死の土地
「ヴァンパイアがもう一体現れました。これで二体です」
屋上を監視していた捜査員から笹島に連絡が入った。
「やっときたか!」
笹島は歓声を上げた。
市役所は二十四時間態勢で監視されていた。笹島の指示である。
警戒されないために、役所内には人員を配置せず、向かいのホテルに捜査員を送り込んでいた。十二階建てのホテルからは市役所全体を見下ろすことができた。笹島自身は対策部隊の遊撃車に乗り、役所から二区画離れた駐車場に待機していた。
笹島の膝の上にはグループ分けした隊員の位置を記した地図が置かれていた。
ヴァンパイアは挑戦の意思表示として死体がぶら下げられた役所で落ち合った後、別の場所に移動して戦いを始めると笹島は読んでいた。ヴァンパイアの戦いは人目につかない場所で行われる。ただし、役所から遠く離れた場所まで移動するとは考えにくい。笹島は市役所周辺でヴァンパイアの戦闘が行われる可能性のある場所をリストアップし、それぞれの場所に人員を配置していた。
笹島は隊員達に指示を飛ばすと、捜査員に連絡を取った。
「それで、ヴァンパイアの様子はどうだ」
「まだ動きはありません。二体とも屋上に留まったままです」
「そうか。引き続き監視してくれ。決して見失うなよ」
「了解しました」
咲がもたらした情報の一つにヴァンパイア同士の決闘というものがあった。
ただ今の時代にあっては、ほとんど行われることがない有名無実化した習慣だそうだ。情報のソースが咲であることに忌々しさを感じないわけではないが、使えるものは遠慮なく使うというのが笹島の信条だ。笹島は手口から見て、今回の一件は決闘が起こると確信した。そこで、ヴァンパイアの慣例を利用する形で作戦を立てていたのである。
笹島は、ヴァンパイアが戦いに没入したタイミングで介入する腹づもりだった。
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二体のヴァンパイアは、絵馬掛所のある手水舎の前で対峙した。その奥には拝殿に向かって鳥居が立ち並んでいる。昼間であれば明るい朱色が目を惹く観光名所の一つであるが、灯りの落ちた今は闇の中にぼんやりとした輪郭がかろうじて識別できる程度である。あくまで人間の目にはという意味ではあるが。
「始める前に一つ聞きたい」
陸が口を開いた。
「何だ?」
「どうしてこの土地に目をつけた?土地がほしいってわけじゃないだろう。あんたは戦いを望んでいるように見える。ここにはヴァンパイアが存在しないように見えるように気を配ってきたつもりだったが……」
これまでも貨沢市に他のヴァンパイアが迷いこんでくることはあったが、いずれも所有者のいない土地を求めてという理由がほとんどだった。鉤爪は明らかに先住者に狙いを定めていた。こんな事は今までなかった。気になっていたのだ。
鉤爪は笑った。
「何がおかしい?」
「お前、頭が良さそうに見えて抜けてるんだな」
「どういう意味だ?」
「考えてみろ。狩ったり狩られたり、どんな田舎でも二、三年に一度はヴァンパイアによる事件が起こってる。都会じゃ日常茶飯事だ。比べて、ここはどうだ?この規模の都市で、ここ十数年、ヴァンパイアによる事件はゼロだ。これがどんなに異常なことか分かるか?頭の回る奴なら何かあるって考えるぜ。現にここに向かうと言ったヴァンパイアがそれっきり消息を絶ったって話を何度も聞いた。ヴァンパイア達の間でこの土地がなんて呼ばれてるか知ってるか?アンタッチャブル。死の土地だ。お前がやったんだろ?」
陸は衝撃を受けた。確かに目立たないように、人知れずヴァンパイアを葬ってきたが、まさかそんな噂になっているとは思わなかった。安住の地だと呑気に考えていた自分を殴ってやりたい気持ちになった。
「そんな面白そうな土地に手を出さないって選択肢はないぜ」
納得のいく答えだった。喜々として乗り込んでくる鉤爪の様子が目に見えるようだった。陸は舌打ちした。
「ん……ああ、そうだ。オレからも一ついいか?」
「何だ?」
「陸というヴァンパイアを知っているか?」
陸は自分の名前を口にしたヴァンパイアの顔をまじまじと見直した。しかし、何度見ても見覚えがある顔ではなかった。
「そいつがどうした?」
「知っているのか?」
「さあ、知らないな。そもそも他のヴァンパイアに興味がない」
陸はとぼけた。
「そうか、お前はそんな感じだしな……」
鉤爪は残念そうに言った。
「じゃあ、話はこれまでだ。せいぜい抵抗しろよ」
鉤爪が陸に襲い掛かった。
抵抗することもできずに鉤爪の右手は陸の腹を突き破った。
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「まだ動きはありません」
ホテルの部屋に到着した笹島に隊員達が敬礼した。
「そうか。間に合ってよかった」
笹島は息を切らしていた。エレベーターの扉が開くのももどかしく、扉が開くと同時に走ってきたからだ。
笹島がやってきたのは、ヴァンパイアを監視している捜査員が詰めている部屋である。あまりにもヴァンパイアに動きがないので、遊撃車から下りて部屋にやってきたのだ。笹島は灯りがもれないよう慎重にカーテンをくぐり、ベランダに出た。ベランダでは捜査員が屋上の様子を監視していた。片隅には監視用のビデオカメラが設置されていた。
笹島が暗視スコープで屋上を探ると、すぐに二体のヴァンパイアが見つかった。
一体は鉤爪だ。屋上の真ん中で仁王立ちしている。もう一体は鉤爪から少し離れて鉄柵の台座に腰掛けていた。黒のコートを着た若い男だ。こちらが先住のヴァンパイアらしい。
不可解なのは、先住のヴァンパイアは確かに鉤爪に目を向けていたが、鉤爪は横手にいるヴァンパイアを無視して何もない空間に顔を向けていた。口元の様子から、何か会話をしているようにも見えるが、もちろんそんな相手はいない。
笹島は首をひねった。
ともあれ、このまま手をこまねいて見ているわけにはいかない。今の様子では屋上から移動することもなさそうだ。笹島は作戦を決行することにした。
「各員へ通達。作戦はプランBに移行。市役所屋上への狙撃を行う」
各所で待機していた隊員達がにわかに慌ただしく動き始めた。
笹島の部隊と吸血部隊の大きな違いは、吸血部隊が接近戦を基本としているのに対し、笹島の部隊は遠距離からの狙撃を基本としている点である。
咲や燐のようなヴァンパイアを戦力として擁する吸血部隊と違って、笹島の部隊にヴァンパイアはいない。いくら強化服で武装したとしても、人間がヴァンパイアに対して接近戦を挑むのは危険極まりない。戦争でもない限り、作戦のたびに死者を出すような部隊は存続できないのである。
遠距離からの狙撃であれば、隊員の危険が大幅に軽減できる。笹島は射撃が得意な隊員を集め、狙撃に特化した部隊を作り上げた。これは笹島の功績といって良かったが、もちろん長所だけではない。接近戦ができないということは、作戦行動に大幅な制約ができる。だが、これは人間だけで構成される部隊の限界であり、笹島を責めることはできない。
確かに笹島はヴァンパイアに対して強い憎悪の念を持っているが、それを抜きにしても人間だけで構成された部隊が一般的であり、吸血部隊が特殊なのだ。
「屍食鬼め、必ず尻尾をつかんでやるぞ」
笹島は強い決意をもって、いまだ動きのないヴァンパイア達に目を向けた。
次回は2/3(土)投稿予定です。