1年目 夏5
「おい、ロク!肉がねぇぞ!!」
「肉ばかり食べないで下さい。魚介類だっていっぱいあるじゃないですか。野菜も食べてください!!」
「俺の体は肉以外は受けつけねぇ、さっさと焼けよ!」
「ならまっつぁんのビールは頂くよぉ」
「あっ!?竹!てめー!俺のを取るんじゃねぇ!!」
「課長!暴れないで下さい!!ほらっ、圭介君!そっち焦げてる」
「あちー、なんでこんな暑いのに熱い事しないと駄目なんすか?」
「しょうがないよ負けたんだから。ほら、こっち焼けたよ!ごめん、圭介君。そこの皿を取って」
・・・・・・。
あの後、みんなではしゃぎにはしゃいだ。
竹さんがどこから調達してきたのか、スイカを2個抱えて登場しスイカ割りが始まった。
トップバッターの圭介君が課長のすぐ脇に振り下ろして血祭りに上げられたり、振り下ろした加奈ちゃんの手から棒がすり抜けて向こう側にいた竹さんにクリーンヒットするところだったり、ふらふらになりながらも1個目を割った高浜さんがスイカを粉々にしたり、目隠しをしている事をいい事に環ちゃんの傍についてまわり胸元を眺めていた竹さんと圭介君が学習能力の無さでまたしても悶絶したり、しっかりと目を回したはずの小夜ちゃんがスタスタとスイカの前まで来て何事も無かったかのように割ったりと大いに盛り上がった。
その後は何故か男連中でビーチフラッグ大会。女性陣が始めに持ち点を割り振り、その点数により距離のハンデを付ける。もちろん俺が一番近い。そしてトーナメント戦で女性陣が1戦づつ賭けていく。結局優勝したのは1番遠くからスタートしたはずの高浜さんで、賭けでは常に全額を賭けて全ての試合で勝ちを収めた進藤さんだった。そして決勝で高浜さんに負けて悔しかった課長はバーベキューの焼き係を賭けてビーチバレーを強制参加で始めた。
ビーチフラッグの1・3・6位チームと2・4・5位のチームに別れ、高浜さんと圭介君と俺のチームと課長と竹さんと太一君チームでスタートしたビーチバレーなのだが、課長チームは卑怯過ぎた。身長のみ高い竹さんのブロックっと太一君がレシーブをしながらも見事なトスを上げて課長が叩き込む連携が打ち崩せず、俺や圭介君のスパイクでは竹さんに止められてしまい、頼みの綱の高浜さんもいい線は行くのだが太一君に拾われてしまうシーンが何度とあり、結局課長の力任せのスパイクを全て拾いきれなかったこちらチームの負け。しかし、高浜さんはビーチフラッグ優勝者の為、今回の罰ゲームは免除。つまり俺と圭介君の2人で焼く事となった。そしてみんなで一度ホテルに戻り、外の簡単なシャワーを浴びて着替えて浜辺に集合した。
「飽きた!ロクさん後よろしくっす!!」
「ちょっと!圭介君!ったく、しょうがないなぁ」
たまにつまみ食いをしながら2人でひたすら焼いていたのだが、ある程度焼き終わったところで圭介君がビール片手にみんなの元へ行ってしまった。まぁ焼くものは一通り焼いた後だから別にいいんだけどねぇ。それじゃ、今度は自分の為に焼きますか。圭介君がほとんど焼いてくれなかった野菜や魚介類を中心に適当に網に乗せる。さて、汗もかいたことだし、俺もビールが欲しいな。クーラーボックスはどこかなってキョロキョロしていると、
「・・・はい」
ビールの缶が胸の前に差し出される。
「ありがと。丁度探してたところだったよ」
小夜ちゃんがタイミング良く持ってきてくれた。プルトップを上げるとプシュっと空気が抜ける音と共に泡があふれ出す。おっとっと、もったいない。急いで口を付けて泡をこぼさないようにしてから、一気にあおる。
・・・・・・。
「っあ~!!」
ひと仕事した後だから特にうめぇ!!喉がシュワシュワする!!
「ふぅ、なんか生き返った感じ。ありがとね」
ビールを飲む姿を不思議そうに見ていたのだが、俺が焼けた野菜をつまんでいると椅子を持ってきて隣に座る。おっ、エビが焼けてきたな。殻を剥きたいけど熱いからちょっと皿にどけておこう。ビールをもうひと口飲んでから、
「いっぱい食べた?食べる?」
横目で小夜ちゃんを見て、タマネギをひっくり返しながら聞いてみる。あっ、中心の欠片が網の目から落ちた。なんか悔しいなぁ。
「・・・うん、おいしかった。お腹いっぱい」
「そう、それはよかった。何がおいしかった?」
やべっ、ピーマンが焦げた。でもまぁ食べられ無くはないな。・・・うーん、やっぱりにげぇ。生でも焼いても苦いとはこれいかに。
「・・・・・・ホタテ」
「しぶいねぇ」
サザエが噴いて来たな。醤油、醤油っと。
「・・・あと、しいたけ」
醤油かけたら縮こまった!すげぇ!ってさっきも感動してたな、俺。
「いいねぇ、しいたけ。俺も好きだよ」
さてと、そろそろエビの殻を剥こっと。エビの殻って生だとなんであんなに剥きにくくなるんだろうね。
「やっぱりわたしが焼く」
「だーめ」
やべぇエビ、プリップリ!
「さっきも言ったでしょ?」
そろそろ肉を焼こうかな。どれにしようかなぁ。
「こういう時に普段家事をしている人は働いたら駄目なの。それがニカイチのルール」
牛肉はちょっとくどいよなぁ。スペアリブかぁ・・・、骨が邪魔なんだよなぁ。
「だから、小夜ちゃんは何もしちゃ駄目なの」
よしっ、ここは鶏肉だ!もも肉もも肉っと。うおっ!セセリを発見!
「わかったかい?」
小夜ちゃんがふてくされた顔で上目遣いに俺を見てくる。相変わらずの頑固者だなぁ。ここで小夜ちゃんが働くと怒られるのは俺なんだってば。セセリを網に乗せてから、サザエを串でほじくり出す。よしっ、最後まできれいに抜けた。俺すげぇ。この最後の黒いところがビールに合うんだよなぁ。あっ、さっき飲み干しちゃったからもう一本持ってこないと。
「小夜ちゃんは飲み物何が欲しい?」
ついでに持って来ようとするが、
「わたしが行く」
ってイスから降りて歩きだそうとする。
「ちょっと待って!だから小夜ちゃんは座ってないと駄目なんだって。俺が欲しいんだから自分で取ってくるよ」
必要最小限に振り向いて目線の端で俺を捉える。うわっ、めっちゃ怒ってる。若干のつり目を細めるから怒ると怖いんだって。だからさぁ、なんでわかってくれないのかなぁ・・・。セセリをひっくり返しながらなんて説得しようか悩んでいると、
「さーよーちゃーん!花火するよー!!」
ちょっと離れたところから加奈ちゃんの呼ぶ声が。砂浜の方を見てみるとほとんどのみんなが集まってた。
「ほら、呼んでる。行っておいでよ」
顔を砂浜から俺へと戻す。今度はちゃんと向いてくれたな。まだ怒ってる感じだけどさ。しばらく俺を見つめてから、
「・・・・・・行かないの?」
うーん、そうだなぁ。
「俺はいいや。ここから見てるよ」
セセリがまだ焼けてない。
「・・・ならわた」
「小夜ちゃん、ほら行くよ!!」
「えっ?あっ、まって・・・」
加奈ちゃんが強引に割り込んで、腕を掴んで連れていった。ふぅ、やっぱり小夜ちゃんは頑固者だ。加奈ちゃんグッジョブ。
砂浜で始まった花火をしばらく見ていたのだが、ふと思い出してビールを持ってこようとクーラーボックスを探していると、
「おい、ロク!」
突然課長に呼ばれて声のした方に振り向く。すると目の前には宙に浮かんだビールの缶。うおっ!危ね!!
「おっ、ナイスキャッチ。お前もやれば出来るじゃねーか」
何がナイスキャッチなのか。何をやれば出来るんだか。
「危ないじゃないですか!また額にヒットするとこでしたよ」
「ちゃんとゆっくり投げてやったんだ、ありがたく思え」
こんなもの本気で投げられたらガラスの灰皿と同じ効果があるって。現実は2時間なんかじゃ済みませんよ。
「その件については一切感謝はしませんが、ビールはありがたく頂戴します」
本日2本目のビールです。さっそく頂きましょう。夏の海でまずいビールなんてこの世にはありません。一口飲むと同時に網の上も綺麗になった。
その後は課長が黙り込んじゃうから月明かりの下、かすかな波が認識できる海を背景にみんなの花火をビールを飲みながら眺めていた。圭介君が火のついた花火を振り回して進藤さんに怒られていたり、暗い中を一生懸命落下傘を追いかける加奈ちゃんや、噴出花火の導火線に火をつけて急いで離れようとしたとたんに転んで火花を浴びた竹さんを遠巻きながらも見て楽しんでいたのだが、突然
「どうだ、ちゃんと父親やってるか?」
なんてこちらを向かずにしんみり言い出すもんだから、当てられちゃって、
「さぁ、どうなんですかね」
真面目に返してしまった。
「一端に悩みがあるって顔してるが、お前は父親役には向いてねぇよな」
それは自分自身がよくわかってますよ、言われなくても。父親の背中なんて物心ついた時からほとんど拝んでいませんからね。
「目指すべきお手本が無いんですよ、俺には」
理想の父親とは一体どんなものなんだろう。課長を見習えばいいってものでもないだろうし。
「普通なら虚勢張って、無理してでも頑張るんだがな」
クックックって意地汚く笑う。
「でもまぁなんだ。お前はお前らしく居た方がお前らしいからな」
そんなわかり難い表現をされても。結局言いたい事は俺の思った通りにしろって事なんだろうけど。
またしばらく花火を黙って見ていたのだが、またしても唐突に
「ところで、生きる気になったか?」
ったく、何を言い出すかと思えば。それにしても久々だな。
昔、俺が20歳になった時、課長から言われた「もうちょっとだけ生きてみないか?」。あの時はそれ以上何も言わずに会話は終わった。この人はいつもそうだ、言いたい事を言ってそれでお終い。
「何を言ってるんですか。俺は自殺志願者じゃないですってば」
「だからと言って、無理して生きる気もねぇくせに」
うん。でもきっとそれは俺だけじゃない。突然交通事故にあって死んだとしても受け入れられる人は大勢いると思う。人よりちょっと生きる事に対して固執してないってだけで。
「あの子を引き取るって言うからちょっとはマシになったと思ったんだが・・・。相変わらずだったか。引き取った責任を果たせなんて言いたいが、お前の責任ってなんだろうな。生きてさえいればなんて綺麗事、虫唾が走るしな」
今度は自称気味に笑う。確かに場合によってはお互い得るものは無いですからね。でも、それはあまり人前で言わないほうが良いですよ。反感を買いますから。
「課長が心配するほど死に急いでいませんよ」
「同じ結果ならお前の場合はもう少しは生き急いでもいいと思うがな。物事に執着心の無い奴め」
そう言い終ると同時にビールを飲み干して缶を潰し、
「おい!俺にロケット花火を寄こせ!!」
みんなもとに走って行った。
課長、それは誤解です。俺は執着心が無いんじゃなくて物事の成りようをただ受け入れてるだけです。その結果があの世行きだったらしょうがない、納得はいかないけどきっと諦めは付くだろうから。
課長が去ったあと、特に何かをしたい訳でも無く浜辺への階段に座りみんなを眺める。あちらではロケット花火を人に向けて飛ばしまくってる人影が。あの影からすると課長だな。狙われるのは圭介君か・・・。にしてもあぶねぇ、何て事してんだあの人は。太一君、そろそろ止めてあげないと・・・。
小夜「スイカ割りって面白い?」
寝勒「なんで?」
小夜「割れたスイカって食べ辛い」
寝勒「なら割らずに食べる?」
小夜「割らずに?」
寝勒「皮ごとこうやってさ」
小夜「・・・やって見せて」