老人・マーリンとの出会い
その日は、一日のメニューを作ることで夜を過ごし、そして次の日から実践することにした。
まず、村から屋敷に向かって走り込みを行う。
これは体力作りもあるが、屋敷から出たさいに、良くしてもらえるよう村人たちにコネを作っておくという理由もある。
そして、リゼとの訓練。これは単純に戦闘スキルを上げるためでもあるが、義兄を油断させるという効果もあるし、リゼのスキルを上げるという効果もある。
その後、お風呂に入って汗を流した後に、夕食まで読書。
これはこの世界について深く精通すると同時に、魔法スキルの素養を高める効果を持つ。
最後に食事になるのだが、これは三人の意地悪に耐えかねて席を外したという演技をしながら、使用人たちと食事。
これは義父と義母の加虐心を満たしつつ、裏でコネを作り、そして使用人たちの信頼も得るという、一石二鳥の方法だ。
あとはまずい肉料理を食べなくてもよくなる。
我ながら完璧の方法である。
そして、俺は朝から飛び起きると、軽装に着替え、掃除をしている使用人に挨拶をしながら、村までジョギングをする。
村に着くと、俺はまず村長の家に向かう。
「おはようございます!」
俺がそう挨拶すると、村長は驚いて不安げな顔をする。
「な、なんじゃ……エドワード様……こんな朝から……もっと年貢を支払えということなら……」
俺はその不安げな村長を安心させるように、笑顔で答える。
「いえ!実は、ここで取れた野菜のスープを食しまして、その美味しさに感動いたしました!あまりにも感動しすぎて、こうして走り出して来た次第です!」
すると、村長は少し笑いを堪えるような、しかし嬉しそうな表情を浮かべた。
「おお、そうですか……いやはや、エドワード様にも分かるのですな!あの野菜のスープが!ですが、走り出して来るとは少々大げさですな!」
村長はその不安そうな表情から、一気に上機嫌になった。
俺はその反応に満足しながら、さらに続ける。
「いえいえ、私の義父と義母は野菜スープを気に入らないようで、いつも捨ててしまいます!そして、豚の餌のような酷い肉料理を食べているのです!あの宝石のような美味しいスープを食べられている村の人々と、犬も食わない肉料理を食べている我が家族、どっちが真に貴族かわかりますまい!」
そうすると、村長はついつい笑いが耐えられずに、吹き出してしまう。
「ふぉ!ふぉふぉ……確かにそうですな……!いやはや、エドワード様にそう言っていただけると、我々は救われますわい!」
俺は村長の反応に手ごたえを感じていた。
恐らく、俺の家族に対し、村人たちはかなりの不満があるはずだ。俺が率先して悪口を言うことで、村人の溜飲も下がるし、俺のことを自分たちの味方だと感じるだろう。
そうすれば、俺が屋敷から抜け出した時に、協力をしてくれるかもしれない。
「では、私はこれから訓練がありますので」
「そうですか……それではご武運を!」
村長がそう言って、俺の出発を見送ってくれる。
そして、村から出ようとした、その時だった。
村の前に、白髭を蓄えており、だいぶ汚れた布を着て、杖を持った老人が見えたのである。
そして、横を通り過ぎようとする俺を杖で制止し、話しかけてきた。
「そこの坊や。どうやら君の服装を見る限り、貴族のようじゃの……あの屋敷の住民かえ?」
その老人の目には、只ならぬ何かがあった。そして俺はその眼光に少し怯んでしまう。
「そ、そうだが……君は?」
俺がそう答えると、老人は言った。
「ただの乞食ですじゃ。さっき屋敷に行って、何か恵んでくだされと頼もうと思ったんじゃが、すごい剣幕で追い返されてしまってのう……このままだと食う者がないんじゃ」
俺はそんな老人に哀れみを感じると同時に、その鋭い眼光を見て、只者でないことも感じ取った。
「そうか……それは可哀想だな」
俺がそう言うと、老人はその鋭い眼光をこちらへ向ける。
そして言った。
「お主でもいい、何か恵んでくれるものはないかね……」
「しかし、今はジョギングの最中で、何も持っていない」
俺がそう答えると、その様子を見た村長が走ってきて、老人を怒鳴りつける。
「おい!この方は、エドワード様じゃ!お主のような乞食にやる物など無いわ!」
老人は村長を一瞥すると、その鋭い眼光で睨みつける。
「わしはこいつと話してるんじゃ!お前が出てくる幕ではない!」
村長は、その強い言葉にたじろいでしまう。
暫く老人は俺をじろじろと見たのち、ぶら下げていた剣を杖で叩く。
「ほう……良い剣じゃのう……なんならこれでもいいんじゃぞ」
俺はその老人の図々しさに呆れながらも、自分の剣を見て、少し考える。
この老人は只者ではない。
もしかしたら、大賢者の可能性もある。
この老人が、俺の味方になってくれるなら、これほど頼もしいことはない。
俺はそう考え、自身の剣を渡すことにした。
「わかった……この剣をお前に譲ろう。しかし、この剣は今は無きコーネリアス家に伝わる家宝の剣。いわば私と実親の唯一の絆。無下に扱うこと無きように」
俺はそう言って、剣を老人に手渡す。
老人はその剣を手に取り、しばらく見つめると、ニヤリと笑った。
「ほう……承知した。確かに受け取ったぞ。しかし、儂のような名も無き乞食に家宝の剣を渡すとは、胆力と度胸、そして器量があるのう」
そう言って、白い髭を満足そうに撫でる。
「儂はここで立ち去るとするか。ところで、名前を聞いておらんかったが、なんていう名前だ?」
「エドワード。コーネリアス・エドワード」
俺がそう答えると、老人は白い髭を再び撫でた。
「儂はマーリン。今はただの乞食じゃ。だが、その胆力と度胸、器量に見合った役割を果たそうぞ。それでは、ご武運を……」
そう言って、マーリンは杖を上げると、土煙を上げる。
俺がその土煙を眺めていると、あっという間にマーリンは消えてしまった。
村長は茫然としたまま、土煙を眺めている。
「エドワード様……あんな信用ならぬ奴に、家宝を渡していいのですか?」
村長は不安げにそう聞いてくる。
俺はそんな村長に、笑顔で答える。
「ああ……大丈夫だ。なるようになるさ」
そう言うと、俺は再び走り出す。