暴虐
鉤爪が前に立っていた傀儡の隊員の肩をつかみ、横に振り払った。
隊員は吹っ飛び、鉄柵にぶつかって動かなくなった。
盾がいなくなった鉤爪に向けて一斉射撃がなされた。
「やめろっ!殺すなっ!」
笹島が叫んだ。
鉤爪が消えた。と思う間もなく、盾を構えた隊員達の背後に現れた。
「うしろだぁっ!」
誰かが叫んだ。
鉤爪が爪をふるった。巻き込まれた隊員達の半身が消し飛び、引き裂かれた血肉が宙を舞った。
「ぎゃあぁあああ!」
「うわあぁぁあ!」
「ひぃいいいいいいっ!」
隊員達はあっという間に総崩れになった。
「あはははははっ!想像以上だ!」
陸は歓声を上げた。
焦った隊員が鉤爪に向けて発砲した。鉤爪の姿が消えた。
「ぐあっ」
弾はその先にいた隊員に当たった。
「ああっ!」
発砲した隊員が悲痛な声を上げた。その目の前に鉤爪が現れた。
「ひいっ」
鉤爪が爪を振り下ろした。隊員の左半身が消し飛んだ。残された右手が引き金を引いて、銃弾があらぬ方向に飛んだ。
「こんな化け物と戦えるか!」
恐怖に駆られた隊員が逃げ出そうとした。その行く手を鉤爪が塞いだ。
「げえっ!」
「逃げるな。戦え」
鉤爪は隊員の頭を鷲掴みにし、そのまま握りつぶした。
鉤爪が爪をふるうたびに隊員達が肉片に変わった。隊員達は銃で抵抗するものの、とにかく当たらない。鉤爪の動きが早すぎるのだ。逆に、銃を撃てば撃つほど、仲間の隊員を傷つける結果となった。
鉤爪は隊員達の間を縦横無尽に動き回り、引き裂き、噛みつき、喰いちぎった。
隊員達は完全にパニックに陥った。
事態を呆然と見守っていた溝口は、はっと我に返った。
「中隊長……」
指示を仰ごうと溝口が笹島に目を向けると、笹島は座り込んで、ぶつぶつと独り言を呟いていた。溝口が初めて見る姿だった。普段は沈着冷静、どのような状況にあっても合理的な判断を下す笹島の姿が今は見る影もなかった。
鉤爪は鬱憤を晴らすかのように暴力を楽しんでいた。隊員達は健気にも必死に盾で鉤爪を押し止めようとしていたが、鉤爪は盾ごと隊員達を打ち倒していた。
「何をやってる?部下がやられてるんだぞ!」
溝口は自らの頬を強く張った。
いくら笹島の命令とはいえ、あの鉤爪を捕獲するなんて甘いことを考えるべきではなかったのだ。最初から殺す気でいくべきだった。そのせいで、部下に死傷者を出してしまった、と溝口は悔やんだ。
「落ち着けえぇぇぇぇぇ!」
溝口は腹の底から声を発した。
「盾を構えて円を作れっ!化け物を中に入れるなっ!訓練通りやれっ!」
隊員達は慌てて盾を構えて素早く円を作った。
「こんな化け物を町の中に入れるつもりか?逃げ出してどうする?我々がここで止めるんだ!死力を尽くせ!」
溝口は叫んだ。隊員達だけでなく、自らを鼓舞する声だった。
溝口はバッテリーパックを担ぎ、愛用の槌矛を手に取った。
槌矛は頭部にスパイク付の鉄球を取り付けた打撃用の武器で、捕獲を目的とする刺又とは違い、完全な殺傷用だ。
溝口は槌矛のスイッチを入れた。最大出力である。放電音を立てて、槌矛にスパークが走った。
溝口は鉤爪の前に立つと、腰を落として槌矛を脇に構えた。
「おい、よせ。殺すな……」
笹島がよろよろと立ち上がったが、溝口は笹島を無視した。
「ほう、人間にしてはなかなか」
溝口はじりじりと鉤爪との距離をつめた。
「逃げるんなら今のうちだぞ」
溝口はにやりと笑って鉤爪を挑発した。
鉤爪は嬉しそうに口角を上げた。
「面白い。相手してやる」
鉤爪はつかんでいた隊員を放り捨て、溝口に正対した。
溝口と鉤爪の視線が交差した。
裂帛の気合と共に、溝口が渾身の一撃を繰り出した。溝口という男を象徴するかのような気合の入った飾り気のない一撃だった。笹島隊が危機に陥った時、溝口はいつもこの一撃で局面をひっくり返してきた。隊員達の期待を背負った一撃だった。
だが、鉤爪には、それがひどく遅く感じられた。
「……気概は立派だが、所詮は人間だな」
鉤爪は残念そうに言うと、貫手で溝口の心臓を貫いた。
場が絶望に染まった。
鉤爪はだらりと力を失った溝口を持ち上げ、喉を切り裂いた。血が噴き出した。鉤爪はそれを美味そうに飲んだ。
血を飲み干すと、鉤爪は溝口の死体をそっと床に寝かせた。
「この男に免じてここは退いてやる。この男に感謝するんだな」
沈黙した隊員達に向かって、鉤爪は言い放った。
鉤爪は陸の姿を探したが、陸は消えていた。今の騒ぎの間に逃げ出したようだ。
それにしても、と鉤爪は思った。
(あいつの術を受けている間、嫌な気持ちはしなかったな。まるで昔から知っているような感じだった)
鉤爪は血だまりの一つに歩いていくと、その血を指ですくって舐めた。陸の血だ。
「そうか。あいつが陸か……」
鉤爪は急速に力が抜けていくのを感じた。力を開放した反動が来たのだ。鉤爪の姿が元に戻っていく。
銃声が響いた。
鉤爪は弾丸を軽くよけた。
撃ったのは笹島だった。構えた銃口から煙が上がっていた。
「まだ向かってくる奴がいたか」
「屍食鬼はどこだ?」
拳銃を構えたまま、笹島が叫んた。笹島の体はガタガタ震えていた。
「親父?」
鉤爪は笹島の顔をまじまじと見た。
「お前、どこかで見たことがあるな」
「屍食鬼はどこだ?」
笹島はもう一度叫んだ。
鉤爪は記憶を探った。確かに見たことがある顔だったが、どこで会ったのか思い出すことができなかった。
「おそらくは復讐ってところだろうが……」
急激な眠気が鉤爪を襲ってきた。鉤爪は考えるのが面倒になった。
鉤爪は笹島に背を向けた。
「じゃあな」
「待て」
鉤爪は笹島に応えることなく、屋上から飛び降りて夜の町に姿を消した。
「畜生っ!」
笹島は両手を床に打ちつけた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は2/17(土)投稿予定です。