幕間:アリアカ城女神像の間~玉座の間~ベランダ
アリアカ城には、女神像を奉った部屋がございます。
教団聖騎士のオーヴェが神官を指揮して、大きな女神像を移動させようとしてるのです。
「何をしているのかね、オーヴェ師」
通りがかったエアハルトがオーヴェに声を掛けます。
「こんな偽聖女の居る場所に尊い女神像を置いておけるものか、王の帰還まで神殿で保管させてもらうのだ」
エアハルトは大げさにやれやれというリアクションをします。
「ご挨拶だね、君だって可愛いヤロミーラに熱烈な愛を捧げていたというのにな」
「まったく、恥ずかしい限りだ、フローチェ嬢にスモウで投げられるまで、洗脳に気づかなかったとは、慚愧に堪えぬ。君はどうなのだ、エアハルト」
「僕は最初から洗脳には掛かっていないんだよ。体質でね」
「自らの意思で、あの毒婦に協力していたというのか」
「そうさ、僕の計画に都合がよかったのでね」
オーヴェは腰に下げた大剣に手をかけました。
そして、肩の力を抜いて、振り返り、神官への指示を続けます。
「おや、やらないのかい? オーヴェ」
「必要は無い、フローチェ嬢がお前を倒してくれる」
「あはは、あのスモウという児戯で倒してくれるのか、それは楽しみだ」
「ふん、スモウが何たるか、解ってから戦慄するのだな、エアハルト」
「あんな物、ナイフを持てば楽勝だろう」
「油断しているがいい、フローチェ嬢が楽になる」
そう言って、オーヴェは女神像の輸送に手を貸しに行きました。
エアハルトはやれやれと首を振ります。
◇◇◇◇◇◇
玉座の間にはジョナス王子が居ました。
うなだれながら玉座に座っています。
「どうしてこうなったのだ、エアハルト」
「おや、どうしました、ジョナス王子」
「どうもこうもあるかっ! 貴様が言ったのではないか、リジー王子さえ捕まえれば王座は我が手に転がりこむと」
「ええ、私もフローチェ嬢がスモウに目覚めるなぞ予想外でしたよ」
「軍から脱走が相次いでいる、マウリリオ将軍の下に走っている、もう、王城の防衛は近衛騎士団五千しかいない。これでどうやって守れというのだ」
「八方塞がりですね。降伏しますか?」
ジョナス王子はひゅっと息をのみました。
「王に逆らった庶子の王子なぞ、殺されてしまうっ! ああ、なんという事だ……」
「では、籠城するしかありませんね」
「だが、助けなぞっ」
「籠城が長引けば、隣国が兵を動かすでしょう、国の半分を差し出して助力を求めたらどうですか?」
「馬鹿な、そんな、そんな事……」
「死にたくないのでしょう、では仕方がないじゃありませんか、頼みのヤロミーラも、女神直々に聖女の資格を剥奪されましたし」
ジョナス王子はエアハルトを睨みつけます。
「お前はいったい、何がしたかったのだ、なぜアリアカに乱を起こし、混乱を招くのだっ!」
「おや、これはお言葉ですね。ジョナス王子。あなたが王位を望み、ヤロミーラが王妃の座を求めたのですよ。私はなにもしておりません」
「お前が謀反を誘ったのではないかっ!」
「そんな覚えはありませんね、ジョナス王子、事実無根の糾弾は困りますよ、わたしはフローチェ嬢ではありませんので」
「ああっ!!」
ジョナス王子は玉座の上で頭を抱えました。
エアハルトの笑顔はまるで顔に張り付いているかのようでした。
◇◇◇◇◇◇
エアハルトは王宮のベランダに出ます。
峨々(がが)たるヴァリアン山脈が遠く霞んで見えます。
「しかし、ドラゴンを退けるとは、スモウとは何なのだ」
これからあの方角から王軍が現れます。
「籠城して、しばらくすれば父から軍が送られてこよう。それまでの辛抱だ」
エアハルトは目を伏せ、手袋を外します。
左手は竜の腕のように青い鱗が生えています。
「王国を無傷で手に入れたら、父は褒めてくれるだろうと思ったが……。なんとも無様な事だな……」
ドタバタとやかましい足音が聞こえたので、エアハルトは手袋を戻しました。
「エアハルト~!! 奴らが来るわっ!! フローチェが、相撲で私を殺しに来るわっ!!」
「おちついて、私の可愛いヤロミーラ。僕が命に替えてもそんな事にはさせないよ」
ヤロミーラの姿を見て、エアハルトはほくそ笑みました。
女神の加護が無くなった彼女は、神秘的な美しさが消え、ただの町娘のような容姿に変わっています。
「ああ、愛するエアハルト、あなただけが頼りだわ、私だけがあなたの事を理解してあげられるのよ、魔王の息子のエアハルト」
「……」
「人と魔王の間に生まれたあなたの寂しさは私が救ってあげるわ、だから、だから、私をまもってね」
「ああ、もちろんだ、愛するヤロミーラ、あの凶悪なフローチェから、君を守り抜く事を誓うよ」
エアハルトはヤロミーラを強く抱きしめます。
「ゲームの知識で私を救ったと思い込んでいるゲスな転生者め、王国を手に入れたら、お前をドブ川に投げ捨ててやるぞ……」
そうつぶやいたエアハルトの言葉は、あまりに微かだったので、誰にも聞こえず、風に溶けて行きました。
夜のとばりがゆっくりと偽りに満ちた王城をつつんでいきます。




