3日目 4
会社に戻り、いつも通りの午後が始まる。特に目立ったトラブルもなく、平穏な午後を過ごしていた。と思っていたのだが、16時を廻ったぐらいに課長が帰ってきた。
「戻ったぞー」
「お疲れさまです。いかがでしたか?」
課長は机に荷物を置き、勢い良くどかっとイスに座る。
「俺を誰だと思ってんだ!?恵美ちゃん、15%まで行けるからな、後頼むぞ!」
はぁ?何ぼったくってきてるの、この人。ほら、進藤さんも目が点になってるし。
「課長、さすがにそれは取り過ぎじゃないです?いえ、無いよりかあった方がマシですが・・・」
「いやな、どうせ値切られると思ったから仕入れ値の15%ぐらいを提示したらよぉ、話が弾んで気が付いたらそのまま承認って訳だ」
「どうして初めの段階でその予算を貰ってこないのかねぇ」
確かに、竹さんの言う通りだ。その予算で通るならもっと質を上げられた気がする。
「だよなぁ、俺も不思議でしょうがねぇよ。だから第1の奴らは無能なんだよ」
もともとこの案件は第1企画部から受け継いでニカイチでやる事になった。と言うのも、大分前の竹さんが製作部にいた頃、竹さんが担当してえらくその仕事を気に入って貰った為だ。そしてその客先が飲食部門を立ち上げるので、まずは第一号店のオープン企画の依頼を第1企画部で受けて事前交渉まで終わった後、竹さんの指名があったのでその後をニカイチで引き継いだという訳。初回のプレゼンでOKを貰い、いざ諸々の手配をしたら予算オーバーして課長に追加予算の交渉を依頼したのだが、ぼったくって帰ってきた結果となった。
「おい、ロク。第1の奴らに伝えておいてくれ。特にいかに自分達が無能かを強調してな」
相変わらず企画部の人たちが嫌いらしい。元々課長のこれも原因で第2企画部が立ち上がった訳なんだけどね。
「別に強調はしませんが、振り元なので結果だけ報告しておきます」
「相変わらずの平和主義者め」
「相変わらずの好戦主義者に言われたくありません」
課長はケッ!っと横を向いて携帯をいじり始めた。あーあ、へそを曲げちゃったかな。まぁいいや。そのうち戻ってくるでしょ。さてと、仕事をしましょうか。再び机に向かうと、
「おい、ロク。ちょっと来い」
なんだよ、せっかく人が仕事をしようとしてる時に。あんたは人の邪魔ばかりするなぁ!なんて言えるわけないけど。んじゃ、呼ばれたので課長の元へ
「ちょっとこれを見てみろ」
若干、顔がニヤニヤしながら俺に携帯の画面を向けてくる。
『Sub:断られた。
ロクちゃんが夕食の買い物の事忘れてるかもしれないから、さっき小夜ちゃんをスーパーに誘ったの。そうしたら断られちゃった。もしかして私、嫌われてる?』
「えーっと、これは?」
「早苗からだ」
あぁ、うん。俺が原因だな。小夜ちゃんは理由を言ってないのかなぁ・・・。にしてもあんたはニヤニヤ気持ち悪いな。しょうがない、課長に伝えてもらうか。
「実は今日帰ったら小夜ちゃんと一緒にスーパーに行く約束をしてるんです。だから決して早苗さんを嫌ってる訳じゃありません。きっと小夜ちゃんは俺との約束を忠実に守ってるだけで、悪気は無いんですよ。小夜ちゃんが理由を言ってないみたいだから早苗さんに伝えてもらえませんか?むしろ朝の段階では早苗さんにスーパーの場所を聞こうとしてました。とも」
課長はまだニヤニヤしてる。
「お前はデートを断られた中学生の子供かってな」
いや、その例えは全然わかりません。まぁでも、早苗さんには後で俺からもメールを送っておこう。お気遣いありがとうござます。言葉足らずな小夜ちゃんですが、よろしくお願いしますって。さてと、仕事をしましょうかね。
その後は営業から正直めんどくさい仕事が舞い込んできたりしたのだが、時計を見れば既に18時に。ニカイチの約束事その3に19時までには全員帰れって項目がある。それは課長が「残業をしてまでやらなければ終わらない仕事は人が足りてない証拠だ」って事で、当初は定時の17時半だったのだが、さすがにそれは仕事に差し支えがあるって事で19時までになった。んじゃ、小夜ちゃんとお出かけしなきゃ行けないから帰ろうかね。
「それじゃ、お先!」
ってまずは課長が出ていった。それを皮切りに、
「ちーっす」「お先に失礼します」「おっつかれさっまでーす!」「じゃあね、ロクちゃん」「草野君、また明日」
みんなぞろぞろ出ていく。やべぇ、みんなに置いてかれた。つっても実は最後までいるのはいつも俺なんだけどね。
戸締まりを確認して、みんなのパソコンやらプリンタやらが消えてるかどうか確認して、エアコンを消して、電気を消してっと。さてと、それじゃ帰ろうかね。
エレベータでB2へ。このビルの地下2階と3階が駐車場になってて、ニカイチ用はB2のエレベータのすぐ近くにある。車通勤は俺と課長しかいないけど。たまに飲みに行くときは車をそのまま置いていけるからありがたい。
オンボロカーに乗り込み出発する前に小夜ちゃんに電話を掛ける。1コール、2コール、3コール、『・・・・・・はい』
「もしもし?小夜ちゃん?今から帰るんだけどね」
『・・・はい』
「後、40分もしないうちに家に着くんだ。だからそれぐらいに降りてきて。上に行くのめんどくさいからさ」
『・・・はい』
「それじゃ、よろしくねぇ」
『・・・・・・はい』
電話を切る。小夜ちゃん、はいしか言ってないよ。まぁいいや、そっちの方が小夜ちゃんらしいっちゃらしいかな?
小夜ちゃんに連絡をしたから後は車を走らせるだけ。夕方になると道も混み始めるから大体40分を見ておけば帰れる。ビルのスロープを上がり幹線道路へ。うーん、今日はいつもより混んでるなぁ。信号を2回やり過ごす場面がちらほらと。まぁでもぎりぎり間に合うかな?でもしまったなぁ、小夜ちゃんには40分過ぎてからって言っておけばよかった。
結局、道が混んでいたのも初めだけで、後半からはスムーズに流れて、マンションの傍に着いたのは結局35分ぐらいだった。予定よりも若干早かったがマンションのロビーを見ると既に小夜ちゃんは待っている。俺のオンボロはすぐに見つかるようで、マンションの下につける前に表に出てきて、横につけたらすぐに助手席へと座る。潜入捜査の時はこの車は使えないな。そんな事はしないけど。
「お待たせ。もしかして結構待ってた?」
隣でシートベルトをしながら、
「いえ、そこまで。待つのは嫌いじゃないから」
そう言えば、ファミレスでも待つって言ってたな。辛抱強い子なのかな。んー、あれ?スカート??確か今朝はチェックのシャツにジーンズだったような・・・。あれ?それは昨日だったか?まぁいいや。人の記憶なんて曖昧なもんだからね。
「よしっ!じゃあ行こうか」
隣で頷いたのを確認して車を走らせる。むしろ歩かせるって言葉が似合うかもね。
スーパーは結構近くにあって、坂を下った大きな通りにある。歩くと10分ぐらい、車だとちょちょいのちょいの距離。ただ、両手に荷物を抱えてこの坂を10分上るのはちょっと辛い。近くでも車で行ってしまう。だから今朝は一緒に行こうって話をしたんだけどね。そしてあっと言う間のドライブによって到着。
「着いたよー。さぁて、何を買おうかなぁ」
小夜ちゃんは黙って車を降りて、車の横で俺が降りるのを待ってる。はいはい、ごめんね、すぐ降りて2人で自動ドアをくぐる。俺がカートを引っ張り出して小夜ちゃんがカゴをカートに乗せる。そして俺を見上げて傍に立ってる。
「どうしたの?行かないの?」
何のリアクションも無く、俺を見つめてるだけ。
「じゃあ、行こうか。小夜ちゃんが選んでカゴに入れてね」
そう促して店内へと進む。そうすると小夜ちゃんは俺に付いてきた。うーん、何がしたかったんだろう・・・。まぁいいや。
なんで、スーパーのレイアウトってどこも似たような感じなんだろう。入ってすぐに果物売り場があるから、ついついリンゴを買ってしまいそうになる。適当に果物を見てると、小夜ちゃんに置いて行かれそうになる。待ってよ、小夜ちゃん。
ってかね、小夜ちゃんすごい。なにがすごいって買うときにちゃんと選ぶの。キュウリは手に持って痛いぐらいの奴、レタスは俺に二つ持たせて「どっちが軽い?」って。それで「いいトマトが無い」とか言って結局買わなかったり、すごい泥付きの里芋とか、ネギだけで3種類買うの。キャベツは一玉買うから、「そんなに使う?」って聞いたら、「剥いて使う」だって。魚は「目がだめ」とか言ってるし、イカとか触ってるし。肉は「合い挽き肉が高い」って。卵なんて賞味期限を見て一日でも長いのを選んでるし。いやぁ、お見逸れしました。俺なんてどれも腹に入れば一緒とか言って、適当に買ってたからなぁ。結構買い込んだんだけど、小夜ちゃんに聞いたら、一週間分ぐらい買った、との事。我が家の冷蔵庫が無駄に大きくてよかったよ。
2人で両手いっぱいに買い物袋を提げて車に戻る。さてと、どこで食べて帰ろうかな。
「小夜ちゃん、何食べたい?」
「なんでもいい」
「なんでもいいかぁ。パスタでいい?」
頷く小夜ちゃん。なんか今日はいつにも増して無口だなぁ。まぁいいや、晩御飯を食べに行きましょうか。
ちょっと離れた絵の具みたいな名前のお店へ。この店はプリンとかのデザートが有名で、よく手土産なんかにプリンを貰う。そう言えば先週も課長が貰ってきて、みんなで食べたな。環ちゃんがはしゃいで竹さんの分も食べてた気がする。もちろん竹さんは席を離れていてプリンの存在自体知らなかったんだけど。
店に入るとすぐに案内され、メニューを広げる。一通り眺めて小夜ちゃんも見終わった頃に確認をする。
「小夜ちゃんは決まった?」
メニューに目を落としながら首を振る。あれ?めずらしい。まだ決まってないんだ。んじゃ、もうちょっと待とうかな。
・・・・・・。しばらく待ってみたけど、ずっとメニューを見比べて悩んでるように見える。
「どうしたの?迷ってるの?」
今度は目だけを俺に向けて、ちょっと戸惑いながら素直に頷く。ほぉ、これはこれは・・・めちゃめちゃ可愛い。普段は勝気そうなのに、ちょっと弱い感じで上目遣いに頷くなんて・・・。意識してないだろうから余計に可愛く見えるんだよねぇ。
「どれで悩んでるの?」
メニューを指差して教えてくれた。ベーコンとブロッコリーのチーズクリームソースとペスカトーレ。なるほど、クリーム系とトマト系か。じゃあねぇ、
「なら、このペアデザートセットにしよ。小夜ちゃんは後、サラダと飲み物とデザートを選んでね。ちなみに俺はクリーム系なら何でも良かったから、気にしなくていいよ。一緒に半分づつにしようね」
そのまま目線を俺に残したまましばらく悩んでるみたいだったけど、納得してくれたのか諦めたのか、サラダを選び始めて、生ハムサラダを指し、
「これでいい?」
「うん、いいよ。デザートと飲み物は何にする?」
すぐに決まったみたいで、店員さんを呼ぶ。すいませーん。
「はい、お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
いえいえ、全然待ってませんよ。
さくっとパスタとサラダを伝え、小夜ちゃんはプリンの上にフルーツが乗ったのと、アッサムティ。俺は北海道ティラミスとホットコーヒーを注文する。
いやぁ、それにしてもいいものが見れたなぁ。この先もこんな表情してくれるんだろうか。これで見納めだったらちょっと悲しいな。
寝勒「パスタとスパゲティの違いって何?」
小夜「スパゲティはパスタの種類」
寝勒「へぇ、じゃあマカロニは?」
小夜「それも仲間」
寝勒「なるほどね、じゃあうどんは?」
小夜「日本のパスタって言われてる」
寝勒「なるほど、なるほど」
小夜「あと、餃子の皮も」
寝勒「まじで!?餃子って日本のパスタなの!?」
小夜「わたしの説明がおかしいの?」