欠けたままの目覚め
目を、開いた。
暗い。
だが闇ではない。
重さのない空間。
上下の感覚が曖昧で、身体の輪郭だけが、ぼんやりと浮かび上がっている。
(……起きた、のか)
思考は、驚くほど静かだった。
混乱も、恐怖もない。
代わりに、ひとつ分、空いている感覚がある。
胸の奥。
何かが、そこに在ったはずだ。
息を吸う。
吸えている。
吐く。
それも、問題ない。
生きている。
その事実は、即座に理解できた。
(……なら、なぜ)
問いの先が、続かない。
理由が、浮かばない。
言葉が、選べない。
周囲を見渡す。
いや――見ている、というより、理解している。
ここは、龍脈の中だ。
地と血と時間が、重なった場所。
流れそのものが、世界の骨格になっている。
(……知っている)
知識はある。
それも、かなり深い。
けれど、それを得た経緯が、丸ごと抜け落ちている。
腕を動かす。
意図した通りに動く。
だが、その動作が、誰かに見せるためのものだった気がして、次の瞬間、その感覚が消えた。
(……誰か)
誰、だ。
名前が、出てこない。
胸の奥が、微かに軋む。
痛みではない。
警告に近い。
思い出そうとすると、“そこから先に進むな”と、静かに押し返される。
代わりに、別のものが流れ込んでくる。
役割。
順序。
還るべき位置。
それらは、あまりにも自然で、
疑うという発想そのものが、薄れていく。
(……そうだ)
ここに居るのは、正しい。
そう思えた瞬間、胸の空白が、ほんの少しだけ埋まった。
だが、同時に気づく。
埋められたのは、代用品だ。
本来そこに在ったものとは、重さが違う。
(……何を、失った)
問いは生まれる。
だが、答えは来ない。
代わりに、遠くで水が揺れるような感覚がした。
流れの向こうで、何かがこちらを探している。
不快ではない。
むしろ、懐かしい。
なのに、理由が、わからない。
胸の奥が、再び軋んだ。
これは、忘却だ。
だが、完全ではない。
忘れてはいけないものほど、深く沈められている。
琥珀は、ゆっくりと目を閉じた。
まだ、目覚めたばかりだ。
だがこの覚醒は、終わりではない。
取り戻すための“違和感”だけが、確かに残されていた。




