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片角の君へ  作者: 葉柚
3/21

妖狐の行商人

その翌日、村は朝からどこか騒がしかった。

 軒先で話す声がいつもより多く、子どもたちが走り回っている。

 胸の奥に、そわそわとした気配が広がった。

「近いうち行商人が来る」

 以前、柘榴がそう言っていたのを思い出す。

 どうやら年に数度、人里から品を運んでくる者がいるらしい。

 その行商人の名は、玻璃はり

 名目上は人族だが、実際には妖狐――妖霊族に属する存在だという。

 妖狐は、生まれながらに変化の術を扱い、幼いころから人の姿で暮らすことができる。ただし「一日一度、あるいは眠る前に、必ず本来の耳と尾を現すこと」という掟がある。

 その掟を守りながら、彼らは人の社会に溶け込んで生きているのだ。

 玻璃が持ち込む品は実にさまざまだ。

 食料、反物、小物、装飾品、日用品──どれも人里でしか手に入らないものばかりで、村人たちは毎回この日を心待ちにしている。

 柘榴が買い出しで手に入れられなかったものを補う形で、玻璃はこの村に通うようになったという。

 柘榴自身は、人の姿に化けて人里に降りることができるが、鬼族すべてがそうではない。一定の年齢と素質を持つ者だけが、人の姿を保てるのだ。

 翠兄様も、人の姿を取れると言っていた。以前に、「人の姿にならないのか」と聞いたけれど「事情があって、できないのです」とだけ、静かに言った。

 その声音に、それ以上聞くことはできなかった。

 柘榴と玻璃は、買い出しの時に出会ったらしい。

 話してみると不思議と気が合い、以来、程よい距離を保ちながらも親しくしているという。

 柘榴があの調子で人と打ち解けるのだから、玻璃という人物もきっと只者ではない。

 そんなことを思いながら外に出ると、村の広場にはすでに人だかりができていた。

「ここにいたのですね、琥珀」

 振り向くと、翠兄様が穏やかに微笑んでいる。

 朝の光を受けた髪が、翡翠の糸のようにきらめいた。

「はい。外が賑やかだったので……。今日は玻璃さんが来る日だったのですね」

「ええ。折角ですし、琥珀も何か購入されては?」

「……そうですね」

 思いがけず、お返しを選ぶ機会が訪れた。

 翠兄様に似合う何かを。

 できれば、形に残るものがいい。


 人々の間を縫い、露店の棚を覗く。

 並ぶ品々はどれも洗練されていて、村の空気の中に異国の香りが混ざる。

「何かお探しですか?」

 声をかけられ、顔を上げると、長い黒髪を緩く束ねた青年が立っていた。

 金の瞳が、どこか愉快そうに細められている。

「贈り物を頂いたので、そのお返しの品を探しています。できれば、形に残るものをと思って」

「ほな、それはええ心がけやね。装飾品はどう? 華やかなもんも、控えめで上品なんも、よう揃えてるで」

 声音は柔らかいが、言葉の端に古く、したたかな響きがある。

 胡散臭い。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 並ぶ品の質を見れば、彼が優れた商人であることは一目瞭然だ。

「贈り物なんやったらなぁ……自分の“色”を贈る、ていうのはどうや」

「……自分の、色?」

「せや。あんたやったら――黒か、金やろな」

 思いもよらぬ言葉に、息をのむ。

 自分の色を贈る。

 それは、ただの贈り物以上の意味を帯びている気がした。

「……なるほど。何かお勧めはありますか?」

「これなんかどうや」

 玻璃が差し出した小さな木箱だった。

 蓋を開けると、金糸で織られた鳥の細工――金糸雀を模したブローチが収められている。

 その羽根の根元には、白い鈴蘭が寄り添っている。

「金糸雀は幸せの象徴。鈴蘭は純粋、純潔……“再び幸せが訪れる”ちゅう意味もある」

 手のひらに乗せると、金細工が陽を受け、静かに輝いた。

──翠兄様に似合う。

 兄様の穏やかさと、どこか儚げな微笑を映したような光だった。

「これ、ください」

 小箱を胸に抱くと、不思議と心が軽くなった。

 誰かのことを想いながら贈り物を選ぶことが、こんなにも楽しいとは知らなかった。

「兄様、お待たせしました」

「いえ。無事に見つかったようですね」

「はい。兄様に喜んでいただけると嬉しいです」

 翠兄様は箱を開き、静かに目を細める。

「……ありがとうございます。とても綺麗ですね」

 ブローチを撫でる指先が、ひどく優しい。

 その仕草に胸が熱くなり、言葉を失った。


 数日後、柘榴がやって来た。

 そしてぼくと翠を一目見るなり、目を見開いた。

「……お前ら、それはどういうつもりだ?」

「何がですか?」

 翠兄様がきょとんと首を傾げる。

 柘榴の視線の先には――ぼくの髪を結っている翡翠色の髪紐。翠兄様の胸元に輝く金細工のブローチ。

 並べば、対になる色だった。

「……お前ら、マジか。いや、翠は分かる。天然だからな。だが琥珀。お前はどっちなんだ?……いや、聞かんほうがいいな」

 心底呆れた様子で、柘榴は額を押さえる。

「このブローチですか? 玻璃さんに“自分の色を贈れ”と勧められまして。さすがに黒は縁起が悪いので金にしたんです」

「……あいつ、余計なことを。こっちの胃を労れってんだよ」

「玻璃さんの助言に従っただけですから、文句は彼に言ってください」

「分かった分かった。今度、言っとく。……ったく、行きたくねぇ」

 頭を掻きながら、深々とため息をつく柘榴。

 ぼくと翠兄様は思わず顔を見合わせ、くすりと笑った。

 その笑い声は、朝の村に溶け込み、穏やかに広がっていった。

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