初日 5
「せっかちな親父が悪い。言葉足らずなロクさんも悪い。だから両方悪い」
「あー、すまん」「すんませんでした」
中学2年生の少年に言われ、素直に謝る大の大人2人。
2人の叫び声に何事かとようやく現実へ帰ってきた三人が駆けつけて見たのは、肩で息をしている課長と悶絶してる俺と電池を拾ってリモコンに入れ直している小夜ちゃんだった。小夜ちゃん…。
その後お互いが自分の主張で言い合いになり、収拾がつかなくなったところで太一君の登場となる。加奈ちゃんに弱いと周りから思われてる課長だが実のところ、一番弱いのは加奈ちゃんや早苗さんじゃなくて太一君にだったりする。今まで何度も太一君が課長を言いくるめているシーンを見ているのだが、課長は一度も反論したりせず素直に受け入れて謝罪をする。だからと言って父親の威厳みたいなものが失われているわけでもない。多分、引っ込みがつかない時とかにきっかけを作るのが太一君の役目みたいな事なんだと思う。それを家族みんながわかってるからすごく仲がいい。
「さぁ、仕切りなおして小夜ちゃんをお祝いしましょ。ロクちゃんはビールでいいよね。せっかくだから私も今日は飲もうかしら。小夜ちゃんは何にする?オレンジジュースでいい?」
そう言いながら立ち上がってキッチンへ向かう早苗さん。
「あっ、自分で…」
「だーめ。小夜ちゃんは主役なんだから座ってて。加奈、ちょっとこれ運んで」
「はーい」
立ち上がろうとした小夜ちゃんだが、早苗さんに座っていろと言われ居心地悪そうに座る。その代わりその隣に居た加奈ちゃんがキッチンへ。
「にしても、彼女を作れ作れと今まで散々言ってきたが、いきなり娘が出来るなんてなぁ」
瓶ビールを手酌で注ぎ一気にあおる課長。確かに紹介してやるから彼女を作れと言われ続けてきた。この家でも職場でも。
「ええ、しつこかったですからね。耳にタコが出来てますよ」
本当にしつこかった。あまつさえお前が結婚するまでおちおち寝れやしねぇとか言い出す始末。じゃあ寝ないで下さい。と言ったら殴られた事がある。
「さぁ、それじゃあ始めましょうか」
みんなの飲み物を運び終えた早苗さんが座り、みんなで課長を見る。課長は頷いて、
「小夜ちゃん、少しばかり頼りないがこいつは良い奴だ。だけどこいつの良さはすぐにはわからないかもしれない」
小夜ちゃんが首をわずかに横に振った…気がする。
「俺たちはロクが好きだ。だから君もこいつの事を好きになってくれたら嬉しい」
よくも恥ずかしげもなく言えるもんだ。それに3人も頷いてるし。
「それにロクは俺たちの家族だ。だからロクの家族になった小夜ちゃんは俺たちの家族でもある。もちろん俺たちは小夜ちゃんを歓迎する」
みんな笑顔で小夜ちゃんを見つめる。そしてみんなで飲み物を掲げて、
「それじゃ、俺たちの新しい家族に、乾杯!」
「「「「「 かんぱーい! 」」」」」
やっぱり俺もこの家族が大好きだ。小夜ちゃんもみんなを好きになってくれると嬉しいな。
早速、加奈ちゃんが「小夜ちゃんどれがすきー?あたしイクラ食べるー。小夜ちゃんはー?」と小夜ちゃんに話しかけてる。そんな加奈ちゃんのアクティブさに戸惑いながらも「エンガワ…」とか、馴染んでるのが微笑ましい。つか、1発目からエンガワチョイスはどうなの!?
「おい、ロク。そいつは俺の中トロだ」
人が娘を見て幸せになってる時に邪魔しないで下さい。
「知りませんよ、そんなの。名前が書いてある訳じゃありませんし。ガリでも食べててください」
「うるせぇっ!」
俺の取り皿から中トロを奪って自分の口の中へ。ほとんど噛まずに飲み込みやがった。
「あっ!なにしてんですか!!返してくださいよ、ちょっと!」
「この中トロは俺のだ。俺が食って何が悪い!」
「ふざけないで下さい!じゃあ課長のそのサーモンは貰って行きます!」
「あってめー!」
課長の取り皿にあったサーモンを頂く。うぉ、油がのってて溶けてった。
「おい!ふざけんな!返せこのヤロウぉ!おいテメェ!!」
「いってぇ!ちょっと!課長が先に食べたんでしょ!」
この人はすぐに手が出る。簡単に引き下がるかよ、なめんな!課長ともみ合いになって…
「親父やめろって!」「うるさい」
太一君に止められる課長。小夜ちゃんに怒られる俺。
「すまん」「ごめん」
2人してショボーンってなる。それを見て盛大に笑う加奈ちゃん。いや、笑いすぎでしょ。
「ところで小夜ちゃんはいくつなの?」
あっありがとうございます。ビールを俺のグラスに注ぎながら早苗さんが小夜ちゃんに問いかける。
「10歳。5年生です」
「えー、小夜ちゃんあたしより年下ぁ?ぜんぜん見えないー」
うん、確か加奈ちゃんは6年生だったはず。まぁ小夜ちゃんは落ち着いて見えるからね。
「加奈の一つ下なのね。学校はいつから?」
早苗さんに向けていた視線を今度は俺に向けてくる。あぁそういえば話をしてなかったな。
「一応来週からにしようかと思ってます。まだ買い物とか部屋の準備を済ませてないので」
「ロクちゃん駄目じゃない!そういうのは真っ先にやらないと」
いえ、買い物に行こうとした矢先に強引にこの家に呼ばれたんです。まぁ片付ける事自体はお昼まで忘れてたんですがね。
「小夜ちゃん、明日はどこか行くの?用事がないなら一緒に行きましょ」
「いえ、早苗さん。そこまでしてもらわなくても」
「おい、ロク。お前、何を買わなきゃいけないかわかってんのか?どうせ本人に聞けばいいやなんて思ってんだろ?ばーか。そんなん女の事を男がわかるわけがねぇ、女に任せりゃいいんだよ。お前は黙って家の掃除でもしとけ」
確かに、課長の言う通りだ。俺が買い物に行っても何を買っていいかわからないし、俺と一緒だと欲しい物を言葉にしないだろう。なんせ部屋すらいらないと突っぱねた子だし。
「そうですね、それじゃお言葉に甘えさせていただきます」
「あたしも行くー」
「「「 だめ 」」」
3人が同時に加奈ちゃんに突っ込む。えーなんでー?ってふてくされて、
「じゃあ帰ってきてからロクちゃん家に遊びに行く」
「加奈は邪魔になるから行っちゃ駄目だよ」
「なんでー、あたしも掃除するもん」
「じゃあ、まずは自分の部屋を片付けてからだね」
「……あっ、あした約束があったんだ!」
白々しく上を向いて、しまったしまったと呟いてる。それを見て一斉にみんなが笑い出す。やっぱり明るい人たちだなぁ。
「さぁて加奈、小夜ちゃん。そろそろ上に行こうか。何して遊ぶ?」
と、太一君が2人を連れて2階へ。
「お茶はいる?」
「はい、頂きます」
早苗さんが簡単にテーブルを片付けてキッチンへ向かう。
課長と2人だけになり、無言の時間が流れる。課長はビールからウィスキーになって、さっきからちびちびやってる。ちょっとだけ重い空気が漂い始めて、おもむろに課長がこちらを見ないで、
「なぁ、ロク。お前いきなり娘なんて大丈夫なのか?そもそもどうして決めたんだ?」
真顔でグラスを回しながら聞いてくる。理由を聞かれても。初めてドアの向こうに見た小夜ちゃんの泣きそうな顔が浮かんでくる。
「…どうしてなんですかねぇ。多分、乗りと勢いです。雨の中に向かわせられます?あんな子を1人には出来ませんよ。それに親の保険金は手付かずですから……」
「まぁお前が決めたことだ、反対はしねぇよ。ただ、ここには俺たちがいる。なんかあったら頼って来い。むしろ頼られない方が俺たちは寂しいんだからな」
本当にありがたい。引き取る事を決めたときもやっぱりこの家族がいたから心配は少なかったのかもしれない。いざとなったら本気で頼らせてもらおう。
「えぇ、わかりました。きっと小夜ちゃんも課長の事、気に入ってくれてますよ。なんせここは・・・・・・居心地がいいですから」
「そうか・・・」
そこで早苗さんは「おまたせ」とロックアイスとグラスを持ってきた。
「まぁせっかくだ。ちょっとは付き合え」
「ええ、そうですね。たまには」
課長がグラスに注ぐ。ロックアイスがカランっと音を立てて姿勢を落ち着かせ、ゆっくりと馴染んでいく。指で氷をまわし、惰性で廻るのをしばらく眺めた後、グラスを傾け少しだけなめた。
なんだか今夜の酒はちょっとだけ・・・・・・温かい。
2つの長さの違う影が夜道を下っていく。気がつけば夜10時を廻ってしまっていたので、玄関先でみんなに見送られ帰宅の徒へとついた。ほろ酔い気分で、すごく気分がいい。風が気持ちいいなぁ。
「どうだった?」
「…うん」
坂を下りながら少し間が空く。
「加奈ちゃんがね……」
次の言葉を待つ。
「…羨ましがってた。ロクちゃんがお父さんでいいなぁって……」
「そっか」
そんなに慕われていたとは。うん、嬉しいな。
「みんないい人たちだったでしょ?」
隣で頷く。俺はみんなの顔を思い出しながら、
「早苗さんはやさしいし、太一君はしっかりしてるし、加奈ちゃんは元気だし、課長は……」
そこで一旦区切った。小夜ちゃんが不思議そうにこちらを見上げる。額の痛みがぶり返してきたな。ほんの少しだけ痛む額を押さえながら、
「あの人は……やっぱりいらねぇや」
小夜ちゃんが微かに笑う。
「……そう言えば、初めて笑ってくれたね。うん、笑ってる小夜ちゃんが一番いいよ」
小夜ちゃんはちょっと照れくさそうだった。
俺たちが親子になった日、そして小夜ちゃんがはじめて笑ってくれた日。ここからいっぱい、いっぱい、幸せな時間を作っていこう。空を見上げると雲ひとつ無い綺麗な、本当に綺麗な星空だった……。
寝勒「加奈ちゃん、数の子は何の子供か?」
加奈「かず!」
寝勒「ぶー、残念タラの子でした」
加奈「そうなんだぁー」
太一「ロクさんそれ違う!タラコ」
寝勒「!?。じゃあ鮭???」
小夜「それはイクラ…」