救援
ショッピングセンターでは、警察隊とヴァンパイアのにらみ合いが続いていた。
人質を取ったヴァンパイアがテナントのアパレルショップに立てこもったのだ。店内は滅茶苦茶に荒らされ、踏みにじられた洋服が店内に散乱していた。
警察隊は盾を並べてアパレルショップを包囲した。指揮を執っているのは笹島だ。但し、盾を構えているのはほとんどが地元の警察から駆り出された警官ばかりである。笹島隊の隊員達は先日の戦闘で大半が死亡、もしくは重傷を負い、とても任務に耐えられる状態ではなかったからだ。
ヴァンパイアはショップの奥にある試着室が並んだスペースに立てこもっていた。人質の女性店員二人が縛られ、床に座らされている。二人は肩を寄せ合うように並び、俯いて嗚咽を上げていた。
その前で、三体のヴァンパイアが試着スペースの入口から外の様子を窺っていた。
「だから、さっさとこの町から離れようって言ったのに……」
見た目は高校生くらいのヴァンパイアがうんざりした様子で口を開いた。
「うるっさいわねぇー。元はと言えば、あんたがアンタッチャブルを取り逃がすから悪いんでしょうが」
隣にいた若い女のヴァンパイアが噛みついた。
「だって、あいつ変な術使うんだもん」
「だから、相手は幻術使いだって説明したでしょ!話をちゃんと聞いてなさいよ!ああもう、あと少しだったのにぃー!あたしの輝かしい人生プランがぁー!全部あんたのせいよ!」
女は地団駄を踏んだ。
「姉ちゃんが、せっかくだから観光していこうって言い出すからだろ!」
弟は負けじと言い返した。
「あんただって賛成したじゃないの」
「仕方なくだよ。本当はさっさとウチに帰りたかったんだ。こんなとこじゃ、ゲームもできないじゃん」
「じゃあ、そんとき言いなさいよ!今頃になって言うんじゃないわよ!」
「……お前たち、こんなところで姉弟喧嘩はよしなさい。今がどういう状況かよく考えなさい」
年嵩の男が二体を窘めた。
「えらそうに言わないでよ!大体、こんなことになったのは、パパが我慢できずに女子中学生を襲うからでしょ!このロリコン!」
「そうだよ!ボクだって我慢してたのに!」
「うっ……」
即座に反発されて、男は言葉に詰まった。
「……その話はまた今度にしよう。今はここを突破することを考えよう」
「話をそらしたわね」
男は構わず話を続けた。
「人質を取っているとはいえ、このまま睨み合いを続けてもジリ貧だ。所詮、相手は人間だ。隙を見て正面突破するぞ。パパが血路を切り開く。それに続きなさい。銃には気をつけるんだぞ」
「わかった」
「それでいいわ」
三体は洋服が並べてあったスチールラックを壊して、武器を作り始めた。
「こんなことをやっている場合ではないのに……」
笹島は愚痴をこぼした。
本当はすぐにでも鉤爪の足取りを追いたかった。しかし、状況がそれを許してくれない。
市役所の戦闘以降、ヴァンパイアが起こす事件が市で頻発するようになったのだ。鉤爪と陸の一戦は、ヴァンパイア達にも注目されていたらしい。全国各地から、情報収集を目的とする者をはじめ、おこぼれを狙う者、果ては珍しいもの見たさに観光気分でやってくる者まで現れた。そうしたヴァンパイアが貨沢市内のあちこちで騒ぎを起こしているのだ。人間が襲われるだけでなく、ヴァンパイア同士の抗争まで起きていた。まさにお祭り状態である。
鉤爪を追うどころではなく、笹島は対処に追われた。しかも、ヴァンパイアの相手をするのは、素人同然の警官達である。怪我人が続出し、近いうちに体制が破綻するのは目に見えていた。
「人間共!銃を下ろせ!人質の命が惜しかったら道を開けろ!」
人質を先頭に立てて、三体のヴァンパイアが試着スペースから出てきた。
見た目はどこにでもいるような親子連れである。銃を警戒しているようだ。ヴァンパイアは人質の背に隠れるように体を縮めていた。それぞれ鉄パイプのようなものを持っている。
「助けて!助けてください!」
人質の女性店員が叫んだ。
「うるさい。黙ってて」
女が女性店員を小突いた。女性店員は泣き出した。
「言う通りにしろ」
笹島が警察隊に指示した。
警官達は銃を下し、左右に分かれて道を開けた。
騒ぎが起こってからすぐに買い物客を避難させた為、ショッピングセンター内は無人である。ショップが並んだ通路の先を右に曲がると、自動ドアのついた出口がある。
三体のヴァンパイアは警察隊を睥睨しながら、ゆっくりと進んだ。警官達は息を殺してその様子を見つめていた。
「よしっ、今だっ!」
警察隊の間を中程まで過ぎたところで、年嵩のヴァンパイアが叫んだ。姉弟は人質を警察隊に向けて投げつけた。悲鳴を上げて飛んできた女性店員二人にぶつかり、警察隊の最前列が崩れた。
「走れっ!」
ヴァンパイア達は出口に向かって一目散に走り出した。
「追えっ!追うんだっ!」
笹島が叫んだ。
出口付近で待機していた警官が飛び出し、盾を構えてヴァンパイアの行く手を塞いだ。
「どけっ!」
先頭を行く年嵩のヴァンパイアは速度を落とさず、そのまま警官隊に突撃し、真正面にあった盾を蹴り飛ばした。
自動車事故にでもあったかのように、盾は警官ごと大きく後方に跳ね飛ばされた。
「くそっ、こんな時に溝口がいれば……」
笹島は嘆いた。
「邪魔だ!」
ヴァンパイアはさらに隣にいた警官に向かって鉄パイプを振り下ろした。
「ひやぁあっ!」
警官は尻もちをついて、目をつぶった。
金属と金属がぶつかる激しい音が響いた。
警官がおそるおそる目を開けると、間に割って入った機動隊員が左腕でヴァンパイアの一撃を止めていた。全身真っ黒でフルフェイスのマスクを被った隊員だ。燐だった。
「なっ!?」
ヴァンパイアが驚きの声を上げた。
「下がってください!」
燐は左腕で鉄パイプを受けたまま、振り向かずに警官に向かって叫んだ。
警官が慌ててずりずり下がり出すと、すぐに背後から抱きかかえられ、一気に後方に下げられた。
燐が右手を横に開いた。
ガチャンと音を立てて、上腕から機械仕掛けのブレードが飛び出した。ブレードは二段、三段と伸びていき、大振りの鎌のような形状となった。
燐はヴァンパイアを横なぎにした。
「「パパっ!?」」
切断されたヴァンパイアの胴体がどすんと床に落ちた。
「このっ!」
「よくも!」
ロリコンだが、パパは愛されていた。逆上した二体のヴァンパイアが鉄パイプで燐に殴りかかった。
燐は大きくバク転して鉄パイプを躱すと、背後に控えていた仲間の隊員達の中に飛び込んだ。
隊員達は皆サブマシンガンを構えていた。二体のヴァンパイアに向けて、サブマシンガンが一斉に火を噴いた。
「吸血部隊……」
笹島が呆然としていると、胸ポケットの携帯電話が鳴った。
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笹島は市警のヴァンパイア本部に戻ってきた。緊急で呼び出されたからだ。
階段を上ると、大会議室の前に若い警官達が集まっていた。先だって、笹島が地元の担当官を集めて作戦を伝えた会議室である。若い警官達は会議室の中をのぞいて何やら騒いでいた。
「まさか、あれが……」
「可愛い……」
「聞いてた話と全然違う……」
笹島は不機嫌に咳払いした。
「あっ、やべっ!」
警官達は笹島を見ると、慌てて逃げていった。
笹島はノックをしてから会議室に入った。中にいた顔ぶれを見て、笹島はすぐに苦虫を噛み潰したような顔になった。
咲がいたからだ。
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次回は2/24(土)投稿予定です。