アンタッチャブル
陸は夜の町を走っていた。
先の騒ぎで市役所の辺りは人が集まり出していたが、少し離れると静かなものだ。寝静まった田舎の夜は、街灯の数も減り、暗く、人気がない。
時折、意識が飛びそうになったが、陸は足を止めなかった。追手がいたからだ。
「ハイエナ共め……」
追手の目をくらまそうと、陸は大通りから脇道に入り、住宅の隙間を抜けて、曲がりくねった小道をひたすら走った。しかし、追手を巻くことはできなかった。追手はどんどん近づいてくる。
「よう、アンタッチャブル。お疲れだな」
行く手に派手な花柄のシャツを着た男が現れた。ヴァンパイアだ。
陸は舌打ちした。
「見てたぜ。お前、幻術使いなんだな。あの鉤爪を抑えこむなんざ、大したもんだ。だがよ……」
陸の背後にさらに二体のヴァンパイアが現れた。どちらもナイフを手にしている。
「一対一なら脅威だが、三対一ならどうだろうな?」
花柄の男はいやらしい笑みを浮かべた。
「アンタッチャブルの首を取れば、俺たちの名も上がるってもんだ。なんなら長老に取り立ててもらえるかもしれねえ」
「ふん、俺なんかより鉤爪の首を取った方が名が上がるんじゃないか?」
陸は皮肉を返した。
花柄の男は意に介することなく、へらへらと笑った。
「あんな化け物相手に喧嘩売るほど命知らずじゃねえよ。ここは確実にいかせてもらう」
男達が逃げ場をふさぐように陸を取り囲んだ。
「おい、お前ら、幻術に物理的な殺傷力はねえ。かけられても気にすんな。残ったヤツで首を取ればいい」
「おう」
「わかった」
陸は隙をついて逃げ出そうとしたが、すぐに回り込まれた。一体一体の実力はさほどでもないが、連携が上手い。逃げられない。陸は逃げることをあきらめた。
三体が同時に突っ込んできた。
陸の瞳が金色に煌めいた。
「ぐっ」
一体の動きが止まった。だが、他の二体は無事だ。
ヴァンパイア相手に幻術をかけるには相当量の生気を使う。いくら強くないといっても人間とは雲泥の差だ。陸の生気はついに底をついた。立っているのもつらかった。
「幻術だ!かまうことはねえ!やっちまえ!」
花柄の男が叫んだ。
「おらぁ!」
花柄の男が蹴りを放った。
「ぐふっ」
陸は蹴り飛ばされ、路地に転がった。
「へっ、やっぱりだ。術者なんて肉弾戦になれば大した事ねえな」
花柄の男が陸の背中を思いっきり踏みつけた。陸はうめき声をあげた。
花柄の男は陸の背に乗ると、髪をつかんで陸の首を上に向けた。
「よーし、捕まえた。おら、首を切り落とせ」
花柄の男が仲間に声をかけた。しかし、仲間は動かなかった。
「何だよ?早くやれよ。他のヤツらが来ちまうだろ」
仲間はナイフを握ったまま、幻術をかけられたヴァンパイアの方を見ていた。
「何やってんだよ?早くやれよ」
「……おい、あれ」
ヴァンパイアの体をイバラが拘束していた。イバラはぎりぎりとヴァンパイアを締め上げ、食い込んだ棘が肉を裂き、血が流れていた。
その背中に小さな体が取り付いていた。青白い、半透明の体をした子供だ。
子供はヴァンパイアの首に食いつき、生気を啜っていた。生気を吸われるごとにヴァンパイアの体から力が失われ、代わりに曖昧だった子供の姿が次第に明瞭になり、実在感を増していく。
「幻術だ。気にすんな。こいつを殺せば消えんだろ」
「でもよぉ……あれ、やばくないか?」
ごとりと音を立てて、ヴァンパイアが地面に転がった。ヴァンパイアは死んでいた。
「おい……」
「幻術じゃない!?」
死んだヴァンパイアの向こうに女の子が立っていた。長い髪をおさげにした年端もいかない女の子だ。暗い顔で、薄汚れた病衣のようなものを着ている。女の子はぞっとするような冷たい目を二体のヴァンパイアに向けた。
女の子は死んだヴァンパイアをまたいで、二体の方にゆっくりと近づいてきた。同時に、二体の足元からイバラが伸びて、するすると体に絡みついていく。
イバラはヴァンパイア達をぎりぎりと締め上げた。
「うわあ、何だこれっ!」
「う、動けねえっ!」
女の子が大口を開けた。
口の中に二本の牙が見えた。
「ひっ」
「ははは、悪いな。アンタッチャブルは俺じゃない……」
陸は力なく笑った。
陸は壁にもたれて座り、二体のヴァンパイアが生気を吸われる様子を眺めていた。女の子が生気を吸うごとに陸の体も少し楽になった。二体は恐怖の表情で息絶えた。
生気を吸い終えると、女の子が陸の前に立った。女の子は無表情で陸を見下ろした。
「……大丈夫だ。少し休めば動けるようになる」
女の子は消えた。
陸は夜空を見上げた。灯りの少ない田舎の夜空は、星がよく見えた。
「……さてと、何とか生き残らなきゃな」
陸の耳に近づいてくる別の足音が聞こえてきた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
陸と鉤爪の話はここで一区切りです。
次からは咲たち吸血部隊の話に入ります。
次回は2/21(水)投稿予定です。