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厄災の魔王  作者: 大河内雅火
第I部 狼煙 第1章 旅立ち編 アリス
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旅の始まり

 暗い闇の中に私はいた。何もない無の空間。


 少し離れたところにソウスケがいた。

 ここはどこだ、と聞こうとして近づく。

 ソウスケは振り返るとすごい形相で叫んだ。


「来るな!アリス!」


 なんで、って言おうとしたところで急に意識が遠のいた。


 ソウスケはどんどん遠ざかっていく。


 待って、待って、待って、待って、待ってーー


「待ってぇええ」



「はっ」

 

 現実に引き戻された。

 すごい汗だ。脇や首がぐっしょりしている。鼓動が早まっている。


「夢……か」

 

 二段ベッドから飛び降りようとして、気づいた。

 自分が寝ているのは馴染んだベッドではなく布団だった。

 部屋を見回すといつもの狭い空間ではなく、和風の部屋が広がっていた。


 知らない部屋だ。


「おっ、目覚めたようだね」


 声が聞こえてきたので、驚いた。


 見ると、部屋の真ん中にあるちゃぶ台で1人の人物がお茶をすすっていた。


 肩に届くくらいの青髪で右側の髪を三つ編みにしている。

 瞳は銀色だ。綺麗な瞳だった。

 そして、人間よりも明らかに長い耳を持っている。


 美しいと私は思った。


 警戒して少し後ずさった。


 こんな奴、知らない。

 もしかして、魔人か。


 その人物は困ったように、あちゃーと笑うと私を見つめた。


「もう8時半だし、ご飯食べながら話そっか」




 どうやらここは老舗の旅館らしい。

 しかし、宿泊者が少ないところからすると、隠れ家的なひっそりとしたものなのかもしれない。

 自分はここで夜を明かしたようだ。

 

 テーブルには白飯、焼き鮭、卵焼き、味噌汁とthe和食が広がっていた。

 だが、まだ一口も手を付けていない。


「嫌いなものでもあった?早く食べないと、冷めて不味くなるよ」

「知らない人から勧められた飯なんて食えるか」


 相手の素性が何もわからない以上、すんなりと食べるわけにはいかない。


「別に毒なんて入ってないんだけどなー。あっ、そうだ。なんならあーんしてあげよっか」

「だから、お前は誰なんだよ!早く答えろ」


 イライラしてきた。こっちの気持ちも知らないで、よくもそう飄々とした態度を取れるものだ。


 青髪は味噌汁を美味しそうに飲むと、「あぁ〜染み渡る」と感動していた。


「そうだね、自己紹介しないと。僕はノア・キャロル。性別は女で、職業はさすらいの剣士というフリーターやってまーす。身長は165で、体重はスイカ100個分。スリーサイズは……知りたい?」

「いらない。……魔人から助けたのってお前か」

「Yes。だから、感謝してね」

「他のみんなは……」


 この質問は正直要らなかった。

 

 しかし認めたくない自分がいた。


 自分の妄想のまま葬り去ってしまいたかった。


「残念だけど、生き残ったのは君1人」

 

 妄想な訳がなかった。

 あの吐き気を催す異臭、燃え盛る炎、飛び散る真っ赤な血。

 

 そして魔人の下劣な笑い声。

 

 全部が鮮明に覚えている。紛れもない真実だ。


 ノアは黙々と食事をとっている。あくまで、こっちの質問待ちのようだ。


「なんで……、なんで私だけ助けた」

「僕が来た時には君以外全員死んでいた。いくら僕でも死人を助けることはできない」

「でも、でも!お前なら助けれたはずだ!もっと早く駆けつけれたはずだ!」

 

 魔人を一方的に殺したあの剣技。

 あんなのできるなら、もっと救えたはずだ。

 

 責任転嫁しているのは分かっていた。

 助けてくれた善意に礼をするべきだった。

 でもそんな余裕はなかった。


「君がもっと強かったら、みんな助けられたんじゃない?襲撃した魔人を瞬殺できるくらいに強かったら、良かったんじゃない?」

「……っ」

 

 そうだ。自分のせいだ。

 自分がもっと強かったら。

 院長に早めに魔人を殺したいと言っていれば、もしかしたらもっと早くに魔力の訓練ができて強くなれたのかもしれない。

 

 基本自分以外の人間はどうでもいい。

 だけど、助けたかった人間はいた。

 そういう人間をこの十三年間で作ってしまった。


 これも、全部自分のせいだ。


「で、他に聞きたいことはない?」


 それなりに空気を読んでくれたらしい。質問ならたくさん出てくる。


「なんで昨日、あの場所にいたんだ?」

 

 西園寺孤児院は別に有名ではない。

 よほどのことがない限り、用はないはずだ。

 そもそも普通の人間なら火災の現場に飛び込んでこない。


 こいつが頭おかしい。


「それは君が心配だからだよ、アリス」


 心配……か。

 とういうか、今こいつ私の名前言ったか。

 まだ、こっちは名乗っていないのに。


「なんで、名前知ってんだ」

「うーん。元はといえばアリスに会うために孤児院を訪ねたんだよね」

「どういうこと?」


 話がやや複雑になってきた。

 私に会うために来た?どういうことだ。なんで私に会いに?


「昨日西園寺院長から連絡が入って、本当は今日の朝に孤児院で会うはずだったんだけどなぁ。まさか、あんなことになるとは…。院長から連絡がなかったら、間に合わなかったかもしれない」

「……」


 あのジジイ、まさかあんな状況で自分の命よりも他者の命を優先するとは。

 不謹慎なことに、あのジジイらしいななどと思ってしまった。

 本当にあのジジイらしい。


「なんで私なんかに会いに来たんだ」

「そうだなぁ……。約束かな。大切な友人との」


 そう言うノアはどこか懐かしいような悲しいような笑みを浮かべた。

 大切な友人とは誰のことだ。どうでもいいか。


「まぁ()()()()()()()()()んだけどね。それは別の話」


 用事が何か聞こうとしたが、やめた。

 聞いても教えてくれない気がした。

 

 自分は嘘を見抜く力などないのだが、ノアが嘘をついていないことぐらいは分かった。


 冷静になって、これからの自分はどうなるのか考えた。


 孤児院は燃えた。

 自分には親戚もいなければ、家族ももういない。

 身寄りのない自分はどうなるのだろう。また、施設に引き取られるのだろうか。


「アリス。こっからが大事な話なんだけど」


 ノアが一気に水を飲み干した。もう、朝食を食べ終えたらしい。

 私はいまだに一口も食べていない。


「アリス以外の家族は13年前に魔人に殺された。僕も最近までそう思っていた。しかし、アリスをサイオンジ孤児院に預けてる間に色々調べたんだけど、ある事実にたどり着いたんだ」


 そう前置きしてノアは告げた。



「アリス、君のお姉さんは生きている」



 生きている?

 今、ノアはなんて言った。

 姉さんが生きている?

 13年前、死んだはずの姉さんが。生きている?


「おいっ!それは本当か!」


 思わず前のめりになってしまった。


 ノアが少し退いた。


「可能性は高い。自分の目で確かめたわけではないけど、間違いなく生きていると思うよ」


 それが本当なら、会えるかもしれない。


 私の夢。


 私の夢がスタートラインにたった。

 死人ではなく、生きてる人として会える。


「会わせてくれ!姉さんに会わせてくれ!」

「それは無理だよ」

「どうして」

「言っただろ?自分の目で確かめたわけではないって。実際、僕はどこにいるのか知らない」

「なんだよ……、それ」


 自分はまだ成人ではない。


 どうせ、すぐにどこかの施設に引き取られる。

 そんなクソみたいなところにいたら、会いに行けない。

 大人になるのを待てば会いに行けるのかもしれないけど、そんなのは嫌だ。

 待てない、自分の夢だ。


 絶対に会いたい。


「で、さぁ提案なんだけどさ?」


 ノアが試すような目で見てきた。


「僕についてくるか?」

「は?」


 ついてくる?

 こいつは旅でもするつもりなのだろうか?

 何故試すような目で見てくる。


「僕には殺さなくてはならない魔人がいて、そいつを探す旅に出てる。その旅についてくるかってこと」

「ついてって、私になんのメリットがあるんだ」


 こいつのことは少し知った程度だ。まだ、信用したわけではない。


「もしかしたら僕の旅に同行している途中で、アリスのお姉さんに会えるかもしれない」

 

 チャンスだ。この機会を逃したら、二度と会えなくなるかもしれない。

 姉さんに会わないまま、平凡に生きていくのは嫌だ。

 そんなレールの上を歩くような生き方を選ぶくらいなら死んだ方がマシだ。


「ついてく。姉さんに会える可能性があるなら」

「いいの?危険な旅になるけど。死ぬリスクだって低くない」

「会わないまま死ぬ方が最悪だ。それに、お前は魔人を瞬殺した。お前は強いんだろ?」

「そうだね。アリスよりかは強いかな」


 ノアは挑発してるような表情を浮かべた。

 ムカつくけど、挑発には乗ってはいけない。


「結局院長は私に魔力の使い方を教えずに死んだ。なら、お前に教えて貰えばいい」

「できるかな〜。魔力の特訓はめっちゃ厳しいけど、アリスに耐えられるかな?」

「昨日の魔人との戦闘で一回だけ魔力を上手く使えたんだ。私にもできるはずだ」


 あれをまぐれでは終わらせない。

 魔力の運用が呼吸をするようにできなければ、魔人なんて殺せない。

 それに私には魔力の才能がある。

 できるはずだ。


「覚悟もあるし、意欲もあるか……。いいね」


 ノアは私の顔をじっと見た。

 自分の本質を見られているようで、変に緊張する。

 

 試されている。

 その言葉が真実かどうか見られているのだ。


 私はノアの目から視線を逸さなかった。

 逸らしてはいけない。姉さんに会うために。


 ノアは満足したように頷くと、立ち上がった。


「9時にはここを出るから、早く朝ごはんを食べるんだよ」


 ノアは、よく噛んで食べるんだよーと忠告すると、自分の部屋へと引き返していった。


 出された鮭を白ごはんと一緒に食べた。美味しい。美味しいけど……。


「やっぱり冷めないうちに食べれば良かった……」

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