復活
機動隊員達が鉤爪が隠れている出入り口を取り囲んだ。
皆、ヴァンパイア制圧用の盾と刺又を装備している。盾は体を覆い隠すほど大きく、刺又は二メートルを超す長いものだ。刺又の刀身はV字型で高圧電流が流れる仕組みになっており、柄の末端から伸びるケーブルが背中に背負ったバッテリーパックにつながっている。
そろそろ麻痺弾で鉤爪が動けなくなっている時間である。
隊員の一人が盾を構えて入口からライトで中を照らした。
直後、鉤爪が入り口から飛び出し、隊員を殴り飛ばした。隊員は仲間のところまで弾き飛ばされ、気を失った。
「まだ動けるのか!?」
「薬が効いているはずだが……」
機動隊員達はどよめいた。
「死ねっ!」
鉤爪がさらに別の隊員に飛び掛かった。
「うわっ!」
隊員は思わず盾に身を隠した。
しかし、そこまでだった。鉤爪は膝から崩れ落ち、床に手をついた。麻痺薬が効いているのだ。体がいうことをきかない。
「……ふう、驚かせやがって……」
隊員達は安堵した。
「おい、念のためだ。もう二、三発撃ち込んどけ」
倒れこんだ鉤爪に、さらに追加の麻痺弾が撃ち込まれた。
陸は誰かに頬を撫でられたような気がした。
陸は目を覚ました。
顔を上げると、鉤爪が機動隊員達に取り押さえられているところだった。刺又で首を押さえつけられ、後ろ手をロープで縛られている。
陸のすぐ傍には見張りの隊員が一人立っていたが、鉤爪が取り押さえれる様子を見ていて、陸が目を覚ましたことに気がついていない。
陸はすぐさま幻術で隊員を傀儡に変えた。ヴァンパイアを相手にするのと違い、無防備に近い人間は楽なものだ。
しかし、これ以上術を使い続けるのは厳しい。幻術を使うには生気が必要だが、鉤爪との戦いに使いすぎて、陸の生気は枯渇寸前だ。幸い脳の損傷は免れたが、頭部に銃弾まで受けた。しかも、各地に散っていた笹島隊の隊員達は続々と市役所に集結し、階段を使って屋上に上がってきていた。ここを脱出するには、到底生気が足りそうもない。
陸は鉤爪に目を向けた。
(あいつを使うしかないか……)
陸はよろよろと立ち上がった。
「おい、あいつまだ生きてるぞ!」
ホテルのベランダにいた機動隊員が陸に気がついた。
「早くとどめを刺せ!」
狙撃手は慌ててライフルを構えて、陸に狙いをつけた。
陸の瞳が黄金色に煌めいた。
狙撃手はがくがくと痙攣を起こし、仰向けに倒れた。
「どうした?大丈夫か?」
うしろにいた隊員が狙撃手に駆け寄った。
狙撃手は悲鳴を上げて、隊員に向けてライフルを発砲した。弾丸は隊員の顔面をぶち抜いた。顔に穴をあけた隊員は後ろに二歩歩いて仰向けに倒れた。
錯乱した狙撃手はライフルを捨てて拳銃を抜くと、大声で何事かを喚きながら、隣で愕然としていた隊員に銃を向けた。
「うわっ、やめろっ!」
隊員が両手で顔を隠した。狙撃手が引き金を引いた。隊員の手のひらが半壊し、左目の下に穴が空いた。隊員は壁にもたれるようにして崩れ落ちた。
部屋で撃ち合いが始まった。
突然の発砲音に屋上にいた機動隊員達の動きが止まった。
「何だ?」
「何が起きたんだ?」
ホテルの部屋では銃声が鳴り響き、フラッシュをたいたように光が明滅していた。
「ぎゃっ!」
「がっ!」
「あがっ!」
鉤爪を取り押さえていた隊員達を突然の銃撃が襲った。陸が傀儡とした隊員がサブマシンガンを乱射したのだ。
「貴様ぁー!気が狂ったのか!ぐわっ」
隊をまとめていた小隊長が前に出てきたが、隊員は躊躇いなく小隊長を撃ち殺した。
残された隊員達は慌てて盾を固めて集合し、防御態勢をとった。
陸は傀儡を操り、威嚇射撃をさせながら鉤爪の元に走らせた。陸はその陰に隠れて、鉤爪の所にたどり着いた。
流血と生気の使い過ぎで、頭がふらふらした。鉤爪の傍には撃たれた隊員が倒れて呻いていたが、陸は傀儡に命じて全て撃ち殺させた。
鉤爪は意識ははっきりしていたが、身動きが取れなくなっていた。
防御態勢をとっている隊員達は、仲間を撃つこともできず、歯噛みしながらその様子を見ていた。
「おい、あんた。ここは協力しろ。脱出するぞ」
陸は鉤爪に声をかけた。
「ダ……メだ……体……が……動か……ねえ」
鉤爪はろれつの回らない返事を返した。
見ると、鉤爪の体に数本の注射器が突き刺さっていた。陸は乱暴に注射器を引き抜いた。
「ちぃっ、麻酔の類か……」
注射器の中には液体が入っていたようだが、全て空になっていた。
「くそっ、仕方ない」
別に懸念があることもあり、これ以上生気を使うことは躊躇われたが、今は他に方法がない。
陸は鉤爪の拘束を解いた。
「いいか、今からあんたに五分間だけ時間をやる。その間に何とかしろ。術をかけるから抵抗するな。受け入れろ」
鉤爪はうなずいた。
陸の術は生気を使って対象の脳に干渉する。
この技術は応用が利く。幻術はその一つだ。脳が認識する現実を、現実世界と切り離し、別のものと差し替えるのだ。それは対象が認識している現実世界の全てだったり、一部だったりと融通がきく。当然ながら、置き換える現実が大きいほど負担も大きくなる。
鉤爪との戦いでは現実のほとんどを置き換えた。ただでさえ術をかけるのが難しい実力者の認識をほとんど全て置き換えたのだ。その負担は半端なものではなかった。だが、今回は本人の了承のもとで別の術を使う。
脳は普段、自分の力にリミッターをかけている。肉体を守るためだ。限界まで力を使うと、筋肉や骨がその負担に耐えられず壊れてしまう。ヴァンパイアも人間もこれは変わらない。そのリミッターを外す。
陸は鉤爪の頭に手を当てた。それから鉤爪のリミッターを一つ一つ外していった。
陸のことを信用したのか、鉤爪は抵抗しなかった。陸を受け入れた鉤爪の操作は、驚くほどやりやすかった。まるで歩きなれた庭を散歩するようかのようだ。これならうまくいく、と陸は口角を上げた。
陸は手際よく手順を一つ一つ進めた。リミッターを一つ外すごとに鉤爪の生気が増大し、肉体が活性化していった。鉤爪の体内の麻痺薬が急速に分解されていく。
「おい、なんかやべぇぞ」
「どうすんだよ、あれ」
「そんなこといっても……」
屋上で固まっている隊員達は、次第に圧力を増していく鉤爪の様子に慄いていた。しかし、二体のヴァンパイアの前には、守護者よろしく仲間の隊員が盾とサブマシンガンを構えて隊員達を威嚇している。人質が犯人を守っているようなものだ。隊員達は手を出すに出せなかった。
「貴様ら!何をやっているんだ!」
笹島の怒声が飛んだ。
ようやく屋上に到着したのだ。本当はすぐにでも駆けつけたかったのだが、ホテルを出ようとした所で支配人に捕まり、宿泊客への説明を求められ、足止めを食らったのだった。
「それが、その……」
鉤爪が立ち上がった。
たくましかった筋肉は一層膨れ上がり、顔は獣のように変貌していた。自慢の爪は歪に長く伸び、禍々しいまでの凶悪さを放っている。隊員達の背筋が凍りついた。
鉤爪が野獣のような咆哮を上げた。
笹島隊にとって、悪夢の五分間の始まりだった。
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次回は2/14(水)投稿予定です。