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長夢。  作者: 緑ノ小石
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梅雨 2

 玄関を通り校門まで行くと黄色い傘を差した子供が一人、小雨の中で立っている。見たことのある傘だなぁなんて思って近くまで来るとその子はやっぱり小夜ちゃんだった。

「どうしたの?もしかして俺を待ってた?」

 まだ俺に気が付いていなかった小夜ちゃんに後ろから声をかける。ゆっくりとこちらを振り返り、俺をいつもの様に見上げた後、しばらく見つめて頷く。

「そっか、ありがとね。それじゃ帰ろっか」

 歩きだした俺の横を傘がぶつからない距離を保ち、一緒に歩く。

「でもかなり待ってたんじゃない?授業が終わってから時間があったでしょ?」

 スーツの男とランドセルを背負った女の子が2人、小雨の中を歩く。地面の水たまりを避けながら小夜ちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

「図書室で時間を潰した」

 俺の質問から大分時間が経ってから返事が返ってくる。この間はいつもと変わらない、小夜ちゃんの間だ。すぐに答えが返ってくる時もあるんだけど、この間が余計に心地よさを醸し出してくれている。

「そっか。小夜ちゃんは本は読むの?」

 またしばらく経って、今度は俺を見上げて頷く。

「どんな本が好き?小説?マンガ?」

 そう言えば小夜ちゃんの部屋に本やマンガは置いてなかったな。思い出しながら歩いていると信号に捕まった。

「マンガは苦手。小説ならなんでも」

 そっか、ジャンルを問わないんだね。

「もしよかったら俺の部屋にもいくつかあるから、好きなのがあれば勝手に持っていっていいよ」

 信号が青になり、また2人で歩き出す。ちょっと歩くとまた小夜ちゃんが俺を見上げて頷く。そこでちょっと立ち止まってみると雨が止んでいた。曇り空だけど、薄く雲が赤色に染まっているな。傘を畳んで、また歩き出す。一緒に歩いていると、傘を差している時よりちょっとだけ俺の近くを歩く小夜ちゃん。

「今日もご飯が楽しみだね。今晩のメニューは何?」

 すでに献立は決まっていたみたいで、

「麻婆豆腐」

 と一言だけ返事があった。

「そっかぁ、それは楽しみだね。小夜ちゃんって料理が上手だもんねぇ。そのうち俺が食べすぎでぶくぶくに太っちゃったらごめんね」

「大丈夫。いっぱい作らないから」

 なるほどね、ちゃんと量とかも考えて作ってるんだ。相変わらず抜かりない子だ。いつ嫁に出しても恥ずかしくないよ。まだ送り出すつもりは無いけど。つっても俺が教えた訳じゃないし、もし嫁に行くのなら今度は俺がうだつの上がらない恥ずかしい父親になるな。なんて考えているとマンションに着いた。

「我が家に到着っと。さぁおいしい小夜ちゃんのご飯の為に、早く家に入らないとね」

 俺がスタスタとマンションに入っていく後ろで、

「ご飯は逃げないのに」

 って小声で突っ込みが入った気がするけど気にしなぁい。

「早く来ないと置いてっちゃうよ!」

 マンションのロビーまで先に行った俺がまだ敷地にすら入っていない小夜ちゃんを大声で呼ぶ。すると小走りにこちらに駆けてきた。こうやって見るとかわいいなぁ、もう。


 夕食も終わり、小夜ちゃんが洗い物を終えてテレビを見ていた俺のそばに来る。時計を見ると7時か。土日は休みだけど、さっさと仕事を終わらせよう。

「小夜ちゃん。俺、仕事が残ってるんだ。今日中に終わらせたいから、ちょっと部屋に籠もるね。ごめん」

 いつもならこのまま一緒にテレビを見たり、俺がゲームをやって、それを小夜ちゃんが見てて、9時とか10時ぐらいにお互いがお風呂に入って小夜ちゃんは部屋に行き、俺はリビングに居たり、部屋に居たりとそれぞれ別になる。

 俺がずっとリビングにいるから単に部屋に行き辛いだけなのかと思っていたけど、宿題は?って聞くと「もうやった」って。勉強しておいでって部屋に促しても「大丈夫」って頑なに拒まれた。強く言っても本人のやる気次第だから口を出さなかったのだが、結果は今日知っての通りだった。する必要が無かったか、俺が帰ってくるまでに済ませてるんだね。それから俺がゲームを始めた時も一緒にやろうと言ったら、見てるだけでいいって言うから最近はシミュレーションとかの変化を楽しむゲームを始めるようになった。路線のダイヤを悩んで組んでいると後ろからアドバイスをくれたりする。そんな生活が毎日続いていたのだが、今日だけは仕事がある。

「もし何かあったら部屋においで。別に邪魔しないでって事はないからさ。あと、絶対に仕事を家でしたって課長に言わないでね。怒鳴られるだけじゃ済まないからさ」

 いつもと変わらない表情で小夜ちゃんは頷く。俺がごめんねって言って部屋に入ろうとしたら小夜ちゃんはテレビを消して自分の部屋に向かう。さてと、さっさと終わらせて土日を満喫しないとな。

 部屋に戻りパソコンの前に座る。持って帰ってきたデータを読み込み、続きを作成する。本来は今日中に終わらせないといけないって仕事じゃないけど、今週の仕事量だと先行して終わらせておかないと別の仕事が入れられない。ニカイチはすでにパンク状態。そんな中で臨機応変に動けるのは俺しかいないし、仕事のスケジュールを組んでいるのは俺なので、他の人のフォローをするにしても俺に余裕が無ければ対応できない。って事で黙々とプレゼン資料を作成する。すでに制作チームから図面やデザイン資料などを上げてもらっているから、あとはプレゼン内容の構成と当日PRする内容の原稿と資料を作成する。しばらく没頭していると部屋をノックする音が。

「はーい」

 すると申し訳なさそうに小夜ちゃんが入ってくる、その手にはお盆に湯呑みを乗せて。

「お茶を入れました」

「ありがとう。ちょっと待って」

 切りの良いところまで来ていたので保存だけする。ちょうどいいし、休憩にするか。お茶を受け取って時計を見るとすでに9時だった。小夜ちゃんを見ると既にお風呂に入った後で顔が上気している。

「もうこんな時間か。いやぁ時間が経つのが早いなぁ。あっ、お茶がおいしい。さすが小夜ちゃんだね」

 俺の部屋の真ん中でお盆を抱えて突っ立ってるから座ってもらう。物珍しそうに俺の部屋を見渡す小夜ちゃん。そっか、俺の部屋に入るのは初めてか。俺がお茶をすすってしばらく楽しんでいると意を決したように聞かれる。

「お風呂はどうしますか?」

 うーん、どうしようかなぁ。このままのペースだと3、4時間ってとこだから、それから風呂に入ってって考えるとちょっと辛い。

「そうだねぇ、明日の朝に沸かし直して入るよ。今日は遅くなりそうだし」

 そうですか・・・。ってなんか残念そう。さてと、お茶も飲んだことだし、続きを始めようかな。

「お茶ありがとね」

 湯呑みを小夜ちゃんに返して、またパソコンに向き直そうとしたところで、

「あっあの!」

 って、小夜ちゃんに止められた。

「ん?なに?どうした?」

 しばらく、あの・・・とか、えっと・・・とか言い辛そうにしてる。このまま沈黙で待っていても良いんだけど、さすがに小夜ちゃんが可哀想だからイスからおりて小夜ちゃんと同じ目線に合わせて、

「どうしたの?」

 って促してみる。またしばらく言い辛そうだったけど、意を決したように。

「ここに居ていいですか?絶対に邪魔はしないので」

 って真剣な目で聞いてくる。なんだそんな事。聞くまでも無いのに。

「そんな事ぐらい全然構わないよ。ただ相手できないけどいい?」

 力一杯頷く小夜ちゃん。何を一生懸命になってるんだか。

「暇だろうから適当に本でも読んでていいよ。気に入ったものがあればいいんだけどさ。それじゃ仕事をさっさと済ませちゃうね」

 またパソコンに向かい、さっきの続きをはじめる。小夜ちゃんはしばらく俺を見ていたのだが、暇になったらしく本を読み始めた。よしっ!目標は2時間だ。それまでには何としてでも終わらせよう。どうせプレゼンをするのは課長なんだし、俺がここで頑張って原稿を作っても、どうせ原稿通りには進めてくれないんだしさ。いつも行き当たりばったりでこちらが用意した資料を全て使ってくれるような人じゃない。だけど、その場の乗りで臨機応変にPRするので、毎度毎度受けがいいんだよね。よく課長を感覚で生きている人と間違われがちだが、それは全然違う。あの人は観察力が長けている理論派で、観察された事象から一瞬にして理論展開をして攻めていくので、初対面や普通の人は直感に頼った感覚派と勘違いしやすい。親しくなれば親しくなる程、理論的思考が目立ってくるのですぐにはわかり辛いのかもしれないけど。その為、こちらとしてはどんなケースでも対応できるように資料を作成しておかなくてはならない。ニカイチのプレゼン勝率の50%は課長、45%は企画立案および製作内容、そして残りの5%で資料作成力となる。おかけで俺と竹さんはプレゼンやコンペの度に資料作成に追われる事となるのだが。

 ある程度まで完成して、後は細かな校正を入れる段階で一旦休憩を挟む事とする。ちょっとは小夜ちゃんの事も気にかけてあげないとね。時計を見ればもう11時。目標をすこし超えてしまったな。でもまぁ後30分程で終わるか。さてと、小夜ちゃんはっと後ろを振り返ると・・・。

 俺のベッドにもたれ掛かって、本を開いたまま寝息を立てている。さすがに11時は遅い時間だったか。もうちょっと早くに切り上げられればよかったな。布団をかけてあげてしばらく寝顔を見てると何か寝言を言う。何を言ったのか分からなかった。聞き取れなかったから近づいて良く見てみると・・・・・・。俺は心を鷲づかみされ、時が止まった。


 小夜ちゃんの寝顔に1粒だけつたう跡が。


 その瞬間、今日の言葉がよみがえる。

――本心では人嫌いなのではないかと疑ってしまいます――

 いや、この子は人嫌いなんかじゃない。ただ必要以上に人と接しようとしていないだけなんだ。きっと本心は人一倍寂しがり屋なんだよ。


 あの日、俺の家のドアの前に1人で立っていた時。あんな顔をする子が人嫌いな訳が無い。

 一生懸命、無理をしてコミュニケーションを取ろうとしていた子が人嫌いな訳が無い。

 毎晩、時間ぎりぎりまで俺と一緒に遊んでくれる子が人嫌いな訳が無い。

 半日、時間を潰してまで俺を学校で待っててくれる子が人嫌いな訳が無い。

 今ここで眠っている子が人嫌いな訳が無い。


 時間が解決してくれる様な代物でもない。

 きっと、この子の中で何かがある筈なんだ。

 心を閉じ込めようとする、笑顔を抑える何かが。

 俺はこの子をわかってあげられるのだろうか。

 この子に満面の笑みを与えてあげられるのだろうか。


 俺、生まれて初めて後悔した。自分の非力さと無力さを。


寝勒「なるほどってこう言う事か」

小夜「?」

寝勒「最高にハイって奴だね」

小夜「??」

寝勒「ザ・ワールド!」


小夜「いつから人間をやめたの?」

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