日が昇って
太陽が上り、じりじりと気温が上がってきた。
佐伯は居間に咲の姿を見留めた。
窓から差し込む日差しが、凄惨な殺戮現場を照らし出していた。
咲はヴァンパイアの死体に向かって、小さく何事かを呟いていた。英語だったので何を言っているのかよく分からなかったが、祈祷文のようだった。
佐伯が不思議そうに見ていると、咲が佐伯に目を向けた。
「昔、変わり者の神父に世話になったことがある。その神父から祈り方を教わった。わたしはクリスチャンではないが、他にやり方を知らないので、教わった流儀で祈りを捧げることにしている」
「そうですか」
「それで、何か問題でも?」
「いえ、本部にも報告が終わりましたので、引き継ぎについて打ち合わせたいと思いまして」
「了解した。場所を変えよう」
二人は居間を出た。
「自業自得といえばそうなんでしょうけど、何というか、哀れですね」
佐伯がヴァンパイアの死体を見て言った。
死体は咲が首を跳ねたそのままの状態で転がっていた。
「どのみち、この世界では生きられないやつらだ。遅かれ早かれこうなった。こいつらに罪はないが、仕方がない」
「罪がないだって?」
佐伯は声を荒げた。
「十五人も殺してるんですよ!」
「人間には理解しにくいかもしれないが……」
咲は静かに言った。
「こいつらのやったことはただの食事だ。快楽殺人じゃない。生きるために栄養を摂っただけだ。佐伯警部補も食事をするだろう。動物や植物を殺して食べるだろう。やっていることは何も変わらない。ただ、人間に対して同じことをすると罰せられるというだけだ」
なぜ、ヴァンパイアである咲が人間側についたのか。佐伯は事情を知らない。何か重大な取り決めがあるのだろうと推測しているに過ぎなかった。
佐伯はヴァンパイア機関に所属しているものの、組織については必要最小限の知識しか与えられていなかった。佐伯だけでなく、大部分の構成員が同様だった。一般の人々だけでなく、ヴァンパイア機関の構成員に対しても組織の詳細は極秘扱いされていた。ヴァンパイア機関について詳しく知る者は、上層部のほんの一握りだけである。
咲を怒らせてしまったんじゃないかと不安になり、佐伯は指揮車にいた中村に相談を持ちかけた。
「大丈夫ですよ。中隊長はそんなこと気にしませんよ」
中村は笑った。
「だといいんですが……」
佐伯の頭を怒り狂った本部長の顔がちらついていた。
「そんなことを根に持つようなタイプなら、中隊長なんか務まりませんよ。大体、彼女が何年生きてると思ってるんですか。あなたから見たら、曾お祖母ちゃんみたいなもんですよ。そんなに心が狭いわけがないじゃないですか」
中村は佐伯の肩をぽんと叩いた。
「誰が曾お祖母ちゃんだって?」
指揮車の入口で、咲が二人を睨んでいた。
「あれっ、いたんですか?」
中村は引きつった笑いを浮かべた。
「いたよ」
咲はしばらく二人を睨んでいたが、ふいっと外に出て行ってしまった。
「あの、中村さん……」
「まずい……非常にまずい」
中村は頭を抱えた。
県警と地域警察が集結し、現場となった民家の捜査を開始した。
指揮を執っていた佐伯は、一段落したところで吸血部隊の所へ挨拶にやってきた。吸血部隊は撤収するところだった。
「あとは私の方でやっておきます。今回は色々お世話になりました」
佐伯は深々と頭を下げた。
顔を上げると、咲は貼り付けたような笑顔をしていた。
「佐伯警部補はわたしにとって曾孫も同然だ。困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
咲は佐伯の両肩をいやに強い力でバンバンと叩いた。
「はは……」
佐伯は恨めしそうに中村を見た。中村は申し訳なさそうに両手を合わせた。
プロローグはこれで終わりです。
次回から一章に入ります。
新キャラが出てきますので、お楽しみに。
週1〜2位で更新していくつもりなので、気長におつきあいください。