3日目 5
忙しそうに動き回っている店員さんを眺めながら注文の品が届くのを待つ。相変わらず2人の間には会話がないんだよねぇ。って言っても小夜ちゃんから話題を振られる事が今まで無いってだけだけど。別に俺も無言が嫌いって訳じゃないからいいんだけどさ。それじゃ早速話題を振りますか。
「小夜ちゃん、学校はどうだった?」
厨房の方を眺めてた視線を俺に向ける。きっと答えは普通って返ってくるよ。
「普通だった。みんなに囲まれて大変だったけど」
おお!一言で終わらなかった!奇跡だ!奇跡が起きたぞー!!
「そうかぁ。転校生は人気者だからね。みんなに何を聞かれたの?」
「どこから来たの?とか、部活は何をしてた?とか、好きな芸能人はだれ?とか」
あぁ、小学生らしいなぁ。
「それで、なんて答えたの?」
指を順に折りながら、
「隣の県。やってない。テレビ見ない。聞かない。好きじゃない。そんな事無い。・・・後は憶えてない」
えーっと、質問がわからない答えがあるんですが、気づいてるのかなぁ。それともわざと?それにそのまま答えたのかなぁ。すごいぶっきらぼうなんだけど・・・。
「そのあと、クラスの人が学校を案内してくれた。でも一回で憶えれなかった」
そうそう、あれって絶対に憶えられないよね。それをわかってて案内してるのかなぁ。たぶん、してないね。見取り図を渡されてもわかる訳ないよ。
「そうだよねぇ。俺なんか大学生になっても教室の場所とかわからなかったからね」
それ故に何度講義に遅れたことか・・・。代返を常に頼んでたから何とかなったけど。ねぇ、小夜ちゃん。その目は何?
相変わらずの無言で俺を見てる小夜ちゃんを横目に、まずはサラダとガーリックトーストが届けられた。小夜ちゃんはそのサラダを小皿に取り分けて、俺に差し出してくれる。
「ありがと。小夜ちゃんもいっぱい食べてね。はい、フォーク」
小夜ちゃんの分が取り分けられたのを待ってフォークを渡す。生ハムかぁ、こいつをメロンに乗せた人は何を考えて一緒に食べたんだろう。と言うより前菜にメロンを持ってきたシェフは何を考えて生ハムを食べようと思ったんだろうか・・・。プリンに醤油をかけた人とかね。しかし生ハムってなかなかフォークに刺さらない。小夜ちゃんは器用に生ハムとレタスとをフォークで刺してる。すごいなぁ、俺も見習わなくては。・・・・・・やっぱり無理。横からすくってそのまま口へ。うん、塩気とハムでグニュグニュがするねぇ。そんな感じでサラダを頂いたところで丁度パスタも出てくる。
「よし、メインディッシュのご登場です。スプーンはいる?」
「いい」
「すごいねぇ小夜ちゃん。俺はスプーンが無いと上手に食べられないよ。行儀が悪くてごめんね」
首を振る。なんか俺の方が子供だよなぁ。まぁいいや。
「では、好きなだけどうぞ。俺も適当に頂くからさ」
フォークを上に向けて頷く小夜ちゃん。取り皿に両方を2口分ぐらい取り分けてちょっとご満悦。でもなんか今日は硬いんだよねぇ、表情が。どうしたものか、取り合えず俺もまずはペスカトーレから頂く。目の前の誘惑には勝てません。うん、魚介類。アサリとイカとエビ。トマトソース。ペスカトーレだね。それじゃクリームの方も頂きますか。うん、ブロッコリー。
それぞれ俺が半分ずつぐらい食べたあたりで小夜ちゃんはフォークを置いた。
「ごちそうさまでした」
ありゃ、そんなに食べてない気がするけど小食だったか?・・・・・・そうだったね。
「満足した?」
「うん」
頷きながら返事を返してくれた。よし、それじゃ残りをさらえましょうか。1口、2口、3口。はい、ごちそうさま。
俺が食べ終わったところで飲み物とデザートが届く。紅茶は2杯分ぐらいあるんだね。小夜ちゃんは紅茶ポットから茶漉しを通して注ぎ、まずはストレートで一口飲む。そしてプリンの上のフルーツを順に食べて頬が微妙に緩んでいく。やっぱり甘いものは好きなんだねぇ。俺もティラミスを1口。すげぇ、牛乳だ。2口目で若干の飽きが・・・。もともとそこまで甘いものが好きって訳でもないんだよね。コーヒーで口を整えて顔を上げると、小夜ちゃんは既にプリンも食べて器が空っぽ。それじゃ、
「食べ掛けでよければこれもどう?お腹いっぱいになっちゃたからさ」
俺をしばらく眺め、そして目線はティラミスへ。小夜ちゃんが長考に入った。無表情のまま全く目線すら動かさずに約30秒。そして目線を俺に戻して頷く。太る事と葛藤してたんだろうな。そんなに細いのに気にしなくてもいいと思うんだけど。
ティラミスを小夜ちゃんの前に差し出す。ちょうど紅茶も空になったみたいで、2杯目を注ぎ今度はミルクティーにしてる。へー、そういう楽しみ方も出来るんだね。ずっと茶葉が浸ってるから濃くなってるんじゃないか心配だったけど。
ゆっくり一口ずつ味わってるみたいで、でも早々にティラミスが消えた。うん、今度小夜ちゃんを連れてパフェを食べに行こう。それを眺めてるのはなんか俺も幸せだ。遠くのデザートで有名な店にドライブがてら行ってもいいよなぁ。あっ、そうだ。ニカイチの話をするのを忘れてる。
「小夜ちゃん、7月なんだけどね」
「うん」
不思議そうな顔をして、先を促してくれる。
「職場の人たちと海でバーベキューをしようって話になったんだ。言い出したのは課長だけど、その後に小夜ちゃんの話が出てね。みんなが小夜ちゃんに会いたいって事で7月の連休にバーベキューをする事になったんだ。それもなぜか1泊の小旅行になっちゃって。課長んとこもみんな来ると思うんだけど、俺の会社の人と顔を合わせなきゃいけなくて、もちろんみんな良い人なんだよ。でも知らない人達と出かけるのは嫌じゃない?」
頷く。やっぱりかぁ、ちょっと人見知りするのかもって思ってたけど、嫌なんだね。しょうがない、明日不参加を伝えないと。
「・・・・・・嫌じゃない」
あーあ、みんなに色々言われるんだろうなぁ・・・。え?
「いいの?」
再び頷く。
「嫌じゃないし嫌いじゃない」
うつむいて、ミルクティーを眺めながらを答える。
「そっかぁ、よかったぁ」
「・・・得意じゃないけど」
「いいよ、別に愛想を振りまかなくても。気を使う相手でもないし、向こうも気を使ってこないだろから」
特に・・・進藤さん以外ね。
「でも本当によかったぁ、小夜ちゃんそういうの嫌いそうだったから心配したよ。もちろん嫌なら嫌って言ってね。小夜ちゃんが嫌ならちゃんと断って来るからさ」
「でも海は初めて・・・・・・」
「あっ、そうなの?行ったことないの?」
小夜ちゃんは頷いて、最後の紅茶を飲む。
「そうかぁ、それじゃ水着やなんかも買いに行かないといけないね。俺は全然わかんないから早苗さんにお願いしようか。きっと可愛いのを選んでくれるよ。さてと、そろそろ行こうか」
そう促して会計を済ませてお店を出る。小夜ちゃんは海に行った事がないんだって。初めて見る海はどんな感じに映るんだろうか。楽しんでくれるといいなぁ。うん、きっとニカイチのメンバーを見てるだけで楽しいと思うんだよね。きっと竹さんと圭介君がはしゃぐと思うし。それに加奈ちゃんも一緒だろうから、飽きることは無いと思うんだよね。
車に乗り込んで無言の時間が流れる。車は幹線道路をゆっくりと走り、外の電飾がまぶしい。今日一日を振りかえって、ちょっと気になった事があるんだよね。違和感というか何と言うか。丁度信号待ちで止まったので、直接確認してみる。
「小夜ちゃん」
前を向いていた顔をこちらに向ける。
「無理しなくていいんだよ。いつも通りの小夜ちゃんでいいからね。無理に話そうとか、無理して俺の気を使わなくてもいいんだよ。新しい学校も始まったし、せめて俺の前では普通でいてね」
話し終わると信号が変わり、俺は前を向いて車を走らせる。
俺の話を聞き終わってしばらく俺を見ていたと思ったのだが、気が付けば反対側を向いて外を眺めてる。表情が伺えないから、お門違いだったかな。まぁいいや。俺の勘違いだったらそれはそれは問題ないからね。
なかなか回転数の上がらない、軽いエンジン音を聞きながら街中を走る。家に着くまでの短いドライブ。2人の間には沈黙しかないけど、でも俺はこの子と一緒にいるだけで心地良いと思い始めている。小夜ちゃんも居心地が悪くなければいいな。小夜ちゃんの学校も始まり、こうして2人の不思議な、本当に不思議なところから始まった生活が幕を完全に開けた。
寝勒「スプーンが無いと巻けません」
小夜「・・・・・・」
寝勒「でも、頑張ってフォークだけを使います」
小夜「・・・・・・」
寝勒「この際なので、巻かずに食べます」
小夜「・・・目的はなに?」