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長夢。  作者: 緑ノ小石
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梅雨 1

 気象庁からの梅雨入り宣言からはや一ヶ月。もうすぐ梅雨明け宣言があってもおかしくないのだが、外では小雨が降っており、野球部と思われる元気な少年たちが元気に校庭を走っているかけ声が聞こえる。背の低い木のイスと背の低い木の机に座り、教室を見渡す。後ろには習字が張られ、その文字は『大空』。紙からはみ出して大胆に書かれたものや、綺麗にまとまっているもの、『大』の文字だけ異常に大きく『空』の文字が追いやられているもの、全体的に右に偏っているものと様々だ。

 俺は今、教室で俺を呼びだした本人を待っている。女の子にこの時間に、この教室に来いと言われた。その女の子は華奢な子で、大人しい無口な子だ。一体、どんな話なんだろうと、期待半分、不安半分で待っている。すでに10分程、約束の時間を超えているだろうか。手持ちぶさたで、なにか時間を潰せるものを持ってくればよかったと後悔し始めた頃、教室の扉が勢いよく開き、

「いやぁ、どうもどうも、本当にすみません、草野さん」

 短髪でやっぱりジャージ姿の推定体育教師と思われる先生が入ってきた。

「教育委員会からでして、わざわざ来ていただいたのに、申し訳ありません」

 そう頭の後ろを掻きながら目の前の席に座る。

「いえ、構いませんよ。お電話はよろしいのですか?」

「ええ、ただの確認の電話です。大した用事ではありませんよ。私でなくてもよかった内容でしたから」

 そう言って、資料を開く岸本先生。

「では、早速。小夜ちゃんなんですが・・・」


 半月程前、家に帰って小夜ちゃんの晩ご飯を食べ終わって、いつもの様に俺がリビングでゲームをやってて、後ろでそれをいつもの様に見ていた小夜ちゃんがおもむろに一枚の用紙を渡してきた。内容は保護者面談のお知らせ。希望する日時に○をつけて提出するものだった。

 すべて平日の昼から夕方にかけての日時だったので、いつでもいいから夕方に○を付けて小夜ちゃんに渡した。夕方だったら課長に言って早退する事が出来るからだ。

 だが、今週はプレゼンが3件、報告書が2件と多忙を迎え、来週早々には地域開発のコンペが1件入っていた。竹さんも進藤さんも、今回は課長までもがスケジュールに追われる形となったのだが、それでも残業規制は変わらず、一日のスケジュールが下手をすると分刻みで行動しないとすべてに間に合わないぐらいパズルを組んでしまった俺の責任でもあったのだが、そんな中で抜け出すことなんて不可能に近かった。

 岸本先生も俺に気を使ってくれたのか、決まった予定は金曜日の一番最後。直前になって日付を延ばしてもらおうかと思ったのだが、どこからか課長が保護者面談の情報を仕入れおり、なんとしてでも行って来いと怒鳴り声で命令を受けた。進藤さんも竹さんも快く送り出してくれたので、少しだけ家に仕事を持ち帰るぐらいで済んだのは不幸中の幸いと言うべきか。家に持ち帰ったなんて課長が知ったら殴られるだろうな。


「・・・と言うわけで、運動面は平均より少し下なのですが、学習面ですばらしい結果を残しております。ただ、以前の学校で既に終わった内容でも無いみたいで所々基礎が抜けていると言うか、教科書の内容は網羅している様なんですけど、大事な所を教わってない感じでしたね」

「そうなんですか?」

 どうも転校してすぐに小テストがあったみたいで結果は人並だったのだが、その後の授業から巻き返しがあり、ついこの前のテストの結果は全ての教科において満点近くを叩き出したらしい。ってか、小夜ちゃんからテスト結果を聞いてなかった。むしろ、テストがあった事すら知らなかったんですが・・・。

「えぇ、私も短いながらも色々な子供を教えてきたのですが、あそこまで理解力と応用力の優れた子は初めてですね。1を教えれば10を理解してくれると言いますか、全ての生徒がそうならすごく教えがいがあるんですけどね」

 そう言って、自傷気味に笑う岸本先生。確かにスポンジの様にこちらの言いたい事を理解してくれると教える側も楽しいからね。・・・圭介君にその事を教えてあげたいよ。

「前の学校の件も気にはなるのですが、それよりもっと気になる事がありまして」

 急に真顔になって佇まいを直し、

「普段の生活、いえ別に草野さんがどうとかって話では無く、ご自宅でもそうではないかと思いますが、ちょっと人を信用していないと言いますか、必要以上に親しくならないと言いますか・・・」

 うん、心当たりはある。

「クラスの中で孤立しているって訳では無いのですが、特別に親しい友達がいる訳でも無いって感じがするんです。聞けば答えるし、それなりの反応も返ってくるんですが、何と言いますか、周りの子たちもあの容姿ですし勉強面では頼りにしている所もあるみたいで話しかけたりしてお喋りしている所を見かけても一度も本人が笑っている姿を見た事がないんですよ」

 それは親である俺でもそうですよ。一度だけ、たった一度だけ笑ってくれただけで。

「初めは転校してきたばかりで馴染めていないだけかと思ったのですが、すでに1ヶ月以上過ぎています。ほとんどの子は半月もあれば順応して、親しい友達が出来るものなんですけどね。子供たちはそう思わないと思いますが、本心では人嫌いなのではないかと疑ってしまいます」

 やっぱりそうだったか。薄々気が付いてはいたんだ。その日、学校で何があったか聞いても、勉強した内容だったり、授業の内容ばかりで、加奈ちゃん以外の友達の話題が出てこなかった。もしかするとと思っていたけど、いざ状況を聞いてしまうと軽くショックを受けるな。

「それでも、6年生の松山さんがよく小夜ちゃんを帰りなんかに呼びに来て一緒に帰っているみたいですよ」

 松山さん?えーっと、誰?あぁ加奈ちゃんか。

「そうですか、その加奈ちゃん・・・松山さんですが、実は私の上司の娘さんなんです」

 岸本先生は驚いた様子で、そうだったんですかって呟いている。一番俺が気に掛けている事を先生に聞いてみる。

「やはり家庭環境の影響が大きいのではないですか?私1人しかおりませんので、母親となる人がやっぱり必要なのかもしれません」

 今の正直な悩みを訪ねてみた。

「いえ、ほとんどの子供はそう言った家庭環境が一番影響を受けますが、今回の小夜ちゃんの場合はそのケースに当てはまらないと思いますね。どちらかと言うと、今までそうだったから、今でも変わらないという感じが見受けられます。草野さんのお宅での事情がどうであれ、あの子はあのまま、我々が考えるこうなって欲しいと言う理想に近くなることはないと思います。以前の状況がわかりませんので推測の域を出ておりませんが、学校には来ておりますし、悪化していないだけ草野さんとの生活は悪くないと言う事ではないでしょか。厳しい言い方になってしまいますが、ベストではなくベターと言った所だと思います。かといって草野さんがご結婚するとなるとまたしても状況が変わりますので、草野さんが無理をするだけ、小夜ちゃんにも無理が出てきます。まぁ、小夜ちゃんが求める方がお見えでしたらその限りではありませんが。つまりは小夜ちゃんが求めていない環境ならば変化を求めるのは非常に難しいと考えます。ある意味あの子は出来上がってますからね。・・・すみません、教師としても半人前の奴が偉そうに話をしてしまいました。ただ単純に人より慣れるのに時間がかかっていて、私は無駄な心配をしているだけで、時間が解決してくれる問題なのかもしれません。勘違いも含まれていますので聞き流して頂けると助かります」

「いえ、とんでもありません。よいお話が聞けました。私としては子供を持った事がございませんので、目から鱗ばかりが落ちてしまいます」

 いい話が聞けたな。そう言った見方はやっぱり色々な子供を見てきた人だから出来る事なんだろう。多分、この先生の言う通りなのかもしれない。あそこまで色々と物事を考えられる子が、人見知りの一言で片づけられるとは思えない。

「申し訳ございません、長々と話をしてしまいました。私からは以上ですが、何かございますか?」

「いえ、私からもありません。先生、どうかあの子をよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。草野さんの様な方が小夜ちゃんを引き取られてよかったと私は思いますよ」

「お世辞でもそう言って頂けると嬉しいですね」

「お世辞ではありませんよ。私なんかが言っても気休め程度にしかならないと思いますが」

 そう言いながら先生は席を立つ。俺も教室の出口に向かいながら、

「とんでもない。先生のような方が小夜ちゃんの担任でよかったです。私だけではジタバタと足掻くだけで状況は一向に良くならない。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、小夜ちゃんをこれからもよろしくお願いします」

 教室の出口で深々とお辞儀をする。

「こちらこそよろしくお願いします。一緒に小夜ちゃんが素直に笑える環境を作っていきましょう」

「ええ、そうですね。それでは失礼いたします」

 そう言って教室から出て、玄関へ向かう。初めは体育教師みたいで大雑把な人かと思っていたけど、実は子供の事をしっかり見てくれるいい先生だった。最近の先生にあまり良い噂がないので安心した。やっぱり情報が1方向からしかないと偏った認識になる事を改めて実感と反省を。


寝勒「クラスの中ではどんな感じです?」

岸本「小夜ちゃんは可愛いですからね」

寝勒「はぁ・・・」

岸本「クラスのマドンナって感じですよ」


寝勒「先生、若いのに古いですね」

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