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祖父の双子の球 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君の家に、使わなくなった部屋はあるだろうか?

 一人暮らしとか、限られたスペースで過ごす場合は、そう部屋を遊ばせておくこともないだろう。

 けれどこれが実家の場合、父母がいるだけで三人。兄妹や祖父母がいるなら、もっと人数が多い。必然、使われる部屋の数も多くなり、家も広くなるだろう。

 そして考えたくはないけれど……やがて使われない部屋が出てきてしまう。理由は様々だけど、多くは二度と持ち主が戻ってこないケースだと思うんだ。


 自分の部屋は、あるいは自分の身体の一部。

 自分しか把握していたくない物が、往々にして転がっている。そのせいで、急な別れがあると、その詳細すら確認できないまま、置かれていくことになり、トラブルを招くおそれもある。

 僕の家のケースなんだけど、聞いてみないかい?



 僕がまだ幼いころ。家には祖父が使っていた部屋があった。

 祖父は自分が使える部屋を二つ持っている。ひとつは調べもの、書きものの類をするための書斎。

 もう一つはそれ以外の、個人的な趣味と休息のためのプライベートルーム。

 祖母や父母は部屋へ立ち入ることはなかったけれど、僕は入らせてもらっていた。孫だし、お目こぼしをもらっていたのかもしれない。


 部屋の中で真っ先に目が行くのが、暖炉の存在だ。

 レンガが積まれて作られた炉は、いまは火を燃やす役割の代わりに、本棚の加勢を頼まれているらしい。ジャンルも表紙も一定じゃない、雑多な本たちが山積みされている。文字通り「すそ野」を広げるような乱雑さでだ。

 その暖炉の上は、平たい棚になっている。祖父にとっての思い出の品らしく、若かりし頃の祖父母が並んでとったらしい写真があった。

 僕自ら、それらを手に取ることはない。人のものに勝手に触れるのはどうかと思っていたからだけど、そのうえで祖父がなお、僕に触れないよう注意を促してきた一品がある。



 棚の真ん中に、今日の年月日を表わす、ダイス式のカレンダーがある。その両脇におさまる、二つの玉がそれだ。

 のちに知る健身球に似ていた。2つまとめて手のひらへ握り込めてしまえそうな大きさ。

 濃淡入り混じる象牙色が、海の波か何かを思わせる曲線で、球の表面に幾段もの模様をもうけている。

 祖父は僕の目の前で、球を手の中で転がして見せるけれど、その前後は非常に厳格だった。

 わざわざ、部屋に備え付けてある霧吹きで、手をよく洗う。そして球の転がしを終えた後も、また同じように霧吹きでもって手を洗っていた。


「坊があれを触れるとしても、まだ早いな。せめてじいちゃんと同じくらいの歳になるまで待て。その時には、この霧吹きの中身についても教えんとな」



 そう話していた祖父は、それから8年後に亡くなった。

 書斎で書きものをしている途中、そのノートに突っ伏す形で息を引き取っていたんだ。

 僕は死に目にあうことができなかったけれど、家族が話すには、苦しんだ様子などみじんもない、穏やかな表情だったとか。



 そうして祖父の部屋は、掃除される運びになる。

 書斎も、その自室も。あの球のことを知る僕は、親たちにそれを話して、どうにか部屋をそのままにしておいてもらえないか、掛け合ったんだ。

 ただ親としても、弟が生まれたことで置くスペースを確保しなければいけないものが増えている事情がある。折衷案として、その球のことはそのままに、祖父の自室は物置部屋として扱われるようになったんだ。

 僕はその際、「蝿帳はいちょう」を新しく買ってきて、球とダイスカレンダーにかけていた。何かの拍子で、球が他のものに触れないようにするためにね。

 そのうえで、祖父の自室にどんどん物が置かれていく。差し当たっては、この先使う見込みがもはやないものばかり。ゆくゆくは、重要度の高いものも置かれていく心づもりだったとか。


 ――ん、どうして過去形なのかって。


 それがね、起こっちゃったんだよ。半年くらいしてさ。



 僕の使う部屋は、かの祖父の自室の隣側。

 その日は夜更けに地震があってね。身体は敏感で、本格的な揺れが来る少し前には、完全に目覚めていた。

 大地震、というほどじゃないけれど、棚から物が落ちるくらいの強さはある。

 にわかに球のことが心配になった僕は、揺れがおとなしくなるのを見計らい、物置部屋へ急行したんだ。


 それはほんのわずかな間だったけど、よく覚えている。

 祖父の部屋が、プラネタリウムのようになっていたんだ。天井や壁はおろか、足元さえも暗い空のようで、星がいくつも瞬いていた。

 はっと、目をこすったときには、いつもの部屋に戻っている。段ボール詰めされた荷物たちが、そこかしこで足の踏み場を侵す中、僕は件の球のもとへ。

 明かりをつけて確かめたそこには、ダイスカレンダーと一緒に、台の定位置を外れて蝿帳に寄りかかっている、二つの球があったんだ。



 消毒した祖父の手以外のものに触ってしまった。

 ことの重大さを裏付けるように、その時から毎日様子を見に来る僕を、部屋はあの全天周囲プラネタリウムで待ち受ける。

 昼間なら一瞬、夜中なら数秒。あの空間にいるだけで、僕は空恐ろしかった。いつ、部屋の床が抜けてしまって、この宇宙に投げ出されてしまうのだろう、と。

 水の中も、似たような理由で苦手だ。地上と違って、下から迫るものへも強い注意を払わなくてはいけないから。

 こんなことは、あの地震より前は一度もなかった。きっとあの球が祖父の手でない何かに触れたためだろうけど、それを何とかできそうな人はもういない。



 そしてある夜。僕は夢を見た。

 僕はあの押し入れ部屋の前、戸を開いて中を眺めている。

 部屋全体に広がる宇宙が、思っていた通りに形となったんだ。まず球とダイスカレンダーが浮き、続いて暖炉全体が。そして部屋の中の家具も段ボールたちも、そのまま星々の瞬く黒の間へ消えていってしまったんだ。

 目覚めた時にはもう朝になっていたけれど、隣の物置部屋付近は騒ぎになっていた。


 物置部屋への戸が消え去っていた。他の部分と変わらない壁になっていたんだよ。

 後日、業者の人に入ってもらって壁を崩してもらったけれど、部屋の中身はおろか、入り口の戸さえ、いくら削っても出てこなかったんだ。


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