第25話 ヤロミーラと相撲令嬢は激しく諍い争う
「フローチェ! お前の悪事も今日で終わりよっ!! この神聖聖女ヤロミーラの秘術の前にひれ伏しなさいっ!!『聖戦!!』」
そう言って、ヤロミーラは何かの呪文を唱え、巨大な魔方陣を聖騎士団の足下に展開させた。
「まずいです! お嬢様っ!! あれは教会の儀式魔法【聖戦】、女神の信仰心がある者を強力にサポートするバフ魔法ですっ!! 効果は攻撃力二倍! 防御力0.5倍、他に【士気向上】【思考狭窄】【疲労軽減】と【苦痛無効】がつきますっ!!」
あいかわらず、なんでそんなに色々詳しいのか、この呼び出しさんは。
なとりのロゴも誇らしげに揺れているわ。
「ありがとう、アデラ。力士隊、前へっ!!」
「「「「「ごっちゃんですっ!!」」」」」
二十人の怪力無双の力士達が私の後に続く。
前方の聖騎士達は無表情に前進してくる。
まるで、前世のゾンビみたいね。
「全員! 四股!」
「「「「押忍!」」」」
全員で高々と右足を上げ、大地を踏みしめる。
ドーーーン!!!
むっ、効果が無い。
聖騎士達は槍や剣を構え、粛々と前進してくる。
「おーほっほっほっほ!! お馬鹿さんねっ、フローチェ!! 教会の儀式魔法は聖属性! 聖属性の四股なんかで干渉されるもんですかっ!! さあ、あなたたち、憎い教会の敵、フローチェと、醜いふんどし担ぎどもを斬り殺しなさいっ!!」
「「「「「「応ッ!!!」」」」
まずい、先頭の聖騎士が速度を上げ、大剣を振り上げて斬りかかってくる。
パアン!
張り手で大剣の出鼻の手首を打ち、距離を詰めて組み付く。
腋に手を差し込む。
ブオン。
体を崩して、投げ捨てる。
ブオオオオッ!!
「竜巻掬い投げ!!」
竜巻が発生し、密集した聖騎士達を巻き込んで破裂する。
「……」
聖騎士達は転がったが、全員が無表情に立ち上がる。
くっ!
聖戦が掛かったままでは気絶もしないし、心も折れないかっ!
土俵でもないので、倒れた事へのペナルティも無い。
「ほーほっほっほっ!! いいざまねっ!! フローチェ!! 相撲敗れたりだわっ!!」
ヤロミーラは高笑いをして私たちをあざ笑う。
「さあっ!! 殺しなさいっ!! 虐殺しなさいっ!! 異教徒を殲滅し、女神の清浄な世界を作るのですっ!!」
「「「「「イエスマム!!!」」」」」
聖騎士が槍や剣を取り直し、我々に迫ってくる。
万事休すかっ!!
『アウトーッ!!!』
突然、頭の中に甲高い声が響いた。
この場にいる全員のようだ。
聖騎士達も耳を押さえている。
『あなたたちの心に直接話しかけていますっ、私です、愛と戦争の女神、フローレンスです』
「「「「「「「は?」」」」」」」
私たちと聖騎士の群れの間に光が集まった。
そして、とても神々しく光り輝くトーガをまとった金髪の女性が現れた。
「ヤロミーラさん、アウトー! あなたは男性と愛のないセックスを重ねっ! 光魔法チャームを男性の歓心を得るために使い! 聖なる目的以外に使えない聖戦の魔法で人に危害を加えようとしました! なので、愛と戦争の女神として、あなたの聖女としての資格を剥奪いたしますっ!!」
「「「「「「「は?」」」」」」」
愛と戦争の女神、フローレンスを名乗る女性は聖騎士の群れの間を駆け抜けていく。
「な、なにをいうの、こ、これは悪魔の仕業よっ!! 魔王の謀略よ!! だ、誰か助けなさいっ!!」
フローレンスの爆走を止めようと聖騎士が立ち塞がるが、彼女は止まらない。
「リーギンス、あなたは病気の母の快癒を毎晩願っていましたね、今ここに、フローレンスがその願いを叶えますから、とっととどきなさいっ!!」
「は、はいっ! 女神さま、ああっ、本物の女神さまっ!」
「うるさい、どけーっ!!」
あ、フローレンスさまが、リーギンスと呼んだ聖騎士を蹴飛ばしてふっとばした。
さすが、軍神でもあるからパワーが凄い。
いつの間にか聖騎士たちの聖戦が解けて、みな座り込み、爆走する女神さまに手を合わせお祈りを唱えている。
フローレンスさまとヤロミーラが近づいた。
「めめめ、女神さま、これはその、ちょ、直接出て来られるなんて、ルール違反じゃないんですか、その、地上の事は地上の者に任せるのが神様としての矜持とかじゃあ、ないんでしょうか」
「くらえっ!!」
フローレンスさまは手に光り輝く大きな張り扇を顕現させた。
「聖 性 剥 奪 !!!!!」
バッカーン!!
「ぎゃああああああっ!!!」
ヤロミーラは聖なる張り扇によって殴り飛ばされ、きりきりと回りながら吹っ飛んでいった。
「ヨシ!」
フローレンスさまは力強くうなずいた。
そして振り返る。
「後の事は、その、良い感じにやってね」
「ちょっと待ってください」
私が問いかけると、フローレンスさまは耳を押さえて小走りで力士隊の方へ駆け出した。
「あー、聞こえない聞こえない、天上の者は下界の者と親しく語り合ってはいけないのですっ」
「あんた、いま、ヤロミーラをぶっ飛ばしましたよねっ」
「あいつはいいんです、ろくでなしですからっ、まったく問題はありません、はい、ありませんっ」
フローレンスさまは逃げる。
私は追う。
力士は避ける。
「ちょっと、説明しなさいよっ!」
「あーあー、説明とかありません。馬鹿をうっかり転生させちゃって、世界がめちゃくちゃになりそうだったから、異世界の戦士の楽園の神に掛け合って、他の人を転生させて収拾が付きそうだったけど、聖なる力と聖なる力がぶつかると、とんでもねえ事になりそうだからと、焦ってやってきたなんて事実はありませんっ!!」
「ばればれやないかいっ!!」
フローレンスさまが力士の隣で急に曲がった。
私はその力士を通り過ぎたが、先には誰も居なかった。
いや、うちの粗忽メイドがいただけだった。
「いま、変な女神さまがここを通らなかった?」
「い、いえ、私はなにも見てませんよ、女神さま? なんですか、それは。お嬢様ったら、やだなあ」
「どこに行ったのかしら、あの駄女神め。本当にもう」
アデラが駄女神の正体の訳がないしね。
さすがに粗忽な呼び出しさんでも、あれと一緒にするのは可哀想だわ。
逃がしたか。
小一時間ぐらい正座させて奴の弁明が聞きたかったのだけれど。
おっと、戦争中だったわ。
急いで力士隊の先頭に戻る。
「あれ?」
聖騎士団が全員土下座をしていた。
「「「「申し訳ございません」」」」
「ええと」
「あの、腐れ悪女ヤロミーラに我々は騙されていたのです。女神フローレンスさまがはっきりとおっしゃってました。ああ、我々はなんということを」
騎士団隊長ぽい人が泣き崩れた。
「あ、ヤロミーラは?」
目で探すと、ヤロミーラは馬にのって、砦の向こうの街道を疾走していた。
くそ、逃げ足が速い。
「あの街道は西に三キロに行くと、王都往還と合流しますな」
どうしよう、追いかけてヤロミーラを捕まえるか、砦を落とすか。
「我々、女神教団聖騎士団千八百四十二人は、リジー王子に降伏いたします」
「よし、聖騎士団の降伏を認める。我が軍に下れ」
「ははあっ!」
騎士団隊長はリジー王子に平伏した。
聖騎士団は精鋭揃いだ、二千の兵が増えるのはいいな。
カンカカンカンカン!
早い調子の拍子木が鳴った。
赤文字。
『注意喚起』
『強力士出現:番付大関』
砦の正門が開いて、小柄な人影が現れた。
あれが? 大関?
オデッル市出身 ドミトリー・カザンツェフ と番付表に表示されている。
「いやあ、困りましたな。聖女さまを撃退されてしまうと、私が出ないといけなくなるじゃあありませんか」
痩せ果てた老人だった。
とても強そうには見えない。
何かの武道の達人なのか。
「あなたが戦うの? ドミトリーさん」
「おや、わしの名をしっておりましたか、さすがはフローチェさま」
ドミトリー氏は愉快そうな顔で笑った。
「戦うのはわしではありません、彼ですな」
そして、彼は空を指さした。
高空にトカゲのような影があった。
そしてそれはどんどん大きくなる。
赤い赤い緋色のドラゴンが平原に降りてきた。
でかい。
三階建てのビルぐらいある真っ赤で凶悪なドラゴンがそこにいた。
「さあ、リジー王子、ドラゴンに焼き尽くされたくなければ降伏してくださいましね」
ほがらかにドミトリー氏は笑った。
こいつは魔物使いかっ!




