第3話 推しの王子が猫耳で尊いのでフローチェは思わず相撲甚句を詠ってしまう
四方に徳俵の付いた土俵が地下牢への通路の上に現れた。
「な、なんですか、これは? 何かのフィールドですか?」
オーヴェがいぶかしげな声を上げた。
私は塩をまき、土俵の中に入った。
「土俵よ、この中で勝負をつけるわ、ルールは足の裏以外の場所に土を付けないこと、この輪の中から出ないことよ、敗北はその二点だけよ、簡単でしょう?」
「こんな子供のゲームのような物に、私が付き合ういわれはありません。そこから出てきなさい、フローチェ嬢!」
オーヴェは両手剣を引き抜き、それで私を指した。
私は肩をすくめた。
面倒ね……。
そう思った瞬間、着物を着た半透明の呼び出しが現れた。
「な、なにいっ!! ゴーストかっ!!」
「呼び出しさんだわ」
彼は半透明の扇を私の方に向けた。
『 ひ~が~し~、オーヴェ~、に~し~、フロ~チェ』
見事なシオカラ声で、オーヴェの名前が呼ばれると、彼は操られるように土俵に入ってきた。
「ば、馬鹿なっ!! なんだ、この強制力はっ!!」
半透明の呼び出しが消えると、かわりに半透明の行司が現れた。
『見あって見あって』
オーヴェは強制力が掛かっているのか、嫌そうに仕切り線に付いた。
私も仕切り線に付く。
オーヴェが大剣を担ぐようにして片手で構えている。
一挙動で振り下ろすように殺気が膨れ上がる。
彼は、武器を持たない方の片手で仕切り線を付いた。
『はっきょいっ!!』
行司が軍配を上げると、オーヴェが大剣を片手で鋭く打ち下ろしてきた。
パアンッ!!
「ぐっ!」
振り下ろされた大剣を持つ彼の手首を、私の張り手がかち上げた。
相撲の張り手は力士の体格から見て遅く思えるが、実はボクシングのジャブよりもずっと早い。
上体のバランスが崩れたオーヴェの腰のベルトをつかみ諸手差しの体勢になる。
慌ててオーヴェは大剣を振ろうとするが、密着した者を切る技など有りはしない。
「く、くそっ!! 離せっ、離せっ!!」
『のこったっ、のこったっ、のこったっ』
暴れるオーヴェの腰を引きつけて押す、押す、押す。
土俵の端が近づいて来るのを見て、オーヴェが慌てる。
だが、動揺し、寄り切りへの対処を知らない剣士なぞは、相撲取りの格好の獲物である。
オーヴェの逃げる勢いに合わせ、掬い投げを打つ。
「ぐわああああっ!!」
彼は徳俵の上に転げて土俵から落ちていった。
『勝負あり』
半透明の行司が、私に軍配を掲げた。
勝負が付いた瞬間に、行司も土俵も消えていった。
「私の勝ちね」
「何をいうっ! こんなゲームで負けたぐらいで……、な、なにいっ!!」
オーヴェの腰が抜けて立てないようだ。
「相撲は神聖な儀式なのよ、負けた者がすぐ再戦などは出来ないわ。次の場所までまちなさい」
「ば、場所ってなんなのだっ!! なんだ、この高度な神聖術式はっ!!」
「相撲よ」
「スモウ……。こ、こんな儀式神術があったなんて……、知らなかった……」
オーヴェはがっくりと肩を落とした。
ふふ、どんな武器を使われようと土俵の中では素手の相撲取りが一番強いのよ。
私はオーヴェを残して地下牢の奥へと足を進める。
相撲感覚は、一番奥の牢屋に反応しているようだ。
「だ、誰? ぼ、僕を殺しに来たの……」
薄暗い牢から、か細い声が聞こえた。
牢の中には、猫耳が生えた少年が立ちすくんでこちらを潤んだ目で見ていた。
……。
…………。
こ、れ、は……。
私が前世の推しキャラである、第二王子リジー君ではないですかっ!!!!!
彼は第二王子だというのに、攻略対象でもなく、ただ第一王子の後ろをくっついて歩き回っておどおどと主人公に話しかけるだけのキャラであったのですが、その素晴らしい容貌、おそるべきショタの描写から、世のその筋のお嬢様方から絶大な人気を誇り、ジョナス王子なんか良いから、リジー君を攻略させろやというメールで制作会社のサーバーを壊したという都市伝説まで出来たほどの萌えキャラであります。
ええ、当然の事ですが、私もがっつりリジーくんにはまり、攻略出来ない事に血の涙を出してゲーム機の前で嘆いた者です。
その、リジーくんが、目の前に、しかも猫耳です、もふもふです。
はあああっ、尊いとしか言葉が出てきません。
「♪ハァーエー、花を集めて甚句にとけばヨー♪ ハァー、正月寿ぐ福寿草♪」
いけないいけない、私ったら、推しキャラに会えたうれしさに、思わず大好きな相撲甚句の花づくしが口から出てしまったわ。
相撲甚句というのは、相撲取りの感情が高ぶった時に出る甚句の事よ。
前世のお相撲さんたちは、悲しかったとき、嬉しかったとき、別れが辛いときに、甚句の一節を口にして感情表現をするものなのよ。
「綺麗な、歌、ですね、あなたは……、フローチェ侯爵令嬢ではありませんか」
「まあ、私の名前を覚えていらっしゃったのね」
「庭園の園遊会でとても綺麗なお方だと思って、その、見ておりました」
リジーくんが、頬を赤らめて私を見ます。
なんて事なのかしらっ。
浮かれてしまいますわ。
はあ、どすこいどすこい。
「とりあえず、牢の端によってくださいまし、今、こんな所から出してあげますからね」
「だ、駄目です、牢の鍵は、ジョナス兄さんか、ヤロミーラ嬢しか持っていません」
「大丈夫ですわ、お待ちになって」
私は腰を落とし、牢を構成する大きな石の柱に手を当てた。
これは、相撲の基本稽古、てっぽうの構えだ。
推しが見ている前でてっぽうをするのは、すこし恥ずかしいが、
かまわない。
私は一握の相撲取りなのだからっ!!
てっぽう! てっぽう! てっぽう!
ずしんずしんと私のてっぽうで石の柱にひびが入り、五発を数えるあたりで、柱は倒壊し、鉄柵はぐんにゃりと曲がり、リジーくんが出てこれるようになった。
「す、すごいっ、フローチェさん、この力は?」
「お恥ずかしい、ひょんな事から手に入れた相撲の力ですわ」
リジーくんは牢からでて、私の近くで目を丸くして見ています。
いやですわ、そんな恥ずかしい。
相撲甚句の続きが出てきそうだわ。