血脈
血脈
玉座は、静かすぎる。
かつてこの場には、幾重もの龍気が満ちていた。
今は、私ひとり。
――静寂は、王にとって友ではない。思考を深く掘り下げてしまうからだ。
琥珀。
その名を思うたび、胸の奥が軋む。
百年前、あの子は黙って消えた。怒りがなかったと言えば、嘘になる。だがそれ以上に――恐怖があった。
龍神族は、血で繋がる。力も、寿命も、記憶さえも。それは誇りであり、同時に呪いだ。我が血を引く者が、異族の地で成龍を迎える。その事実は、王として看過できぬ。龍は、龍脈の上で成熟してこそ完全となる。血の流れが外れれば、力は歪む。
――否。
歪むのは、力ではない。
“継承”だ。
龍王の位は、単なる地位ではない。龍神族全体の均衡を束ねる“核”である。
次代の王が不在となれば、血は割れ、派は争い、やがて族は滅びへ向かう。
私はそれを、見てきた。
先王の時代。正統な継承者が力を失い、王位を巡る争いで、三つの龍脈が潰えた。
――二度と、繰り返させぬ。
琥珀は、適格者だ。純度の高い血。均衡を保つ資質。感情に呑まれぬ理性。――そして、優しすぎる。
それが、最大の不安だった。
鏡の谷で見たあの眼。 守る者を得た龍の眼だ。
あれは、王の眼ではない。“誰かのために力を捨てる者”の眼だ。
龍王は、選ばねばならぬ。
時に、千を救うために一を切る。
だが、父としては――その役目を、子に背負わせたくはなかった。
だから、連れ戻そうとした。
説得で。力で。言葉で縛れぬなら、環境ごと奪う覚悟で。
それが、正しいと信じていた。
――だが。
橙佳というあの者。彼女の言葉が、胸に残る。
「選ぶ力を与えることが、育てること」
愚かな理想だと、一笑に付すこともできた。
だが、できなかった。
何故なら、私自身が、“選ぶ自由”を与えられぬまま、王になったからだ。
琥珀は、まだ知らぬ。
龍神族の血は、一定の周期で“呼び戻し”を起こすことを。
成龍から数百年。王の血を引く者は、否応なく龍脈に引かれる。それを拒めば力は暴走し、存在が摩耗する。
私は、それを止められる唯一の存在だ。
だから焦る。
時間は、味方ではない。
もし、あの子が完全に“守る側”を選べば、王の器は砕ける。
それでも、――それでも、私は父だ。
猶予を与えたのは、情ではない。覚悟を試しているのだ。
琥珀が、“捨てられる者”なのか。それとも、“背負い続けられる者”なのか。
玉座に、ひびが入る。
王としては、失格かもしれぬ。だが、父としては、まだ、手放せていない。




