死ねば良かったのに
夜の山道を車が走っていた。
車内にいたのは若いカップル。男が車を運転している。女は不安そうな様子で辺りの景色を見回していた。もし街の灯りか何かが見えたら男に報告する気でいたのだ。
カーナビが故障したのか、それとも舗装もされていないような田舎の道だからか、彼らは迷ってしまっていた。本来ならば、とっくに宿泊先の旅館に辿り着いていなくてはおかしいはずなのだ。
電灯もないから道は本当に真っ暗で、月も出ていないから、彼らが頼れるのはヘッドライトの灯りのみだった。辺りは深い樹々に囲まれていて、見晴らしも悪い。やがて特に樹々が密集した道に入って視界が更に悪くなった。かなり不気味だ。
いかにも何かが出そうである。
怯えながら進むと、突然に視界が開けた。広い道に思える。今まで慎重にゆっくりと進んでいた男は、その反動もあって思わずアクセルペダルを踏もうとした。
が、その瞬間だった。
――いきなり目の前に女性が現れたのだ。しかも、見間違えでなければ、頭から血を流しているように思える。咄嗟に男はアクセルペダルを踏むのを止め、ブレーキに切り替えた。
キキーッ
まだ加速していない事もあって、車は直ぐに止まった。だが、先ほど見たはずの女性の姿が何処にも見えない。車に激突したような感覚はなかったが、もしかしたら轢いてしまったのだろうか?
カップルは慌てて車を降り、そして、愕然となった。
何故なら、道は急カーブで直ぐ先は崖になっており、ガードレールも何もなかったからだ。もしブレーキを踏んでいなかったら、間違いなく転落してしまっていただろう。二人は慄きながらも、先ほどの女性を探した。お礼を言うべきだと思ったし、怪我をしているようだったから病院まで運んであげたいとも思ったからだ。しかし、いくら探しても呼びかけも見つからない。やがて女の方が言った。
「……もしかしたら、あの人って幽霊だったのじゃない?」
考えてみれば、こんな夜の山道で、女性が一人でいるのは不自然だ。
男が口を開く。
「……だとすれば、あの人は俺達を助けてくれたのかな?」
彼女のお陰で崖に落ちずに済んだのだ。
が、そこで女は何かを思い出したようだった。
「……ちょっと待って。私、似たような怪談を聞いた事がある」
それは、これと似たようなシチュエーションで、体験者が幽霊に感謝をすると、「死ねば良かったのに」という声が聞こえて来るというものだった。
「ハハハ。まさか」
と、男は言って車に乗り込む。しかし、女も乗車し車を発進させようとするのと同時だった。
声が聞こえたのだ。
『死ねば良かったのに』
二人は悲鳴を上げると、猛スピードで車を走らせその場から逃げ出した。
……車が逃げ去った後だった。
車が去っていった方角を見送る女幽霊に、男の子の幽霊が話しかける。
『別に最後の言葉は必要なかったのじゃない?』
女幽霊は『いいのよ』と返す。
『この道、夜は物凄く危ないんだから。怖がらせて、通らないようにさせないと』
それを聞くと、男の子の幽霊は『でも』と言う。
『あんな事をやっていたら、お姉さんはどんどん嫌われちゃうよ?』
『いいのよ』と女幽霊は返す。
『私は幽霊なんだもん。別に嫌われたって』
その顔は、少しばかり寂しそうしているように思えた。