宿
老人ホームから電話があったと母親から連絡が来たので少し遠いその場所まで、家族で向かった俺達。間に合うのか不安だった暑い夏の日。電車と新幹線を乗り継いで、最後は車で目的地まで。
俺たちは無事に爺ちゃんの死に目に間に合った。
葬儀もお別れも、無事に終わった。
ただ唯一問題だったのは、宿泊先だった。
電話を受けて行った老人ホーム、初日は何とか持ちこたえた爺ちゃん。一旦帰された俺達家族は泊まる所が無くて、なんとか見つかった古い今にも倒れそうな宿を見つけてそこに泊まった。
他に客は居ない。
対応してくれた宿主は、80歳を超えたであろう女主人で、もう一人男性が居たが、見た目の年齢で言えば恐らく息子さんなのだろう。
部屋に案内された俺達は、疲れていたのと、次いつ老人ホームの担当者から電話がかかってくるか分からないという不安でその日は早めに寝ることにした。
寝る前、母親はお風呂へ、俺はトイレに、
そして父親は部屋にそのまま残ることになった。
(ずいぶんと薄汚い部屋だったな。)
匂いも心なしか腐ったような臭いがした。
「うわ~、昭和か」
トイレに着いて早速発した言葉。
部屋に無かったため仕方がない。軋む木目状の廊下を歩いて階段を降りた数歩先にあった錆びれたトイレ。
もちろんそこには誰もいなくて、真っ暗だ。一昔前の小学校のトイレのようで、床はタイル。スリッパに履き替えて、用を出す方式だった。
雰囲気が恐すぎて、ささっと終わらした俺は後を振り返りながら早足で部屋に戻った。本当はダッシュで戻りたかったけど床が抜けそうな気がして頑張って早足。
部屋に戻ると、母さんはまだ帰ってきていない。
そして父さんは備え付きのテレビを見ていた。
「何見てんの?」
「ん?いや、特に何も」
「何も見てないのにつけてんの?」
「うーん」
おかしな会話をしながら、母親が戻ってくるのを待っていると、お風呂にしてはかなり早めに上がってきたようで、呆れた声を出しながら部屋の扉を開けて入ってきた母親。
「いやー参った参った」
「どうかした?」
「浴槽にゴキブリが浮いてた」
「え」
「あと、他に人が居たわ。誰も居ないかと思ってたけど」
「どんな人?」
「わかんない。見てないけど人影があった」
まじか。
「駐車場に車無かったよね」
「うん。無かった・・・はず」
その日の晩は、結局あんまり寝られず朝を迎えた。老人ホームから電話が無かったのでこの時点では爺ちゃんはまだ生きていた。
そしてむかえた朝。
朝食の時間だ。
荷物をまとめて下に降りると、普通の家の台所のような場所に案内された。
朝食はここで食べるらしい。
既にテーブルの上には炊きたてのご飯と、卵焼き、お味噌汁、焼き魚が用意されている。
(美味しそう)
「いただきます」と手を合わせて3人で箸を持って食べ始めた俺達。
(え?)
そして口に入れた途端感じた違和感。
(なんか、臭い)
もしかして、おかずに何か特別な味付けがしてあるのかもと思って、今度は白いご飯に手を付けた。
「・・・・」
(え、まっず。え?ちょっと待って、不味いんだけど?どういうこと?)
一瞬放心状態になり、両側に座った両親を見たら、なんと普通に食べている。
(え?・・・え?マジで?)
普通に作ってもあそこまで不味くなるはずがない。
(え?・・・・え?)
戸惑いの色が隠せない俺に、なぜか料理は次々と運ばれてくる。
「・・・・」
『美味しくない』のではない。
不味いのである。
マジで不味かった。
そして普段俺達は会話しながら食べるのに、この日の朝食は、会話が一切なく、ただひたすらに黙って出されたものを口の中に流し込んでいた。
不味いも、文句も言えなかったのは、食べている直ぐ側の台所で、宿主の女性と息子であろう男性が包丁を握っていたからだ。
――――――
「お世話になりました」
宿泊先を出て老人ホームに向かう車の中で、朝食のことを気になって聞いたけど、どうやら父も母も料理が不味すぎて喋れる状態じゃなかったらしい。
そして、宿を振り返った時、駐車場には昨日の夜見かけなかった1台の車が停められていた。