第5話 城門前で番付表が自動オープンし相撲令嬢は強敵の匂いを嗅ぐ
リジー王子と一緒に王宮を歩いて行く。
贅をこらした調度を並べた夢のようなお城は、今はピリピリと張り詰めた空気が漂い、暗黒街のように不穏だ。
「リジー王子の護衛の者や、お付きの従者はどうなされましたの?」
「わかりません、三日前にジョナスお兄さまに乱暴に地下牢に連れていかれましたので、彼らの事は何も……」
ふむ、うちのアデラは軽薄な外見にもかかわらずやり手ではあるが、王子さまのお世話をするには少し格が足りない気がする。
領の城にいるメイド長と相談をしなくてはならないだろう。
時々兵隊に行き会うが、彼らは噂を聞いているのか、即座に回れ右をして逃げていく。
アリアカ城を出るのも簡単かもしれないな。
私たちはお城の一階に着き回廊を回って正面エントランスを目指す。
もう空は真っ暗だ。
学園の卒業記念ダンスパーティの開催が夜六時、いまは夜の八時ごろだろうか。
夕方に王宮に入った時は、最近冷たくなった婚約者のジョナス王子と、どうやって関係改善をするか鬱々と悩んでいた。
正直泣きそうであった。
だが、今は、なんの悩みも苦しみも無く、ただ、愛するリジー王子との道行きを楽しんでいる。
人生は相撲のような物だ、一瞬の攻防で全てが決まり、状況が変わる。
「はぁ~、咲いてや牡丹と云われるよりも~♪ 散りてや桜とわしゃ云われたい~♪」
「綺麗な歌ですね、フローチェの生き方みたいです」
「まあ、恥ずかしいわリジー王子」
また思わず相撲甚句を詠ってしまったわ。
はぁどすこいどすこい。
城の尖塔に隠れていた月が姿を現した。
「月が綺麗ですね」
リジー王子が空を見上げてそう言うので、私はドギマギしてしまう。
違うのよ、この世界には猫を書く文豪はいないのだから、聞いた通りの意味だわ。
はぁどすこいどすこい。
カンカンカンカンカンカン。
早い速度の拍子木と共に、私の前方に番付表が自動的にオープンした。
番付表のど真ん中に赤い四角の中に『注意喚起』と相撲体の文字が浮かぶ。
『強力士出現:番付小結』
番付の上の方、西の小結の場所が赤く光っている。
パルメロ市出身 ユスチン・スヴォロフ
アリアカ城の入り口と城門をつなぐエントランスロードに二人の偉丈夫が立っていた。
一人はクリフトン卿だ、こちらを見てニヤニヤ笑っている。
大柄なクリフトン卿を二回り大きくして、筋肉をバンプアップさせた男、彼がユスチンのようだ。
「やあ、フローチェ嬢、あんたとの戦いがあんまり面白かったんでなあ。師匠にも味わわせてやろうと思って連れてきたんだぜっ」
ユスチンはこちらを冷たい目で見て値踏みをしているようだ。
クリフトン卿の師匠というと、アリアカ式レスリングの師範であろうか。
チンピラが一目みるだけで戦意を無くしてしまいそうな素晴らしい肉体だ。
「俺はユスチン・スヴォロフ、天下無双を目指すレスリング馬鹿だ……、おいっ、馬鹿弟子、あんな女子にお前は負けたのか? どう見ても体重も筋肉も足りない、油断していたんじゃねえのか?」
「師匠、あの女、すげえから、とにかく戦ってくださいよ」
「ええ、やだよ、お嬢さんなんか倒してもなんの得にもならねえしよ」
「ユスチン師匠!」
「だって、お前、あの子可愛いしよう。俺あ、女の子には乱暴しないって子供の頃から決めてんだよ」
なんというか、好人物な感じですね、ユスチン氏は。
「あのー、クリフトン卿、私は城の外に出たいのです、通してくれませんか?」
「それは許されねえ、あんた達の通行は、このユスチン師匠が止める」
「えー、この子たちが何したってんだよ、良いじゃんよ、通そう通そう、なっ、なっ」
「師匠っ、今月の授業料払わねえぞっ」
「しょうがねえなあ」
ユスチン氏はこちらへ歩を進めた。
「あれだ、一発軽くはたくからよ、それで降参してくれよ、お嬢ちゃん」
「いやですわ」
ユスチン氏はひげ面の顔に鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。
「いや、だけどよう」
「私は一匹の相撲取りですわ。痛みぐらいで降参? あなたは力士になんという侮辱をするのかしら」
「……、あ、あははははっ、こりゃ悪かった、そうかそうか、お嬢ちゃんはちゃんとした戦士なんだな、これはごめんな」
近くに来ると筋肉の圧力がすごいな。
大きさも幼女と大人ぐらいの差がある。
「あなたを倒さないと、ここを通してくれないのね」
「そうだな、坊ちゃんから禄を貰っている身なんでよ、恨まないでくれよ」
大きいけど、目が可愛い人ね。
朴訥な大男も嫌いじゃないわ。
「では、勝負よ、悪いけど私の言うルールで戦ってもらうわ」
「ああ、良いとも、どんなルールでも俺は負けねえからよ」
「土俵召喚」
ちゃんと段の付いた立派な土俵が石畳を割ってせり出してきた。
相撲神術は属性的に土なのかしら、地母神関係の神聖神術にも思えるわ。
「こ、こいつは立派なリングだ……。べらぼうな」
「この上で勝負をして貰うわ、ルールはたった二つ、足の裏以外の場所が土に付くか、土俵から出たら負けよ」
「そいつはシンプルだ、押さえ込みや寝技はないんだな」
「ないわ」
本来は殴る蹴るも禁止なのだけど、古来の相撲は総合格闘技だったらしい。
古事記にも書いてある、野見宿禰の逸話では、当麻蹴速に蹴りあいで勝利し腰を踏み折ったとあるから、昔は問題がなかったのだろう。
近代になってから、投げ技中心となったようだ。
この世界の相撲の神様がいつの時代の方かは知らないが、武器を持ったオーヴェを負けにしなかったところを見ると、武器でも、蹴りでも、拳でも、別にかまわないのだろう。
拍子木が鳴り、半透明の人々が旗を持って土俵の周りをぐるりと回った。
「な、なんだ、ゴーストか!!」
「落ち着いて、報奨金だわ。勝った方が彼らの出すお金を総取りできるわ」
よく見ると、なとりとか、紀文とか、永谷園とか、テレビ中継で見た旗がたくさんある。
どこから発生してきたのかしら、この報奨金は?
「神聖属性の決闘型術式か、こんな大掛かりなものを……」
「これが相撲よ」
半透明の呼び出しが扇を開いて東西に向けた。
『ひがああしいいい、ユウウスチイイン、ユウウスチイイン。にしいいい、フロオオオチェエエ、フロオオオチェエエエ』
私は土俵に上がり、塩を取って土俵にまいた。
「これを手に取ってまくのか、なんだこりゃ」
「塩よ、土俵を清めるのと、手を滑らさない効果があるわ」
「そいつはいい」
ユスチン氏は塩をとり、土俵にまき、手にこすりつけた。
私はユスチン氏に背を向け四股を踏み、片手を脇に上げて手の平を返した。
「なんだ、そのポーズは?」
「こうやって、両手に武器を持っていないことを示すのよ」
「儀式か、儀式の術式はこなした方がバフがかかるな」
「わかっているわね」
ユスチン氏は私の動きを真似て、四股を踏み、手の平を返した。
知らなくても、儀式を尊重する精神は賞賛すべきね。
さすがは小結なだけはある。
「始めるタイミングは?」
「仕切り線を挟んで向かい合って、両方の気力が充実したら行司が軍配をあげるの、その瞬間から相撲ははじまるわ」
「わかった、すげえな、これ」
半透明の行司が入ってきた。
あら、テレビで見たことのある行司さんだわ。
どこから来るのかしら、この虚像は?
ユスチン氏は仕切り線の向こうで体をかがめた。
「嬢ちゃん、あんたの名は」
「フローチェ」
「あんたの事を舐めていたフローチェ、この立ち会いを見て解った。あんたは思った以上に戦士だ」
そう言ってユスチン氏は獰猛な感じに笑った。
「だから、本気でいかせてもらう。本気のアリアカ式レスリングでフローチェを負かす。それが本当の戦士であるあんたへの礼儀だからだ」
「ふっ、やってみなさい。相手にとって不足はないわ」
『みあってみあって』
仕切り線の向こうのユスチン氏の殺気がぼこりと膨れ上がる。
ああ。
ああ。
なんという殺気、なんという闘気!!
私の中で、強敵に出会えた喜びで、相撲魂が輝き光る。
ほぼ、同時に仕切り線に二人の拳が乗った。
『はっきょいっ!!』
相撲が、始まった。