初めての“拒否”
流れは、穏やかだった。
龍脈は、命令しない。
急かさない。
ただ、正しい向きを示し続ける。
琥珀は、その中を歩いていた。
歩いている、というより――流されている。
役割がある。
位置がある。
そこへ至る道筋も、すでに整っている。
疑問は、ないはずだった。
(……はず、だった)
わずかな引っかかりが、生じた。
流れの先で、当然起こるはずの未来が、見えない。
違和感は、小さい。
だが、はっきりしている。
(……これで、終わり?)
終わる、という言葉が浮かんだ瞬間、胸の奥が、ひどく軽くなった。
それは、安堵ではない。
何かが削られた感覚だ。
琥珀は、立ち止まった。
流れの中で、初めて。
龍脈が、わずかに揺れた。
止まることを、想定していなかったかのように。
(……待って)
声は、思考の中だけで発せられる。
問いかけではない。
拒絶でもない。
確認だ。
流れが示す未来と、自分の内側に残された空白。
その二つが、どうしても重ならない。
(……それは、ぼくじゃない)
言葉にした瞬間、何かが、確かに噛み合わなかった。
龍脈が、応答する。
――正しい。
――在るべきだ。
だが、その肯定は、琥珀の存在を丸ごと含んでいなかった。
そこに含まれているのは、血と、役目と、順序だけ。
(……足りない)
何が、とは言えない。
それでも、足りない。
琥珀は、初めて理解した。
自分は、逆らっているのではない。
拒んでいるのでもない。
一致していないのだ。
龍脈が示す「正しさ」と、
自分の内に残った「何か」が。
胸の奥で、あの空白が疼く。
埋められたはずの場所が、否を唱えている。
(……これを受け入れたら)
続く未来が、想像できてしまう。
静かで、安定していて、違和感のない存在。
そして――誰かを守ろうとする理由が、消えている。
琥珀は、そこでようやく気づいた。
守りたい、という感情だけが、ここまで一緒に来ている。
理由も、名前も、姿も失ったまま。
それでも。
(……行かない)
声にならない拒否が、確かに生まれた。
流れが、初めて軋む。
強くはない。
だが、戻れないほど弱くもない。
龍脈が、再び問う。
――役目は、理解している。
(……それでも)
琥珀は、一歩、後ろへ下がった。
それは、距離の変化ではない。
向きの変化だった。
この瞬間、琥珀は初めて――「拒否している自分」を、自覚した。




