第20話 相撲令嬢は領都ホッベルズへ凱旋帰国し父を説得する
ホッベマー侯爵領内に入って一日。
やっと私たちは領都に入ったわ。
一万人の新弟子の世話で、アデラの目の下にくっきりとしたクマができたぐらいで、あとは特に問題は無かったわね。
領都の門に入る時に領都軍と一悶着あったけど、私が出たら収まったわ。
「ここがホッベマー侯爵領の領都、ホッベルズか、意外に栄えてんなあ」
「良港があって、貿易も盛んだからね、クリフトン君」
「もう魔法学園は卒業したんで、地理の授業は勘弁してください、先生」
「ここが親方の生まれ故郷ですか、良い街ですな」
そうよ、ユスチン氏、ホッベルズはとても美しくて良い街よ。
この街は、夏は暴風雨が良く来るぐらいで、冬は暖かいし、海産物は沢山取れるし、美しく栄えた場所なのよ。
さて、一万人の新弟子をどこに収容しようかしら。
とりあえず領城へ行って、お父様にご挨拶ね。
リジー王子も紹介しないと。
「綺麗な街だね、フローチェ。あなたにぴったりだよ」
にっこり笑うリジー王子が尊い。
とっても尊い。
はぁどすこいどすこい。
私はリジー王子の手を引いて、中央通りを領都城に急ぐ。
フローチェ部屋の新弟子一万人を連れて中央通りを行くと、なんだかパレードのようね。
道行く人が手を振ってくれるわ。
まあ、軍勢一万人と言っても戦闘の兵士は半分の五千人ほど。
あとの半分はオフィサーと言って輜重とか土木工事とかの人員になっている。
特に輜重兵が多い。
食料運搬、調理、施設付設とか直接戦闘には関係が無いけど、居ないと軍として移動できないタイプの兵科ね。
一万人の兵士全体からマウリリオ元将軍に二十人の体格が良く、格闘が得意な兵士を選抜してもらった。
近衛力士隊として、マワシ一丁で戦って貰うわ。
なぜかって、力士ってそういう者だからよ。
二十人の近衛力士は私の指導のおかげで二日で立派な相撲取りになったわ。
彼らを連れて歩くと気持ちが高揚するほど勇ましいわね。
髪の長い兵は髷を鬢付け油を使って結ってあげたわ。
みんな大喜びね。
「お嬢様、これは?」
「セバスチャン、これは私の部屋の新弟子よ」
領都城の跳ね橋の前で執事長のセバスチャンが声を掛けてきたわ。
アデラのお父さんだから、奴は力士隊の陰に隠れたわね。
「一万人居るわ、どこかに泊められる場所はあるかしら」
「そうですな、練兵場なら五千は野営できるでしょう、あとの五千は城と広場ですか。士官の方にはお城に泊まってもらいましょう」
セバスチャンが、リジー王子を見て固まった。
「お嬢様……」
「リジー第二王子様よ、ジョナス王子が反乱を起こし王位を簒奪しようとしてるから保護してきました」
「なんと、噂は誠でしたか。なるほど、クランとは良い言い訳ですな、軍を取り込みなされたか」
違うのだけど、説明が面倒だわ。
早く、お父様とリジー王子を面会させましょう。
私はリジー王子の手を引いてお城の跳ね橋をわたった。
「では、私はここで新弟子達の宿舎割を担当しましょう」
「おねがいね、マウリリオ」
後に付くのは、ユスチン氏とクリフトン卿と二十人の力士隊だけね。
お城の中を歩いて行く。
「小さくて綺麗なお城だね」
「ありがとうございます。リジー王子」
アリアカ王城の半分ぐらいの規模だけど、ホッベマー城は綺麗にまとまった城塞だ。
歴史も同じぐらいあるわね。
階段を上がり、お父様の執務室の前に着く。
セバスチャンが取り次ぎ、ドアを開けた。
「フローチェ、どうしたんだね、卒業と同時に里帰りとは穏やかではないね」
この、ナイスミドルなイケメンが、我が父、ディーナ・ホッベマー侯爵である。
私は父に顛末をかいつまんで話した。
父はひっくりかえって椅子から落ちた。
「な、なんだとーっ!! ジョナス王子に婚約破棄をされただとーっ!! そして、地下牢からリジー王子を助け出し、一万人の軍団を倒して、ここに来ただとーっ!! そんなほら話を信じろというのかーっ!!」
「本当ですもの」
「本当なんです、ホッベマー侯」
父は椅子を直し、座り直した。
「し、信じられんが、リジー王子もいる事だ、きっと、マウリリオ将軍が寝返ってくれたのだろう。わが城にようこそ、リジー王子、ホッベマー侯爵領はあなた様を歓迎しますぞ」
「ありがとうございます。ホッベマー侯」
リジー王子は優雅に礼をした。
なんとも可愛らしいお辞儀である。
尊い。
はぁどすこいどすこい。
「それでは、ホッベマー侯爵の名で各地の有力貴族に回状を送り、ジョナス王子派と対決しますかな。血脈の正当性はあなたにありますから、勝ち目は十分ありますぞ」
「そんなに悠長な事はしていられませんわお父様。一日休んでから、ヴァリアン砦を攻め、アルヴィ王を助け出しますから、兵をお貸しください」
「……、おまえは何を言っているのだ?」
「僕の望みも父の救出です、お力をお貸しいただきたく」
リジー王子が潤んだ目で父を見た。
父は怯んだ。
よしよし、目論見通り。
父は意外に人情家なのだ。
「い、いやその、ヴァリアン砦は難攻不落ですぞ、一万や二万の兵で落とせる砦ではなく」
「時間が勝負なのです、アルヴィ王が説得され、ジョナス王子が戴冠したら、我々は破滅します」
父は腕を組み、考え込んだ。
「しかし、戦力が……」
「お父様、私が何とかしますから、問題ないのです」
「フローチェ!! 気でも狂ったかっ!! 箱入り娘のお前に何が出来るというのか! 引っ込んでいなさいっ!!」
これは、実際に見せるしかないわね。
私は父の頭上の鹿の首のハンティングトロフィーを狙った。
ピピピピという音と共に丸と十字の照準が重なる。
『照準固定』
「張り手投石機!!」
パァン!!!
音速を超えた私の張り手で衝撃波が生まれ、鹿の首を襲った。
手のひら状の衝撃波に襲われた彼はあわれにも壁から外れて飛んでいってしまった。
「フローチェ、何をしたの?」
「相撲です、お父様」
お父様は口を開けて、鹿の首のあった場所と私を交互に見続けた。
相撲です、お父様。




