脱出計画
俺は一人で部屋に戻り、書記台の前に座り、蝋燭を灯したのちに、刃ペンを手に取る。
この状況を打破するためにどうするか、整理しようと思ったのだ。
まず一つとして、この家に残った場合である。
恐らく、この三人を自らの実力を持ってして成敗する。しかし、俺自身がその時まで、人の心を保てる自信は無い。そしたら、俺は正規ルートの通りに、冷酷で無慈悲な貴族になり、民を虐げるだろう。しかし、俺はそんなことはしたくない。
そしてもう一つは、この屋敷を出ていくことだ。
この屋敷を出れば、少なくともあの三人に煩わされることは無くなるし、またエドワードの運命からも遠ざかる。これは有力な路線である。
だが、これはこれで別の問題が発生する。
それは、この屋敷を出た後、俺はどうやって生きていくかだ。残念ながら、俺はこの世界の金など持っていないし、それどころか常識すら怪しい。
この屋敷を出たら、その辺で野垂れ死ぬかもしれない。
そんなことを考えていると、扉が軽く叩かれる音がする。
俺は紙を机に隠し、扉を開けると、そこにはメイドのリゼが立っていた。
「失礼します」
そう言うと、俺の部屋に入ってくる。
俺は内心ドキドキしていたが、悟られないよう平静を装う。
そんな俺の思惑も知らずか、リゼは部屋に入ると扉を閉める。
「何か用か?」
俺はそう尋ねると、彼女は答えた。
「今日はありがとうございました……剣の訓練もそうですが、何より私を気にかけてくれて嬉しかったです……それに、特製のスープも喜んでくれたようで……」
そう言う彼女の顔は、少し赤らんでいた。
俺はそんな彼女の姿を見て、胸が高鳴るのを感じた。
「ああ、あのスープは素晴らしかった。野菜の旨味というか、素材の味が十分に生かされていて、とても大切に作られた野菜なのだとわかる。その素材を殺さない味付けは絶妙で、本当に美味しかった」
俺が素直にそう感想を述べると、リゼは照れたような顔をした。
「あ……ありがとうございます……三人があんな調子ですから、エドワード様にもあのスープは美味しくなかったのではないかと思って……」
俺はその心配に笑顔で答える。
「いや、本当に美味かったよ。ありがとう。それに比べて、あの肉料理は一体なんだったんだ。あれこそ豚の餌じゃないか」
俺がそう大げさに怒って見せると、リゼは愉快そうに笑った。
「本当にそうですよね!私も驚きました。三人の大好物だから作ってますが、あんな物を毎日食べていたら、健康に悪くて肌が荒れてしまいます」
俺達はひとしきり笑いあった後、リゼはふと真剣な表情になり、俺を見つめた。
「以前のエドワード様はもっと無気力というか、何か諦めたというか、達観した感じでした。しかし、今日、剣の訓練の辺りから急に変わりました。眼に力と意志がこもったというか……」
俺は内心ドキリとした。
「そ、そうか?特に何も変わってないと思うけど」
俺が慌てて取り繕うと、リゼは微笑んだ。
「いえ、変わりましたよ。エドワード様は、きっと何かを変えようとしているんだと思います。それが何なのかは私にはわかりませんが……」
そして、リゼは俺の手を取り、両手で優しく握る。
「もし、私にも出来ることがあればおっしゃってください。私は、エドワード様のお力になりたいのです」
俺はその優しい手の感触に、思わず顔が熱くなるのを感じた。
そして、その感情に干されて、俺はつい計画を打ち明ける。
「実は……俺は、この屋敷から抜け出し、一人で自立をしようと思っている」
すると、リゼは驚いた様子を見せる。
「えっ!?本当ですか!?」
俺は頷く。
「ああ……このままあの三人の元で、民を苦しめる手伝いをするのは耐えられない。だが、俺にはこの屋敷を出て一人で生きていく力は無い。だから……俺に力を貸して欲しいんだ……」
俺がそう告げると、リゼは俺の手を両手で握り、目をうるうるさせながら言った。
「はい!私でよければ!私は……エドワード様の味方です」
そして、俺は改めて決意するのだった。
この屋敷から抜け出し、新しい生活を手に入れる、と。