1年目 夏1
「忘れ物は無い?水着はある?浮き輪も持った?あと必要な物で忘れちゃ駄目なのは・・・」
ボストンバックの中身を開けて、中身をチェックする。
「多分、荷物も大丈夫だね。よしっ!それじゃ下で課長を待とうか」
夏の爽やかなワンピースの下にジーンズを履いてつばの大きな麦藁帽子をかぶった少女と、Tシャツにハーフパンツでサンダルを履いた優男が荷物を持って玄関を出る。
今日は7月3連休の初めの日、小夜ちゃん達は夏休み初日。今から小夜ちゃんのお披露目会と言う名の旅行に行くから、もうすぐ課長が迎えに来てくれる時間だ。
お披露目会はその後、異様な盛り上がりを見せ社員旅行も兼ねよう等と訳のわからない話になって行き、沖縄旅行に行く事となった。しかも予算のほとんどを会社持ちで。どうやったらそんな無茶が通るのかわからないが、課長が予算を分捕って来た結果だ。ニカイチのみんなも、設立以来はじめての嵐のような仕事を全て捌ききって、地域開発コンペにも勝利し、グループ会社にその仕事を移管した後だったので、妙な高揚感があって「細けぇ事はいいんだよ」の課長の一言で終わってしまった。
と言うことで、空港まで車で行くと言う課長一家に便乗するため、マンションのロビーで待っていると早苗さんのワゴン車が車付けにやってきた。早苗さんの車は確かヒーローとかそう言った名前だったと思う。
「小夜ちゃーん!ロクちゃーん!おはよー!!」
後ろのスライドドアが勢い良く開き、中から加奈ちゃんが飛び出してきて、小夜ちゃんの元へ猛ダッシュ。朝の7時前から元気だなぁ。その後ろから太一君と運転席から早苗さんが出てきて、車のトランクを開けてくれる。俺はロビーから車まで荷物を運んでいると太一君が受け取ってくれた。
「おはようございます。わざわざ迎えに来てもらってすみません」
「いいのよそんな事。すぐそばなんだし」
「ロクさんちの荷物はこれだけです?」
「うん、後は小夜ちゃんの手荷物だけだよ。あれ?課長は?」
「助手席で寝てるわよ」
「親父は朝一番って弱いからね。いつもの時間までは動かないと思うよ。何かするにしても切り替えに時間がかかるし」
あぁ、そう言えばいつも会社に来るときは普通だけど、会社に来た時はしばらく動かないな。あれは頭を切り替えているのか。
「それじゃ、行きましょうか。加奈、行くわよ」
「はーい!小夜ちゃん隣ね!」
3列目に加奈ちゃんと小夜ちゃん。2列目に俺と太一君。助手席に課長が口を開けて寝ている。ここから空港までは高速に乗って約1時間。最近出来たばかりの国際空港でテレビでもオープン前から連日賑やかだった。なんか滑走路を見渡せる温泉があるとかないとか。
「ねー、小夜ちゃん!夏休みだよ!どうする?どうする!?かき氷食べないと!スイカ食べないと!毎日遊ばないと!あっ!お祭りがあるよ!綿菓子食べないと!たこ焼き食べないと!チョコバナナ食べないと!あとは、花火!はなび!はなびー!ロクちゃんつれてってねー!」
後ろではテンションが上がりきっておおはしゃぎ。お祭りは家からちょっと離れた河原で盛大な打ち上げ花火が上がる。この地区では最大と言われている程の規模で催されていて、毎年太一君と加奈ちゃんと3人で行ってるんだけど、でも確かお祭りはお盆だったはず。気が早いというか何というか。お盆を過ぎれば夏休みが半分終わるって知ってるのかなぁ。俺は後ろを振り向いて頷いていると、横から、
「でもお祭り行きたいなら宿題をやってからね。また去年みたいに明日からちゃんとやるって約束して、夏休みが終わる直前になって慌てても知らないから」
と、太一君が釘を差す。それを聞いた加奈ちゃんがとぼけた顔をして、
「しゅくだい?何それ、おいしいの?」
なんて言ってるし。さっきから食べる事が中心になってるよ。これだけ元気だと食べてエネルギーを補給しないといけないのかなぁ。でもまぁ、俺もお祭りは楽しみだな。屋台が並んで、花火が上がって。あの雰囲気を味わうだけでも心が躍るよね。でも、小夜ちゃんは人混みとかあの雰囲気とか嫌がるかもなぁ。
「小夜ちゃんもいこーねー!浴衣着て団扇持って!!」
「そうだね。せっかくだから一緒に行こうよ」
加奈ちゃんや太一君に誘われて小夜ちゃんは頷いたんだけど、
「でもお祭りに行った事ない。花火も見たことない」
って、ちょっと不安そうな顔をしてる。
「そうなんだー!すっごい楽しいよ!冷えて固まった焼きそばとか、リンゴ飴のパサパサ感とか、絶対に当たらないくじを引くドキドキとか・・・」
指を一つずつ折ってお祭りの魅力をアピールしてるけど、加奈ちゃん、それ間違った楽しみ方だと思うよ。誰が教えたそんな事。
その後もお祭りネタで和気あいあいと話を弾ませていると、
「おい、お前等」
と助手席から顔だけ覗かせて不機嫌な課長。寝てたのに後ろがうるさくて起きたんだな。さてと、怒鳴り声が来る前に耳を塞がないと。
「的に重りを付けた射的を忘れんじゃねぇよ!」
おい、加奈ちゃんに教えたのはやっぱりあんたか。
「さぁ、そんな偏屈な楽しみよりも、まずは今からの沖縄を満喫しましょう!ほら!」
早苗さんの一言により、みんなが外を見る。海の上に浮かんだ空港と、滑走路から飛び立ったばかりのジャンボ。遠巻きだけどでけぇ!課長、いちいち窓をあけんなよ!高速なんだから風がうるせぇ!
橋を渡り終わり、空港の駐車場へ。沖縄へのはやる気持ちを抑えつつ、車を止めて待ち合わせ場所へ向かう。課長と加奈ちゃんは抑えきれずに走って行っちゃたけど。何してんだよ、課長。俺と太一君ですべての荷物を抱え、搭乗受付前まで行くと既に全員集合していた。
竹さん夫婦と高浜さん家族、環ちゃんと進藤さんに圭介君。おい、奴らどこ行った。
「あれ?課長と加奈ちゃんは?先に来てた筈なんですが・・・」
竹さんに聞くと、
「なんかソフトクリームが食べたいって、どっか行ったよ」
だから何してんだって、いい歳して。
「ところでロクちゃん、その子?」
俺の脇に立っていた小夜ちゃんが持っていた麦わら帽子を胸の前に抱え、
「初めまして、草野小夜です。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする。やっぱりこの子は礼儀正しい。小夜ちゃんが顔を上げると真っ先に、
「きゃー!かわいいっ!!」
って環ちゃんが小夜ちゃんに抱きつき、小夜ちゃんが苦しそうにもがいてる。そして俺の肘を小突く人が、
「ロクちゃん。こりゃ、まっつぁんにリモコン投げられるよ」
なんてにやけた顔をして小声で言う竹さん。意味分かんない事言わないでください。額が痛みます。
「やべぇ!10年、いや5年!」
圭介君も訳の分からないこと口走って、そして真面目な顔をしながら俺に、
「お父さん!」
若干斜め上から体重を乗せて、おもいっきり太股へローキック。
「ーっ!!」
床に転がって言葉も無しに悶絶してる。ごめん、つい条件反射で。悪気はないよ、本当だよ。
「確かにベクトルが違うね。加奈ちゃんと並べばほとんどカバー出来るんじゃないか?なぁ?」
なんて、自分の顎をなでながら奥さんに同意を求めてる高浜さん。何をカバーするの?奥さんも頷いてるし。
しばらく騒いだ後、苦しそうにもがいていた環ちゃんの束縛から解放され、ふぅって一息ついた小夜ちゃんに進藤さんが傍に寄り、
「小夜ちゃんね。私、進藤恵美です。よろしくね」
って、笑顔で握手を求める。小夜ちゃんが進藤さんと差し出された手と2往復ぐらいさせて、しばらく戸惑っていたけど、握手をし、
「よろしくお願いします」
若干上目遣いに頭だけ下げる。よかったぁ、まともな人がいて。
そんな初顔合わせが終わった頃、2人してふてくされた顔で戻ってきた課長と加奈ちゃん。
「親父、どうしたの?」
って、太一君が聞く。聞くまでもないでしょ。
「ソフトクリーム10時からだってよ!ふざけてやがる!サービスがなってねぇんだよ!今すぐぱぱっと作りゃいいじゃねーか!なぁ?」
同意を求められた加奈ちゃんもうんうんって頷く。いや、ふざけてんのはあんただ。どこにこんな朝の8時からソフトクリームを食べたがる奇特な人がいるんだよ。あっ、目の前に居た。2人も。
「おい、ロク!店に行って作ってこい!」
また、無理を言いだしたよ。
「はいはい、無理ですよそんな事。諦めましょう。すぐになんでも俺に振るのを止めてください。ところで進藤さん。時間は大丈夫なの?」
進藤さんは左腕を見て、時間を確認する。課長が何か吠えているが、高浜さんが課長を羽交い締めにして食い止めてくれているので俺は安全だ。高浜さんに感謝。でもあれは羽交い締めじゃなくてチョークスリーパー??首に入ってるよ、そのまま落としちゃって下さい。貨物として輸送しますから。
「えぇ、ちょっと早いですがそろそろ行きましょうか。はーい!みなさん!そろそろ飛行機に乗りますよ!はぐれないようにしてください!チケット配るので無くさないで下さいね!」
ここは幼稚園か。
今回の沖縄旅行の内容を企画したのは竹さんだが、スケジュールの管理はすべて進藤さんが行うことになってる。なんでかって?ニカイチで任せられるのは進藤さんしか居ないから。まだまともな高浜さんでも課長や竹さんのわがままに流されちゃうし、他の人は論外。そして最大の理由は、みんな進藤仕切には逆らわない。だって、怒ると本気で怖いもん。
搭乗手続きをしてみんなでぞろぞろと歩き出す。若干1名は金属探知機で引っかかったままだが。圭介君、貴金属は控えめにね。
「見て見てロクちゃん!芸能人!!」
動く歩道に乗って顔をうつむかせ、手で顔を隠しながらスタスタと一人先に行く加奈ちゃん。今は何も答えられません、とか言ってるし。そして、
「これで俺も世界新だああああああ!うひょー!ちょーはえええええ!!」
動く歩道をすごい勢いで走って来た圭介君。
「あっ!こら圭介てめー!!俺より早いのは許さんっ!!」
荷物を放り投げて追いかけ始めた課長。しかし圭介君、君がそれで遊ぶと、
「こらっ!」
動く歩道の出口で先行していた進藤さんに首根っこを捕まれ、隅まで引きずられて正座をさせられる。
「あなたいくつなの?いい加減にしなさい!子供が真似をして怪我したらどうするのよ!返事は!?」
「はい、すみませんでし・・・ぷっ!」
「何笑ってるのよ!反省してるの!?」
説教をしている進藤さんの後ろで、竹さんが進藤さんに見つからないようにしながら変な顔をして圭介君をからかってる。あんたらまだ沖縄行きの飛行機にも乗ってないんだけど、テンション上がり過ぎだろ。
俺は課長が投げた荷物を拾い、みんなの後を離れて歩く。他人の振り、他人の振り。俺、知りませんよ、こんな人たち。俺の横で小夜ちゃんが強ばった表情でみんなを見てる。
「ほんと、やかましい人たちだよ」
小夜ちゃんはみんなを見てたけど、いつもの様に俺を見上げて、
「・・・たのしいね」
表情を変えずにそう感想を頂く。まぁ確かに見てて飽きないんだけど、小夜ちゃんも見た目から楽しそうにしたらいいと思うんだ、俺。そんなに険しい顔で言われてもね。やっぱりお気に召さなかったのかなぁ・・・。
早苗「2人は初登場ね」
竹若妻「・・・・・・」
高浜妻「・・・・・・」
早苗「どうしたの?」
竹若妻&高浜妻「台詞がない・・・」