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長夢。  作者: 緑ノ小石
25/29

1年目 お盆3

「あ、あのね、僕・・・」

 見上げると逆光で眩しい中、やさしく見守るように微笑んでくれてる気がする。

「ずっと、ずっと言いたかったんだ!あ、あのね・・・」

 俺はずっと言えずに後悔していた事をやっと口にしようとする。

「あ、ありがとう・・・お、お、お・・・」

 もうちょっと、もうちょっとで言える。

「・・・お、お、えっ!?ちょっと待ってよ!ねぇってば!!」

 やさしく微笑んでくれていたのだが急に寂しそうな表情で振り返り、俺に背中を向けて歩き出した。

「僕、まだ言ってないよ!ねぇ!」

 一度もこちらを振り向かずに光の中へ。

「だめだよ!行かないでよ!お・・・お・・・」

 いやだ!一人にしないで!俺はまだ言ってない!!


「お、おかあさん!!」



 体が落ちる感覚に驚いて目が覚める。ここは?まわりを見渡すと、白いカーテンが風に揺られて、白い小さなテーブルに汗をかいたグラス、そして・・・

「・・・起きた?」

 ベッドに寝ている小夜ちゃんが心配そうに俺を見ていた。あぁ、小夜ちゃんの部屋か。

「うん、寝ちゃってたみたいだねぇ」

 確か昨日から小夜ちゃんが熱を出して、それで看病をしてて・・・ベッドの脇で寝てしまったようだな。

「・・・すごい汗。これ」

「あぁ、ありがと」

 小夜ちゃんが枕元にあったタオルを渡してくれる。寝汗をかいたみたいで、体中に汗が吹き出ていた。まぁこんな夏真っ盛りに昼寝をすれば汗もかくわな。

「苦しそうだったけど・・・」

 顔の汗を拭きながらゆっくりと思い出す。久々に見たな、最近は見てなかったのに、嫌な夢だ。死んだ母親の夢を見てうなされていたなんて口が裂けても言えた話じゃない、恥ずかしい。

「たぶん、暑かったからだね。それより小夜ちゃんはどう?熱は?」

「・・・うん」

 体温計を渡してくれる。表示を見れば"37.9度"

「だいぶ良くなったね。体の調子はどう?」

「・・・大丈夫」

 昨日の夜中に体温が上がりきったらしく、40度ちょっとの熱と共に汗を大量にかきはじめて熱を下げようとしていた。さすがに夜中は苦しそうにしていたが、今朝からは落ち着き始めて、少しだけだがお粥を口にし再び眠りについていた。

「さてと、喉渇いたでしょ。飲み物を持ってくるよ」

 俺の喉が渇いているからだけど。腰を上げて小さなテーブルにのっている土鍋やグラスを持って台所へと向かう。

 お湯を沸かし冷蔵庫にあったスポーツ飲料の残りを一気に飲み干して一息つく。さすがに昨日は寝ていないとは言えこんなくそ暑い中で昼寝するもんじゃないな。そのせいで嫌な夢を見る破目になる。それにしても懐かしい夢を見たな、もう思い出すことはないと思っていたんだが・・・。

 蝉の大合唱と共にベランダでチリンチリンと風鈴の涼しい音が聞こえてきた、いい風が吹いてきたな。家中の窓という窓が開いていて風が我が家を寄り道して出て行く。こんな風が吹いていれば小夜ちゃんも寝やすいだろう。暖めておいたティーポットに茶葉を入れ、沸騰したお湯を注ぐ。残ったお湯でガムシロップを作り小さなピッチャーに入れ、大き目のグラスに牛乳を注ぎ、空のマグカップも載せる。こんな暑い日だから冷たい飲み物が欲しいと思うけど、風邪を引いているからしょうがない。

 トレーに一式を載せて再び小夜ちゃんの部屋へ。開いている扉をノックして中に入ると体を起こして壁にもたれ掛かっていた。

「お待たせ、だけどもうちょっとだけ待っててね」

 小夜ちゃんは軽く頷いて窓の外を眺める。さてと、トレーをテーブルにおいてミルクティーを作る。牛乳は冷たいままだから丁度良い温度になるはず。少し甘めにっと。

「はい、お待たせ」

「・・・ありがとう」

 窓の外を見ていた小夜ちゃんがマグカップを受け取って、鼻を近づけまずは香りを楽しみ、口をつける。

「おいしい・・・」

 そりゃ、結構。

「でも、冷たいのがいい」

 だろうね。けど、

「急に冷たいの物を飲むと胃腸に負担がかかるから。今はそれで我慢してね」

「・・・・・・暑い」

 カップに顔を向けたまま目線だけこちらを向けて上目使いに訴える。いや、そんな顔されても、ねぇ。あっそうだ、

「昨日、早苗さんが持って来てくれたプリンがあるけど食べる?」

 一瞬目が大きく開き力強く頷く。これは珍しい反応だなぁ、目が輝いてるよ。

「わかったよ。持ってくるからそれを飲み干しちゃってね」

 気休め程度だけど牛乳が胃腸に膜を張ってくれるだろうから少しぐらい冷たい物も大丈夫かな。腰を上げてキッチンへ向かい、プリンを取り出す。昨日早苗さんと加奈ちゃんとで3つ食べたから残りは3つ。これは全部小夜ちゃんの分、今日明日はまともな食事が出来ないだろうからね。

 プリンを持って部屋に戻ると言いつけ通りミルクティーを飲み終えていた。もともと人肌ぐらいの温度だったし、喉も渇いていただろうからね。でも喉が乾いたときに牛乳ってちょっと可哀想だったかな。この暑さの中、汗をかいて体がベトベトしてるし気持ちが悪くなりそうだよな。

「はい、どうぞ。冷えてるから少しずつね」

 カップのふたを外してスプーンに1口分をすくい小夜ちゃんの口元へ運ぶ。

「・・・自分でやるから」

 なんて断わられるけど、、

「あっ、こら!落ちちゃうから早く!」

 困ったような恥ずかしがっているような複雑な表情をしながらも口を開けてくれて、そこへスプーンを運び入れる。どうせ嫌がられるだろうと思ったから強硬手段に出てみた。まぁ成功って事でいいよね。

「んー!」

 目を閉じて声にならない様子で、満足そうに若干頬が緩む。冷たいものをようやく口に出来たから余計に嬉しいんだろうな。その後もゆっくり少しずつプリンを食べさせて半分ぐらいまで行ったところで、

「・・・もういい」

 と満足した様子。

「ん?もういらないの?」

 軽く頷く。おっ!これはすごく嬉しい!なんとなく無理してでも全部食べようとするかと思ってたけど、半分でいいって事は気を使わずに自分に素直になった結果って事だよな。

「そう、なら残りは冷蔵庫に閉まっておくね」

 プリンを運ぼうと思ったけど、その前にもう一杯分のミルクティーも作ってしまおう。このまま置いておけば常温になって少しぐらいはマシになるだろうし。

 再び横になって貰いもう一汗かいてもらうとして、その間にプリンを冷蔵庫へ運び、ミルクティーのマグカップ以外を洗って片付けて再び小夜ちゃんの部屋へ戻る。さてと、時計を見ると4時過ぎたところだな。

「小夜ちゃん、食欲はある?」

 そろそろ買い物に行かないとね。

「・・・あんまり食べたくないかも」

 そうかぁ、どうしようかなぁ、

「それじゃ、作るだけ作るから食べれるなら少しでも食べようね」

 今朝もそれで2口3口ぐらいしか食べなかったけど、まったく食べないよりか良いと思うし、それに残りは俺のご飯になるんだし。しぶしぶだけど小夜ちゃんも頷いてくれて、さぁて何にしようかなぁ。ただのお粥ってのは味気ないし、雑炊を作ってもいいんだけど、ここは、

「ミルク粥なんてどう?」

「ミルク・・・がゆ?」

 首をかしげて不思議そうにしてる。あれ?知らないのかな?

「うん、ミルク粥。お粥を牛乳で作るんだけど、どう?」

 眉間に皺を寄せて考え事をしている。どんな感じになるのか想像してるのかな?

「・・・うん」

 なんか納得がいかない様子で疑いながら返事をする。

「そんなまずいものじゃ無いと思う。自分でも何度か作ってるからさ」

 俺の味覚がおかしくなければ、だけど。

「う、うん・・・」

 疑っているのか一瞬どもったし。何?俺が信用出来ないって事ですか?結構おいしいのになぁ。まぁいいや、一度食べてみて口に合わなければ雑炊でも作るとするか。

「それじゃ、買い物に行ってくるよ。その間、小夜ちゃんはもう一眠りぐらいしておいてね」

「・・・うん」

 布団を掛けなおしてあげて、部屋から出ようとする。お願いだからそんな寂しそうな顔をしないでよ。なんか悪い気がするじゃん。キッチンへ行きお米を炊いて冷蔵庫の中身を確認する。牛乳は残り少ないから買ってくるとして、後は・・・まぁ出たとこ勝負でいいか。自分の部屋で財布と家と車の鍵を無造作にポケットへ入れて、家を出ようとする前にもう一度小夜ちゃんの部屋を覗き、

「じゃあ行ってくるね。すぐに帰ってくるからさ、少しだけ我慢しててね」

 多少は気を張り始めたのか小さく手を振って見送ってくれる。でも寂しそうな顔は隠しきれてないから。よし、じゃあ急いで帰ってくるか。

 家を出ようと扉を開けると、

「きゃっ!」

「うおっ!」

 なんの気にもせずいつも通り扉を開けると玄関先に人が立っていて、半端なく驚いてしまった。あれだよ、普通は人がいないものとしているから無警戒でびっくりするんだよ。お化け屋敷とは別の原理だよ。それにしても、どこかで見た事ある人だなぁ・・・って、進藤さん!?

「びっくりした、いきなり出てこないで下さいよ」

 胸元に手をやり、深く息を吐いて落ち着きを取り戻そうとしている。

「いや、驚いたのはこっちも一緒だから。って、どうしたの?」

 すると、持っていた小さなカゴを胸元まで持ち上げて、

「お見舞いに来ました。小夜ちゃんが風邪をひいたって聞いたものですから」

 そうかぁ、ありがたいねぇ。って、え?

「わざわざありがと、だけど誰から聞いたの?課長??」

 まだ早苗さんにしか連絡してないから進藤さんが知るとしたら課長しかいないんだけど、こんな盆休みに課長と連絡とったのか?

「いえ、本人ですよ。聞いてませんか?」

 本人?ってえーと、小夜ちゃん?何を聞いてないの?少しだけ考えていると、

「実は小夜ちゃんとはメル友なんですよ」

 ほうほう、へー・・・え?

「そうなの?知らなかった・・・。あっ、ごめん、中にどうぞ」

 玄関先で立ち話をしていたのに気がついて家の中に招く。駄目だねぇ、こういう時にすぐに気が付かないと。

「でも、草野さんはどこかに行かれるところでは・・・」

 玄関の扉を大きく開いて進藤さんを招く、

「うん、夕飯の買い物にね。でも小夜ちゃんが一人で暇してるだろうし相手してあげてよ。すぐに戻ってくるつもりだしさ」

 ささ、どうぞどうぞって上がってもらい、すぐ隣の開いているドアをノックする。今更ノックしても玄関での会話はまる聞こえなんだけど、一応ね。

 中を覗くとカーディガンを肩にかけ、体を起こして準備万端のご様子。

「進藤さんがお見舞いに来てくれたよ」

 俺の後に進藤さんが小夜ちゃんの部屋に入ってくる。

「こんにちは、調子はどう?」

 小夜ちゃんの机からイスを持ってきて、ベッド脇に座ってもらう。さてと、買い物に行こうかな。

「草野さんちょっと待って下さい。これ」

 あぁはいはい、忘れてた。部屋から出かけていた体を捻り、進藤さんが持ってきたカゴを受け取る。目の前で失礼ながら中身を見ると、

「おおっ!小夜ちゃん桃だよ。今いる?剥いてこようか?」

「ううん、後にする」

「そう、なら冷蔵庫に入れておくね。それじゃ買い物に行ってくるよ。進藤さん、後よろしくね」

 進藤さんの返事を聞いてから家を出る。それにしても小夜ちゃんと進藤さんが連絡を取っていたなんて全然知らなかったなぁ、なんとなくほんの少しだけ嫉妬が・・・。いや良い事なんだけどね、相手も進藤さんなら安心だし。

 よし、それじゃ気を取り直して買い物買い物っと。はやく元気になってもらわないとね。と言う事でいつものスーパーへ。お盆なのに営業中って一昔前は考えられないよなぁ。今じゃ元日でも営業してる店が多い。なんとなく季節感が無くなって来たみたいで少し寂しいよね。正月は店も閉まっちゃって、遊ぼうにも遊ぶ友達がいなくて、せっかく貰ったお年玉もあれこれ何を買おうか前もって計画をしてるんだけど店が開いてなくて三ヶ日はお預けってのが定番だったのになぁ。

 みんな帰省中だから人が少ないと思ってたスーパーも普通の家族連れが結構いる。お盆だから田舎に帰省するってのも無くなって来たのかな?テレビでは毎年のように帰省ラッシュを伝えるニュースが流れるけど、こんなに人がいるって事は帰ってない人も多いのかも。まぁ帰省する田舎が無い人なのかもしれないな、俺みたいに。

 さて、いつも通り野菜コーナーから攻めて行く。とは言え、このあたりはスルーします、肉とか魚はまだ早いからね。低温殺菌の牛乳やヨーグルト、赤い卵と後はチーズだな。チーズはどれにしようかなぁ、ちょっと奮発してチェダーとゴーダにしよっと。明日は明日の風が吹くって事で、取り敢えずは今日の分と明日の朝用でいいな。こんな買い方したって小夜ちゃんが聞いたら怒るだろうなと思い1人クスクスと笑ってしまう。そして今の俺は周りから見れば変人だなぁってまたクスクス。

 さっさとレジを通って家に帰る。駐車場に車を停めてエレベータを待とうと思ったけどまだ上の方にいるみたいで時間がかかりそうだから階段で3階へ。家の前について鍵を取り出して開けようとすると、小夜ちゃんの部屋の窓が開いていて2人の話し声が聞こえてくる。

「気にする事ないのに、そんな事」

「でも・・・・・・やっぱりイヤです」

「そう、でも絶対大丈夫よ」

「・・・・・・」

 いや、立ち聞きは良くない。俺はここにいなかった、俺は無いも聞いてない。何を気にしてイヤで大丈夫なのか、俺の何が嫌なのか非常に、すごーく気になるところだけど聞こえてきませんでしたよ、はい。

 大げさに音を立てて鍵を開け、

「ただいまー!いやぁ暑いねぇ」

 とわざとらしく家に入って突然会話を断ち切ってもいけないのでそのままキッチンへ。買ってきた物を冷蔵庫へ入れてそろそろ小夜ちゃんの部屋へ行こうと振り返ると、進藤さんが小夜ちゃんの部屋からこちらに向かって来るところだった。

「草野さん、私そろそろ帰ります」

「えっもう?もうちょっとゆっくりしていってよ。今からコーヒーでも淹れるからさ」

 せっかく来て貰ったのにお構いなしでは申し訳ない。

「草野さんのコーヒーには惹かれますけど、残念ながら急に妹が来る事になりまして迎えに行かないといけないものですから」

「そっか、それならしょうがないね。あっ、ごめんね。俺が帰ってくるまで足止めしちゃったみたいで」

 しまった、後の予定も聞かずにお願いして出て行っちゃったからなぁ。反省。だけど、進藤さんは慌てて手を小刻みに振り、

「いえ、大丈夫です。こちらに伺った時には予定は入っていませんでしたから気にしないで下さい。連絡もせずに突然こちらに向かって来る妹が悪いんですよ。少しぐらい待たせてお灸を据えないといけませんね」

 と言いながら玄関へ向かう。

「じゃあ駅まで送っていくよ。電車でしょ?」

 確か進藤さんは車を持ってなかったはず。本当なら妹さんを迎えに行くのも手伝ってあげたいところなんだけどさ。

「はい、電車ですがここで良いですよ」

 ミュールを履いて玄関先で振り返りって申し入れを辞退される。

「でも、そんなの悪いよ」

「何を言ってるんですか草野さん。そんな時間があるなら小夜ちゃんの看病をして下さいよ」

 なんて小さく笑われる。

「あぁ、そうだね。言われる通りだ。でも本当にごめん、また来て今度はゆっくりしていってよ。今度は腕に縒りをかけたコーヒーをご馳走させてね」

「えぇ、楽しみにしています。それでは小夜ちゃんにもお大事にと」

 そう微笑みお辞儀をして廊下を歩いて行ってしまった。やっぱり悪いことをしたなぁ、今度会った時にでもお菓子でも用意しておこう。さてと、小夜ちゃんの様子をっと。また開いているドアをノックして部屋に入る。

「小夜ちゃん、調子はどう?」

 布団に入っていたのだが、俺が入ってきたので体を起こそうとしている小夜ちゃんを止めて、イスを片付けベッド脇に腰を下ろす。

「・・・もう大丈夫」

 昨日と今日で既に何度目かの大丈夫の言葉。ここまで使われるとその大丈夫には真実味が無くなるんだって今度教えてあげないとね。枕元にある体温計を小夜ちゃんに手渡して体温を測ってもらう。昨日は体温を測るのを嫌がっていたのだが、ちょっとした説教をしてからは大人しく計ってくれるようになった。ただ表示を見せるのは嫌がっている様子だけど。

 一瞬にして計り終わった体温計を渡してもらい表示を見ると"38.1度"。やっぱり夕方から熱が上がり始めてきたな。

「うーん、まだ油断出来ないね。今は暑い?寒い?」

「ちょっと寒いかも・・・」

 だよね、また夜中に高温になるだろうな。油断しないようにと。

「飲み物は欲しい?」

「・・・今はいい」

「食欲はどう?」

 部屋の窓を閉めて、布団を掛け直す。

「食べたくない・・・けど」

「うん、少しは食べてもらわないとね」

 温かい飲み物で済ませてもいいんだけど、夏風邪は体力の消耗が激しいし、これから熱が上がり始めるなら今のうちに少しでも食べてもらった方がいいと思うから。

「・・・うん。頑張る」

 なんか頑張って食べるってのも変な感じがするけど、まぁ体調が悪いならそんなもんか。

「よし、なら宣言通りミルク粥を作ってくるから待っててね。ちなみに進藤さんから貰った桃入りにするよ」

 布団の中で小さく頷いて承諾を得た。若干小夜ちゃんの眉間に皺がよった理由は敢えて考えないようにして、さぁて頑張って作るぞっと。

 キッチンへ行きご飯が炊けている事を確認し、網のボールに半合分移しさっと水洗いをする。小さな土鍋に水をはりコンソメの素とご飯を入れて火にかけている間に桃の真ん中に一周切れ目を入れて捻り種を外して皮を剥き薄くスライスし、しばらく煮込んだ土鍋を弱火にして牛乳を入れて塩胡椒で味を調え再びグツグツ言い出したら桃を加え更に5分程煮込む。卵を黄身だけにしてチーズも両方薄くスライスして、煮込み終わった土鍋の火を止めて卵黄入れ、真ん中の方へ行くように上から少しお粥をかけてやり、チーズをたっぷり載せて蓋をし3分程寝かせて完成っと。

 よし、それじゃトレーに土鍋とトンスイとレンゲを用意して小夜ちゃんの部屋へ。

「お待たせ、出来たよー」

 小さなテーブルの上に置いて、小夜ちゃんの体を起こしてカーディガンを肩に掛けてあげる。土鍋の蓋を外し中身を見た感想は、

「なんか不思議・・・」

 はい、よくわからない感想です。真ん中にいる半熟になった黄身を崩してチーズが全体と良く混ざるようにかき混ぜてトンスイに移しレンゲで1口分すくいフーフーっと冷ましてあげてから、

「はい、熱いから気をつけて」

 小夜ちゃんの口元へレンゲで運ぶ。

「・・・自分でやるから」

 俺の口元が自然にニヤリと上がる。さて、今朝とプリンの時と同じ文句じゃバラエティーに欠けるからどんな説得で行こうかと考えていると、俺が口に出すよりも先に観念したのか恥ずかしそうに口を開けて自分からレンゲに近づいて1口食べる。

「どう?」

 首をかしげて悩んでいる様子の小夜ちゃん。口に合わなかったかなぁ、ちょっと残念だ。

「・・・不思議」

 そりゃ不思議だろうね。もともとは離乳食をアレンジしたものだから表現としてはチーズでコクがあって、でも果物が入って甘いし、牛乳で雰囲気はドリアみたいだしって口の中が不思議空間になるからね。お粥とかドリアとかって思いながら食べると絶対に受け入れられないと思うんだけど、小夜ちゃんは駄目だったか。

「でもおいしい・・・」

「そっか!よかったぁ。いる?」

 頷いてくれて、恥ずかしそうに2口目も食べてくれる。ふぅ、一安心した。さすがに拒否されたら落ち込むどころじゃないからなぁ。つか、冒険し過ぎた。思っていたよりも心臓に悪い事が判明したので次回からは無難に行くことにしよう。

 小夜ちゃんは見ているこっちが心配になるほど美味しそうに食が進み、結局一人前近くまで食べてくれた。つか、これいつもと変わらない量なんだけど・・・。回復に向かっているって事でいいのか?

 その後は、やはり夜中に39度近くまで熱が上がったのだが汗を大量にかいてこまめに水分補給と着替えをしてもらい朝方には37度ちょっとまで下がった。そこから3日間ほど微熱が続いたのだが、俺の休みが終わる頃には全快とまではいかないものの回復し、なんとか夏風邪を乗り切った結果となった。

 しかし、腹を出して寝ているとは思えないから風邪を引くような原因も見当たらず原因不明の夏風邪だったなぁ。まぁそのおかげで小夜ちゃんの身の回りの世話が出来たから良しとするか。

寝勒「夏風邪ってねぇ」

小夜「・・・?」

寝勒「馬鹿がひくんだって」

小夜「・・・」

寝勒「冬なら馬鹿じゃないんだって」


小夜「冬にひいて夏に気付くって意味なんだけど・・・」

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