1年目 お盆2
朝食を2人分平らげ後片付けが終わった後、コーヒーでも淹れてから小夜ちゃんの為に蜂蜜レモンでも作ってあげようかな等と材料を探していると、
ピーンポーン!
あぁ、はいはい。モニターを見ると早苗さんが立っていた。
「ドア開いてますよ」
そろそろ来るんじゃないかと思って扉の鍵を開けておいたんだけど、予想は的中したな。
小夜ちゃんはあの後、目は瞑ってはいたが鼻が詰まっているらしく、呼吸が苦しそうで寝付き辛いみたいだったから頭をゆっくりと撫でていると段々落ち着いてきて、気が付けば寝息へと変わっていたので音を立てないようにリビングへと移動してきた。なんとなく子猫をあやしてきた気分だな。
「小夜ちゃーん!」
加奈ちゃんがバタバタとリビングに走りこんできた。
「加奈、静かに。うるさくするなら帰りなさい。小夜ちゃんは?どう?」
後ろから早苗さんが入ってきて加奈ちゃんを静かに叱る。加奈ちゃんは両手で口を押さえて静かにしてますってアピールしてる。そして、早苗さんが持っていた白い紙の箱を俺に手渡す。
「さっき寝たところです。電話で話した通り、風邪の引き始めみたいですね。一眠りして熱が上がりきってくれればいいんですが、もうしばらく様子を観ようと思います。これは?」
受け取った箱を少し持ち上げる。
「プリンよ。熱がある時には水分と糖分を摂らないと。特に脱水症状には気を付けなくちゃね」
「わざわざすみません、あれ?6個ですか?」
重さから結構入ってるだろうなと思ったけど、箱を開けてみると6個も入っていた。
「そう、おいしそうだったからつい。私たちの分も1つづつね」
「確かにおいしそうですね、コーヒー淹れましょうか。加奈ちゃんはアイスオレでいい?」
まだ両手で口を押さえている加奈ちゃんが大きく2回頷く。コーヒーを淹れようと思っていたところだったからちょうど良かったな。3人分の方が淹れやすくてありがたい。
「小夜ちゃんのお見舞いに来たけど慌ててもしょうがないし。それじゃ、出来るまで小夜ちゃんの様子を見てくるわ。加奈」
加奈ちゃんは口に手を当てたまま早苗さんの後を追いかけて行く。あの手が無いと喋ってしまうのだろうか。
さて、久々にサイフォンを出そう。この前アルコールも買ってきたところだし。
アルコールランプでお湯を沸かしている間に豆を挽き、諸々の準備を済ませ、沸騰するのを眺めながら待つ。そう言えば小夜ちゃんが家に来てから一度も使ってなかったな。小夜ちゃんは見たことあるかな?今度やってみよっと。コーヒーは苦手って言ってたけど、カフェオレにすれば大丈夫かな?でもなぁ、小夜ちゃんはいつも紅茶だし。
たまに晩ご飯の後、小夜ちゃんが洗い物をやっている横で俺が自分のコーヒーと小夜ちゃんの紅茶も淹れる。俺が淹れないと小夜ちゃんは朝はティーパックだし自分でもやったら?って言っても「もったいない」って紅茶葉を使おうとしないんだよね。でも俺が淹れると満更でも無い様子だし。よくわからない子だ。
そんな事を考えているとお湯が沸いてくる。一度火をどかして粉をセットし再び火を入れると再びブクブクと泡がたって来たと同時にお湯が上に上がってきた。粉が浮いてるからヘラで馴染ませて1分待ち、火を消して濡れ布巾で冷やしてあげる。最後に少しだけ粉を混ぜてコーヒーが完全に落ちたところで、
「あー、いい香り」
早苗さんと加奈ちゃんが戻ってきた。おお、ナイスタイミング。どっかで見てたのか?
「ちょうど終わったところです。小夜ちゃんはどうでした?」
早苗さんがリビングのテーブルに持ってきたプリンを3つ出しながら、
「ちょっと辛そうだったけど寝てたわ。まだほとんど汗をかいてないみたいだから夜までは熱が上がるかもね。しばらくは手出し無用と言ったところかしら」
俺はコーヒーとアイスオレを持ってリビングのソファーに移動し、残りのプリンを冷蔵庫にしまう。
「そうですか、何度ぐらいまで上がったら病院に連れて行ったほうがいいですか?」
子供だといまいち境界線がわからない。ある程度大きくなれば39度ぐらいで解熱剤を貰ってきたほうがいいかなとは思うんだけど・・・。
「そうねぇ、もうちょっと小さい子なら40度超える事もあるけど。咳もしてないみたいだし、本人が嫌がってるならそれぐらいまでは様子見ても大丈夫じゃないかしら。それにしてもロクちゃん、全然慌ててないのね。優雅にコーヒーまで淹れちゃって。いただきます、・・・・・・うーん!さすがロクちゃんねぇ」
そう言えばそうだなぁ。
「もし、小夜ちゃんから言い出したら今頃大慌てで早苗さんに連絡してたと思いますよ。でも本人はやせ我慢してましたからね、どうやって寝かそうかとか考えてたら意外に冷静になれました。ついでに今日から俺も休みですから仕事を気にせずに看病が出来ます」
久々の無防備な姿が見れて、それに普段鉄壁の小夜ちゃんの世話が出来ると思ったら不謹慎だけど嬉しかったり。
「それにしても残念ねぇ、せっかく浴衣まで買ったのに。来年までお預けかしら」
あまり表には出してなかったけど本人も楽しみにしてたみたいだからなぁ、
「小夜ちゃん次第ですけど、他の祭りがあればそっちに行こうかと思ってます。ところで加奈ちゃん、そろそろ手をどけないとプリン食べれないよ」
あれからずっと口元を押さえ続けてるけど、もしかすると突っ込み待ちだったか?いや、天然だな。
「でもお盆過ぎてからのお祭りってどこかやってるかしら?」
そうなんだよね、普通お祭りってお盆に向けてするものだからなぁ。
「まぁ後で探してみますよ。あっそうだ、加奈ちゃんごめんね、小夜ちゃんが寝込んじゃったから今年は一緒に行けないや」
「だいじょーぶ。あたしもここにいるからっ」
一気にプリンを平らげた加奈ちゃんが当たり前のように返事する。
「加奈は駄目、お母さんと帰るの。今年のお祭りはお母さんと一緒よ」
「小夜ちゃんが行かないならあたしも行かない。小夜ちゃんのかんびょ―するの」
加奈ちゃんがイヤイヤと駄々をこねる。さてと、
「実は加奈ちゃんにお願いがあるんだ」
「なーに?」
目を輝かせて俺を見つめる。きっと俺の手伝いが出来ると思ってるんだろうな。
「加奈ちゃんはお祭りに行って、小夜ちゃんのお土産を買って来て欲しいんだ。小夜ちゃんが熱を出して、そのせいで加奈ちゃんまでお祭りに行けなかったら小夜ちゃんは気にするからね」
「・・・でもぉ」
加奈ちゃんは戸惑ってる様子。
「加奈ちゃんは自分が熱を出して、小夜ちゃんがお祭りを楽しめなかったら嫌でしょ?」
「うん、やだ」
「だから加奈ちゃんは小夜ちゃんの分も楽しんで来て、いっぱいお土産話を聞かせてあげてよ。小夜ちゃんも加奈ちゃんの事を気にしてたんだからさ、自分のせいで楽しめなかったって責任を感じないようにね」
あの時、加奈ちゃんが楽しみにしてるからって無理しようとしてたから治す為にも安心させないとね。多分、あの子の事だから自分が行けなかった後悔よりも加奈ちゃんに水を差した後悔のほうが先に立つ筈だから。
「うん、わかった!」
「それじゃお小遣い、これで小夜ちゃんのお土産を買ってきてね」
「まっかせて!」
「お願いね」
よし、これで加奈ちゃんの件は終了っと。説得が終わると早苗さんが腰を上げて、
「さてと、そろそろ行こうかしら。ロクちゃん、一先ず今はいいけど何かあったら必ず連絡してくるのよ、いい?わかってるわよね?」
実は電話で早苗さんが看病をかってでてくれたのだが丁重にお断りした。俺は小夜ちゃんの親だからそれぐらいは1人でさせて欲しいと我侭を貫いた結果だ。小夜ちゃんの今の症状を説明して、慌てる状態じゃないと判断したのか早苗さんもわかってくれたみたいで、とりあえず様子を見ると見舞いに来てくれたのだった。
「ええ、余計な心配までかけてすみません。わからない事だらけですぐに連絡すると思いますがよろしくお願いします」
玄関先まで見送りに出る。
「すぐに来れる様にしておくから遠慮せずに電話してくるのよ。いいわね?」
「ええ大丈夫です、まかせてください。ありがとうございます」
「そう、それじゃ行くわね」
「ロクちゃん、またねー」
2人とも別れの挨拶をして離れていくが、心配なのか後ろ髪を引かれさっきから何度も振り返る。俺は大きく手を振って問題ない事をアピールして2人の姿が見えなくなるまで振り続けた。もしここで先に家に入ると戻ってきそうなんだよな。そんな信用が無いのか?俺は。
家に戻ってすぐに小夜ちゃんの様子を見に行く。小夜ちゃんの部屋から出てまだそんなに時間が経っていないが、心配なものは心配なんだよ。
ノックをして部屋に入り、小夜ちゃんが寝ている事を確認してベッド脇に腰を下ろす。まだ若干呼吸が上がっているがさっきより大分落ち着いてきたかな。しばらくそのまま小夜ちゃんの寝顔を見つめる。この子の寝顔をちゃんと見るのは何度目だろう。沖縄の夜は疲れててすぐに眠ってしまったから2度目かな?1度目は俺の部屋で眠ってしまい涙を見せた夜だったな。
結局あの晩の涙の理由はわからないし、きっと小夜ちゃんに聞いても理由がわかっていたとしても教えてくれないだろう。なんだかんだ、この小学生の事が理解出来ないんだよな。大分良くなったとは言え未だに俺に遠慮してるし。まったく、父親として俺はやっていけるのだろうか。自信が無いんだよなぁ、この子に好かれてるのかどうかすらわかんねぇってのは問題だろ、一緒に暮らす娘なのにさ。
加奈「お土産何がいいかなぁ」
寝勒「何でもいいよ」
加奈「金魚すくいの網とー」
寝勒「・・・・・・」
加奈「水ヨーヨーの針と射的の玉!」
寝勒「あんたに良く似た娘だな、課長」