第18話 相撲令嬢はマウリリオ将軍と土俵の上で激突す
さあ、時間いっぱいである。
仕切り線を挟んでマウリリオ将軍と向かい合う。
彼も迷いは吹っ切れたようだ。
そう、思い切りぶつかり合えば良いだけだ。
勝負の行方は神様に任せれば良い。
相撲は神事なのだから。
『見あって見あって』
マウリリオとにらみ合う。
お互いの気力が膨れ上がり、お互いの存在を圧するのを感じる。
マウリリオが仕切り線に手を付いた。
『はっきょいっ!』
お互いの初速が跳ね上がり、土俵の中心で激突する。
ガッシャーン!!
乙女にあるまじき轟音が発せられて、土俵を揺らす。
さすがは関脇、素晴らしい金剛力だ。
彼の右手は私のマワシを掴む。
私の右手も彼のマワシを掴む。
お互い左上手を差しあう、いわゆるがっぷり四つだ。
『のこった、のこった』
独特の節回しで行司がかけ声をかける。
土俵の中央で押し合う。
押し相撲の形だ。
マウリリオ将軍の腰は十分下がり、低い重心で押してくる。
私はその突進を全力で止める。
私は勢い良く持ち手を引き、突進の力を斜めにずらす。
一瞬マウリリオの体勢が崩れるが、彼は腰を引き、それをしのぐ。
良い相撲勘だ。
今度は押し込む。
押しと引き、それが相撲醍醐味だ。
力と力が土俵上で衝突し、押し引きをする事で我々は相撲の神様に神聖な何かを奉納しているのだ。
「これは……」
マウリリオが声を発する。
その隙を見逃さず、私は押す。
じりりと彼の巨体が後ろに下がる。
そうはさせじと彼の筋肉は膨れ上がり、私の押しを止め、じりじりと押し戻す。
「楽しい」
「そうね」
相撲は楽しい。
これまで鍛えた肉体を全力で酷使する。
汗をかく。
筋肉は熱を持ち、相手を倒そうと膨らみ縮む。
それが、楽しい。
『のこったっ、のこった』
投げ技を仕掛ける。
マウリリオは素早く体重移動をしてそれをすかし、逆に足を掛けてきた。
なんという、勝負勘か!
こちらも体重移動でそれをいなす。
ああ。
ああ、楽しいなあ。
押す、押す、押す。
どんどん、マウリリオの巨体を押しまくり、土俵の際まで追い詰める。
「ぐうっ」
マウリリオの顔が引きつる。
「負けるかっ!!」
ぼこりと、マウリリオの肩の筋肉がさらにバンプアップされた。
力が何倍にもなった。
その力と体重に任せて、次はマウリリオが私を押す、押す、押す。
「がんばれー、フローチェ親方ー!」
「ファイトです、親方~!」
ユスチンとクリフトン卿の声が聞こえた。
彼らも砂かぶりで見ているようだ。
「マウリリオ将軍~~!!」
「頑張って下さい~~!!」
兵士達から、マウリリオに対する声援も飛ぶ。
「おうっ!! 令嬢に負ける俺かーっ!!」
返事をし、マウリリオが更に押す。
ずるずると仕切り線を踏み越えてしまった。
強いわね。
マウリリオ。
だが、私には負けられない理由がある。
それは、
「フローチェ、頑張ってーー!!」
リジー王子がいるからだ。
たちまち、私の心に火が燃え上がる。
相撲魂が高速回転を始める。
さあ、行くぞ、ここからが私の相撲だ!
「ぐっ! なんだこの圧はっ」
「これがっ、私の、愛だっ!!」
「ぬうっ、愛ならばしかたがあるまいっ!」
マウリリオを押す、押す、押す。
「ぐ、ぐうううっ!!」
巨漢のマウリリオの体がずるずると後ずさる。
ガシン!
私はマウリリオの右足を内掛けした。
フワッ。
なんだ? 私の体が光り始めている。
左足を手で掬う。
輝く、光り輝く。
私はマウリリオの胸に頭を押しつける。
瞬間、マウリリオの体重が消失した。
足下には光で出来たレールが生まれ、彼の体は、それに沿って高速で滑って行く。
技名がひらめいた。
「超電磁三所攻めっ!!!!」
バキュウウウウン!!
マウリリオは光で出来た超電磁レールで、超高速度で発射されて土俵外へ吹き飛んで行った。
「ぐわあああっ!!」
マウリリオの悲鳴が遠く小さくなっていく。
きりもみをしながら彼は宙を飛び、荒野を転がった。
足下に超電磁レールを発生させる荒技とは、この世界の相撲は凄いな。
超電磁レールに足を掛けた力士は浮遊し、その体重を無くしてしまう。
あとは、土俵の外に力で発射されるだけだ。
『フローチェ~~~』
行司のお爺さんが私に向けて軍配を上げた。
観客席から爆発したように歓声が上がっている。
そして、行司が報奨金を軍配に乗せて出した。
手刀を切って、受け取る。
あれ、この前と違って、封筒の束が普通に受け取れるな。
実体化の相が上がってきているのだろうか。
ともあれ、ごっちゃんですっ。
中身は金貨が多いみたいね。
マウリリオ将軍が兵に肩を借りてこちらへよろよろとやってきた。
「素晴らしい相撲だった。完敗だ、フローチェ」
「あなたも素晴らしい相撲だったわ、マウリリオ将軍」
マウリリオ将軍は吹っ切れた感じに微笑んだ。
いい笑顔だ。
頭上の鳥はいつの間にか居なくなっていた。




