら?私に戦う手段はありません」
「…ほう?」
私がお腹に力を入れて答えると、彼は面白そうに笑った。それで確信した。彼は私を試したのだ、考えられる頭を持つかどうか
「私は元の世界に戻りたい。命が大事です。だから逃げません」
ハッキリと声に出して言った。正直、世界を救うだとか伴侶だとか言われてもピンと来ない。帰るために私はまず、この世界での立ち位置を確保しなければならない。それが白雨さんに認めてもらうことだ
「…なるほど、貴様は合理的な判断が出来る人間だ。認識を改めよう。貴様は役にたつ。少なくとも、愚者では無い様だ」
彼は微かに笑っていた。私は知らず息を吐いた。彼は私から視線を離し、燈さんと護さんに話しかける
「数は?」
「今、偵察をして来たよ。数は10くらい」
「なるほど。…魔物風勢が集落を作るとは生意気だな。奇襲を仕掛けるぞ」
低い声で白雨さんが言うと、護さんが好戦的に笑う
「そりゃいいな。ちょうど、暴れたいとこだったんだよ!」
彼は鞘から刀を取り出し、指を這わせる。炎が刀に宿り、燃える輝きを放った。護さんが飛び出す。ゴブリン達が叫ぶ中、炎が巻き上がる。燈さんは歌を歌い、ゴブリン達を眠らせる。燈さんが歌うと、不思議と火力が増していた
「聖女。見ているといい」
声に導かれる様に、私は白雨さんを見上げる。彼は薄く笑っていた。白雨さんが、杖を取り出す。氷が空から落ちてきた。巨大な氷柱はゴブリン達を貫いた。戦いが終わったかと思ったその時、
「ギョエ!グエェッー!」
…生き残りがいたんだ!まだ子供だ。小さなゴブリンは武器を振り回した
「聖女!」
「まりちゃん!」
「まり!」
近くにいた白雨さんや遠くにいる護さんと燈さんが叫ぶ。私はぎゅっと目を瞑る
「グエッ!」
何故かゴブリンの悲鳴が聞こえ、私は目を開ける。見るとゴブリンが崖から落ちて来た岩が頭にぶつかり、目を回していた
「…幸運ってそう言うこと…?」
どちらかというと悪運のような。私が呆然と呟くと、白雨さんが喉の奥で笑い、目を細めて私を見た
「ククッ、これで聖女の幸運は証明されたな。…貴様の幸運が我々に効くかはまだ未知数だが。それはこれから検証して行こう」
あ、完全にモルモットを見る目だ。役に立つ道具、と証明出来、認められたようだがそれはそれで別の問題が浮上するらしい
こうして、初任務は無事?に終わった
私達は灯台に近寄る。燈さんがランタンを掲げた。護さんがランタンに火を灯す。燈さんが歌うと、ランタンの光が登って行く。灯台に明かりが灯った
「…すごい…!」
私が笑って言うと燈さんは嬉しそうに笑い、護さんは照れたように顔を背けた
「では、灯台に明かりも灯したことだし…戻るぞ」
白雨さんがそう言ったことで、私達は下町に帰った
「腹減った」
ふらりと護さんは居なくなる。私は慌てたが、彼はこの町の生まれだ。心配することはないだろう。むしろ私がここで迷子になったらおしまいだ
「これは泊まりだな、城下町にホテルを取ってある。学園には連絡しているからそこで一泊するぞ」
白雨さんはスマホを触りながらそう言った
「やった、もうくたくたなんだよね」
「戻った。買って来たから、食うだろ」
護さんが戻って来て私達に何かを渡す。紙に包まれていて温かい
「なんだこれは」
「肉まん。屋台にあるから買って来た」
白雨さんは眉を寄せたが、食べ始めた護さんを見て仕方なさそうに食べ始めた。私も一口食べる
「美味しい…」
ふかふかの白い皮に熱々の甘じょっぱい味付けの肉まんが美味しい。この世界の食事は元の世界と変わらない。一年ごとに異世界人である聖女達が布教しているからだ。おかげで美味しいご飯が食べられる。良かった、飯まずの世界とかじゃなくて。歴代の聖女達様々である
「懐かしいな。確か俺達が初めて会った時も、これを食べたよな」
「えっ、燈さんと護さんって昔からの友人だったんですか?」
燈さんは笑って頷いた
「そうだよ。俺は歌の国出身なんだけど、旅行で来た時に迷子になってさ。下町にいた護と会ったんだ。その時に二人で半分個したんだよ」
「そうだったんですね」
護さんは何も言わずに肉まんを食べていたが、彼も覚えているから懐かしくなって買ったのかもしれない。私は小さく、くすりと笑った。二人の微笑ましいエピソードにほっこりしているとホテルにチェックインする時間になった。私は与えられた広い部屋に入り、呆然とする
「ひ、広い…豪華…」
「あはは、最初は驚くよね。でも、これが白雨の普通だから。慣れた方が早いよ」
隣の部屋の燈さんは笑って恐ろしいことを告げた
「白雨はね、あれでも俺と護のこと、そこそこ目をかけているんだと思うんだよね。お気に入り的な?自分で言うのも変だけど」
燈さんの言葉に私も同じように感じていたので頷いた
「あ、やっぱり〜?勘違いとかじゃないなら良かった」
彼は嬉しそうに笑って私に耳打ちをした。顔が近寄り、耳に息がかかり、囁かれる
「君のこともね、気に入っているんだと思うよ。認められていたでしょ?」
「そ、それは…どうですかね…」
私の返事に彼は楽しそうに笑った。そのまま、彼はホテルの部屋に戻る
「あはは、楽しそうに何かを企んでいたからきっとそうだと思うよ」
「えっ、待ってください。詳しく!」
「うーん、何を企てているかまでは俺にも分からないかな」
無常にも扉は閉められてしまった。そんな、私はフカフカのベッドで眠れぬ夜を過ごすはめに…過ご…おやすみ3秒だった
翌日、私は戻って来た学園の生徒会室に居た。白雨さんに呼び出されたのだ。だがかれこれ数分、扉の前に居る
「聖女様?どうなさったの?」
「ひょわっ!?」
声をかけられて振り返るとそこには美少女…星ちゃんがいた
「ひょわ…?」
「ご、ごめんね。邪魔だった…?」
不思議そうに首を傾げる星ちゃ…いや、星くんだろうか?とにかく彼に謝る
「いえ、お気になさらず。生徒会に何か用事が?」
「う、うん。星ちゃんは?」
「私は、生徒会メンバーです」
私は驚き、目を見開く
「えっ、星ちゃんが!?」
「はい、副会長を務めております」
星ちゃんは頷き、扉を開いた。中にいる人に声をかける
「聖女様がいらっしゃっておりますが」
生徒会長の椅子に座っていた彼は立ち上がり、私を見た
「聖女、来たか。そこに座るといい」
「私、紅茶を淹れて参ります」
「あ、おかまいなく…」
私は二人を眺める。絵になるほどお似合いになる二人だ。美男美女である
「えっと…白雨さんは生徒会会長で、星ちゃんが副会長なんだ?」
「はい、他のメンバーは今はいませんが」
星ちゃんが頷いた
「少し席を外してもらっている」
「私も外した方がよろしいですわね。では、ご機嫌」
「せ、星ちゃん、待っ…」
引き留める間もなく星ちゃんは行ってしまった。あれ、なんかデジャブ
「さて、私が貴様を呼び出した件だが…」
彼はコツコツ、と指で机を叩く。私が待たせてしまっていたからだろう
「聖女に話を持ちかけたくてね。貴様は帰りたいと言っていた。そして帰るには、守り人の中から伴侶を選ばなければならない。ここまで、合っているな?」
「は、はい…」
何故だろう。逃げ場を無くされているような気がするのは。それでも私は問いかけに頷かなければならなかった
「よろしい」
彼は椅子に座り、足を組んで私に言った
「聖女、私と夫婦にならないか?貴様が帰る、この半年間だけだ。私は貴様を引き留めはしない。儀式が終われば契約は解消する。契約書を交わしてもいい」
引き出しから書類を取り出そうとする白雨さんを慌てて止める
「ま、待ってください…!夫婦?どうして私と白雨さんが?白雨さんは私のこと好きじゃないですよね?」
混乱しながら言えば、何を当たり前のことを言っているんだコイツ、という顔をされた
「私は聖女の幸運、その力について…ハッキリと言ってしまえば、管理下に置いておきたい。貴様は帰れる、何か問題でも?」
問題しか無い気がする。このまま何も言わなければ私は妻にされてしまう。しかもこんな理由で。私は必死に頭を働かせた
「夫婦、という形ではなくともいいのでは?」
彼がただ聖女の幸運を独占したいのであれば、夫婦以外で何らかの契約を交わせばいいのではないか、と私は尋ねた
「他の敵対する国や勢力にその力を利用されたくないし、渡したく無いのだ。独占するには、私の物である大名義が必要だ」
私は口を開き、反論する
「聖女の力は守り人にしか…」
「貴様は幸運を発揮していた。それを利用しようと思えばいくらでも出来る。それに聖女の力は未だ解明されていない。だから私は完全にコントロールできるよう、研究したいし管理下に置いておきたいのだ。分かるか?」
異議ありだ。私は切り口を変えることにした
「管理下に置きたいだなんて、夫婦じゃないです!私は所有物じゃ無いです!」
白雨さんは初めて眉を動かした。彼は足を組みかえる
「では、貴様の言う夫婦とは?」
「えっ、お互いの価値観や人生を共有し合う関係性、ですかね…?」
私が照れながらも答えると、彼は首を傾げた
「今、私は貴様と意見を交わし、聞いている。貴様に合わせようとしている。なら、夫婦の定義に当てはまるのでは?」
「わ、私と愛や未来を共有しようとはしていないじゃないですか!精々、モルモットでしょう!?」
言い負かされまいと必死に言葉を探し、反論する
「貴様の安全を保証し、貴様が帰るまでの未来を共有しようとしている。私はこうして貴様の話を聞き、意見を交わしている。これでもまだ実験体だと?」
彼の理論は完璧だった。なんで狂ったこと言ってるのに筋が通っているんだろう、この人
「た、対等な関係じゃないです!合意が無い!」
私が言い募ると彼はため息をつき、椅子から立ち上がる。もしかして言い過ぎました…?だが彼は私の前で片膝をついたのだ。まるでおとぎ話に出て来る王子様の様に
「…へ…?」
「許可を取れば、いいんだな?」
彼は片手を取ると、私を見上げ、真剣な目で私を射抜く
「貴方と伴侶になりたい。どうか、受け入れてはもらえないだろうか」
「わ、私は…」
声が震える。だけど私はしっかりと言った
「愛の無い結婚は無理ですー!!」
「…は?」
白雨さんは私を意味が分からない、というような顔で見上げた
「私と契約しようと言う言葉に愛が無いから無理?それは断るという認識で合っているか?」
「はい!今、はっきりとフりました!」
彼は立ち上がり、眉を寄せてスマホを触り始める。この世界にもスマホとかあるんだ。白雨さんが口を開く
「フる…価値観の不一致、生活スタイルの合わなさ、様々あるが…これはどれに当たる?」
「か、価値観の不一致ですかね…」
「私と貴様は世界を左右する話をしていたと思うんだが…それを好きかどうかで…?」
彼は不思議そうにしていた。まじか。分かってほしいんだが
「ふ、夫婦でも管理下に置けないですよ!」
「なら、何なら管理下に置いて保護出来る?私は貴様の能力を掌握しておきたいんだが」
友人…も無いか。親子?保護ではあるが私達の関係には当てはまらないだろう
「上下関係…ですかね?」
白雨さんは理解不能なものを見る目で私を見た。そんな目で見たいのはこっちの方なのですが?でも口には出せない
「貴様はわざわざ不自由になりたいのか?そう望んでいるようには見えないが…」
「お、お手伝いをします…!雑用係的な?!ほら、白雨さんは守り人に生徒会会長に王族って大変じゃないですか!?空いた時間は白雨さんに当てます!その時間で研究するというのは!?」
私は祈るような気持ちで返事を待った。正直、雑用係も嫌だが訳の分からない理由で夫婦になるよりずっといい
「…分かった。いいだろう。なるべく時間は確保したいのだが…貴様にも予定があるからか。多少は目を瞑ろう」
や、やった…!まるで難しい大企業との契約を結ぶことに成功した営業マンの気持ちである
「では、時間が合えば私のところに来て研究に協力するように」
逃げたら分かってんだろうなテメェ、という静かな圧を感じ、私は何度も頷いた
「し、失礼します…!」
私は扉を閉め、ようやく生きた心地のしなかった空間から無事に生還したのである
「うっ、くっ…!怖かったですっ!グズッ、生きた心地がしなかったです〜…!」
「分かった、分かったから落ち着け」
私は廊下を歩いていた護さんに遭遇し、泣きついてしまった。護さんは困惑しつつ、人気の無い場所まで私を連れて行き、ぎこちなく慰めてくれている。まるで娘の扱いがよく分からないなりに接しようとしている新米パパの様である
「このまま、固定資産扱いされるのだけは絶対ダメだって思って〜…!」
「いや、あんたはあの白雨相手によくやったよ」
そう言って頭を乱暴な手つきで撫でてくれる。頭がボサボサになってしまったが、お兄ちゃん属性というか、面倒見のいい一面を知った
「あんた、頭いいんだな」
「いや、普通ですよ…普通なりに頑張っているんです」
「ま、そういう交渉だとか難しいことはからっきしだけどよ、戦闘なら俺が前に出て、敵を倒してやるよ」
護さんはニカッと笑い、頭をまたぐしゃぐしゃに撫でて来た。犬だと思われているのかもしれない。でも今はこの雑さや距離感がありがたかった
「そういや、次の任務だがよ。花の灯台行くらしいぜ。丁度学園の近くで花祭りもあるらしいし、美味いもん食って元気出せよ」
「学園にも灯台があるんですか?花祭りとは?」
「ああ。今回はちと遠い場所にある灯台だ。どうも花の草原で魔物が出たらしい。花祭りってのは…」
護さんが説明しようとした時、依頼書を持ったひょっこりと燈さんが現れた
「花祭りって言うのは男女に人気の祭りでね。男は女の子に花を渡して受け取った女の子は一緒に踊るんだ」
燈さんはニコニコと笑って説明する。私は目を輝かせた
「楽しそう!美味しい食べ物とかありますか!?」
「色気より食い気だな」
護さんはおかしそうに笑った
「あはは、あると思うよ。女の子は花嫁のベールを被って顔を隠す決まりがあるんだ。誰か分からないようにね。俺はきっと君を見つけてみせるから」
燈さんはウインクして私に言った。そんな決まりがあるのか。面白いお祭りだ。私はワクワクした
「元気出たのかよ。良かったな」
護さんに言われ、私は笑って頷いた
花祭り当日。花祭りは三日に渡って行われるらしい。学園の近くにある街は花々やリボンでどこも飾られてあった。花束の入ったワゴンが置かれてあり、男性はそこから花を抜き取ると花嫁のベールを被った女性に渡す。受け取った女性は髪に差し、男性と手を繋いで踊る
「わぁ、すごい。なんか結婚式みたいですね」
「あはは、確かにね。まずは俺達は灯台に向かおう。魔物が街に出たら祭りどころじゃなくなるからね」
私は慌てて気を引き締める。学園やその街の近くには、結界が張られており、そこにまで魔物が出ることはないらしいが、結界を破られる恐れもある。私達討伐メンバーは花の草原にあるという灯台へと向かった。花の草原はその名の通り、花々の咲く丘だった。蝶々や可愛いうさぎが見える
「か、可愛い…」
「気をつけろ、近くに魔物がいる可能性がある」
白雨さんは油断なく周囲を見渡している
「聖女には加護があるとは言え、その幸運にはどういう力の原理や法則があるか、よく分かっていない。我々の近くにいるようにしてくれ」
私は頷いた。とりあえず近くにいれば幸運が発揮されるんだろうか?私は彼らの後ろにいることにした
「見えたぞ、灯台だ。…魔物もいるな。あれは…ウルフか?」
通常のオオカミより、ずっと大きいのが分かる。オオカミ達は群れをなし、数は六匹だった
「気をつけて。集団で襲ってくるからね。まずは俺が歌で撹乱するよ」
燈さんが前に出る。彼は歌を歌い、オオカミ達を混乱状態にした。オオカミが別のオオカミを攻撃する
「すごい!効いてますよ!」
「気づかれた。こっちに来るぞ」
鞘から刀を取り出した護さんが鋭く言う。その手に持つ刀は炎を纏っていた
「燃やしてやるよ!」
「キャウンッ!」
炎を纏った刀を振るう。仲間を傷つけられたオオカミが歯を見せ、唸る
「ガルル!」
一匹が私に襲いかかって来る。息を呑み、目を閉じる
「…!」
ガキンッ!
牙が硬い物を噛んだ音が聞こえた。目を開ける。見ると白雨さんが杖を噛ませ、受け止めていた。攻撃を防いでくれたのだ。白雨さんは冷たい目でオオカミを見下ろす
「魔物風勢が…氷漬けになるがいい」
氷が地面を凍らせ広がっていく。オオカミ達を足止めすると、護さんがトドメを刺す
「よし、これで片付いたかな」
短剣を振るい、残ったオオカミの様な魔物を倒した燈さんが振り返る。護さんが血を払い、刀を鞘にしまった
「ああ。これで魔物は全部倒した」
すごい。私はただ突っ立て見てただけだ。さっきも、白雨さんが庇ってくれなければ危なかっただろう
「…あ、あの!助けてくださってありがとうございました…!」
「…?」
守ってくれたことに対してお礼を言うと、白雨さんは何故そんなことを言われたのか分からない、という様な顔をした。白雨さんからすれば、私に利用価値があるから守っただけなんだろう。合理的な理由だが、私が助けられたことに代わりはない。燈さんや護さんが戻ってくると白雨さんが呟く
「幸運とは危機的状態の時しか発揮しないのか?」
白雨さんが私を眺めながら顎に手をやり、観察するような目で私を眺める。私はその視線に居心地が悪くなり、身体を小さくする
「うーん、でも前回もだけど…魔物を早くに見つけられたよね。それも幸運の加護なんじゃない?」
燈さんはへらりと笑ってフォローしてくれた
「そもそも幸運とは曖昧すぎないか?…これはもっと任務をこなして検証していくしかないか」
白雨さんはぶつぶつと呟いていた。護さんは背を向けて灯台へと向かっていく
「俺達も行こうか」
前を歩く護さんに着いていき、近くで灯台を見上げる
「確かに明かりが消えているね」
「今、つける」
白雨さんは杖を掲げる。すること光が灯台に集まる。白雨さんが床に杖を下ろすと、光が一斉に弾け、灯台に明かりが灯った
「すごい、綺麗ですね」
「貴様は毎回飽きないな。前も見ただろう」
私を見て不可解そうに白雨さんは眉を動かした。しかし私もこれくらいではもう動じなくなった。彼は別に怒っているわけではないのだし
「じゃ、戻って花祭りに参加しに行こうか!」
燈さんはニコニコと笑って先導する。花祭りだ!私は自然と足取りが軽くなる。楽しみにしていたのだ
「美味いもんがあるならいい」
護さんも楽しみにしていたようだ。食べ物目当てらしいが。前から思っていたが食いしん坊なのかもしれない
私は花冠のベールを被った。まるで花嫁みたいである。女の子達は皆、同じ格好をしているので誰が誰かまでは分からないだろう。同じ白い制服を着ている人もちらほらといるし。私はうろうろと祭り会場を回る。花々で飾られたステージには音楽隊がいて、演奏していた。人々は曲に合わせて踊っている
「おや、そこの美しいお嬢さん。僕と一緒に踊りませんか?」
知らない人に話しかけられた。白い制服を着ている。同じ学園の生徒のようだが、聖女とバレてはいないようだ。花を一輪、差し出される。どう断ろうか思案していると
「ごめんね、この子先約があるから」
誰かが私の手を引いて歩き出す。私は慌てて足を動かして着いていく
「あ、ちょっと!」
後ろから声が聞こえてくるが、振り返る余裕は無い。私の手を引く人はよく知っている人だった。彼は振り返って私のベールを取る
「やっぱり、まりちゃんだ」
「燈さん…」
「言ったでしょ、見つけるって」
彼は悪戯っぽく笑うと私に一輪、花を差し出した。青い花だ
「俺と、踊っていただけますか?」
柔らかい笑顔に釣られて私は花を受け取った。彼は嬉しそうに笑うと、私の髪に花を差す
「うん、よく似合ってる」
私の手を取ると、彼はリードして踊ってくれる
「わ、私踊ったことなくて…!」
「手を繋いでステップを踏むだけでいいんだよ」
私は見よう見真似でステップを踏む
「そうそう!ただ楽しめばいいんだよ。俺を見て」
私は手を繋ぎ、ステップを踏んで燈さんと笑い合う。いつの間にか緊張や踊りへの苦手意識も消え、ただ楽しんだ
「楽しかったね」
「はい!」
曲が止まり、私達は手を離す。とても楽しかった。私は笑顔で燈さんの言葉に頷いた
「良かった。この世界に来てから大変なこと続きだったでしょ。君にこの世界は怖いだけじゃないって知って貰えたなら良かった」
彼は照れくさそうに笑った。私の胸に込み上げるものがある。思えば彼はいつも私に優しかった。ずっと気にかけてくれていた。私を聖女だと分かった上で私をただの一人の女性として見てくれていた
「ありがとう、ございます」
私は笑顔を浮かべ、彼にお礼を言った。沢山の感謝の思いを一言に込めて
「あはは、どういたしまして。名残り惜しいけど、お祭り楽しんで」
彼は最後に笑ってそう言って去っていく。気のせいか、本当に私から離れるのを名残り惜しそうにしていた気がする。本当にただの気のせいかも知れないが
「さて、屋台に行こうかな」
私はベールを被って屋台を見て回ることにする。もう踊ったし、私と踊りたいなんてもの好きはもういないだろう。屋台を見ていると
「ん?あんた何してんだ?」
屋台の食べ物を食べている護さんに出会った。しかも普通にバレた。そんな分かるものなのか
「なんとなく、勘」
私の疑問が口から出ていたらしい。彼は端的に答えた
「あんたも食うか?」
お礼を言って私はりんご飴を受け取る。真っ赤で艶々としていて可愛い。私はりんご飴に齧り付く。しゃく、と音がした。飴の甘さとりんごの瑞々しさを味わう
「美味しいです」
「そうかよ、良かったな」
彼は私が食べ終わると一輪の赤い花を照れくさそうに差し出した。そっぽを向いている彼の耳は微かに赤い
「ん、やる。俺は渡す相手とかいねぇし。あんたにやる」
花を自分が持っているのも誰かに渡すのも彼的には恥ずかしいらしい。私はお礼を言って受け取る
「なんか、会場に来たら持つよう指示された」
祭りのスタッフに渡されたらしい。それで持っていたのか
「せっかく貰ったし、踊りませんか?」
「俺とか?あんた変わってんな。俺は踊りとか雅なもんはからっきしだぞ」
「私も踊ったのは今日が初めてなんです!」
私がそう言うと彼はおかしそうに、くしゃりと笑った
「そうかよ。しょうがねぇな」
柔らかい声でそう言って私の手を取る。彼の手はいつも刀の鞘を握っているからか硬い。私達は出鱈目なステップを踏んでクルクルと回った。手を繋ぎ、私は回され、笑い声をあげた。彼も楽しそうに笑顔で私をふざけて何度も回した。曲が終わり、手を離す
「目が回っちゃったじゃないですか」
「悪い、悪い」
私は抗議するが彼は笑っていた。私も途中からふざけて回り続けていたのだからいいけれど。踊り疲れてしまった
「あんたは根性あるよな。認めてやる」
短く彼はそう言って笑った。彼は一番、フラットな目で私を見ていた。だからなんだかんだで彼のそばや隣が心地よく、私は彼の近くを選んでキープしていた。怖い見た目の人だけど、本能がこの人が一番安全だと察知していた
「へへ、ありがとうございます」
私はにへらりと笑ってお礼を言った。なんだか晴れやかな気持ちだった。言葉にしなくても、私達は友人だと分かり合えた
「じゃーな」
ひらりと手を振って彼は離れて行く。最後まで彼らしい
(さて、最後に時計台の前に行こうかな)
私はこの街にある時計台の広場まで向かった。ステージと花の時計台を眺める。近くにジュースが売ってある屋台へと向かった時、
「わっ、すいません」
「…貴様か」
何ということだ。白雨さんにぶつかってしまった。しかも声を出したせいでベールを被っていたのに私だとバレてしまった
「聖女、丁度いい。私の近くにいろ。幸運の実験がしたい」
彼は私に近寄りそう言った。相変わらずである
「他の守り人といた時、幸運はあったか?」
「え、私が絡まれていた時に燈さんが助けてくれて、たまたま会った護さんにりんご飴を貰いました!」
あれ、私だけがいい思いをしているような。幸運は私にしか起こらないのだろうか
「…近くにいる、接触することが鍵か?」
彼は呟き、私の手を取る。ペンだこのある手だった
「ひゃい!?こ、これは…!?」
慌てふためく私を見る彼の目は冷静に観察する目だった
「時間があれば実験に協力すると言っただろう。最近、気がついたのだが、恐らく聖女の幸運は我々にも発揮されている」
「ほ、本当ですか…!?」
戦闘中、あまり役に立った覚えがないのだが
「一番分かりやすいのは危機的状況に陥った時に起こる幸運だが…普段の生活でもその恩恵を受けている」
彼らにも日常的に幸運があるらしい
「聖女である貴様と接触した日は幸運と言えることが多く起こる。言っても、本当に些細なものだが」
なるほど、宝くじに当たる…というようなものではなく、例えば、四つ葉のクローバーを見つけたとか、茶柱が立ったとか、本当に小さな幸運が起こるらしい。それに気づき、結びつけることが出来るのは、彼がそれだけ意識し、検証しているからだろう
「そこで仮説を立てたのだが…普段から日常的に接していれば、幸運の恩恵が発揮されるのではないかと」
私は雑用係として彼と接している回数は多い。だがこの手はなんだろう。未だ掴まれている手を困惑して見る
「近くにいるだけで効果があるのか、接触することで更に発揮するのか試したい」
なるほど、そう言う理由か。でも人目があるし、付き合ってもいない男女が手を繋ぐのは一般的では無い気がする。私がそう伝えると彼は片眉を上げた
「なら、理由があればいいんだな。丁度いい、踊るぞ。これなら浮くことはないだろう」
確かに回りの人達も踊っているから手を繋いでいても注目されることはないだろうが。白雨さんは一方的にそう言って私の胸元に白い花を差した。そして私の手を取り、踊り出す
「え、待ってください…!私下手なんで!」
「足を踏むなよ」
「そんな無茶な!」
さすがは王族。社交界の様な完璧なダンスである。ここはパーティー会場かと錯覚するほどだった。白雨さんがエスコートしてくれるおかげで私でも踊ることが出来た。足を踏まない様、全神経を集中しつつ、ステップを踏む。曲が止まるのと同時、私は身体を支えられ、近くに顔があった。見上げたその表情から感情は読み取れない。わッと歓声が上がる。花びらが降り注ぐ
「どうやら今ので最後だったらしいな」
彼は呟き、私を元の体制に戻してくれた。距離が近すぎたので正直助かる
「だが、これで幸運の効果が上がることだろう」
彼は満足そうにそう言った。彼はずっと一貫して私を使える道具として見て、使えると判断してからはどう利用しようか考えている。普段から人を駒としてしか見ていないのだろう。だが一応、私を尊重する意識はあるらしい。聖女として利用価値のある間は保護しようともしている。戦闘中は私の近くに立ち、攻撃から守ってくれている
「では学園に戻るぞ」
「サー、イエッサー」
返事をする私を変なものを見る目で見て、彼は燈さんと護さんを回収しに向かう。私はその後ろを歩きながら、なんだかんだ分かりやすいし、ある意味で誠実な人だと思っていた。彼は私を利用価値のある駒として見ていることを隠さない。騙そうと思えば騙せるだろうに。無条件に信じることは出来ないが、条件を満たせば協力し、味方になってくれる人である。私は恐ろしい人だと認識しつつ、慣れ始めていた
学園の生活にもなれ、私は星ちゃんとお茶会をしていた。星ちゃんとはすっかり友人である
「まぁ、お祭りでそんなことが」
話題は先日の花祭りのことである。星ちゃんは少女の様に頬を染めて話しを聞いている
「星ちゃんは行かなかったの?」
「ええ、私、人の多い所や騒がしいところは得意ではなくて」
星ちゃんは完璧な所作でカップをソーサーに戻した。いつ見ても惚れ惚れするほど完璧な所作である
「ところで…気になる殿方はいらっしゃらないの?」
星ちゃんは唐突に爆弾を落とした。もちろん比喩であり、今日もお茶会を開く花園は平和そのものだ。花と紅茶の匂いがして、どこからか小鳥の囀りまで聞こえる
「ごほっ、急にどうしたの星ちゃん」
「聖女様は誰かを選ばなければならないのでしょう?気になる殿方はいらっしゃらないの?」
私は慌てながらもカップをソーサーに戻した
「そのことだけど…誰とも付き合うとか、恋するとか…想像出来ないよ。だって私は…」
元の世界に帰りたい。家族や友人に会いたい。元の世界に魔物は出ない。少なくともこの世界よりかは安全だ。私は死にたくないのだ。この世界にも友人である星ちゃんが出来た。仲間である燈さんや護さんも…一応白雨さんもいる。だけど単純に怖いのだ
「そう…」
星ちゃんは詳しく聞かなかった。彼はただ目を伏せ、何も言わなかった。臆病な私の心を。だって私は普通の人間だ。聖女だと持ち上げられ、世界だの使命だの正義だと言われても死ぬのは怖いし、安全も、確立した立場も無いのは怖い。結局のところ、私はよそ者だ。この世界の決まり事に口出しするつもりは無いが、受け入れろと言われても困る
「なら…お気をつけて」
彼は小さく呟いた。風に掻き消されそうな程、それは聞き落としてしまいそうな程のささやかな忠告だった。だけど私の生存本能と危機感知…もしくは聖女の幸運が働いたのか、私はそのフラグをちゃんと回収した
「気をつける…何に…?」
魔物にならこれ以上ないくらい気をつけてる。それともマナーや一般常識にだろうか。まずい、また自分なんかやっちゃいました…?
「私も雪の国出身だから分かるのです。私達は一度目を付けた獲物に執着し、離さない」
彼は憂いた様に話し、私を見た
「貴方が帰りたいのであれば、目をつけられない様、気をつけて。…そして、決して捕まらない様に」
私は忠告にごくりと息を呑んだ。星ちゃんはふざけてこういう事を言う様な子じゃない。なら、これは本当に重要事項なのだ。それも星ちゃんがわざわざ忠告するくらい
「分かった。気をつける」
私はしっかりと頷いた。雪の国の肉食獣には気をつけろと言うことか。ユキヒョウだろうか。星ちゃんの忠告はかなりふわっとしていると言うか…抽象的なので何を意味しているのか分からないが。私は自分の小さな脳みそに叩き込んでおくことにした
「ふふ、それならよろしいのです。お茶会を楽しみましょう」
星ちゃんは笑顔に戻り、カップに紅茶を注ぐ。星ちゃんの可愛い笑顔と紅茶に癒されたのだった
「次の任務は歌の国ですか?」
「そう、魔物が海に出ていてね。被害報告は今のところないけれど、早めに向かった方がいいと思う」
私が尋ねると燈さんが困った様に言う。いつもより、なんだかそわそわしている気がする。無理も無い。歌の国は彼の生まれ故郷なのだ。魔物が故郷に出て心配そうにしていた
「分かりました」
「早く行こうぜ」
護さんは短く言った。いつも通りに見えるが相棒の様子が心配なのだろう。早く現場に行きたそうだ
「歌の国は学園から一番距離がある国だ。数日はかかる任務だと思え」
白雨さんが任務書を見ながら報告する。しばらく学園には戻ってこれないのか。星ちゃんにも会えないと言うことだ。寂しくなる
「では各自荷物を纏めたら集合場所に来るように」
燈さんが私の元にやって来て言った
「今回は水着もあった方がいいと思うよ。何せ歌の国は海の上にあるからね」
船の上に住む場所があるらしい。船がいくつも集まり、国家になったのだとか。彼ら歌の国の人々は何処にも定着せず、広い海を移動する民族らしい
「今は多分、南の温かい海にいると思うよ」
曖昧に燈さんは言った。報告によると北の方の海にある灯台に魔物が出ているらしい
「分かった。準備してきますね」
私はそう伝え、寮にある自分の部屋に向かった
「すみません、お待たせしました」
集合場所に向かうと全員揃っていた。私が一番最後だったようだ
「大丈夫、集合時間に間に合ってるから。じゃ、行こうか」
「今回の任務には船で向かう。行くぞ」
白雨さんがそう言って歩き始める。私は運転手の方に小さく会釈して続いた
「うわ、すごく豪華な客船…!本当にいいんですか?」
私は思わずはしゃいだ。いや、任務であることは分かってるけど、セレブ御用達の船はテンション上がるじゃん?私は誰にともなく言い訳をしつつ、周囲を見渡す。一人一人に個室があり、なんかプールまであった。なんかすごくセレブっぽい
「あはは、ずっと萎縮してたのにね。慣れてきたのかな」
私の様子を見て燈さんが笑う。確かに最初の頃なら縮まっていたかもしれない
「上手い飯もあるらしいぜ。新鮮な魚とか」
護さんも会話に参加して来た。食べ物の話題だが
「魚介類なんて歌の国に着いたら飽きるほど食べられるよ」
燈さんは海に来たことでいつもの調子に戻ったみたいだ。変化に気づけるようになり、前までならあまり会話しなかった護さんとも自然と話す様になった。多分、それだけ打ち解けられたんだろう。私は歌の国に着くまで船の旅を楽しむことにした
私達は歌の国にたどり着く。歌の国は大きな船が集まっている場所だった。生活地区があり、人々が網を海から引き揚げている。魚を獲って暮らしている様だ
「すごい、広いですね」
船の上に乗り、見渡すと燈さんが笑う
「ちょっと話しを聞いて来るよ」
燈さんは情報収集に向かってしまった。私はその間、歌の国を回ることにした
「おねーさん、よそから来たの?」
少年に話しかけられる。まだ幼い。好奇心が強いのか、物珍しい私に話しかけて来た様だ
「うん、そうだよ」
「ふーん、燈兄ちゃんの彼女?」
「ち、違うよ!?」
何やら勘違いされている。私は慌てて否定した
「なーんだ。燈兄ちゃんが人連れて来るなんて珍しいからそうかと思った」
「貴方は、燈さんをよく知ってるの?」
「燈兄ちゃんはよく俺たちの面倒見てくれるんだ」
どうやら燈さんは近所の優しいお兄さんとして子供達に慕われている様だ
「…ねーちゃんはさ…人魚って信じる?」
少年は声を潜めて唐突にそう呟いた
「え?私がいた場所では伝説だったな…歌の国にはいるの?」
「前いた北の海で、会ったことがあるんだ。そいつと仲良くなったけど、魔物が出たから離れなきゃいけなくなった」
少年は目に涙を溜めて拳を強く握っていた。私はしゃがみ、目を合わせて安心させる
「大丈夫、灯台に明かりが灯ったら、また会えるよ。その為に燈さん達が来たからね」
「…!ありがとう、ねーちゃん!」
「いや、私は何も…守り人のみんながすごいんだよ」
私は笑って言った。実際、みんなすごいのだ。強くて自分の使命を果たそうとしている。…私と違って
「まりちゃん?チビ達と話してたの?」
「わっ、燈さん!」
いつの間にか燈さんが戻って来ていたらしい。彼は不思議そうに私と少年を見ていた
「じゃーね、ねーちゃん!燈兄ちゃん!」
少年は笑って手を振って去って行った
「情報収集も出来たし、俺達も戻ろうか」
「はい」
歩きながら燈さんは話す
「やっぱり故郷だからさ、心配だったんだよね。…魔物が出たって聞いて皆無事かなって」
彼はへらりと笑った
「今回も魔物を倒して無事、灯台に明かりを灯しましょう!」
「うん」
燈さんは笑って頷いた。私達は皆と合流する
「今回、魔物が出たのは北にある灯台みたい。魔物はかなり強いと思う。気をつけて行こう」
燈さんが得た情報を話す。私達は頷いた
「なら、このまま向かうか」
白雨さんの一言で豪華客船に戻り、北の海へ向かうことになった。夜、私はなんだか眠れず、個室から出る。外は満天の星空だった。寒いし、羽織るものを持ってこれば良かったな。一度、視線を海に向ける。そして私は見つけた
「あれは…人魚?」
あの男の子が話していた人魚だろうか。私は近寄る
「あの!すみません!貴方は歌の国に住んでる少年の友達?」
人魚は私に気づき、近づいて来た。彼女は美しい人魚だった
「貴方、彼を知っているの?」
「はい。彼から人魚の友人がいるって聞いたんです」
彼女は悲しげに目を伏せた
「実は…私は魔物なの。灯台の明かりが消えたから生まれたのよ。私達魔物は暗闇から生まれる生き物なの」
「えっ…」
知らなかった事実に息を呑んだ
「私はあの子を傷つけるつもりは無いわ!…でも、私が魔物だと言えなくてお別れしてしまった。嫌われるのが怖かったの!」
彼女の叫びに胸が締め付けられる。私は一方的に魔物は悪だと決めつけていた
「大丈夫、私が皆に話して誤解を解きます。明日皆と灯台に明かりをーー…」
「何をしている?」
冷たい氷の様な声がして振り返る。白雨さんがいた。彼は私には目を向けず、人魚を見ている。彼が革靴の足音を立てて近づいて来る。彼の手に光の粒子と共に杖が現れた
「ま、待ってください!この子は何も…!」
「魔物の言うことを信用するのか?騙されて喰われでもしたらどうする?貴様は疑うことを知ったほうがいい」
彼が杖を掲げた。私は慌てて前に飛び出し、両腕を広げて人魚を庇う。後ろで息を呑む音が聞こえた
「そこをどけ」
彼は苛立しげに言うが、私に利用価値を見出している彼は私を攻撃出来ないのだろう。なら、交渉出来る余地はあるかもしれない
「見逃してあげるだけでいいんです!白雨さんが不利益を被ることはない!そうでしょう!?」
「…分かっていないな、貴様は。だが、私相手に交渉するつもりか。面白い」
彼は腕を組んだ。後ろで人魚が声を張り上げる
「も、もう二度と近づきません!人前にも現れません!だから…」
人魚は泣いていた。彼女は友人と離れて、一人ここで会えないか探していたのだ
「お願いします。この一度だけでいいんです。だから…」
白雨さんは私の訴えにため息をついた
「もしここで人魚を放置し、被害が出たら貴様は責任を取れるのか?」
王族である彼の言葉は重かった。私は人魚を振り返って見る。涙は真珠に変わっていた。嘘をついているようには見えない
「任務書には魔物による被害は一件も出ていないとのことでした。交流を持っていた人間の子供もいますが、一度も傷つけていません。いつでも襲うことは出来たのに」
私は一歩踏み出し、言った
「信じてくれるの…?」
人魚が目を丸くし、呟いた。私は頷いてみせる。正義感とか無いけど、目の前の泣いている相手を見捨てたりはしない
「人魚は人を傷つけていません。一度だけ、見逃してください。もし、また人前に現れることがあったら私は止めません。この一度だけでいいんです。お願いします」
私がもし、ヒーローだったら。もっとすごい解決策を出せたかもしれない。白雨さんを納得させて人魚と少年をまた会わせてあげれたのかもしれない。私は無力だ。涙を堪えて頭を下げる。人魚の命だけは守りたかった
「…今回は見逃す。…次は無い」
白雨さんは人魚にそう言って杖を消す。私は人魚と抱き合う。人魚は身を離し、私に何かを渡す
「このペンダント、彼に渡して。私達はいつまでも友達だって彼に伝えて。お願い」
人魚は泣きながら私に貝殻のペンダントを渡した。私は何度も頷き、受け取る
「早くしろ」
白雨さんに睨まれ、人魚は泳いで行った。その姿は見えなくなる
「…あ…」
「貴様は私の部屋に来い」
腕を取られ、引きずられる。私はベッドに押し倒され、白雨さんが馬乗りになる。ベッドのスプリングが鳴った。見上げた顔は相変わらず感情が読めない
「え、待ってください!何で!?急展開すぎる!」
私は喚いたが彼は気にもせず呟いた
「…雪の国は、資源が希少だ」
何故急に雪の国の話?不思議に思ったが私は黙って聞いた
「だから他に獲られない様、確保しておく必要がある」
聖女の幸運の力を管理したい、支配下に置きたいと言っていたのはそれが理由だったのか
「聖女の力だけでは無い。貴様の頭にも価値がある」
「えっ、私そんな頭良くないですよ」
「貴様は私に怯えながらも、頭を働かせて交渉しようとする。それに評価するのは貴様では無く、私だ」
彼は私の髪を指で梳かし、ひと束を掬う
「それに安心しろ。貴様が使い物にならなければ、私自ら教育してやる」
そう言って彼は髪にキスをした。何故かトキメキではなく恐怖しか感じない
「び、び…びえ〜ん!怖いよー!い、嫌です〜!お断ことわりします!」
私の涙腺は崩壊した。考えてもみてほしい。命の危機の中、背中に人魚を庇い、説得に成功したと思ったら部屋に引き摺り込まれ、ベッドに押し倒されたのだ。泣いても無理はないと思う
「何故泣く?不満があるならちゃんと言え」
白雨さんは眉を寄せ、私の顎を指で捉え、掬う。なんか以前より接触に遠慮が無い気がする
「前回、貴様と花祭りで手を繋ぎ踊った後、幸運なことに遭遇する確率が増えた。今回も貴様と人魚が接している場面に遭遇したしな。人魚は排除出来なかったが、私の知らないところで魔物と接していることが無いならいい」
そう言って白雨さんは口角を上げた。彼的に私が自分の知らないところで魔物と接している、ということを防ぐことが出来たのが幸運らしい
「う、うぅ…もう十分接触したと思うんで離してください…」
そう言うと手はあっさりと離れた。でもまだ上から退くつもりはないらしく、未だ馬乗りになったままだ
「あれから考えたんだが…貴様は愛の無い結婚は嫌だと言っていたな?」
確かに以前、そう言って夫婦になる契約を断った気がする
「ならば私が貴様を愛し、好かれる努力をすれば良いんだな?」
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
私は思わず叫んだ。白雨さんは鬱陶しそうな顔をした。何故そんな顔をされなければならないのか
「前回は貴様が雑用係になるという契約で手を打ったが…やはり部下や妻としてなんらかの契約や形が欲しい。燈や護…私は貴様も手放すつもりは無い」
認めた人間はもれなく囲うつもりらしい。私も妻で無くせめて部下がいいんですが
「私の部下になるか?」
「役に立てなさそうなんでいいです…」
すぐ近くに顔がある。もう少し離れて欲しい
「よく分からないが、愛し合う者同士が結婚するもの、と貴様は考えているんだろう?ならば私もそれに合わせて貴様を愛することにする」
確かに言った。だから白雨さんは私を愛する努力をしてくれるらしい。まさか過去の自分の発言が首を絞めてくるとは
「えっと…次の聖女と結婚なさっては?」
私は面倒事を後任に押し付けることにした。許してください。私も自分の身が一番可愛いんです
「聖女としての能力があるだけではなく、考える頭を持っていなければ評価に値しない。貴様でなければ意味がない」
白雨さんは首を振った。何ということだ。私の交渉は失敗に終わってしまった。白雨さんはベッドの端に私をやり、その横に寝転んだ
「えっと寝るんですか?なら私は失礼しま…ぐぇっ」
起き上がろうとすると首に腕を回され、再びベッドに戻された。白雨さんは私を睨む
「また魔物に遭遇したらどうする?貴様は目を離した隙に何をしでかすか分からん。目の届く範囲にいろ」
そう言って寝始める。え、もしかして一夜を共に過ごす感じですか?そんなの眠れるわけな…ベッドふかふかだ…寮にある自分の部屋のベッドより寝心地が良い。私は夢の世界へと旅立った
朝目覚めると、私の首元に白雨さんの腕が回ったままだった。私は寝相が悪く、寮の自室ではよくベッドにおちているのだが、ふかふかの高級ベッドの上にいた。私の投げ出した足は白雨さんの足に乗ってしまっているし、私の手の甲は白雨さんの額に当たっている。白雨さんは目を閉じ、眠ったまま顔を顰めていた。すみません、白雨さん。私は慌てて手を引っ込める。未だ白雨さんの腕は回ったままだ。起きあがろうにも、腕の力は緩まない。私は諦めて白雨さんが目覚めるのを待つことにした
「えっ!?二人で寝たの!?大丈夫だったの!?」
豪華客船の広々とした空間で、私は燈さんに肩を揺さぶられていた。張本人と言えば優雅に朝食を摂っている。あの後目覚めた白雨さんと一瞬に部屋を出たことで、燈さんに驚かれた為、朝食を食べながら昨夜起こった人魚の話と、事情を説明する。私が何もなかった、ただ一緒に寝ただけだと伝えると燈さんは安堵したようだった
「一緒に寝たとか何それ羨まし…いや、それでもやっぱりダメだよ。…白雨も女の子に好意抱いたりするんだ?でも分かるよ。まりちゃんは魅力的な女の子だもんね」
燈さんは振り返って白雨さんに言う
「私が手にすべき希少な人材だと判断した。幸運の法則性は今のところ分からないが…選ばれた守り人が恩恵を受けられるのだろう?ならば私が独占したい」
白雨さんは無表情で私を見る。何故か肉食獣に狙われている様な気持ちになる
「独占って…何言ってるんだよ。彼女は聖女である前に一人の女の子なんだよ」
「私は聖女としての幸運の力だけでなく、その女にも価値を見出している。なるべく近くに置いておきたいと。だが今のところは夫婦になるつもりはないらしい」
「ふ、夫婦!?婚約してるのかい!?」
私は全力で首を横に振った。勘違いだと分かった燈さんは納得してくれた
「ひとまず、私の雑用係から世話係にする。これからは今までよりなるべく近くにいるように。私も貴様を愛する努力をしよう」
「愛…?白雨はまりのことが好きだったのか?」
それまで黙って朝食を食べていた護さんが不思議そうに首を傾げて尋ねる
「我が妃として愛そう」
白雨さんは頷く。私は慌てて口を開ける
「き、妃は荷が重いです…!他の由緒正しきご令嬢の方がいいんじゃないですか!?婚約者の方とか居ないんですか…!?」
というか居て欲しい。私は全力で回避しようともがく
「いたら求婚しない。世継ぎを求める声もあるが、私にそんな暇は無い」
白雨さんはウンザリしたようにため息をついた。王族には庶民には分からない悩みがあるらしい
「求婚!?求婚したのか!?いつの間に!?」
燈さんが叫ぶ。新たな情報が次々に出て来るのだ。困惑する気持ちは分かる。当事者である私も混乱したのだから
「期限限定で帰るまでだと。身の安全も約束した。断られたが。愛し合うことが条件らしい」
「け、契約婚ってことか…?そんなの絶対ダメだ!女の子にとって結婚は大事なものなんだ!」
燈さんが私の代わりに言いたいことを全部言ってくれた。私よりも怒ってくれている
「私は聖女の要望を出来る限り、叶えるつもりだ」
そう言って白雨さんは立ち上がり、私に歩み寄る
「貴様に花を贈るし、愛の言葉も伝える。これから歩み寄る努力をするつもりだ」
白雨さんなりの誠意であることは伝わった。だけど目的の為の手段だと分かっているので嬉しくは無い
「なんかズレてない?そんなの女の子は喜ばないよ」
燈さんの言葉に白雨さんは顔を顰めて黙り込む。頭を回転させて、何がダメだったのか考えているようだった
「つーかよぉ、さっさと灯台に明かり灯しにいかね?」
護さんの一言で私達は任務中であったことを思い出した。急いで身支度し、現場に向かう。北にある灯台に明かりを灯し終わり、私は燈さんに話しかける
「歌の国にもう一度行ってあの男の子に友人からの贈り物を渡したいんです」
「分かった。なら行こうか」
燈さんは笑って頷き、了承してくれた。私達は男の子に会いに行き、人魚の女の子からもらったペンダントを渡す
「あの子は遠いところに行ってしまったけれど、もう会えなくても、私達はいつまでも友達って」
伝言を伝えると、男の子は目を見開き、ペンダントを握りしめ、海に向かって叫んだ
「俺も大好きだ!お前は俺の大切な友達だ!忘れないからな!お前も忘れるなよ!」
男の子は海に向かって泣きながらそう叫んだ。遠くの方で水が跳ねていた
あれから数日後。私はもう恒例となった白雨さんからの呼び出しを受け、近くで彼の世話をすることになっていた。紅茶を白雨さんに淹れる。私よりもっとずっと上手く淹れることが出来る人なんて沢山いるだろうに。高級茶葉がもったいない。私は自分の分用にインスタントコーヒーを淹れて白雨さん用に淹れた紅茶を机に置く。白雨さんから少し離れた位置にある椅子に勝手に座り、コーヒーを飲む
「…」
白雨さんは特に私に何も言わず、紅茶を飲む。今のところ文句を言われたことは無い。私はある程度なら好き勝手に振る舞っても許されることが分かってきていた。お互い、相手に慣れ始めたんだと思う。相変わらず怖い人ではあるが、彼はいちいちくだらないことに怒ったりしない。しばらくして仕事が片付いたらしい白雨さんはノートを取り出した
「近頃、接触回数を増やし、なるべく近くに置いているが…幸運の確率は上がっていない。前回、花の街で手を繋ぎ、踊った際は効果があったというのに」
彼はノートを開き、ぶつぶつと呟く。ノートには幸運の確率についてびっしりと書いてあった
「幸運値には制限があるのか…?前回と何が違う?」
彼はノートに様々な仮説を書いていく。その姿は熱心な研究者のようだった
「回数を増やしてみたり、時間を伸ばしたりしてみたが効果は無かった。…やはり法則性が分からんな」
白雨さんはノートを閉じ、机の上にあった任務書を手に取る
「…また火の国の灯台か。今度は下町では無く、城下町にある灯台らしい」
「火の国…護さんの生まれ故郷ですね。久しぶりだなぁ」
前回行った時は時間があまり無くて街を回れなかったけど、今回は見てみたい
「…王宮での仕事があって行けないな。仕方ない。今回は貴様らだけで行って来い」
「えっ…任務に来られないんですか?」
私が問うと苦々しそうな顔をして白雨さんは頷いた。どうやら不本意らしい。だが考えてみれば王族であり、生徒会長を務め、多忙を極めている彼が守り人の任務だけをこなせるわけがないのだ
「分かりました」
「聖女、護や燈のそばから離れないように」
白雨さんの忠告に私は頷いた。それにしても初めてのことだ。白雨さん云く、度々あったらしい。緊急性や危険性が低い任務は護さんと燈さんだけで行うそうだ。そんな訳で私は集合場所に一人で向かった
「え、今日は来ないの?」
「久しぶりだな。ま、今回もやることは変わらねぇよ」
二人はすんなりと白雨さんの不在を受け入れていた。こうして三人組で再び火の国に向かうことになった
列車を降り、駅を出るとレンガ街が私達を迎え入れた。煙突から登る煙。建ち並ぶ工場。久しぶりの火の国だった
「相変わらず活気ある街だね」
燈さんが笑って言った。私達はレンガ道を歩く
「あ、あのお城…」
遠くにあるお城に気付き、私は呟く
「今日はあそこでパーティーがあるらしいぜ」
興味無さげに護さんが指差して言った
「ああ、それに参加しているから今回の任務は不在なのかな」
燈さんが納得したように頷いた。私は城を見上げる。ここから中の様子は見えない。随分と距離がある。本来なら私と白雨さんは関わることは無い。住む世界が違うのだ。私が聖女でなければ関わることはなかっただろう
「この上にある。行こうぜ」
街を見下ろせる高台に辿り着く。高台からは街が一望出来た。忙しなく働く人々の様子や街の明かりが見えた。時の止まった夜明け前の空に流れ星が降っていた
「生きてるって感じのする街ですね」
私が呟くと、隣で並んで街を見下ろしていた護さんが笑った
「なんじゃそりゃ。ま、ここから見下ろせる街の景色は…嫌いじゃねぇけどな」
そう言って彼は歩き出す。灯台に向かう彼の後を私達は着いて行った
パーティー会場にて。白雨は静かに目を細め、参加者達の顔を見渡す。天井にはシャンデリア。会場には花瓶に美しい花が生けられ、白いテーブルクロスの上には、豪勢なパーティー料理の品々が並んでいた
「これはこれは白雨様。ようこそおいでくださいました。今後とも火の国と雪の国同士、手を取り合っていきましょう」
白雨はグラスを合わせる。華やかで煌びやかな社交界には陰謀、欲望が渦巻いている
(私に取り入ろうとする者達の目も、媚びる目を向ける女達の目も、嫌いだ)
白雨は内心、ウンザリしていた。白雨はこういった場は好まない。普段なら参加しないのだが
(だが…この中に、聖女を狙う者がいるなら別だ)
白雨は目を冷たく光らせた。鋭い視線で、容疑者を探す
(雪の国にも、危険分子はいる)
政治的に利用しようと、聖女を狙っている者達がいる
(部下に調べさせ、洗い出しはしたが…)
白雨は頭の中で、資料に載っていた顔をピックアップし、足を向けた
(…探りを入れ、黒幕を掴まなければ)
一方その頃、下町にて
「ここか。確かに明かりは消えているな」
護さんが灯台を見上げ、呟いた
「待って。あそこ、何かいる」
燈さんが灯台の下を指差した。見るとそこには
「…スライム?」
地面にはぷよぷよと小さなスライム達がいた。なんとなく可愛い気がする。前回の魔物である人魚が人間に友好的だったし、分かり合えないだろうか
「雑魚か。確かに緊急性の低い任務だな。さっさと片付けるか」
護さんはニヤリと笑って炎を見に纏い、刀を取り出して飛び出した
「待て!油断するな!」
燈さんが慌てて止める。護さんは単身でスライム達を倒していく
「まりちゃん、ここで待ってて」
燈さんの言葉に私は頷いた。燈さんは短剣を取り出し、スライムに斬りかかる。スライム達が二人を囲む
「おせーぞ、燈」
「俺は支援向きなんだよ!」
二人は背中合わせになる。二人は連携してスライムを倒していった。遠くから見ていた私は気づく。スライム達が一箇所に集まっていることに。スライム達は合体し、大きくなっていく
「護さん、危ない!」
私は飛び出した。巨大スライムが護さんに飛び掛かる。護さんが気付くが間に合わない。私は地面を蹴った。間に合ってほしい。幸運が私に味方してくれることを祈った。私の手が護さんに届く。私は護さんを突き飛ばした
「まり!」
チリ、と火が私の肌を焼いた。すべてがスローモーションに見える。スライムが大きく口を開けた。突き飛ばされた護さんが刀を投げ、間一髪スライムを刺した
「まりちゃん!」
燈さんに抱き止められる。地面とキスする事態は免れたようだ
「大丈夫かい!?怪我は!?」
「護さんがスライム倒してくれたんで大丈夫です」
護さんは険しい顔で私に近寄り、腕を取る
「火傷してんじゃねぇか」
「…あ…」
「俺の炎に触れたせいだろ」
確かに護さんを突き飛ばした時、炎に触れた気がする。無我夢中で気が付かなかった
「いや、でもこれは…」
「責任は取る」
フォローしようとした私を遮って護さんが言った
「えっ?」
「は!?」
燈さんと私の声がハモった。護さんは真面目な顔で続ける
「嫁入り前の女の肌に痕を残しちまったんだ。責任を取らなきゃならねぇ。俺みたいな男が相手で悪いが」
護さんは頭を下げた。私は呆然とつむじを見る
「俺と夫婦になってくれ」
顔を上げた護さんの顔は真剣だった
「は、はい…!?」
私はひっくり返った声を出す。燈さんは頭を抱えていた
「というわけだ。俺はまりと夫婦になる」
護さんは真剣な顔で宣言した。私と燈さんと…白雨さんの前で
「…は?今、何と言った?」
白雨さんは低い声を出す。部屋の温度が下がった気がした
「俺はまりに求婚した」
護さんはいつも通り、端的に言った
「お前なぁ、責任とか言ったって…まりちゃんの気持ちも考えろよ。結婚って言うのは好きな人同士でするものだろ」
燈さんはこの場における最後の良心だった。もっと言ってやってください。白雨さんにも
「…護と聖女が結婚するということはつまり、聖女の幸運が他に獲られ、独占されるということか」
氷点下の声と目で白雨さんが呟いた。温度が下がっているのは気のせいじゃない。部屋に霜が降ってきている
「え、もしかしてコントロール出来てない程キレてる…?」
燈さんが白雨さんの様子を見て困惑気味に言った。まじか。白雨さんはまるで希少な資源や狙っていた国土を横取りされた国王の様な、獲物を横取りされた肉食獣の様な雰囲気だった。つまりめちゃくちゃキレていた。怖…この人…
「…チッ、まさかこんなことになるとはな。やはりあんな場に参加せず、任務に着いて行けばよかった。聖女に傷がつくこともなかっただろう」
白雨さんが不機嫌を隠さずに舌打ちをする。白雨さんがここまで不機嫌を露わにするのは珍しい。彼は極端なまでに無駄を嫌う究極の合理主義者だからだ。基本的に感情的になることが少ない。だけどそれほどまでに自分が価値がある、と見出したものが損なわられるのが嫌なのだ
「やはり許容出来ない。聖女、腕を出せ」
私に逆らう選択肢は無い。こんなガチギレ状態の白雨さんに反抗する度胸は無い。私は大人しく腕を差し出した。すると腕を取られ、触れた箇所から冷たい霜が広がっていく
「えっ…!?氷漬けにされる!?」
「よく見てみろ」
手が離れたと同時、雪の結晶が弾けて消える。火傷のあった肌は元に戻っていた
「す、すごい…!直ってる…!」
私は素直に感動し、はしゃいだ。魔法ってすごい
「護、貴様の求婚理由は痕を残したからだろう?だが今私が傷を治したのだからもうその必要は無くなったはずだ」
白雨さんが振り返り、護さんに言った
「けど、痕は消えたけど俺がまりに火傷させちまったのは変わらないだろ。まりは俺を庇ってくれたのに、逆に怪我させちまった」
しゅん、と項垂れる護さんは私に対して罪悪感や責任感、そして感謝の気持ちがあったらしい
「大丈夫です。いつも私の方が助けられていますから。恩返し出来てよかったです」
「まり…」
護さんが目を見開く
「あんたのこと、これからちゃんと護る。俺の仲間だからな」
護さんは笑顔を浮かべた。私は認められたことが嬉しくなった
「もうこれからは暴走するなよ」
燈さんは呆れた様にそう言ってため息をついた
「わりぃ、何とかしねぇとって焦っちまった。視野が狭くなんのは俺の悪いくせだ。だから俺にはお前が必要だ。燈は周りをよく見てるからな」
「支援は得意だけどさ…お前も偵察とか上手くなれよ」
燈さんと護さんは笑い合った。無事に何とかなって良かった。一応、白雨さんのおかげ…なのだろうか。私が白雨さんを見上げると、目が合った
「聖女…これを」
白雨さんの手の中で雪の結晶が弾け、広げた手にはシンプルなデザインのネックレスがあった。銀色でチェーンの先には結晶のモチーフデザインがあった
「すごい、魔法で作ったんですか?」
こんなことも出来るのか。白雨さんが私にネックレスを手渡す。ひんやりと冷たかった
「…今回の件でハッキリしたが…私は貴様を共有資産としている現状に不満がある。だが、これで我慢しよう。それを常に身につけておくように」
私は白雨さんを見上げたまま困惑する。早くしろ、と言いたげな目に急かされ、私はネックレスのチェーンを首に通した。その様子を白雨さんはじっと観察するような目で黙って見ていた
「え、マーキングってこと?」
「まじかよ。やべぇなあいつ」
「お前が言うな?」
後ろでひそひそと燈さんと護さんが話していた
「ね、俺とデートしない?」
「へっ?」
あれから数日後。私は学園の廊下で呼び止められたと思ったら燈さんにそう声をかけられた。私が驚いて燈さんを見るとにっこり笑いかけらる
「いいカフェがあるんだ。いっしょに行こう。美味しいケーキもあるよ」
「ケーキですか…!」
私は目を輝かせた。私は頷き、燈さんと放課後、街へ出かけることになった
「女性客やカップルが多いですね」
私は店内を見渡す。可愛い雰囲気のカフェでメニューには様々な本格的なケーキやクリームとクッキーが乗ったドリンクなど種類が豊富だった
「ここ、ケーキが気になってたんだけど男一人では入りにくくて」
燈さんは照れた様に笑う。燈さんは甘いものが好きだったらしい
「そうだったんですね」
燈さんはコーヒーとケーキ、私は紅茶とケーキのセットを頼んだ
「美味しいです…!」
いちごのムースのケーキの中にはジャムが入っていて大変美味だった。見た目も可愛いらしい
「それは良かった」
燈さんは喜ぶ私の姿を見て微笑んだ。燈さんはチョコケーキを選んでいた。私達はカフェでたわいもない話をして過ごした
「えっ、奢ってくれてたんですか!?いつの間に…」
「あはは、今日のお礼ってことで」
席を立った燈さんが会計を済ませてくれていたらしい。私達は店を出て歩く。燈さんは海辺に案内してくれた
「夕日が綺麗ですね」
「そうだね。やっぱり、海に来ると落ち着くなぁ」
私達は砂浜を歩いた。潮風が髪を揺らす。燈さんは海に来てリラックスしている様だった
「今日は楽しんでくれたかい?」
「はい!とっても!」
「いい息抜きになったなら良かった。ここ最近、忙しくしてたみたいだったから」
燈さんは私のことを見ていてくれていたのだ。今日、私をデートだと連れ出したのも私に息抜きをさせる為だったのかも。そう言ったら、俺はただまりちゃんと遊びたかっただけだよ、と返されそうだけど
「まりちゃんはさ…元の世界に帰るんだよね?」
燈さんはぽつりと呟いた
「はい…」
儀式が終われば帰るつもりだ。儀式まであと一カ月になる。いつの間にか、そんなに月日が経っていたのだ。私はこの世界に来てから沢山の思い出が出来た。燈さんや護さん、白雨さんや星ちゃんなど、沢山の個性豊かな仲間や友人に出会えた
「そっか…」
燈さんは寂しそうに笑った
「向こうに帰っても、俺と過ごした今日のことを忘れないでいてくれると嬉しいな」
「燈さん…はい!絶対忘れません」
私は大きく頷いた。今日見た夕方と照らされた燈さんの嬉しそうな笑顔を私は忘れない
「…ところで…まりちゃんは白雨のこと、どう思ってるの?」
「へ!?急ですね!?」
燈さんの急な話題転換に私は驚いた
「あいつさ…あんな奴だろ。だからあんまり、人を近寄らせないんだ。俺や護は実力を認められているからそばに置いてるんだけど…まりちゃんみたいな子は初めてなんだ」
護さんや燈さんは白雨さんと同じ守り人として対等な立場にいる。私には聖女と言う肩書きはあるが、それだけだ
「まりちゃんはさ、あいつが初めて自分の感情で選んでそばに置いている子なんだよ。今まで、あいつに取り入ろうと近づく人達ばかりだったんだよ。まりちゃんはあいつが手を伸ばして求めた特別な子なんだよ」
王族ということでその立場を利用しようと近く人達ばかりなのだろう。私は白雨さんを取り囲む環境の複雑さを知った
「大げさですよ。私はただ聖女として使えるからそばに置いているんですよ」
「まりちゃんはあいつに意見するだろ。そんな子、今まで居なかったんだよ。だからあいつはまりちゃんのこと気に入ってるんだよ」
燈さんはにっこりと笑った。どこか確信に満ちた声だった
「まりちゃんならあいつのこと、変えることが出来るかもね」
「そ、そうですかね…」
「あはは、それだけ、まりちゃんは色んな人を惹きつける魅力があるんだよ」
褒められて私は照れた。そんな風に褒められるほどの人間では無いと思うが
「じゃ、そろそろ帰ろか」
「はい!」
私達は学園に帰った。とても楽しい1日だった
翌日。私は生徒会室で星ちゃんと白雨さんといた。新しい任務が来たらしく、任務書を見ながら白雨さんが私に任務のことを説明する
「今回の任務の行き先は雪の国だ」
雪の国に行くのは初めてだ。どんな国なんだろう
「まぁ!私の生まれ故郷ですわ!」
星ちゃんがはしゃいだ。雪の国は白雨さんの故郷でもある
「雪の国ってどんなところなの?」
「一年中、雪が降っている国ですわ。ですので、国中に暖房装置が置かれているんですのよ。灯台を大きな壁で囲んでいる国で、壁はまだ完成途中のところもあるのです」
国が出来てから数百年以上、工事が続いているのだとか
「すごいね」
「ええ、城は国の中心にあってその周りには博物館や美術館など、様々ありますのよ」
近くには高級ホテルもあるらしい。観光名所として有名な国だそうだ。星ちゃんの説明で私は雪の国に行くのがますます楽しみになった
「今回は列車で向かう。雪の国は広く、長い滞在になるだろうから…城に泊まらせよう」
なんということだ。城に泊まらせてもらえるなんて。こんなセレブ体験は二度と出来ないだろう
「聖女様、城の近くには教会もありますの。聖女様達を女神からの使いとして描かれているステンドガラスが綺麗なのですのよ。ぜひ一度寄ってみてくださいませ」
その教会に熱心に通っている星ちゃんは目を輝かせて私にそう言った
「うん、寄ってみるね」
私が頷くと星ちゃんは嬉しそうに頷いた
「聖女、行くぞ。そこの上着を取れ」
私は世話係として指示された通り、ブレザーを着せる。部屋を出る白雨さんに続いた
「いってらっしゃいませ」
ニコニコと笑い、手を小さく振る星ちゃんに見送られながら私は白雨さんと共に集合場所へ向かう。学園の廊下を歩いていると、生徒達の注目が白雨さんに集まった。白雨さんは気にもしていない様だが、この人は目立つ。白雨さんの近くにいる私も自然と注目を浴びる。最近は聖女というだけで学園にいる私を快く思わず、遠くから睨まれることも無くなったが、それでも居心地が悪く感じる。歩く速度が落ちそうになるが、任務に遅れる訳にはいかない。私は白雨さんの背中を見上げながら後ろを着いて行った。集合場所では護さんと燈さんがすでにいた
「お待たせしました…!」
「俺達も今来たとこだ」
護さんが答える。私達はそのまま、列車に乗り、雪の国へ向かった
列車が見上げるほど大きな壁を抜けるとそこは雪国だった。白い雪景色を窓から眺める。雪の国ではしっかり装備しなければならない。私はもこもこのファーが着いた上着を着た。列車が駅に到着し、私は降りた
「わぁ、すごい…」
吐く息が白くなる。雪の国は雪に覆われていて、暖房装置が至る所にあった。人々は雪を退かしたり、壁を工事したりと忙しそうだ。遠くには城や教会、灯台が見えた
「聖女、ウロウロするな。私から離れないように」
キョロキョロと辺りを見渡す私にそう忠告し、白雨さんはさっさと先を行く。私は慌てて後を追いながら燈さんや護さんと話した
「まりちゃん、その上着可愛いね。よく似合っているよ」
「えへへ、ありがとうございます」
燈さんに褒められて私は照れた。皆もコート姿がカッコいい
「ここはスープやポトフが多く売られているな」
護さんの言う通り、街にある店は温かいスープを売っていた。身体を温める為だろう
「今日は城に泊まり、明日灯台に向かうぞ」
白雨さんはそう言って真っ白な壁の大きなお城に向かう。階段を登ると、門番がいた
「白雨様とそのお連れだ」
白雨さんを見た門番が通してくれる。私達はお城の中に入った。長い廊下には赤いカーペットが敷かれ、天井にはシャンデリアが吊らされている。城の中は温かい。白雨さん云く、床下に暖房装置があるらしい
「各自好きな部屋に泊まれ」
燈さんと護さんには広い部屋が与えられていた
「聖女、貴様はこちらだ」
白雨さんの後ろについていくと、奥に大きな扉があった。中に入ると、天蓋付きの大きなベッドがあり、高級そうなソファなどの家具が置いてあった。ベランダからはオーロラが見えた
「貴様にはここで泊まってもらう」
ソファに座り、白雨さんがそう言った
「え、こんな広い部屋いいんですか?」
私の泊まる部屋だと言うならどうして白雨さんは自分の部屋の様にくつろいでいるんだろう。というか、白雨さんの部屋はどこにあるんだろう?
「ここは私の部屋だ。貴様には監視と幸運の加護の為、私の部屋に泊まってもらう」
「へぁ!?」
私が大きな声を出すと白雨さんは顔を顰めた。確か以前、歌の国でも白雨さんと同室で寝たが、今回も?
「わ、私勝手に抜け出したりしません!」
魔物と接することは無いと伝えたが、聞き入れてはもらえなかった
「まだ魔物を倒していない。何があるか分からないのだから、私のそばが一番安全だろう」
そう言われてしまえば私に反論することは出来ない
「食事は部屋に運んで来るよう、指示してある」
白雨さんがそう言ったタイミングで、メイドさん達が部屋に入って来た。彼女達はテキパキとキッチンワゴンにある料理を机の上に並べていく。メイドさん達が部屋を出て行くと、白雨さんは自分の隣を指差した
「聖女、座れ」
「し、失礼します…」
私は恐々とソファに座る。柔らかいクッションが私を受け止める。食事作法など分からないが、私はとりあえずバゲットとスープを食べる
「お、美味しい…」
ポタージュは優しい味がして、パンは焼きたてだった。隣に白雨さんがいることも忘れて食事に夢中になる。私はサラダやローストビーフを食べて大変満足した
「デザートをお持ちしました」
メイドさんがデザートまで持ってきてくれた。私の前にケーキと紅茶が置かれたが、白雨さんの前には紅茶だけが置かれた
「…?」
何故、私の分のケーキしかないのだろう。まさか、私の為に用意されたものなのか?真っ白なケーキの上には雪の結晶の形のホワイトチョコが乗っていた。一目見て高級なものだと分かる。私はチラリと白雨さんを伺う。白雨さんは黙って顎をしゃくり、ケーキを示した。食べていい、ということだと受け取り、私はケーキを食べた
「甘くて美味しい…!」
今まで食べてきたケーキの中でも上位にランクインする。生クリームは甘すぎない上品な甘さで、さっぱりしているから食べやすい。はしゃぐ私の隣で白雨さんは静かに紅茶を飲んでいた。私が食べ終わったタイミングで白雨さんに話しかけられる
「聖女、幸運と接触の関連性やその法則について考えたのだが」
白雨さんはソファの上に腕を回す。私は何故か逃げ道を無くされ、囲われた気持ちになった
「花祭りで手を繋ぎ、踊った際には効果があったが、それ以降は接触しても幸運が上がることは無い、という話を以前したのを覚えているか?」
私は頷いた。なるべく一緒にいる時間を増やしたり、手を繋ぐ時間を伸ばしたりしたが、効果に変わりは無かった
「私はこれに二つ、仮説を立てた。一つは、親密さ…聖女の守り人に向ける感情によって変化するのでは無いかと」
なるほど、私からの好感度によって幸運値が上がるのか
「二つ目は、より親密な接触によってもたらされる幸運に変化があるのでは無いかと。儀式で聖女に夫として選ばれた者が幸運を独占出来るのもそれら二つで説明がつく」
「し、親密な接触って…!」
私は動揺した。つまり、手を繋ぐだけでなく、ハグやキスなどをすれば幸運値が上がるのではないか、と白雨さんは仮説を立てているのだ。聖女と夫婦になった人は幸運が与えられる、という伝承から考えると白雨さんの仮説は確かに筋が通っている
「だから私は貴様に好感を持ってもらえる様、アプローチをするか、貴様により親密な接触をするかの二択なのだが…聖女、貴様はどちらがいい?」
恐ろしいことを尋ねられた。白雨さんは本気だ。もし、アプローチを拒めば私は白雨さんに手を繋ぐ以上のことをされる。実質選択肢は一つでは?
「あ、アプローチの方向でお願いします…」
私の声は若干、震えていた。アプローチを大人しく受け入れるほかないのだ。白雨さんは私の返事を聞くと私に身を寄せた
「私は貴様が望むなら、ケーキを取り寄せるし、花を贈るし、アクセサリーも、望むものすべてを与えよう」
白雨さんは私の髪を指で優しく梳かし、耳にかけた
「は、白雨さん…」
白雨さんの声は静かで、そこに感情は乗っていない。私は近くにある白雨さんの顔に緊張する。白雨さんは私の前髪にそっとキスをした。軽く触れるだけのキスだったが、私は目を丸くして驚いた
「う、うぅ…」
私は恥ずかしさと緊張と逃げ場の無い現状に必死に耐え続け、解放された頃には涙目になっていた。広い風呂に入り、湯船に浸かる
「こ、これからずっと続くの…?」
私は頭を抱えた。心がもたない。それにしても…白雨さんはただ与えればいい、という感じが伝わった。上辺をなぞっているだけでそこに中身は無い。悲しいよりも先に、疑問が浮かんだ。どうして白雨さんはあんなにも、愛情に無関心なんだろう
「…」
考えたところで分からない。私は首を振り、目の前の任務に意識を集中することにした
「明日は灯台に向かうんだ…!頑張るぞ!」
任務が終わったら、観光してみたい。教会に寄る時間はあるだろうか。お風呂からあがると、すでにシルクのナイトガウンを着た白雨さんがベッドの上で本を読んでいた。私がウロウロしていると、私に気づいた白雨さんが本を閉じてサイドテーブルに置いた
「早く寝ろ」
「は、はい!…失礼します…」
私は恐る恐る近づき、ベッドに乗る。白雨さんは寝転び、目を閉じた。隣に寝転ぶと、肌にシルクのシーツが触れた
「おやすみなさい…」
眠った肉食獣…ではなく、白雨さんを起こさない様、私は小声で呟き、目を閉じて眠った
私は窓から差し込むわずかな光で目が覚めた。窓からは夜明けのまま、時間が止まっているこの世界の空が見えた。紫色に染まり、グラデーションを描いているのに、太陽は見えない。ベッドの隣に目を向けるとまだ眠っている白雨さんがいた。寝息を立てて眠るその寝顔を私は観察する。うわ、まつげ長…起きている時にはこんな風に近くで見ることは出来ない。白雨さんは美しくて怖い人だ。まるで冷たくて綺麗な雪の様な人だと思う。昨夜、実験としてアプローチされたことを思い出す。私はこの人に畏怖とそれでも味方にすれば心強い人だという二つの感情を抱いている。好意…にはならないのだろう。私はため息をついてベッドから降りようとした
「…どこへ行く?」
気配で目を覚ました白雨さんが掠れた声で静かに尋ねてきた
「し、支度をしようと…」
任務に行く為だと説明すれば白雨さんは眠たそうな顔であくびをした
「…くぁ…」
大きく開いた口から犬歯が見えた。私は何故か寛いだ肉食獣があくびをしているように見えた。オッドアイが私を捉える
「まだ時間はある。眠っていろ」
私がまごついていると、焦ったそうに手を伸ばされる。私は腕を取られ、ベッドに戻された。再び寝転ぶと、その姿を確認した白雨さんは手を離し、また再び目を閉じた。ふかふかのベッドに寝転ぶと眠気がやって来る。私は執事さんが起こしに来るまで二度寝してしまった
「う、うう…恥ずかしいとこ見られた…」
白雨さんと同じベッドで眠っているところを見られた上に起こしてもらった。寝顔は見られていないことを祈るしか無い
「聖女、行くぞ」
「は、はい!」
支度を終えた白雨さんに呼ばれて私は慌てて後をついて行く。その時、執事さんが小さく呟いた
「…白雨様をどうかよろしくお願いします」
「…へ…?」
振り返って見ると、老人の執事さんが私に言った
「白雨様は人前で眠ることは無いのです。白雨様には心許せる方が居ないのです。…ですが貴方様なら白雨様の閉じた心を開けられるかも知れません」
執事さんは私に頭を下げた。私は目を丸くする
「早くしろ」
遠くで私を待っている白雨さんに呼ばれて私はハッとする。彼は足を止めて、後ろにいる私を振り返って見ていた。待たせてしまっている。私は執事さんに会釈して、白雨さんの元に小走りで向かう。白雨さんは私が追いつくと、また前を向いて歩き始めた
「あ、二人ともおはよう」
「朝食食いてえ」
廊下には燈さんと護さんがいた。私は二人に挨拶をする
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
燈さんに笑顔で尋ねられ、私は頷いた
「さっさと飯食いに行こうぜ」
お腹が空いたのか、護さんはお腹を摩ってそうぼやく。私達は朝食を食べてから、灯台へと向かった
「灯台は雪山にある。歩いて向かうぞ」
白雨さんに続き、私達は雪道を歩く。途中には暖房装置があった
「電源が入っていないね」
「レバー引いてもつかねぇぞ。これじゃ凍死しちまう」
燈さんが気付き、護さんがレバーを引くが電源はつかない。雪山は厳しい寒さだった。街の暖房装置は動いていたので過ごせたが、これでは上着を着ていても凍えてしまう
「発電所とケーブルが繋がっている暖房装置には火が灯る。発電所に行くぞ」
白雨さんがそう言って小さな施設を指差した。その建物には暖房装置の電源をいれる機械があるらしい。私達は発電所に向かった
「レバーを引いて…これで電源がついたな」
護さんがレバーを引いたことで暖房装置に火がついた。これで進むことが出来る。私達は発電所を見つけながら進むことにした
「雪山で小さな発電所を見つけるなんて大変だけど…まりちゃんの幸運のおかげで見つけることが出来るね」
燈さんが笑って言った。聖女の幸運が探索に役立っているらしい。私は役立っていることが嬉しくなった
「だな。助かったぜ」
護さんは私の頭を乱暴な手つきで撫でた。私は笑い声を出す
「あはは、やめてくださいよ」
そうやって戯れ合いながら私達は灯台にたどり着いた。雪山の中にある灯台の近くには氷で出来たゴーレムが居た
「あれは手強そうだね」
「俺の炎で仕留めてやるよ」
護さんが刀に炎を宿す。燈さんが歌を歌うとゴーレムの動きが鈍り、護さんの纏う炎の火力が増す
「氷で足止めをする」
白雨さんが杖を振り、床を氷漬けにするが、ゴーレムは氷を砕いた
「…!私の攻撃が効かないのか」
白雨さんは目を見開く。その声には珍しく動揺が滲んでいた
「なら、こいつはどうだ!」
護さんが飛び出し、炎の刀で斬りつける
「グオオッ!」
氷のゴーレムは断末魔をあげた
「倒した!」
私は歓声をあげる。その時、雪山に雪崩れが起きた。雪の中からもう一体、氷のゴーレムが現れたのだ
「聖女!」
雪に流されそうになった私に白雨さんが手を伸ばす。私は手を繋いだ
「まりちゃん!」
「俺達も巻き込まれるぞ!一旦、離れる!」
燈さんを抱えて護さんは避難する。私は雪の中、白雨さんに抱きしめられた
「白雨さ…!」
私は白雨さんとそのまま、雪崩れに巻き込まれ、視界が白く染まった
「う…」
私は目を覚まし、身じろぎをする。何か柔らかい物に包まれている。毛布だ
「目を覚ましたか」
「は、白雨さん…!?え、どういう状況ですか!?」
私は白雨さんに抱きしめられ、毛布に包まれていた。私は周囲を見渡す。目の前には火のついた暖炉があった。床には刺繍の施されたカーペットがある。小さな窓から見える外の景色は雪吹雪だった
「ここは母の別荘の一つだったが…母が死んでから廃棄された別荘だ」
建物の隅には埃や、天井には蜘蛛の巣があった
「長い間、雪の中にいたのだ。しばらく、こうしているといい」
白雨さんは私をここまで連れて来てくれて、こうして温めようとしてくれているのだ
「ありがとう、ございます…」
私が小さくお礼を言うと彼は呆れた様にため息をついた
「まだ、助かってはいないだろう。…救助が来るまで、ここでこうしているしか無い」
雪と風荒れ狂う外を見て白雨さんは呟く。冷たい隙間風が入って来る。私の身体が震えると彼は私に視線を戻し、私の手を両手で摩る。そうして片手を離すと、私の冷えた頬を撫でた。もう片方の手で私の手を握ったまま
「は、白雨さん…」
私は白雨さんの優しさを感じた。暖炉の炎がパチパチと音を立てて燃えている。今ならこの人に聞ける気がした
「あの、どうして…白雨さんは、夫婦に愛情が無くても、成立すると考えていたんですか?」
私の頬を撫でていた白雨さんの手が止まる。彼は私の顔を近くで覗き込んだ
「王族とは、そういう物だ。互いの間に愛など無くとも、政治的な理由で結婚する。契約の一部だ」
だから白雨さんは私に、契約婚の話をして来たのだ
「私の両親も、そうだった。現国王は、家族に無関心だったし、私の産みの母とは関わることも無かった。幼い頃から使用人達が私の世話をしていた」
「そう、だったんですね…」
私は白雨さんが愛情に対して無関心だった理由が分かった
「貴様は愛の無い結婚は嫌だと言っていた。私は貴様を保護したいし、近くに置いておきたいのだ。だが、私はどうやって貴様を愛すればいいのか分からない」
小さな子供の様にぽつりと彼は呟いた。…ああ、この人は自分の心を氷で閉ざしてしまったのだ
「白雨さん…」
私はそっと白雨さんの手を握り返した。白雨さんは微かに目を見開いた
「…儀式のことだが、貴様は私達守り人の中から伴侶を選ばなければならないのだろう?愛だの恋だのよく分からないが、私は貴様を守るし、言葉も贈る」
白雨さんは私の手を取り、指にキスをした。リップ音が小さく響く
「私は愛し、愛される努力をしよう。私の妻となって欲しい」
彼のオッドアイの目には獲物を狙う様な鋭い光があった
「あ、あう…その…私…」
今までも同じようなことを言われたのに、破壊力が違う
「何故、口籠る?どんな意味があるんだ、貴様のそれには」
不可解そうに白雨さんは眉を寄せた
「白雨さんは…私に利用価値があるから、結婚したいんですよね?」
「ああ。聖女としての力だけでなく、私は貴様自身も評価している」
白雨さんは頷いた。私は目を伏せる
「私は…そんな価値のある人間じゃないですし…私じゃ白雨さんに、釣り合わないですよ…。それに、帰る人間ですし…」
私はそっと白雨さんから手を離す。冷たい空気が熱を奪った
「それは、拒むということか?」
私は何も言えずに俯いた。白雨さんは顎に手をやり、考え込む
「そうか…なら…それがいいか…」
「…?」
白雨さんは目を閉じて何かをぶつぶつ呟き始める。私は不思議に思い、首を傾げた
「…私の目的は、貴様を閉じ込めることでは無いが…幸運をもたらせる為には、閉じ込めるのが一番手っ取り早いな」
目を開けた白雨さんはそう言い放つ
「へ…?」
私は白雨さんに床に押し倒されていた。呆然と白雨さんと天井を見上げる
「聖女は雪崩れに巻き込まれ死亡した…そういうことにすれば、探す者は居なくなり、邪魔は入らない」
白雨さんは淡々とそう言って私の手を掴み、指先を甘噛みした
「…あっ…」
小さく声を漏らすと、白雨さんは真っ赤な舌で指先を舐めた
「幸運をもたらせるには…聖女に好感を持ってもらうか…より親身な接触をするか、だったな」
白雨さんは私を見下ろす。私は息を呑んだ
「い、いやです…好きな人以外と手を繋ぐ以上のことをするのは…」
私は涙目で首を振った。そんな私を彼はじっと見ていた
「お願いです…やめてください…」
私は懇願することしか出来ない。逃げ場も無い状況なのだ
「…嫌か…なら、嫌じゃなくなるまですればいいか。元の世界に帰らせてやれないが…連絡を取れる様にはしてやろう」
前髪を掻き上げ、彼は私に覆い被さる。私は目の前が暗くなった。顎を指で掬われる。冷たい目と目が合う
「あ、愛し合う人達で…キスをしたり、抱きしめ合うものですよ…!」
「感情は無くとも、行為そのものは出来るが?」
私は声を張り上げたが、白雨さんに反論された。私は唇を噛む。彼は手を伸ばし、そっと指で唇をなぞる
「傷つけるな。優しくする」
「…!う、なんで、優しくするんですか〜…!」
私の涙腺は崩壊した。えぐえぐと泣きじゃくる。この人はいつもそうだ。私を愛していないのに、触れる手はいつも丁寧で優しい。私のことなんてどうでもいいなら、優しくしないで欲しかった
「幸運が、欲しいだけならっ…優しくする必要ないじゃないですか…!」
「…それは…」
私がそう言うと彼は初めて動揺した
「…私は、貴様に無関心ではいられない。…私が貴様を試した時のことを覚えているか」
静かに尋ねられる。確か、聖女になったばかりの頃、初任務で私が逃げなかった時のことだ
「貴様は状況と自身の立場を理解し、怯えながらも私に逃げないと言った。その時から、強く惹かれていた」
「…へ?」
私は目を丸くする。それってなんだか…
「貴様は泣き、怯え…それでも私と交渉する胆力がある。私は貴様の私を恐れながらも必死に意見するところが…可愛いと感じる」
今、可愛いって言った?しかもなんか最低な理由じゃなかった?
「わ、私のこと…好きになった理由、最悪すぎませんか?」
「…好き?私が?貴様を?」
白雨さんは眉を寄せた
「根拠も無いのに惹かれる…それが、恋愛感情か?私が貴様を保護したいのも、それが理由か?他に渡したくないのも?」
「わ、分かりませんけど…一般的には嫉妬と呼ばれるものなんじゃないですか…?」
馬乗りになっていた白雨さんは私の上から退いた。私は慌てて毛布で自身を包み、距離を取る
「…聖女、いや、まり」
白雨さんに初めて名前を呼ばれた
「は、はい!?」
「そう怯えるな。もうしない」
私は頷き、そばに寄る。暖炉の前は暖かい
「私は貴様に…いや、これも変か。君に対してずっと間違えていた。私はただ君に、そばにいて君を守りたいとそう伝えれば良かっただけだったんだ」
オッドアイに熱が灯っていた
「やり直しさせてほしい。私が貴方にアプローチすることを許してもらえないか」
「も、もう酷いことしませんか…」
白雨さんは頷いた
「君の意思を尊重する」
私はほっとした
「許します、けど…アプローチは困ります…」
「何故?私からの好意は嫌か?」
真っ直ぐな目で見られて私は口籠る
「う…照れてしまうので…」
「意識させるのが、アプローチの目的では?私は貴方に好いてもらいたいのだが」
困った。今までなら恐怖しか感じなかったが、好意を向けられていると分かると急に異性だと意識してしまう
「か、考えさせてください…」
「君に答えは急かさない。ただ、私が貴方に好意を伝えるだけだ」
彼はそっと私を抱きしめた
「君が私を選ばなくとも、その時は君の意思を尊重する。ただ…私を選んで欲しいと思っている。私の妻になって欲しいとも」
「つ、妻…!?」
私は驚いた。この人、自覚したばかりなのに結婚まで考えてるの?
「儀式で、誰かを選ばなければならないのだろう?なら、私は貴方に選ばれたい」
「わ、分かりました…白雨さんのこと、ちゃんと考えます」
私が頷くと、白雨さんは微かに笑った。嬉しそうな笑顔で
「では、改めてよろしく、まり」
「う、よ、よろしくお願いします…」
私達は初めて握手をした
雪吹雪が止み、私達は外に出る。すると声が聞こえてきた
「…ーい、おーい!」
燈さんと護さんだ。探しに来てくれていたのだ
「燈さん!護さん!」
私は声を張り上げ、手を大きく振る。二人は私達に気付き、近づいて来る
「まりちゃん!白雨!良かった無事だったんだな!」
駆け寄って来た燈さんが安堵したように言った
「無茶しやがる。ま、無事で良かったけどよ」
護さんは歯を見せて笑った
「二人も無事だったんですね!良かったです!」
私は二人にハグをしようと近づいたが、後ろから腕を回され、腰を抱かれる。私は白雨さんに片腕で抱きしめられていた
「白雨さん!?」
「言っただろう、他に渡したくないと」
白雨さんは、嫉妬していることを隠さず、そう言った
「え、どうしたの?何があったの?」
「やっぱ好きだったのか?付き合ってるのか?」
燈さんと護さんが不思議そうに尋ねる
「私が告白した。付き合ってはいないが、返事を保留された。その間、彼女を口説くことにする」
白雨さんは先程あったことを端的に説明した。話を聞いた二人は驚いていた
「お前にも、そんな感情あったんだな」
白雨さんにそう言って燈さんは私に向き合う
「まりちゃんは、こいつのこと、考えることにしたんだよね?嫌なわけじゃないんだよね?強制されているわけじゃないんだよね?」
燈さんは私の意思が尊重されているのか、心配している様だった
「はい。尊重するって約束してくれましたから」
私が頷くと、燈さんはようやく笑顔を浮かべてくれた
「まりちゃんはさ、初めて会った時、夫役に俺はどう?って聞いたこと覚えてる?」
初対面の時、目が覚めた私に、燈さんがそう提案した時のことだ。私は頷いた
「あの時はさ…異世界に来たばかりの君が、かわいそうだなってそんな軽い気持ちで言ったんだ」
燈さんは眉を下げた。自身の軽みはずみな言動を後悔している様だった
「今はさ、まりちゃんのこと、俺達の仲間だって親しく思ってる。だからまりちゃんの気持ちが一番、大事」
「ああ、お前は俺達の仲間だ。味方になってやる。いつでもな」
燈さんと護さんは微笑んで言った。私は胸が温かくなる。二人の親愛が伝わって来て、嬉しくなった
「私も…私も仲間で、大切な友達って思ってます…!」
私は自分の思いを言葉にして伝えた。二人は嬉しそうに笑ってくれた
「私は、貴方が笑っていることが嬉しいのだと気づいた。君を愛おしく想っている」
私を見る白雨さんの瞳は今までと違う。以前までが観察する様な目だとしたら、今は慈しむ様な、柔らかい光が宿っている。触れる手は変わらず優しいが、今は声に温度が灯っている
「白雨、お前も人間らしくなったね。まりちゃんのおかげかな」
燈さんはからかう様にそう声をかける
「うるさい」
白雨さんは眉を顰めたが、声に棘は無い。白雨さんと燈さん、護さんの間には、私の知らない年月があり、友情の様なものがあるのだろう
「で、あの氷のゴーレム、どうやって倒すんだ?」
鞘に入った刀で刀を叩きながら、護さんが問いかける
「あの氷のゴーレムには、私の魔法が効かなかった」
護さんの炎は効いていたが、白雨さんの氷は打ち砕かれていた
「最大火力で攻撃する。燈、貴様は私の魔法の火力を上げろ。護、とどめは貴様に任せる」
「分かったよ、我が王」
「よし、腕が鳴るな」
燈さんはふざけてお辞儀をしてみせ、任された護さんは嬉しそうに笑った
「まり、私の後ろにいてくれ。何かあった時、対処出来るように」
「はい!」
白雨さんの言葉に私は返事をして、白雨さんの背中に着いて行く。灯台の前で、まるで番人の様に氷のゴーレムが立っていた。白雨さんが杖を取り出すと、冷気が宿る。燈さんが歌うと、勢いが増した
「これならば、どうだ?」
大きな氷柱が、空から降り注ぐ。氷のゴーレムの身体が貫かれ、崩れていく
「グオォッ!」
白雨さんの魔法が、氷のゴーレムを上回った。護さんが前に飛び出す。地面を蹴り、炎の宿る刀を振り落とす
「おらぁッ!」
「グオォーー…!」
氷のゴーレムは溶けて消えた。私は歓声をあげる
「やった!倒せましたね!」
白雨さんを見上げると、目が合った
「ああ、私一人では、成し得なかった。私には、信頼の置ける部下達がいた。それに気づかせてくれたのは君だ」
彼は柔らかく微笑んで、私に感謝を伝えてくれた
「私は、何もしてないですよ」
「私が自分の感情に気づけたのは、貴方のおかげだ。君は私に、人を想う心を与えてくれた」
優しく微笑まれてしまい、私は何も言えず、俯く。嬉しい様な、恥ずかしい様な、少しくすぐったい気持ちだった
「さて、では…灯台に、明かりを灯すか」
白雨さんと燈さんと護さんが灯台を囲む。燈さんが歌い、護さんの火が、灯台に登る。白雨さんが杖を降ると同時、灯台に明かりが灯った。雪景色の中に、光が灯る。周囲の雪が光を反射して煌めく
「綺麗…」
イルミネーションみたいに周囲が輝いていた。私はうっとりと見つめる
「君が望むなら、こんな景色をいつでも見せよう」
白雨さんは甘く微笑んで私に告げる。今までとの変わり様に私は未だ慣れない
「任務はこれで終わった。戻ろう」
「あ、あの…!私、教会に行ってみたいです!時間があったらでいいんですけど…」
星ちゃんが進めてくれたスポットに行ってみたい
「もちろん、構わない。案内しよう」
白雨さんが案内してくれることになり、街に戻る
「ここのスープ飲みてぇんだよな」
「温まりたいし、俺も行こうかな」
二人はぶらぶら観光するみたいだ。護さんや燈さんと別れ、私は白雨さんと二人で、教会に向かうことにした
教会では、結婚式が行われていた。花吹雪が舞い、その中心で夫婦が幸せそうに笑っている。青い空に、人々の祝福の声と拍手が、響いていた
「うわぁ、素敵ですね…!」
教会の鐘が鳴り響く。まるで二人の未来を祝福しているみたいだった
「結婚か…今までは、政治的な道具、契約としてしか見ていなかった。だが今は…私も、愛する人と幸せな未来を築いていけることが出来たらと…そう望んでいる」
白雨さんは私を見つめて微笑む。私は照れてたじろぐ
「私との未来を、貴方が考えてくれたら、嬉しい」
白雨さんは私の手を握る。大きな手だった
「う…分かりましたから…勘弁してください…」
私は片手で顔を覆った。白雨さんはそんな私を見て、喉の奥で笑う
「すまない。貴方が可愛らしくて」
「うぅ〜!」
私の顔に熱が集まる。白雨さんは楽しそうだ
「君は確か、ステンドガラスが見たいのだったな?ならば…奥にある旧教会に向かおう。そこならば、人もいないだろう」
私達はさらに奥に向かい、旧教会に辿り着く。周囲に人は居なくなる。旧教会の壁には蔦が伸びていた
「少し古びてはいるが…今もステンドガラスは綺麗に残っている」
白雨さんが古びた木の扉のドアノブに手をかける。ギィ、という音と共に扉が開いた。こじんまりとした教会の中には、祭壇の前に椅子が並び、壁一面、大きなステンドガラスが天井まで続いていた
「うわぁ…綺麗…」
「あのステンドガラスには、女神とその使いと考えられている聖女達の姿が描かれている」
白雨さんが指差し、教えてくれる。女神と思われる女性と、聖女らしき女性達が描かれていた。幻想的で、綺麗な景色だった
「まり」
私は名前を呼ばれて隣を見る。教会には、私達しか居なかった
「私は今までずっと、愛情や感情は、不要だと考え、無関心だった。だが、君はそんな愛が無いまま、成立していた私の固く閉じた世界を、崩してくれた」
白雨さんはきっと自分の心を氷の中に閉ざすことで、自分を守っていたんだと思う。私は彼の言葉を静かに聞いた
「私は正直、君を私のそばに置いておくことしか考えていなかった。私のそばが、君にとって安全だと考えていたから」
白雨さんはステンドガラスを見上げ、呟いた。ステンドガラスから差し込む僅かな淡い光が、彼の顔を照らす
「だが、自分の気持ちに気づいた今は…君の身の安全だけでなく、貴方の幸福ごと、貴方を護りたいと思う」
彼はステンドガラスから目を離し、私を見つめて微笑んだ
「私は貴方を忘れない。貴方は私の人生に、深く刻まれた私に心をくれた人だ。君の安全と幸福が、今の私の望みだ」
「白雨さん…」
白雨さんの言葉に、胸が切なく締め付けらる。白雨さんは、私が帰ることも考え、受け入れている。その上で、私が大切だと、そう伝えてくれている。白雨さんの気持ちが、痛いほど伝わって来て、私の目から涙が溢れる
「私は貴方の世界を守る、力になる。…私の愛しい人」
白雨さんはステンドガラスの前で、誓うように私の前髪をかきあげ、そっと触れるだけのキスをした。以前、白雨さんが私にした軽いキスと、今の優しいキスは大きく違う。今は、確かな感情が宿っていた。白雨さんの、瞳、声、触れる手に溶けそうなほどの熱がある
「私…今まで、白雨さんのこと、怖かったです」
私は正直に伝えた。私に白雨さんがそこまで想ってくれる程の価値があるか分からないが、白雨さんの気持ちに、私も向き合うと決めた
「でも、同時に、安心出来る人でもありました。この世界に来て、右も左も分からなかった無知だった私に、正直に聖女が利用される可能性があることを教えてくれた人だったから」
この人は一度も、私を騙そうとはしなかった。だから私は世界に危機感を持てたし、この人を信頼出来た
「白雨さんは、私をそれがどんな理由でも、守ってくれていました。私がこの世界で無事なのは…白雨さんのおかげです。白雨さんがずっと、守ってくれていたから」
それは私が利用価値のある存在だったからだとしても、思い返せばいつも、彼は私を守ってくれていた
「だから、この世界に来た私が…白雨さんに会えたのは、聖女の幸運の、一つだったと思います」
私はにっかりと笑った。私の笑顔を見て、彼も微かに笑ってくれた
「儀式のこと、白雨さんのこと…ちゃんと考えます」
私がそう言うと、白雨さんは頷いた。私達は教会を出て、燈さんと護さんと合流し、学園に戻った
学園は、どこか近頃、浮き足立っていた
「学園ではもうすぐ、ダンスパーティーがありますのよ」
不思議に思い、尋ねると星ちゃんが教えてくれた
「そうだったんだね」
「私、聖女様への贈り物を預かっておりますの」
星ちゃんは私に、白い箱を手渡してくれた
「プレゼント?私に?」
「ふふ、ええ。誰からは…中身を見てみたら、きっと分かりますよ」
星ちゃんは笑って去って行った。私は箱を開ける。すると中にはドレスに靴などが入っていた
「え、ドレス!?」
私は箱からドレスを取り出す。ふんわりと広がるフリル、白い生地には雪の結晶の様なスパンコールがあしらわれていた
「可愛いけど…一体、誰から…?」
私は箱の中に紙が入っていることに気づいた。中から取り出し、内容を読む。白い紙には、君に似合うと思った。気に入ってもらえると嬉しい。と、白雨さんのイニシャルと一緒に書いてあった
「白雨さん…」
まるで雪の国を思わせるようなドレスと、白雨さんの気持ちに私は嬉しくなった。ダンスパーティーでは、誰かを選んでその人とパートナーとして踊るのが決まりだ。以前、花祭りでは守り人全員と踊った。私は誰と踊ろうか
「白雨さん…一緒に踊ってくれるかな…」
私は自然と白雨さんを思い浮かべていた。最初、怖くて何を考えているのか、分からなかったけど…頼りになる人だと思っていた。今は、本当は不器用な人で、優しくする仕方が分からなかっただけだった人なんじゃないか、と思っている。今の白雨さんは私を大切にしようとしてくれている。白雨さんは、私に誠実に向き合ってくれている。私も白雨さんにちゃんと向き合いたい。そして、自分の気持ちにも。私は決意を固めた
学園で開かれるダンスパーティー当日。私は緊張しつつ、会場へ向かった。ドレスと、以前白雨さんからもらったネックレスを付けて。会場は飾り付けられ、長いテーブルには白いテーブルクロスがかけられている。その上にはご馳走が並んでいた。会場には着飾った生徒達が集まっている。燈さんと護さんもすでに会場にいた
「可愛いね。雪の妖精かと思ったよ」
燈さんは私を見て、大袈裟な程に褒めてくれた。リップサービスだとしても照れてしまった
「あんたにそのドレス、似合ってるぜ」
護さんは口角を上げて褒めてくれた。二人とも、スーツ姿でカッコいい
「まり、ここにいたのか」
白雨さんが人波を縫って現れると人々の注目が集まる。女子生徒達は頬を染めて白雨さんを見つめていた
「着てくれたのか。やはり、君によく似合う。そのネックレスも」
白雨さんは嬉しそうに笑った
「あ、ありがとうございます…。ドレスも、靴も…」
私は照れながらお礼を言った
「私が貴方に、贈りたかったんだ。まり、君をエスコートする許可をいただいても?」
白雨さんは私に手を差し伸べた。私は頷き、その手を取る。曲に合わせて、私達はダンスを踊る。白雨さんが私をリードしてくれるおかげで、私は踊ることが出来た
「まり、足元ではなく、私を見るんだ。…そう、いい子だ。それでいい」
白雨さんは私を見つめて口角を上げた。手を繋ぎ、曲が終わるまで私達は踊った
「疲れただろう、バルコニーに行こう」
白雨さんは自然に私をエスコートし、バルコニーに向かう。正直、人が多くて酔いそうだったので助かった。風が頬を撫でる
「これが終われば、次は儀式か。君と出会ってから、もうそんなに経ったのだな」
「白雨さん…」
私はこの世界に来てからの日々を思い出す。守り人に出会って、初任務をこなして、白雨さんに契約婚を持ちかけられ、花祭りで皆と踊って…白雨さんに閉じ込められかけたり、和解したり…色んなことがあった。この半年で、濃すぎる経験をしたと思う
「伝えておきたいのだが…私は、君が好きだ。それだけは、変わらない」
白雨さんは微笑む。私が誰を選んでも、それだけは変わらないと…そう言った。私は、後悔しないよう、自分の気持ちを大切にしたい
「私、白雨さんに…惹かれています。とても、素敵な人だから」
私が今の自分の気持ちを伝えると、白雨さんは目を見開いた
「まり、それは本当か…?私は君を怖がらせたが」
「今は、怖くないです」
私は笑顔を浮かべて言った
「本当に、いいんだな?なら、もう遠慮はしない」
「え…わっ!?」
白雨さんは笑って私を抱き上げる。嬉しそうな笑顔で抱きしめられた
「はは、君は私を選んだ。たまらない気持ちだ」
「は、白雨さん…!」
強く抱きしめられ、私の顔に熱が集まる。白雨さんは愛おしそうに私を見つめていた
「私はずっと貴方に惹かれていた。気づいていなかっただけで」
白雨さんは私の手を取り、指にキスをした
「愛している、私の妃」
破壊力がすごい。白雨さんの笑顔は甘かった
「お手柔らかにお願いします…」
私が顔を手で覆うと、白雨さんは楽しそうに目を細め、喉の奥で笑った
「どうしてだろうな。君が泣いたり、照れていたり…それを見ていると、可愛らしいと感じるのは」
「んぐぅ…」
天然怖い。私は外の風が、自分の頬の熱を冷ましてくれることを祈った
儀式当日の日、私は学園の裏手にある森に来ていた。そこには私がこの世界に初めていた場所、聖なる台座がある。ここで私は、燈さんや護さんに見つけられ、白雨さんに出会った。任務をこなしたり、星ちゃんという友人を得たり、燈さんや護さんと仲間になれて…白雨さんと結ばれた。台座の周りには、三つの柱が囲う様に立っている。その上に守り人達が火を灯すと、世界中にある灯台とリンクし、朝が訪れる。そうすれば私は…元の世界に帰ることが出来る
「…」
私は迷いながら聖なる台座に近づく。ここで儀式の伴侶を選ぶのだ。私が台座に乗った瞬間、腕を掴まれた
「きゃっ…!?」
「やっと捕まえた…!ずっと守り人と一緒に居たし、特に白雨が近くで守っていたからな」
「…!貴方は…!?」
ローブを被った男はニヤリと笑った
「聖女が狙われる可能性があるとは知らなかったのか?我々が聖女を所持すれば、雪の国の王政にも対抗出来る…!」
「…!」
何ということだ。私は白雨さんと敵対する人達に人質として狙われていたのだ。私が一人になるこのタイミングで私を攫いに来たのだ
「嫌!離して!」
私は手を振り払おうとする
「この…!暴れるな!」
「誰か、助けて…!白雨さん!」
私は叫んだ。この世界に来てから私を守ってくれていた人。今は、私の心の中にいる人を
「私の妻に触れるな」
冷たく鋭い声がした。瞬間、男の足が凍りつく
「なっ…!ぐわぁ…!」
「まさか学園に、薄汚いドブネズミが入り込んでいたとはな」
足音が聞こえ、ゆっくりと白雨さんが姿を現した。彼は杖を手に持ち、男を氷の様に冷えた目で見下ろす
「は、白雨さん…!?どうしてここに…!?」
「まり、君が私の名を呼び、選んだだろう。だから私が召喚されたのだ。聖なる台座にな」
白雨さんが視線を聖なる台座に向ける。鎮座する台座の上は白く光っていた
「まずはこの男に尋ねることがある」
白雨さんは男の正面に立つ
「…誰が貴様に指示をした?言え」
白雨さんは杖を男に向ける。命の危機に男は青ざめた
「そ、それは…!北の伯爵様だ!許してくれ!命だけは!」
「何…?私の叔父が…?」
白雨さんが目を見開く
「…まさか、聖女を狙う反勢力の黒幕が、叔父だったとはな」
顎に手を当て、彼は難しい顔で呟いた
「白雨さん、あの…北の伯爵様って…?」
「私の父…つまり、現国王の弟だ。私はずっと君を狙う者達を部下に指示し、調べていた。私が任務に参加出来なかった時があっただろう。あれも調査の為だった」
私は白雨さんが二度目の火の国での任務の時、王族としての仕事があり、不参加だった時のことを思い出す。パーティーに白雨さんが渋々参加していたのは、探る為だったんだ。白雨さんは戦闘時だけでなく、ずっと私を狙う反勢力からも守ってくれていたのだ。私は真実を知り、泣きそうになる。私は何も知らないまま、何も知らされないまま、平和を受容していたのだ
「私が直接手を下す価値も無い。貴様にもう用は無い、去れ」
白雨さんは絶対零度の声で言い放ち、男を解放した。男は慌てて逃げ出す
「…あの男は任命に失敗した。どの道、消されるだろう」
白雨さんは男の後ろ姿を見ながら静かに言った。そして私に向き合うと、掴まれた私の手首に優しく触れる
「…跡になっているな。…やはりあの男…私自ら消しておくべきだったか」
白雨さんは低い声で呟く
「白雨さん…!だ、ダメです!私は白雨さんに人を傷つける様なこと、してほしく無いです!」
私は慌てて白雨さんを止めた。私は白雨さんにそんなことをしてほしくなかった。白雨さんが私にとって大切な人だから
「…分かった。君がそう言うなら」
白雨さんは頷き、私の手首を魔法で冷やしてくれた。跡が綺麗に消えたことを指でなぞって確認すると、白雨さんは小さく息を吐いた
「無事で良かった。…貴方は私の名前を呼んでくれたが、私が夫として儀式に選ばれた…という認識で合っているだろうか?」
白雨さんの手が、私の手首から移動し、手を握る
「もしそうなら…とても嬉しい。その口から、教えてくれないか」
白雨さんに期待と熱の籠った目で見つめられ、私は照れながら口を開く
「は、はい…私も、白雨さんのことが好きなので…」
私がそう言うと、白雨さんは嬉しそうに笑った。その時、聖なる台座が光り輝く
「行こう。聖女と伴侶として選ばれた守り人が愛を誓いを交わすことで朝が訪れる」
白雨さんに台座へとエスコートされる。私達は台座の上に立つ
「やれやれ、やっと出番かい?」
「これで世界にようやく、また朝が来るな」
燈さんと護さんが森に現れた。目が合うと、微笑まれた
「おめでとう、二人とも」
「良かったな。幸せにな」
燈さんと護さんは私達を祝福してくれた
「二人とも、ありがとうございます…!」
私は笑顔を浮かべ、お礼を言った。守り人達はそれぞれ、魔法で明かりを灯す
「まり」
名前を呼ばれて私は白雨を見上げる
「貴方を愛している。私と、共に生きてくれないか」
私はずっと元の世界に帰りたかった。それが、私の心の支えだった。今も、元の世界に残してきた人達のことが気になる。だけど、私はこの世界にも、大切な人達が出来てしまった。一緒に生きていきたいと、そう思える愛しい人も
「私も、白雨さんと一緒に居たいです」
私がそう言うと、白雨さんに抱きしめられた
「本当か、そうか…とても嬉しい。君といられることが、幸せだ」
白雨さんは甘く微笑んで、私に顔を近づける。私は目を閉じる
「君が好きだ。これからもずっと。…私の愛しい妃」
唇に柔らかいものが触れる。空に金色の朝日が登り始める。雲が金色に照らされ、太陽が姿を見せた。朝焼けが目に眩しい
「綺麗…」
世界に朝が訪れた。護さんや燈さん達も嬉しそうに夜明けの空を見上げていた
「…叔父は王座を狙っている。対処しなければならない。それが終われば、君と式を挙げたいと思っている」
「はい…!」
私は頷く
「ようやく君と夫婦になれた。私はまだ、家族というものはよく分からないが…貴方となら幸せな未来を作っていける」
「手探りでやっていきましょう。私も、白雨さんといられて幸せです」
まだ問題は山積みだ。だけど白雨さんと二人でなら、私はこの世界で生きていける。そうしていつか、元の世界にいる今も大切な人達に、私は幸せだと伝えられたらと思う。白雨さんと手を繋ぐ。私達は朝の光の中で、笑い合った




