第4話 相撲令嬢は猫耳王子の話を聞き偽りの聖女に激怒する
「どうしてリジー王子さまがこんな場所にいらっしゃるのですか?」
リジー王子は、つぶらな瞳で私を見つめ、ぴくぴくと猫耳を動かしました。
なんと尊い。
あのもふもふとした猫耳をなでくりまわしたい。
「先日、ジョナスお兄さまと、ヤロミーラ嬢が私の部屋にやってきて、聖女が呪文を唱えたのです、そうしたらこの猫耳が生えてきました」
リジー王子は悲しげに目を伏せました。
「兄は、私に呪われた獣人の血を引く者だと糾弾してきました。そんな汚れた血の者は王位に就く資格はないと。私は王位を兄に譲るのはかまわないのです、兄は素晴らしい人ですし、実務にも長けています、でも、我が国にも沢山いる獣人の方を差別するような事を言われてショックを受けました、何か悪い事が起こるような気がしてなりません」
ああ、なんという器の大きいお方であろうか。
処刑されるかもしれない自分の事よりも見たことの無い獣人の民の事を心配するとは。
王の輝きを私と私の相撲感覚は感じる。
「そんな事はありませんわ、リジー王子、あなたは素晴らしい人です。たとえ獣人の血を引いてらっしゃっても、それがなんだと言うのでしょう。人の価値は他人への慈愛で決まります、私は、リジー王子の王位継承を支持いたします」
私がそう言うと、リジー王子はふんわりと花のように微笑まれた。
「フローチェ嬢、ありがとうございます。でも、王子と王子が相争うような内乱になれば民が苦しみます。なんとかジョナスお兄さまの迷いがとければ良いのですが」
王位簒奪、なのか。
実はジョナス王子は王位継承権がリジー王子よりも低い。
彼は妾姫を母に持つ。
対してリジー王子の母親は正妃なのだ。
光と闇の輪舞曲のジョナス王子ルートのテーマがたしか「羨望を消す」だったはずだ。
女中上がりの身分の低い母を持つジョナス王子は、リジー王子を憎む。
心を魔に食われかけた所を聖女ヤロミーラに救われ、彼女と共に、公爵として、王家を支えて行こうというのがトゥルーエンドだったはずだ。
ヤロミーラ共々、ジョナス王子も心を魔に食われたのか。
聖女がいながら、何という醜態だ。
私が相撲魂に目覚めたのも無関係ではあるまい。
相撲取りというのは、魔を払い、善人達を笑顔にする存在だからだ。
「リジー王子、私はあなたを王にするためにここに呼ばれたのかもしれません」
「だ、だれに」
「相撲の神様にです」
「き、聞いた事無いけど、良い神さまなの?」
「皆を笑顔にして、愉快に暮らせるようにして下さる神様です」
「……、それは、いいねえ。僕も……、また、みんなと、いっしょに、愉快に、暮らしたい……」
リジー王子のつぶらな目が潤んで、丸い頬に涙がこぼれ落ちた。
涙を止めたくて、私は無意識に彼を抱きしめていた。
彼は私の胸で泣きじゃくった。
無理も無い、リジー王子はまだ十二才なのだから。
ああ、猫耳の感触が素晴らしい。
もっふもふ。
「リジー王子、アルヴィ王はいずこにおわしまする? 卒業パーティで姿をお見かけいたしませんでしたが」
「わ、わからないよ、フローチェ、僕は三日前からここに閉じ込められていたから」
「アルヴィ王はヴァリアン砦に幽閉されている」
む、オーヴェが足を引きずりながらやってきて、リジー王子の前で膝をついた。
「なぜそれを、オーヴェどの」
「解らぬ、スモウに負けてから、頭の霧が晴れたようになった。監禁の一端を担い、申し訳ありませんリジー王子、いかような処罰でも受けます」
「ううん、神殿にはオーヴェみたいな剣豪がいないと駄目だから、いいよ。問題無い」
「ああ、なんとお優しい。こんな英邁な王子に、私はなんてことを」
オーヴェは肩を落とし、涙をこぼした。
「泣かないで、オーヴェ、君が泣くと僕も悲しいよ」
オーヴェは正気に戻ったか。
「オーヴェ卿、聞かせてほしいわ、王は誰に幽閉されたの」
「ジョナス王子です。聖女ヤロミーラの命令により、神殿騎士団が王を拉致し、ヴァリアン砦に幽閉しております」
「大変だ、お父様をお助けしないと」
「そうね、手勢も要りますわ、一度王宮を出て、ホッベマー侯爵領へ行きましょう、王子」
「わかった、侯爵領で軍を組む、頼んだぞ、フローチェ」
「承りましたわ」
「オーヴェ、君はどうする?」
オーヴェは深く頭を下げた。
「私は神殿騎士、聖騎士団の長です。神殿に戻り、聖女ヤロミーラさまのなされた事を調べたく思います」
「もしも聖女が間違っていたら?」
「その時には……」
オーヴェの背に殺気が乗った。
「私が聖女ヤロミーラの首をはねます」
「よし、差し許す、神殿の方はたのんだぞ、オーヴェ」
「ははあっ」
さすがは私の推しね、何時もはふわふわと頼りなく可愛いのだけど、一度事が起こると王族らしく頼もしいわ。
そんなギャップを持つリジーくんもたまらなく尊いわ。
どすこいどすこい。
私たちはオーヴェと別れ、地下牢を後にした。
目指すは城門だ。
うちのメイドのアデラが馬車で待っているはずだ。
それを使って、 ホッベマー侯爵領へ戻り、兵を挙げ、王を助ける。
あの暴虐な偽りの聖女を倒せと、ささやくのだ、私の中の相撲魂が。