我儘王女を叱り飛ばしたら、なぜか懐かれました~ほのぼの義姉妹の救国譚~
この世に生を受けた瞬間から、私には聖女としての素質があった。
厳しい修行を経て、聖女の力を正しく伸ばすことに成功し、私は教会より聖女の称号を賜った。
本当に嬉しかった。孤児だった私が聖女になるなんて、大躍進だ。
きっと、あの瞬間を超える喜びは今後訪れないだろうと思うほどに。
だけど! この現状は! 看過できない!!
私の前にふんぞり返っているのは、この国の王女様。
豪華な椅子に偉そうに腰を下ろして、まるで物語に出てくる『悪い女王様』のような雰囲気を醸し出している。
彼女――クリスティナ・サヴォワ様は最近の私の頭痛の種だった。
最初は『病弱な王女の病が癒えるように祈りを捧げよ』という命を受けて私は王宮を訪れたのだ。
当初はよかった。
クリスティナ様は本当に体が弱くて、ベッドから起き上がれなかったから。
何を言われることもなく、私は傍で病気が快癒するように祈りを捧げ続けた。
聖なる祈りは力となって、少しずつクリスティナ様を癒した。
さて、それで一安心。お役御免かと思いきや、元気になったクリスティナ様は私を「遊び係」に任命して、好き放題にふるまっている。
クリスティナ様は御年十歳。私は十六歳。
ちょうどいい年頃だからと陛下からも任じられてしまっては、彼女がどんなに横暴なふるまいをしようと我慢するしかなかった。
だけど! さすがに! これはあんまりだ!!
引きつる表情を隠せない私の前でふんぞり返っているクリスティナ様は私に右足を突き出すようにしている。
「わたしの靴をなめなさい!」
「~~っ!」
さすがに我慢の限界を超えた。
元気になってからのクリスティナ様は、本当に我儘三昧で、今までの私は頭痛をこらえながらも付き合っていたけれど、いくらなんでもこれはラインを超えている。
心の中でぱりぃんとなにかがはじける音がして。
私はずかずかとクリスティナ様に近づくと、突き出されている足を片足で蹴り飛ばした。
「ふざけんな、絶対嫌ですけど?!」
「王女の命令よ!」
「知るか、そんなもの!」
私は聖女としての力を見出されて教会で厳しい修行を積んだ。
そこには生来の荒い気性を隠す訓練も含まれていたのだけれど、もう容赦する気はない。
私は青筋を立てながらにっこりと笑って、右手の人差し指を立てる。
「そもそもアンタ我儘すぎ! 王女だからって何をしても許されるなんて大間違いだから!!」
普段通りの声量で、けれどドスの利いた声を出す。
そんな器用なことをした私に、クリスティナ様が目を丸くしている。
いままでどんな我儘も私が従順に従っていたから、驚いてるのだろう。
けれどもう付き合っていられない。このまま聖女を降ろされたっていい。
無茶苦茶な要求に従って靴を舐めるくらいなら、私は市井に下って大人しく暮らしますとも!
「わ、わたしは、王女……!」
「だからなに?! 調子に乗るな!」
震える声で王女の看板を振り回すクソガキを一喝する。
私の怒りの滲んだ声に、クリスティナ様は目を潤ませるが、手心を加える気は一切ない。
これで聖女をやめることになろうと、一向にかまいませんとも!
「そもそもアンタ我儘すぎなのよ!」
「っ」
「王女だからって何をしても許されると思うな!」
「っ!」
「私が年上! 年上を敬え!!」
「~~っ!!」
私が一つ言葉を吐き出す度にびくりと肩を揺らして、瞳にはどんどん涙がたまっていく。
とうとうこらえきれず決壊した涙をぼろぼろと流しながら、クリスティナ様は「うわーん!!」と泣き出した。
その大声はすごい。部屋の外まで余裕で聞こえるだろう。
案の定。
「どうされました、クリスティナ様!!」
クリスティナ様付きの侍女が慌てて部屋に飛び込んでくる。
私はにっこりと微笑んで、泣きじゃくる彼女を放置して口を開いた。
「では、これにて私はお役目御免ということで!」
▽▲▽▲▽
「お役目御免……のはず、だったんだけどなぁ……」
ぼんやりと花畑に座り込んで私は遠い目でどこまでも続く青い空を見上げた。
私の頭の上には花で作った冠が乗っていて、傍ではクリスティナ様が楽しげにせっせと次の花冠を作っている。
頬を撫でる風が気持ちいい。現実逃避のように考える。
「クリスティナ様ぁ、そろそろお部屋に戻りましょうよぉ」
「いや! 今度はね、ブレスレットを作るの! お姉さまにあげるわ!」
にこにこと笑って私を呼ぶクリスティナ様。
ここは王宮の裏に人工的に作られた花畑だ。
クリスティナ様の部屋からよく見える場所で、病弱な王女のために陛下が作った場所である。
数々の我儘に我慢の限界を迎えた私がクリスティナ様に怒ってから一か月がたとうとしていた。
私はなぜか妙に彼女に懐かれている。
以前は「マルグリット」と私を呼び捨てにしていたクリスティナ様が、いまでは「お姉さま」と呼んで慕ってくるのだ。
どうして。予想外すぎる。
「……クリスティナ様、私の何が気に入ったんですか? ご存じの通り、聖女ですけど口が悪いのに」
「何度もいったじゃない! わたしに本気でおこってくれたのはお姉さまがはじめてだったの!」
きらきらとした目で見上げられても、私はますます遠い目にならざるを得ない。
本気で怒った。確かにその通りだけれど。
普通怒られたら嫌な気持になるものではないのかな。
怒られる理由が正当なものだったとしても、それを飲み込めずに癇癪を起す子供は多い。
慰問に訪れる孤児院とかでもよく見る。
なのにクリスティナ様は私が怒って以来、不敬だと騒ぎ立てる周囲を全部黙らせる勢いで私に懐き倒している。
陛下もまた「間違ったことをした娘を思って叱ってくれる聖女を手放す気はない」などと仰っている。
そのため、今まで市街の自宅から王宮に通っていた私に、専用の自室が王宮の中に用意されてしまった。
いまでは朝はクリスティナ様に突撃されて目を覚まし、クリスティナ様を寝かしつけてから自室に戻って寝る生活だ。
「あのー、そろそろ自由になりたいなぁ、とか。思ったりするんですが」
「お姉さまはわたしがきらいなの?」
くるりとした瞳で見つめられる弱いのよ。
理不尽な要求なら跳ねのけられるけど、好意をまっすぐに示されると、悪い気がしないのもあって断りにくい。
「はぁ……一年だけですよ。私にも聖女としての務めがありますから」
「はぁい」
あの我儘王女はどこに行ったのかと驚くほどに、クリスティナ様は私の言うことをよく聞いてくれるようになった。
元々病弱で甘やかされすぎて、許される我儘の加減がわかっていなかっただけなのだろう。
一喝した日以来、眉を顰めるような要求はほとんどない。
たまにあっても「それをされると嫌いになります」ときっぱりと跳ねのけると慌てて撤回してくれるようになった。
(なんだかんだ、可愛くはあるのよねぇ)
私も孤児院出身で、年下の子の面倒を見るのには慣れている。
そういえば、あの子たちは仲良くやっているかしら。
そんな風に意識を飛ばしながら、私はクリスティナ様がブレスレットよ! といって笑顔で差し出してきた花で編まれた腕輪をはめて、満足した様子の彼女の手を引いて自室に戻るのだった。
▽▲▽▲▽
クリスティナ様の元から解放されて、三年がたった。
あの頃十六歳だった私は、言葉通り一年間クリスティナ様の傍にいて、それから三年なので二十歳になっている。
私は先日から、辺境の土地の瘴気の浄化任務に就いていた。
けれど、聖なる力で瘴気を浄化しても、湧き出る瘴気の量のほうが圧倒的に多い。違和感は早い段階であった。
ただ、原因がわからず、弱りきって伏せる村人たちに治癒術をかけて回りながら原因を探っていた私は、村のはずれにある森の奥から瘴気が流れ込んでいることを突き止めた。
「……ちょっと強すぎないかしらね……!」
瘴気の元となっていたのは、朽ちかけている竜だった。
本来竜は瘴気を発さない。
だが、死にかけの動物や魔物が瘴気を発するように、死の際にいる竜が膨大な瘴気を発しているのだ。
となると、もう死んでもらうしかない。
死体からも瘴気は出るが、朽ちかけの体を引きずって莫大な瘴気を生み出され続けるよりマシだ。
仮にも竜を相手どるとなれば、私一人では無理だ。
死にかけとはいえ、竜の相手は手に余る。
援軍は一応要請したが、きっと援軍が駆け付けるより村人が全員死にたえるほうが早い。
ならば、私は聖女として自分にできることをやらなければならない。
「っ」
竜のブレスが服の端を焦がす。詠唱しながらステップを踏んで横に避けたつもりでも、広範囲の攻撃はかわし切れなかった。
最初に隠れて行った不意打ちは失敗した。一撃で仕留められなかった。
ならば、正面から聖なる力で魔を払うしかない。
竜を相手に大立ち回り、なんて。
貧乏くじを引いたなとは思うけれど、逃げ帰るわけにはいかないのだ。
再び竜が緩慢な動作で息を吸い込む。その一瞬の隙に、詠唱の終わった魔法を打ち込む。
聖なる力をまとった魔力に、汚れた竜がうめく。だが、それだけだ。
(力量の差がありすぎる!)
援軍は間に合わない。撤退は許されない。
私一人なら逃げられても、村人を捨てて逃げる選択肢はありえない。叩き込まれた聖女のプライドがある。
「!」
もう一発、そう考えて詠唱を始めた私を、ドラゴンの尾が薙ぎ払う。
動くと思っていなかった腐りかけの尾が私を吹っ飛ばして木の幹に叩きつけた。
「がはっ」
血を吐く。内臓を損傷した。
とっさに治癒をかけるけれど、竜が鎌首をもたげて私を見る。
その口から覗くブレスの気配に、私は奥歯を食いしばる。
防御術式の展開は間に合わない。死を覚悟した、その瞬間。
「お姉さま!」
懐かしい、声がして。
極大魔法が竜を貫く。雷のごとき雷鳴と共に、一撃で竜の命を奪った、その魔法。
あまりに強大なそれを、使ったのは。
「クリスティナ様……?」
「はい! 助けに参りました、お姉さま!!」
白馬に跨り颯爽と現れたのは鎧に身を包んだ、成長したクリスティナ様で。
背後にたくさんの援軍を引き連れている。
高い位置で結った金の髪をなびかせる高潔なその姿に、我儘王女の面影など欠片もなく。
大きく目を見張る私の前で、彼女はにこりと太陽のような笑みで笑う。
「今度は私がお姉さまを叱る番ですね。無茶をしてはいけません!」
どこまでも明るいその声に、思わず私は泣きそうになった。
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