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片角の君へ  作者: 葉柚
19/21

初めての“拒否”

流れは、穏やかだった。

 龍脈は、命令しない。

 急かさない。

 ただ、正しい向きを示し続ける。

 琥珀は、その中を歩いていた。

 歩いている、というより――流されている。

 役割がある。

 位置がある。

 そこへ至る道筋も、すでに整っている。

 疑問は、ないはずだった。

(……はず、だった)

 わずかな引っかかりが、生じた。

 流れの先で、当然起こるはずの未来が、見えない。

 違和感は、小さい。

 だが、はっきりしている。

(……これで、終わり?)

 終わる、という言葉が浮かんだ瞬間、胸の奥が、ひどく軽くなった。

 それは、安堵ではない。

 何かが削られた感覚だ。

 琥珀は、立ち止まった。

 流れの中で、初めて。

 龍脈が、わずかに揺れた。

 止まることを、想定していなかったかのように。

(……待って)

 声は、思考の中だけで発せられる。

 問いかけではない。

 拒絶でもない。

 確認だ。

 流れが示す未来と、自分の内側に残された空白。

 その二つが、どうしても重ならない。

(……それは、ぼくじゃない)

 言葉にした瞬間、何かが、確かに噛み合わなかった。

 龍脈が、応答する。

――正しい。

――在るべきだ。

 だが、その肯定は、琥珀の存在を丸ごと含んでいなかった。

 そこに含まれているのは、血と、役目と、順序だけ。

(……足りない)

 何が、とは言えない。

 それでも、足りない。

 琥珀は、初めて理解した。

 自分は、逆らっているのではない。

 拒んでいるのでもない。

 一致していないのだ。

 龍脈が示す「正しさ」と、

 自分の内に残った「何か」が。

 胸の奥で、あの空白が疼く。

 埋められたはずの場所が、否を唱えている。

(……これを受け入れたら)

 続く未来が、想像できてしまう。

 静かで、安定していて、違和感のない存在。

 そして――誰かを守ろうとする理由が、消えている。

 琥珀は、そこでようやく気づいた。

 守りたい、という感情だけが、ここまで一緒に来ている。

 理由も、名前も、姿も失ったまま。

 それでも。

(……行かない)

 声にならない拒否が、確かに生まれた。

 流れが、初めて軋む。

 強くはない。

 だが、戻れないほど弱くもない。

 龍脈が、再び問う。

――役目は、理解している。

(……それでも)

 琥珀は、一歩、後ろへ下がった。

 それは、距離の変化ではない。

 向きの変化だった。

 この瞬間、琥珀は初めて――「拒否している自分」を、自覚した。

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