1年目 夏3
バスに乗り込み約10分。ちょっと早い昼食はアメリカンバーみたいな所で、雰囲気は80’sアメリカンといった感じ。古ぼけて使えるかどうかすら怪しいジュークボックスや錆びて塗装が禿げかけているペプシコーラの看板など、映画で出てくる様な雰囲気そのままだったのでそれはそれで楽しむ事が出来た。好きな人は相当好きなんだろうな。
そこでハンバーガーを食べたのだが、これがまた本場を再現したとかで異常にデカイ。本来ならかぶりついて食べたいところだが、さすがに高さもあるので無理。というわけでナイフとフォークが用意してあるのでそれで食べる事にした。待ちきれなかったのか圭介君は手でそのままいき、それに触発された人が、課長、竹さんになんと高浜さんまで参戦してた。何故か俺と太一君もやれよと変な空気が流れたのだが、そこは敢えて無視の方向で。俺はそう言った事には流されません。
ハンバーガーをナイフとフォークで食べる経験なんて無かったので面白い体験が出来た。もちろん味もちょっと濃い目だったが肉の質がよかったのか、くどくもなく、また野菜類が多くて他に何もいらないってぐらい、一つの食事として成立していたので驚いたんだけど。ジャンキーって感じでも無いのでこれなら全国でお店を出してもいい気がするんだけどねぇ。こっちでやるからいいのかも知れないが。小夜ちゃんも満足してる様子だし。
おいしかったので文句は無いのだが、竹さんのプランニングの方向性がわからない。沖縄色を敢えて消して行ったのかなぁ。小夜ちゃんにはさすがに多いので半分を頂きながら、素朴な疑問を投げかけてみる。
「竹さん、どうして沖縄でハンバーガーなんです?」
そうすると当たり前の様な顔をして、
「何言ってるの?ロクちゃん。これも沖縄だよ。ちなみに高浜君のリクエストだけどね」
と真面目に返答された。え?ハンバーガーが沖縄?俺が首を傾げていると、
「草野君。確かに沖縄の伝統文化って訳じゃないよ。だけど、沖縄にはこういったお店を多く見かけるのは何故か?個人的な趣向としては戦闘機を観に行きたかったけどね」
高浜さんが答えを教えてくれた。なるほどね。ニカイチの約束事その5、お客の立場になりお客の為に。って事だ。その人の為になる企画を提案する、その為にはその人を少しでも理解をしなければならない。
「現状を味わっておかないと、伝統文化の価値が半減するからねぇ。俺達はどうやってその伝統文化を伝えてきたか、どうやって守ってきたかを理解しないといけないからさぁ。そして守りたいと思う人達がいればそれに力を貸すのが仕事だからねぇ」
いつも通りの職場で見せる微笑んだ顔で今一度念押しをする竹さん。ん?ちょっと待って、それって・・・、
「もしかして竹さん、今回の沖縄旅行って仕事も兼ねてます?」
ニヤリと口元を上げて、
「さっすがロクちゃん。長いこと一緒のチーム組んでないねぇ」
やっぱりか。そして課長に続きを促す。
「正式に決まった訳じゃねぇが、第1の奴らと社内プレゼンの話が水面下であってな。風の噂レベルだからまだロクのところには話がいってねぇだろ?」
「えぇ、まだです。社内プレゼンって事は相当大きい案件ですね」
なるほど、これがあったから会社の経費で落とす名目が出来たわけか。つってもどちらにしろ普通は無理だけど。
「じゃあ今回はその事前下見って事なんですね」
さて、仕事が絡んでるなら本腰を入れて見方を変えていかないと。
「何言ってんだお前。んな訳ねぇだろ、バーベキューしに来たんだっつーの。目的を忘れんなバーカ」
「は?だって今・・・」
「ロクちゃーん、駄目だよぉ公私混同は。楽しまなきゃねぇ。ちなみにここのお店、今日は定休日なんだけど無理言って開けてもらったんだよ。普段並ぶ程の人気店なんだから。せっかく沖縄に来たんだから食べないとねぇ」
コーラにストローで息を吐いてブクブクさせながらニヤついてる竹さん。ねぇ、なんか俺が間違ってる?進藤さんを見れば呆れた顔で肩をすくめてるし。あぁ、ちなみに竹さんは行儀が悪いってまたしても奥さんに叩かれてた、グーで。
ボブさんの運転でその後はホテルに向かう。大体20分ぐらいと結構な近場だったのだがホテルに着いてまず驚いた。チェックイン手続きをしに行った進藤さんをホテルの中庭みたいな天井まで吹き抜けの広い屋内テラスで待っていたのだが、それがホテルの構造が大きな円になっていて回りを見上げると全部客室の扉。外と中が反転した巨大マンションにいるみたいで圧倒って言葉しか出てこないぐらいすごい。こういった演出もありだなぁなんて関心していると
「うひゃー圧巻だねぇ!天井のガラスを突き破って特殊部隊とかがロープで突入してくるんじゃない?ねぇねぇ高浜さんと圭介君でやってみてよぉ!」
環ちゃん、それ無理でしょ。高浜さんなら・・・まさかね。
「環さん、それ無理っす」
「えー、圭介君ひんじゃくー。高浜さんはぁ?」
腕を組んで上を見上げてしばらく考え込んでる様子の高浜さん。目線を徐々に下に下ろしてきて環ちゃんまで戻ってくると、
「降りるのはいいけど、登るとなるとちょっと辛いな。狙われ放題だし。退路は入り口でもいいの?」
「え?・・・う、うん」
「そうか、幸い中庭には花壇が沢山あるし遮蔽物には困らないけど、降下中が危ないな。上から援護してもらってもいいけど、各階から狙われ放題だし無事に降下出来ても途中階から狙われるな。ここは一気に1階よりも各階づつ制圧して降りてきた方が無難だね。そうすれば大隊じゃなくても何とかなりそうだよ。最上階にはスナイパーを置いておきたいけどね。これなら圭介君も行けるんじゃない?」
「は、はぁ・・・。制圧っすか・・・」
えーっと、高浜さん。真面目に何をする気ですか?
「はーい!ニカイチ集合!!」
進藤さんの声が響き渡る。広い範囲でばらけていたニカイチメンバーが集まってきたのだが、だからここは幼稚園か。
「それでは部屋のカードキーを渡します。ツインルームしかありませんので2人一組でお願いします、高浜さんのご家族は3名です。それでは配ります・・・」
部屋割りは順番に、課長・太一君、早苗さん・加奈ちゃん、俺・小夜ちゃん、竹さん夫婦、高浜さん家族、進藤さん・環ちゃん、そして圭介君1人。あぁ、それは彼の性格上、
「えー!まじっすか!!1人って寂しいじゃないっすか!?」
やっぱり不満を漏らす。
「恵美さんと環さんのとこに混ぜてくださいよ!」
「「却下」」
同時に即答。
「ならロクさんのとこは!?小夜ちゃんと一緒に!」
いや、聞くまでもないでしょ。
「無理無理。1人気楽でいいんじゃない?」
「寂しくて死んじゃうっす!しょうがない。この際、課長でもいいので!」
「しょうがないとはなんだ馬鹿野郎。おめぇなんていらねぇよ邪魔だ」
「そんなぁ、みんな酷くないっすか!?」
小学生のようにごねてると竹さんが、
「圭ちゃん馬鹿だねぇ。ちょっと耳貸してごらん」
そしてニヤニヤしながら圭介君に耳打ちすると、
「うっす!よし!さっそく海行きますよ、海!!」
なんか急に目を輝かせて生き生きし始めたんだけど、何この豹変振りは。どうせ竹さんがくだらない入れ知恵をしたんだろうけど。
「はいはい、うるさいのが更に活発になったけど、この後を説明します。海へはこのホテルを降りたところにホテル専用ビーチがあります。案内看板が出てるのでそれに沿って向かってください。夕食はビーチにバーベキューの施設がありますのでそちらで17時から始めます。ビーチにいらっしゃれば結構ですがホテルに残られた場合は遅れないようにしてください。浮き輪やビーチボールなどの空気はフロント横の売店で入れる事が出来るそうなので活用してください。あとビーチにはちょっとした売店もあるそうです。
朝食ですが、明日の朝7時から9時まで飲食テナントで用意がされています。和洋中と揃ってるみたいなのでお好きなのをどうぞ。出発ですがロビーに10時集合ですので覚えておいて下さい。遅れますと置いていきます。
それで注意事項ですが、ドアはオートロックですのでインロックをしないように。また海に向かう際はカードキーをフロントに預ける事も忘れないで下さい。以上です。何か質問はありますか?」
・・・・・・。みんな無言で先を促す。
「はい、それでは行きましょう」
進藤さんを先頭に荷物を持ってぞろぞろとみんなで歩き出す。6階の一角がニカイチで取った部屋らしい。一度にエレベーターに乗れなかったので後から上に上がる。
部屋に入るとベッドが2つにテレビ、簡単なテーブルセットとユニットバスの普通のツインルームだったのでちょっと拍子抜けしたのは過度の期待からだろう。ちょっと反省。沖縄だからってホテルの客室が変わるわけでもあるまいし。
荷物をおいてベッドに腰掛ける。ふぅー、ここまで来るだけなのに疲れたなぁ。ちょっと寝転がって休憩していると、小夜ちゃんがお茶を入れてくれた。せっかくだから起きあがってイスに腰掛ける。
「パックのお茶しか無くて、持ってくればよかったですが・・・」
って申し訳なさそうにしてる。いやいや、
「ここまで来てちゃんとしたお茶じゃなくてもいいよ。煎れてくれてありがとね、頂きます」
小夜ちゃんも向かいに座り、お茶を頂く。暑いときに熱いお茶を飲むのがいいんだよねぇ。冬でも熱いお茶だけど。
「なんかようやく落ち着けたって感じだね。飛行機は大丈夫だった?」
持っていた湯呑みを置いてから頷きながら、
「もう大丈夫。ごめんなさい」
って再び申し訳なさそうにする。
「いやいや、こっちこそごめん。帰りも我慢しないで怖かったら怖いって言ってね。我慢するのが一番よくないからさ。とは言え、俺が何を出来るって訳じゃないけど」
飛行機の操縦が出来るわけでもないしね。俺が出来るのは隣に居る事だけだけど。って、しまった、
「あっ!今更だけど、俺と一緒の部屋でよかった?加奈ちゃんとか早苗さんと一緒の方がよかったんじゃない!?今からでも話をしてくるよ!」
小夜ちゃんと同じ家で過ごしているとは言え、さすがに寝たりするのは別々の部屋だし。親子とは言え、相手は女の子なんだから。
腰を上げようとすると小夜ちゃんは慌てたように手を振りながら、
「ぜ、全然!わたしは大丈夫です!」
「そっか、ならいいんだけど」
「むしろ・・・・・・」
「ん?なに?」
「え?あっ、えーっと、なんでもない・・・です・・・・・・」
かなり動揺してるみたいで慌ててる。そっか、無理もないよねぇ。初めて同じ部屋で寝るんだもん、そりゃ動揺するよねぇ。頭では理解出来るけど気持ち的には難しいだろうな、かといって俺が気にすると小夜ちゃんも、もっと気にするだろうから俺は普通にしてよっと。
お茶も飲み終わり、さてと海に行く支度をしようかなって重い腰を上げたところで扉がノックされ、
「さーよーちゃーん!いくよー!!!」
はいはい、待ってドアを開けるから大声で叫ばないで。
「いーくーよー!!」
扉を開けると勢いよく加奈ちゃんが飛び込んできた。そしてまだ湯呑みを持ったままの小夜ちゃんを見て、驚いた顔をして
「えー?小夜ちゃんまだ着替えてないの!?水着はー?」
そう言う加奈ちゃんも着替えて無いんだけど、めずらしいなぁ、
「加奈ちゃんは着替えないの?てっきりもう着替えてると思ってたけど」
ごそごそと自分の荷物から水着を出してる小夜ちゃんを後ろからせっついている加奈ちゃんに聞いてみた。すると一瞬不思議そうな顔をしてから、
「だいじょーぶ!もう着てきたもん!」
って胸を張って自慢げ。えーっと既に下に着てるから後は脱ぐだけって事か。ちょっと待って、着てきた?
「もしかして加奈ちゃん、家からずっと着てるの?」
なにを今更って顔して
「そーだよ!小夜ちゃんはやくー!」
ようやく水着を探し出した小夜ちゃんを確認するなり、
「じゃあ行くよー!バイバーイ、ロクちゃん!!」
って手を引っ張って部屋を出て行っちゃった。あーあ、小夜ちゃんが誘拐されたー。
寝勒「部屋割りの見取り図はいいの?」
小夜「?」
寝勒「ほら、ちゃんと提示しないと」
小夜「??」
寝勒「トリックに使うんでしょ?部屋の配置」
小夜「いつから本格ミステリーになった?」