義兄との決闘
この世界で生き延びるために重要なこと。
まず一つは、あの毒親・毒義兄と同類だと思われないこと。
俺がどんなに拒絶しようとも、客観的に見れば同じ家族の一員である。
だから、俺は家族とは別の人間であることをアピールし続けなければならない。
そこで、本音ベースのコミュニケーションが重要なのだ。
特にあのような高圧的で、人を見下すタイプの人間であれば、周囲の人間は不満が溜まっているものである。
そこで、俺が悪口を言い、本音を引き出すことによって、むしろ俺のことを自分たちの仲間だと思い込ませることができる。
二つ目は、家族の中で出来るだけ無能だと思われることだ。
あの家族の連中のことだから、下手に俺が優秀な所を見せると、嫉妬に狂い、俺に強く当たるようになるだろう。
少なくとも、時期が整うまで、俺は無能で居続ける必要がある。
……そう考えていたのだが。
しかしそのような計画も良い意味で崩れてしまった。
俺が普段と変わらず、リゼと剣技の訓練をしていると、義兄が怒り心頭で俺の元へやってきた。
「エドワード!貴様、最近調子に乗っているな」
確かに、俺の調子はすこぶるよい。
まずはジョギングと剣技の成果が出ていて、すごく体調が良いのは間違いがない。
また、食事も義兄や義父、義母が食べているような、不健康極まりないものではなく、俺の健康志向に合わせた、肉も野菜もバランスよく食べられるような食事になったお陰か、身体も軽い。
もしかしたら、顔つきも良くなっていってるせいか、リゼが俺を見る目も、なんというか……こう、キラキラしているというか、ハートが出ているというか……とにかく、赤く頬を赤らめてぼんやりしているときが増えてきた。
そんなことはともかく、義兄の剣幕に、俺はなだめるように話す。
「あの……なにかありましたか?」
「貴様、前はハイハイ言うこと聞く素直な奴だったのに、ここ最近はなんだ、俺に歯向かうような態度を取りやがって!」
要するに「エドワードの癖に生意気だ」ということを言いたいらしい。
俺はそんな義兄に、冷静に対処する。
「いえ……特に歯向かうようなつもりはありませんが……」
そう俺が言うと、エドワードは剣を抜き、そして俺に突きつける。
「黙れ!……もう我慢の限界だ!決闘を申し込む!」
義兄はそう息巻いているが、俺としては本来、義兄相手に剣を振ることすら嫌だ。
だがしかし、貴族として決闘を拒否することは、即ち貴族としての誇りが許さない。
それに、周囲の目もあるので、決闘を拒否するなどできるわけがない。
俺は仕方なく、義兄に答える。
「わかりました、今からで大丈夫ですか?立会人はリゼ。そしてこの訓練場で行いましょう。いいですか?」
俺がそう聞くと、義兄は嬉しそうに言う。
「当たり前だ!おい、使用人たちも呼べ!」
そして、俺は決闘のために剣を構えようとした……のだが。
家宝の剣をマーリン老人に渡したのだった。
俺は剣技を習うための木剣を持って来て構えると、義兄は鼻で笑う。
「ふん……その剣で真剣である俺の相手になるとでも?」
「ええ……まあ」
そんな俺たちのやり取りを見ていたリゼは、少し不安そうな目で俺を見る。
俺はリゼに笑顔で答えると、彼女は安心したように頷いた。
リゼは二人を合わせ、そして立会人の役目を務める。
「では……今回の決闘の審判は私、リゼが務めさせていただきます」
俺たちは向かい合う。
俺は剣を構え、義兄を見る。
「それでは……開始!」
合図と共に義兄が突進し、俺に斬りかかってくる。
だがその攻撃は、リゼと共に訓練した今の俺には、愚直で、単調で、隙だらけに見える。
義兄の姿も相まって、何処か小猪が暴れているような、そんな滑稽な攻撃にも見える。
俺は義兄の攻撃を次々と受け流す。
「おい、エドワード!俺の猛ラッシュにビビってんのか!」
そのように挑発してくる義兄。
実際のところ、俺がビビっているのは間違いないが、ビビっているのは、この義兄に対してではない。
俺は、この攻撃が当たることで起こるであろう、悲劇を想像し恐れているのだ。
恐らく、今の実力ならは難なく義兄を倒せる。
しかし、義兄を易々と倒してしまうと、俺に対してますます風当たりが強くなるだろう。
だからといって、あまり手加減してしまうと、俺が弱い人間だと思われてしまう。
だから俺は、適度に義兄に対して攻撃しつつも、全力で戦っているフリをしなければならないのだ。
「なかなかやりますね……義兄上!」
俺はお世辞をいいながら、義兄でも避けられる攻撃を交えつつ、攻撃を捌き続ける。
俺は義兄の剣を見る。
その装飾は煌びやかで、貴族が持つのに申し分ない、素晴らしい剣だ。
この剣は、俺が今使っているような木の剣とは格が違う。
恐らく、鋼鉄製で、切れ味も抜群だろう。
だが、その剣に義兄の器量が全く伴っていない。
剣に振り回されているようにしか見えない。
これでは剣がかわいそうだ。
そんなことを考えているうちに、義兄は息が切れ始め、攻撃が大振りになってきた。
俺はそれを見逃さない。
一瞬の隙をつき、義兄の剣を地面に叩き落とす。
「なっ!」
そして、俺はそのままその剣先を義兄に向ける。
すると、周囲で見ていた使用人たちが歓声をあげる。
「エドワード様……まさか真剣相手に、訓練用の木の剣で勝ってしまうとは!」
「エドワード様は剣の才能があるのではないか?」
そんな使用人たちの歓声と拍手に、俺は笑顔で手を振り答える。
そして、膝をついている義兄に対して、手を差し伸べた。
「流石ですね……義兄上。あともう少しで、剣を取り落とすところでしたよ」
「エドワード……貴様……」
俺が差し伸べた手を払いのけようとする義兄。
そんな義兄の手を無理やり掴み、俺は立ち上がらせる。
義兄は立ち上がると、俺を押しのけ、そして怒りの余り持っていた剣を地面に叩きつけて、叫んだ。
「この剣が悪いのだ!訓練用の木の剣に負けるようじゃ、話にならん!」
そう叫んで、剣を投げ捨てると、俺に唾を吐きかけた。
「エドワード!いい気になるなよ!次はもっといい剣を作ってもらうからな!覚えておけ!」
そう捨て台詞を吐き、義兄は訓練場を去っていった。
俺は唾を吹き、地面に捨てられた剣を拾い上げ、丁寧に土を払うと、改めてその剣を確認する。
そして、その剣を構えたまま、俺は人形に向かい合い、その剣を振り下ろす。
すると、やはり予想通り木でできた人形は簡単に真っ二つとなった。
周囲の使用人たちは、真っ二つになった人形を見て、さらにどよめきを上げる。
「凄い……」
「エドワード様はあの剣にも勝ってしまうのか」
そんな使用人たちの声が聞こえたが、俺はそれに反応せず、その剣をリゼに渡す。
「この剣を君に託したい」
俺がそう言うと、彼女は戸惑った様子を見せる。
「エドワード様……このような立派な剣は、私には扱えません。持つなら、エドワード様が……」
「これは元々義兄上のものだ。そのものを、私がこれ見よがしに持ち歩いていたらどう思う?これは、義兄上の心情を傷つけることになる。だから君に持っていて欲しい」
「しかし……」
「頼むよ……リゼ」
俺はそう言って、彼女に無理矢理剣を渡す。
そんな俺の行動を見ていた使用人たちは、再び大きな歓声をあげた。
「流石エドワード様!」
「打ち負かすだけではなく、その剣を使用人にお渡しするとは!懐が深い!」
そんな使用人たちの声を聞きながら、俺は思う。
徐々にこの屋敷から抜ける機は熟しつつある、と。
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