初日 4
車に乗り込んで帰宅中、市役所から家までは結構距離があり車で約1時間。高速に乗ると30分程。ちょっと大きい市に住んでるけど我が家はその郊外にある。
市の中心部は栄えており、大手デパートを筆頭にショップや飲食店がひしめき合って活気付いているが、その反対に東の郊外へ行くと山の手になるので高級住宅街が広がっており、それなりの人が住む地域となる。また市の外れには大学がいくつか建造されているので、1人暮らしの学生が住む街としても機能している。
その山の手の中腹にある高級マンションの一室が自分の借りている家となる。いや、正確には『借りさせられている』と言った方がいいかもしれない、ここら一帯の地主によって。もちろん俺の給料で到底払いきれる金額じゃないが、かなり激安で借りている。その地主の爺さんは昔から何かと面倒を見てくれている人で、初めは遠慮していたが「自分の目の届くところにいろ」という事で半ば強制的に今の家に引っ越すこととなった。当初は家賃も必要ないと言われていたが、さすがにそれでは申し訳が立たないので満額とはいかないまでも、なるべく自分が出せる金額を出そうと提案をした。しかしその提案は一刀両断され、その後の長時間にわたる交渉の結果、雀の涙ほどの家賃なら受け取ってもらえる事となった。この時周りの人から肉親以外に楯突ける『爺さんの鞘無し懐刀』の通り名がついたと笑われた。
ちなみに俺の耳までは聞こえてこないが、爺さんには黒い噂が絶えないらしい。
そして、その爺さんの孫に当たるのが会社の上司で課長になる。普段の生活でも色々と面倒を見てくれる人で、俺の家から坂を10分程歩いて上ったところに住んでいる事もあり、よくご相伴に預かっている。いやよく呼び出されている。しかし、美人で料理がとてつもなく上手い奥さんの早苗さんや、しっかり者で見た目も半端なくかっこいい息子の太一君、明るく活発で相当可愛い娘の加奈ちゃんが出迎えてくれる家は本当に居心地がいい、課長さえいなければ。
という訳で、帰りの車の中で簡単に課長家の説明する。隣の県から来てるから土地勘もないだろうし、週末は街案内をしてもいいかもしれないね。まずはどこがいいかなぁって考えてながら車を走らせていると家についた。駐車場に止めて、さぁて小夜ちゃんの部屋を片付けるぞっと気合を入れて横見れば天使の寝顔。そういえば今日は朝から気を張ってたのかもしれない。失敗したなぁ、もっと気付いてあげないと。父親ポイント減点5。それにしてもほんとに可愛い寝顔だなぁ。課長に自慢してやりたいよ。絶対に見せてやんないけど。まぁ片付けは明日もあるし、なんとかなるでしょ。このまま時間まで寝かせてあげようかね。
…………。
「ん、んー?」
「あっ起きた?」
「んー」
目を半分だけあけてどこを見るでも無しに正面を向いてぼさーってしてる。かと思いきや急に目を見開いて左右を確認する。俺はここにいるよー。
「おはよう。よく寝れた?一度家に戻ってゆっくりさせてあげたいんだけど、ごめんね。もう4時半過ぎたからそろそろ行かなきゃ」
「……ねちゃったぁ。ごめんなさい」
いえいえ、小夜ちゃんの寝顔を見れただけで十分です。でもまだ若干寝ぼけ気味?また瞼が半分ぐらい閉じてるよ。案外寝起きが悪いのかもしれない。小夜ちゃんはしばらく動かなかったが、あくびをした後、目を擦り頭も起きはじめたようだ。さぁて、寝起きで申し訳ないがそろそろ行こうか。
「大丈夫?」
頷いて返事をくれたので車から降りて課長宅へ向かう。
我が家から課長の家までは一本道を上ったところにある。にしても相変わらず家の周りは豪邸ばっかりだなぁ。どうして金持ちは丘の上に住みたがるんだろう。煙となんとかってやつ?って事は上に住んでる課長は馬鹿だな!…んな事は口が裂けても言えない。
とぼとぼと二人で坂を上るとお目当ての家が見えてきた。あぁ、駐車場に車が止まってるよ。あの人本当に帰ってきたんだ。真面目に働けよ、課長。休んだ俺が言えた義理じゃないけどさ。
門の脇のインターフォンを鳴らす。しばらくすると返事する声。これは早苗さんだな。草野ですと名乗ると
「あっロクちゃん。玄関空いてるわよ」
はーい。とインターフォンに返事をして門をくぐって玄関まで。小夜ちゃんを見ると普通に見つめ返す。あら、緊張とかしてないのね。肝が据わってるなぁ。という事で扉を開けて中に入る。
「ロクちゃんだぁーーーー…………?」
「?」
玄関で靴を脱ごうとしてるとこで加奈ちゃんが駆けて来た。けど、俺の後ろに小夜ちゃんを見つけて失速。声のトーンも下がってフェードアウト。
「あぁロクさん、いらっしゃい。って……」
「お邪魔するよ」
2階から階段で降りてくる途中で止まってしまった太一君
「いらしゃい。ごめんね、また急に呼び出しちゃったみたいで」
今度は早苗さんも奥から出てくる。
「いえ、とんでもない。突然お邪魔したいって言い出したのはこっちですから、むしろご迷惑をかけたかと。すみません」
「そんな事いいのに。ところでちょっと…いえ、大分若くない?」
「はい?」
「こんにちわ、はじめまして。小夜って言います」
横から丁寧にお辞儀をして挨拶をする小夜ちゃん。なぜかきょとんとする早苗さん。その横でぽかんとしてる加奈ちゃん。階段の途中でフリーズしてる太一君。あれ?なにこれ。すると奥から
「おーい!ロク!!!早くこっちに来い!!!!」
あぁ、課長が呼んでる。さぁ行きますか。3人とも早く正気に戻ってください。先に行きますよって小夜ちゃんと奥のリビングへ。
「おじゃましまーす」
「おう!」
中に入るとテーブルの上に出前のお寿司が。うに、あわび、大トロ、かに。ってかこれ特上じゃん!しかもサイドメニュ−的に、早苗さんの料理も並んでるし。小夜ちゃんを歓迎してくれるのはありがたいけど、ちょっとすごすぎるなぁ。恐縮しちゃうよ。んで、どかんと上座に座ってる課長はランニングに短パンで既にビールを飲んでた。あんた、仕事をさぼって何してんのよ。
俺の後にいた小夜ちゃんがひょこっと脇にでて、
「はじめまして、小夜です」
今度も礼儀正しくお辞儀をする。前々から思ってたけどこう言う時にちゃんと挨拶が出来るなんて、お父さんは鼻が高いよ。んで、課長を見ると、あれ?プルプル震えてる。
「課長どうしました?」
「おい、ロク。おまえなぁ…」
ちょっと、どうしたんですか?声にドスが聞いてますけど。そして課長の右手が手元にあったテレビのリモコンを鷲づかみにしたかと思った瞬間、振りかぶって、
「犯罪じゃねぇか!!!!!」
「いってぇ!!!!!」
俺の額にクリーンヒット。さすが草野球のエースピッチャー、ナイスピー。なして!?って言い返そうとするけど残念ながら危険球で退場です、もちろん俺が。
課長「おい、俺の名前は?」
寝勒「決まってません。今決めます」
課長「強そうなので頼む」
寝勒「KA☆CHOでどうですか?」
課長「どたわけがっ!!」
寝勒「いってぇよ!!イチジクいてぇって!!」
小夜「下品。最低…」