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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
プロローグ 咲
4/62

怪物


 時刻が四時を回った。


「中村」


 咲がヘルメットのマイクに囁きかけた。


「準備OKです。対象に変化なし」


 中村が応答した。


 指揮車内の中村のモニターには横長の長方形が表示され、それを四十一個の光点が囲んでいた。

 長方形は民家を表し、光点は突入作戦に参加している隊員の位置を示していた。うち一個は佐伯である。隊員のヘルメットに埋め込まれた発信器の信号を受信して、リアルタイムで表示しているのだった。

 また、民家の中には赤い点滅が一つあった。これはヴァンパイアの位置を示していた。

 隊員を示す光点は小隊によって色分けされ、小隊の位置が一目で分かるようになっていた。

 咲の壱番隊は青色で、玄関前で一かたまりとなっていた。


 咲が手を上げて、森の中で待機している隊員に合図した。


 森の中から、居間の窓に向けて短い銃撃が行われた。

 銃撃が終わると、森の中から隊員が一人飛び出してきて、窓から閃光弾を投げ込んだ。次の瞬間、居間の中で轟音とともに激しい閃光が起こった。


 閃光弾は殺傷能力はないが、轟音と閃光によって対象を麻痺状態に陥れる。人質がいる可能性があるなど、内部の様子が分からない場合に有効な武器である。

 

 閃光が収まると同時に、玄関のドアを開けて壱番隊が家の中に飛び込んだ。

 正面は壁だった。小隊は背中合わせに左右にサブマシンガンを構えた。


 左側の障子戸が倒れ、片腕のヴァンパイアがよろめき出てきた。ヴァンパイアは残った右手で目を押さえていた。隊員達がサブマシンガンの引き金を引いた。ヴァンパイアは銃弾を胸に受けて膝をついた。

 咲が刀を抜いて飛び出した。咲はすれ違いざまにヴァンパイアの首を切り落とした。

 勢いよく血を噴上げ、ヴァンパイアの体は倒れた。首はL字を描いて転がり、壁にぶつかって停止した。


 居間の中では別のヴァンパイアが食器棚を頼りに立ち上がろうとしていた。最初の銃撃で被弾したようだ。右肩が血で染まっていた。目が見えないヴァンパイアは左手を食器棚に手をかけ、右手で前方を探っていた。

 咲は躊躇なくヴァンパイアを袈裟切りにした。

 ヴァンパイアの右半身は切り口を滑り、畳の上にずり落ちた。


 咲は血溜まりを進み、破壊された窓から外の隊員に合図を送った後、マイクのスイッチを入れた。


「第一、第二目標をクリア。これから家の中を捜索する」


「了解。各隊を捜索に回します」



 中村との通信を終えると、燐は佐伯に向き直った。


「ヴァンパイア二体を始末したそうです。これから周辺の捜索を行います。自分達はヴァンパイアが使っていた車の周辺を調べます」


「そうですか。うまくいってよかった」


 佐伯は口ではそう言ったが、落胆したのも事実だった。

 長い時間、虫に悩まされながら森の中で待機していたのに、結局、何もせずに作戦が終わってしまったのである。

 これでは何のために作戦に参加したのか分からない。こんなことならコーヒーでも飲みながら指揮車にいた方がよかった、と佐伯は悔やんだ。



 咲は小隊を四人一組の三つの班に分け、屋内の捜索にあたらせた。被害者の救出が目的だが、実際のところはほとんど死体探しである。ただ、他のヴァンパイアが潜んでいる可能性があるため、十分に警戒して進める必要があった。

 他の隊は敷地内の母屋以外の建物、敷地を出た周辺囲む森の中の捜索に回った。



「あーあ、俺はこの捜索ってやつが一番嫌いだよ」


 咲達が二階に上がると、一階に残った隊員の一人、日下部が愚痴をこぼした。


「ヴァンパイアと戦うのはいいんだけどさあ、被害者を見つけるとさあ、気が滅入るんだよなあ。大体、悲惨な感じだろ」


「それには同意するが、今はちゃんと仕事をしろ。それに助けられる可能性もゼロじゃない」


 相棒の大山が窘めた。


「十回に一回あればいい方だけどな」


「……俺はその十回の一回に助けられたクチだ」


「あぁ……そういや……そうだったな。悪い」


「この部隊はそういうヤツ多いぞ」


「そう考えれば、この気の乗らない仕事にもやりがいはあるか」


「わかったんなら、とっとと行くぞ」


 大山はサブマシンガンを構えて右側にある和室に入った。日下部は大山に続いた。

 和室は六畳で、襖戸の押し入れがある。人の気配はなかった。

 日下部が大山に目線を送った。大山は後ろに下がり、サブマシンガンを押し入れに向けた。日下部は慎重に襖戸を開けた。押し入れの中は上段に布団が積まれ、下段には衣類ケースが押し込まれていた。日下部が中を探ったが、特に何も見つからなかった。


 二人はサブマシンガンを構え直し、隣の部屋に入った。

 こちらも和室だが、寝室として使っていたようだった。部屋の中央に布団が一組敷かれていた。掛け布団がまくれ、灰皿に煙草の吸い殻が残っている。


「死んだヴァンパイアが吸ったのかな?」


「多分」


 部屋の中を物色したが、被害者の手がかりになるものは見つからなかった。


「被害者の痕跡がないな。痕跡くらい残っていても良さそうなもんだが」


 この部屋の奥は襖で、襖を開けるとそのまま奥に進むことができた。二人が寝室を抜けると、囲炉裏が設けられた広い板間の先に他の隊員の姿が見えた。隊員は二人を見ると、ハンドサインを送ってきた。大山は成果なしと返した。


「被害者はどこにいるんだろう?」


「案外、外で見つかるかもしれないな」


「大きな家だからなあ。わざわざ外に連れて行くとも思えないんだが……」


 他にも部屋を見て回ったが、めぼしいものは見つからなかった。


 愚痴ばっかり言うくせに、日下部の仕事は丁寧だった。

 

 大山がそのことを指摘すると、


「だって、本当は助けられたのに、見落として手遅れになりましたなんて嫌だろ?気が乗らないのと、手を抜くってのは別だぜ」


 と、日下部は嫌そうに答えた。大山は苦笑いした。

 

「これは物置かな」


 日下部が階段の裏に引き戸を見つけた。


「怪しいな」


 大山が引き戸にサブマシンガンを向けた。目配せして日下部が引き戸に近づくと、かすかに異臭が漂っていた。


「嫌な臭いがしないか?」


 大山は鼻をくんくんさせて、臭いを確かめた。


「確かに……」


「これは……あれだろうな」


 日下部は深いため息をついた。


「そのようだな……残念だ」


「……やるか」


「ああ」


 日下部は体をずらして、深呼吸してから引き戸に手をかけた。大山はサブマシンガンを構えて突入体制をとった。


「あんまりひどくないことを祈る……ぜっ!」


 日下部が勢いよく引き戸を開いた。

 大山が飛び込んだ。日下部が続いた。


 二人は一瞬、体を硬直させたが、続けざまに正面、左、右に銃口を向けた。敵は見当たらなかった。

 死臭が室内に充満していた。


 大山が電気のスイッチを入れた。暗い室内が白熱灯の灯りに照らし出された。


 部屋の中は血で染まっていた。

 予想外に広い室内は、やはり倉庫として使用されていたようで、壁に設えられた木棚にはコンテナや、袋詰された肥料が収められていた。 床は赤黒く変色していた。踏み潰された肉片らしきものが散らばっている。


 大山は室内の映像を撮影しながら、無線で指揮車に状況を伝えた。


 部屋の中心には四角い穴が空いていた。地下室があるようだ。

 覗いてみると、深い穴で、中は真っ暗だった。


 日下部はライトで穴の中を照らした。


「ひっ」


 日下部は思わず後退りした。

 穴の底に食い散らかされた女の半身が転がっていた。


「日下部!上だっ!」


 大山が叫んだ。


 天井の梁に黒い影がぶら下がっていた。二つの赤い目玉が日下部を見下ろしている。

 日下部が慌てて銃口を向けたが、間に合わなかった。

 影が日下部を横殴りにした。日下部は弾け飛び、壁に激突した。


 影が床に下りてきた。大きな体だった。

 涎を垂らし、丸い目玉を爛々と輝かせてぐったりした日下部に近づいた。


「この野郎!」


 大山が影を狙い撃った。

 銃弾を浴びた影は悲鳴を上げ、壁を突き破って逃げ出した。



 壁の外では燐の小隊がヴァンパイアの車を調べていた。

 佐伯は隊員達から少し距離を置いて、つまらなそうに時計を見ていた。

 そろそろ日の出だな、と佐伯は思った。空は白々と明るさを帯びてきていた。


 佐伯はあごに手を当てて民家を見上げた。


「リノベーションして、地元の素材を使ったフレンチでも出したら人気出たかもな。んー、ここまで田舎だと難しいかなあ」


 突然の銃撃音に佐伯が振り返った。

 壁を突き破って、佐伯の目の前に大きな影が飛び出してきた。佐伯は腰を抜かした。


 二メートルを超す巨体。頭は驚くほど大きく、赤い目玉は顔の両端一杯に離れて魚のようだった。短い足と、指の短い大きな腕がついている。体毛が一切く、血管が浮き出たぶよぶよの白い体は血塗れだった。

 悪意が作り出した凶悪な赤ん坊のような怪物が、佐伯の目の前にいた。


 怪物は大きな口を開き、泣き声のような咆哮を上げた。


「うわっ、うわっ」


 佐伯は拳銃を構えようとしたが、銃は佐伯の手の上で踊りながら地面に落ちた。


 怪物が佐伯に向かってきた。佐伯は両手で頭を覆った。


 一瞬にして、佐伯の体にワイヤーが巻きついた。

 尾を引く悲鳴とともに、佐伯は宙高く持ち上げられ、怪物から離れた場所にすとんと落とされた。

 ワイヤーは燐の右手のリールに巻き取られ、カチャリと音を立てた。


「燐、もう一体ヴァンパイアが見つかった。なりそこねだ。そっちに行った」


 燐のイヤホンに中村の焦った声が届いた。


「目の前にいます。対応します」


 燐は左右の腰からサバイバルナイフを抜くと、逆手に構えて怪物の前に立った。

 怪物が燐に右手を伸ばした。燐は右に交わし、右のナイフで怪物の指を切り落とした。怪物は悲鳴を上げて手を引いた。

 燐はそれに合わせて怪物に近づき、顔に切りつけた。怪物は両手で顔を庇った。燐は容赦なくその手を切り刻んだ。みるみるうちに怪物の両手はズタズタになった。たまらず怪物が両手を下げた。

 燐は怪物の懐に飛び込み、左の手のひらを怪物の胸に添えた。轟音が響き渡り、怪物の背中から鉄杭が飛び出した。

 怪物は崩れ落ちた。


 突き出した燐の左手が硝煙を上げていた。手首がスライドし、鉄杭を打ち出した砲口が剥き出しになっている。手首は機械音を立てて元に戻った。


 燐はしばらく様子を窺ったが、怪物はぴくりとも動かなかった。即死だった。


 うんと頷くと、燐は拳銃を拾って、佐伯の方に歩いていった。

 佐伯は呆然と座り込んでいた。


「お怪我はありませんか?」


 燐は佐伯に右手を差し出した。はっとして、佐伯は燐の手を取った。


「ありがとう。お陰で助かりました……いや、しかし情けない」


 佐伯はズボンについた泥を払った。


「初めての実戦なんて誰だってそんなものですよ」


 燐は佐伯に拳銃を渡した。佐伯は拳銃をホルスターに収めた。


「あれもヴァンパイアなんですか?随分、イメージが違いますが」


「ヴァンパイアになりそこねた者です。ヴァンパイアの血を与えられたからといって、全ての人間がヴァンパイアになるわけじゃありません。大半の人間がヴァンパイアの血に耐え切れずに死んでしまいます。中には運良く生き残っても、血が暴走して、化け物のように変わってしまう者もいます。自分達はなりそこねと呼んでいます」


「元が人間だったとはとても思えませんね」


 改めて絶命している怪物を見ると、佐伯は身震いした。


「普通はなりそこなったことが分かった時点で始末するはずなんですが、何かできない理由でもあったんでしょうか?ここまで症状が進行するのは珍しいですね」


「何で殺すんですか?血をやったヴァンパイアからすれば自分の子供みたいなもんでしょ」


「目立つからです。目立ってしまうと、自分の身に危険が及びます。それに、なりそこねは長生きできません。体が膨張しながら壊れていきますから。最後は必ず……」


 燐は手のひらを結んで、ぱっと開いてみせた。


「です。早く楽にしてやった方がいいという考え方もあります」


「なるほど……」


 怪物の体は血に塗れていたが、その大半は外傷による出血でなく、皮膚の内側から滲み出したものだった。


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