対策会議1(先住ヴァンパイアについて)
「ふざけるな!課長は何も分かっていない!」
芹沢から解任を言い渡され、会議室を出た笹島は階段を下りながら激しく毒づいた。
笹島が部隊の詰所のドアを開けると、隊員達が引き上げ準備をしているところだった。来た当初より人数は大幅に減っており、ほとんどの隊員が包帯をしていた。
笹島が詰所に入ってくると、隊員達はちらりと冷たい目を向けたが、すぐに視線をそらして各々の作業を再開した。中には舌打ちをする者もあった。
「おい、何をやってるんだ?」
笹島は手近にいた若い隊員を問い質した。
「引き上げ命令が出ました。帰還の準備をしているところです」
隊員はそっけなく答えた。
「そんなことは見れば分かる!どうして私の命令を待たずに勝手に準備を進めているのかと聞いているんだ!」
隊員は困った顔をして、奥で作業をしていた古参の隊員に救いを求めた。
「あなたは中隊長の任を解かれました。部隊は現在、課長預かりになっています」
古参の隊員が笹島の元にやってきて答えた。
「えぇい、お前なんかに話をしても仕方がない。溝口はどこだ?溝口!」
笹島は大声で溝口を呼んだ。
隊員達の雰囲気が変わった。隊員の一人が笹島に掴みかかろうとした。それを別の隊員が押しとどめ、何やら言い含めて席に座らせた。
「溝口副隊長は亡くなられました。あなたも現場におられたじゃないですか」
古参の隊員が感情のない声で言った。
笹島は絶句した。
(溝口が死んだって!?……ああ、確かにそうだ。何をやってるんだ、私は?)
笹島はふらふらと詰所を出ていこうとした。
その手を古参の隊員が掴んだ。
「何だ?」
笹島は隊員を睨んだ。
「あなたも連れ帰るように命じられています」
「うるさい!放せ!」
隊員の手を振り払って、笹島は警察署を飛び出した。
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夜、吸血部隊の隊長格が集まり、ヴァンパイアへの対策会議が行われた。場所は、大会議室の隣にある、十人も入れば満員になる小さな会議室である。
会議室のホワイトボードには、プロジェクターで貨沢市中心部の白地図が映し出されていた。地図にはヴァンパイアが事件を起こした場所に赤いマークが記されている。
「お祭り状態だな」
開口一番、咲はため息をついた。
白地図は赤くなっていた。特に市役所周辺がひどい。白い部分がほとんどない。
「集まったヴァンパイアの目的は、今回の騒動の情報収集、おこぼれに与りたいもの、決闘の見物ってところですか」
参番隊隊長の鳴海が頭の後ろで手を組んで、背もたれに寄りかかった。
「ヴァンパイア同士の抗争もひどいみたいですよ。ヴァンパイアの死体があちこちで見つかっています」
中村が補足した。
「名を上げたいものが多いからな。そういった者たちが一か所に集まればどうなるかという見本だな。とはいえ、情報収集を目的としてたやつらは、わたしたちが姿を見せた時点で引き上げているだろう。問題は、祭りに乗じて騒いでいるバカどもだな」
「血を入れた瓶を並べて、露店でも開きますか?」
鳴海がおどけた調子で言った。
「……」
咲が鳴海をじろりと睨んだ。
「……すんません」
鳴海は肩をすくめた。
「こういう時に戦力不足を痛感しますね」
燐が言った。
「少数精鋭と言えば聞こえがいいけどさあ、要はウチの部隊の増強にいい顔しないお偉いさんが多いからねえ」
めげずに鳴海が軽い調子で応えた。
「その辺は実績を積上げるしかないな」
「信頼と実績の吸血部隊を目指しますか」
「せめて、あと二、三体アタッカーが欲しいです。そうすれば作戦に幅が作れます」
「そうだよなぁ、ウチの隊にも一体ほしいぜ」
「お前の隊は、お前がいれば何とかなるだろう」
「いやあ、か弱い人間に無理言わないで下さいよ。ヴァンパイアとタイマンなんかとても張れません。あれこれ工夫してやっとってとこですから」
「どこがか弱いんだか……」
咲は苦笑いした。
「ホームのヴァンパイアたちはどうです?」
「訓練を続けてはいるが、まだ実戦に出せるレベルの者はいないな」
咲はパンと手を叩いた。
「ないものねだりをしても仕方がない。できることを一つ一つやっていこう。そういえば、鉤爪と先住のヴァンパイアはどうなった?その後の情報は?」
「いえ、市役所の戦闘以降、一切表に出てきていません」
中村が答えた。
「鉤爪は流れ者だ。似たような騒ぎをしょっちゅう起こしている。適当なヴァンパイアを捕まえて戦いごっこがしたかったんだろう。ひょっとすると、もう貨沢市から出ていったのかもしれない。戦いに勝っても、その土地に定着することがない。今頃は他の土地で次の相手を探してるのかもしれないな」
「先住のヴァンパイアも出ていったんですかね?」
「いや、長年住み慣れた土地を出ていくにはそれなりの時間がかかるものだ。潜伏している可能性が高いと思う」
「市役所の戦闘を目撃した者がいます。呼んできて、話を聞いてみましょう」
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「自分が目撃した事実は以上になります」
県警の安江担当官が報告を終えた。二十代半ばの若い担当官である。
「……何らかの精神攻撃を受けた可能性が高いな」
一通り報告を聞いて、咲が感想を口にした。
「幻術とか、その類のものですかね?」
燐が尋ねた。
「おそらく。鉤爪が何もない空間で暴れていたというのも同じ攻撃によるものだろう。鉤爪ほどのヴァンパイアを狂わせるとなると、相当力のあるヴァンパイアと考えなければならない。人間の隊員は使えないぞ。逆手に取られる。となると、わたしと燐しかいない……人手が足りないな。まったく、厄介なヴァンパイアを相手にしなきゃならなくなったものだな」
咲は何度目かのため息をついた。
「ただまあ、話を聞く限り、こいつは手を出さなきゃ、騒ぎを起こすタイプでもなさそうなのが救いだな。大量の死傷者を出してはいるが、やったことは正当防衛とも言える。人間視点では何を言ってるんだと思うかもしれないが、その辺の気持ちはわからないわけじゃない。ヴァンパイアは誰も守ってくれないからな。どうしても過剰に反応しがちだ。少々というか、相当過激ではあるんだが……」
「確かにそいつにしてみれば、何もしてないのにいきなり狙撃されたわけですからねえ。そりゃ、怒るでしょう。警察に訴え出るってわけにもいかないでしょうし」
「ヴァンパイアは法律の埒外にいるからな。それにしても……」
「何か気になることでも?」
「今回の事件以前に貨沢市ではヴァンパイアによる事件が起こっていなかったと言っていたな」
咲は安江に目を向けた。安江はぼうっと咲に見惚れていた。
「は、はい。何もありませんでした」
安江は夢から覚めたように慌てて答えた。
「妙だな。殺人事件とは言わないまでも、未解決の失踪事件とか傷害事件とか、ヴァンパイアの兆候を示すような事件は何もなかったのか?」
「はい。いたって平和そのものでした」
「病院から血液が盗まれたという被害届は?」
「ありません」
「だが、先日の戦いは貨沢市の所有者を決める戦いだ。このヴァンパイアはずっと貨沢市に住んでいたはずだが……」
「血を飲まないんですかね?」
燐が首をひねった。
「どうしていたのかは分からないが、面白いヴァンパイアだ」
咲は唇に指を置いて、しばらく考え込んだ。
「始末する前に一度話をしてみたい」
「仲間にする価値があると?」
中村が尋ねた。
「実際に会ってみないと何とも言えないが、能力的にも珍しいし、これまでの行動といい、興味が引かれる」
咲は少し考え込むような仕草を見せた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は3/1(金)投稿予定です。
※これまで主に水曜、土曜に投稿してきたのですが、土曜の投稿が難しくなったため、しばらくは火曜、金曜の投稿になりそうです。